溶ける予感
「どういたしましたかな?」
「ああ、いや。見ての通りリャッカがなにやら魚を釣り上げたんだが」
「ええ、ええ。見事なものですなぁ」
「さっそく料理を、ということになるんだが。……というかそんな期待の視線でリャッカがこちらを見てる」
「おやおやおや」
「で……なんというか、悲しいぐらいにリャッカは料理ができない」
「……ほほう、料理?」
「ああ、まあ、魚を焼くだけで料理と言いたくないって言うならそれはそれでいいんだ」
「では、さっそく料理にかかればいいのではありませんか?」
「だが、そうするとあんたとリャッカをふたりっきりで置いていく、ということになっちまう」
「ご心配せずとも、わたくしにはリャッカさんをどうこうする力などございませんよ。もちろん、そんな気持ちもありませんしね」
「いや、リャッカ、果てしなく自分勝手だから、ものっすごく気まずい雰囲気になるんじゃないかとな……そういうことを、こっちで話し合ってたわけだ」
「おやおやおや……。大丈夫。リャッカさんが釣りをなさっているのを眺めさせていただきますよ」
「ま、それならいいさ」
魚を焼き終わって戻ってくる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「こっちまで閉口しちまうほど黙りこくってやがるな、こいつら」
「おお、魚が焼けたようですな」
「本当に焼いて調味料かけただけだけどな。おっさんも食べるだろ?」
「ありがたくちょうだいさせていただきましょう」
「……リャッカ、どうした? 飯だぞ?」
「…………。釣れた」
「へ、……ってうおっ。もう一匹釣り上げやがったっ。どーりで、リャッカが魚の焼けたにおいをかいでも反応しないと思った」
「……」
「期待した目でこっちを見るな。こんだけ料理してあれば充分だろ? 必要になったらまた釣ればいいさ」
「………………。わかった。逃がすね」
「おう、素直ないい子だ」
そしてテーブルを囲んで食事を始める。
「そういやおっさん、どのくらいこの巨大生物の中にいるんだ?」
「かれこれ十日ほどですな」
「そりゃ長いな。大変なこった。……俺たちもこれからそうなるわけだが」
「おやおやおや」
「……。どう、して?」
リャッカが食べる手を止め、不思議そうに問う。
「なんでってお前、俺たちも閉じこめられたから」
「……どうして。時間、分かるの?」
「…………言われてみると、体内だもんな。おっさん、日にちの経過なんてどうやって数えたんだよ」
「おやおやおや」
コーデントたちの視線に、アーデルは微笑んだ。
「どうやらこの生物は、一日に一度だけ、大きく水面を飛び跳ねる習性を持っているようでしてな。昔、図鑑で見たことがあるのですよ」
「なんてはた迷惑な習性だ……だが、知識としてこの生物を知ってるってのは頼もしいような、まったく頼もしくないような」
「……。あんまり、期待できない」
リャッカまでつぶやいてくる。
アーデルは問い返した。
「おやおやおや。それはどうしてでしょうか」
「いや、だってな……。そんな知識を持っていたのに、十日も脱出できずに腹の中なんだろ?」
「……痛いところを指摘していただきましたな」
「だろう?」
「その指摘には否定する言葉もございませんが、それでもわたくしは、多少なら有益な情報をお伝えすることができるはずですぞ」
「というと?」
「たとえば、この巨大生物……ナアナクシトンだったか、ナクアクシトンだったかという名前の魔物なのですが」
「名前なんてどうでもいいっての……」
「ええ、ええ。とにかくこの生物は、決まった海域を住処として、その周囲を巡回するのです。脱出してみたらまったく聞いたこともない海だった、などということはないはずです」
「……それは脱出するまで、気にしてもしかたないことのような気もするが。ていうか、どうせ故郷から離れすぎてて、どこの海だって俺には似たようなもんだよな」
「帰り道は気になられないと?」
「東にひたすら進んでいけば、いつかは大陸にたどり着くだろ」
「それはおおざっぱすぎるとは思いますが……とにかく、心配することはありませんな」
「ああ。他にはなにかあるのか?」
「雑食で、なんでも食べる生き物のようです」
「船まで食べる生き物みたいだからな……けっ」
「それらの食べた物を消化するため、数週間に一度程度の割合で、身体の中に消化液を流し込んで溶かして吸収するようなのです。どうにかそれまでに脱出をしなければと思っている次第で」
「……し、消化液?」
「ええ、ええ」
「ちなみに、消化液はいつごろ流されそうなんだ……?」
「私が飲み込まれたころには、ほとんど生物や船の残骸、海水などがございませんでした。こうしてさまざまに……と言ってもそれほどではございませんが、水や魚が増えたのは、時間がたつにつれてでございます」
「と、すると、飲み込まれたころは消化されたばかりだったってことか……?」
「ですなあ」
「それから十日……。数週間っていうとそろそろまずいってことか?」
「数週間、としか分からないのが問題ですか。明日にも消化液が流し込まれるかもしれませんし、あるいは二週間後かもしれません……」
「ぐう……。ともかく急いで脱出しないとならねえか」
「ええ、ええ。それで、せっかくの縁ですから、ご一緒させていただければ……」
「ん、ああ。そうだな。リャッカもそれで構わないか?」
「…………。構わない」
「じゃあ決まりだな」
アーデルが離れた機会に、コーデントはリャッカに話しかけた。
「どー思う?」
「…………おかしい」
「うん? おかしい? あやしいじゃなくってか」
「……。おかしい」
「たとえばなんだよ」
「……あのおじさん。食べ物は、どうしたの?」
「食べてただろ、さっき。俺たちと一緒に」
「……。今まで」
「…………。十日間、か。俺たちみたいに食料を……ちがう。一時間かかる隣の島へ行こうとしていただけなんだ。食糧なんか持ってたはずがない」
「……うん」
「生魚でも食ったってのか……?」
「……飲み水、も」
「海水を直接……。そんな馬鹿な。だいたい、あのおっさん元気そのものだぞ」
「……。それに、落ち着いてる」
「落ち着いてる?」
「……消化液、いつかわからないのに」
「む」
「ふたりとも。無駄話、ばっかり」
「俺を含めるなよ! だいたい、消化液の話はさっき聞かされたんだ」
「…………うん」
「ま、俺たちはたいていのことじゃ死なないだろうから、こうやって落ちついていられるわけだが……」
「………………。本当?」
「あん? なんだよ、なにか心配なことがあるか?」
「……わたしはか弱いから」
「お前がか弱くても、死なないものは死なないだろ」
「か弱いから。コーデント、わたしを助けてくれた」
「……ん、ああ」
「わたし、斬られても叩かれても平気。……再生、するから」
「ああ。そうだな」
「……溶ける、のは?」
「……げ」
「剣も」
「そんなものより自分の心配をしろよ……。なんだかんだで剣士ってことか」
「ううん」
「じゃあなんだよ」
「……コーデントの」
「俺の? なんだよ」
「心配。剣じゃない」
「俺と、剣……剣と俺……」
「そう」
「げっ」
「…………」
「い、意外なところで弱点が……溶けるのは防ぎきれないのか!? い、いや、俺が手に入れた能力は、厳密には半妖精化して魔力と金属の状態に……って、魔力のぶん溶けやすいのか!?」
「…………」
「だがいまだにいくつかの原理は解明されてないわけだし、あるいは生き残る可能性も……。しかし、神話や伝承を読む限り、究極的な不死は存在しないという位置に立って考えると、リャッカですら危うい。となると、数段弱い俺の能力だと……こ、こんなところで冒険は行き止まりか!?」
「…………」
「い、行くぞリャッカ。さっさとここを抜け出す方法を見つけ出すんだ!」
「…………。そう、だね」