ちょっと昔の話
船の上。
思い描くのはいつも、自分を殺した相手の姿だった。
「ああああああっ!」
「すごい突き……よくもまあそんなに、剣術の練習をがんばれるよな。リャッカ」
「……わたしはまだ、倒してないから」
「だれを?」
「……あの、村の」
「そうか……。ま、倒せる日が永遠にこなかったとしても、がんばるのはいいこった」
「……。うん」
剣の握りを確かめる。
口の中で、つぶやく。
「わたしはか弱いから……もっと、強くならなきゃ」
「……ふん。俺は推進装置の開発に戻るか」
「……。船、ひっくり返っちゃった道具?」
「帆で動かさなくてもいいから、便利だと思ったんだけどなー。魔法回路がどうとかより、どんなふうに船を動かせばいいのかが問題だよ。帆にずっと風を送り続けるほうが簡単に思えてきたぜ……」
「…………」
「それとも海を固定化……そんな材料ないか」
「…………」
「ぬーっ」
いつの間にか剣の練習に戻っているリャッカ。
コーデントも気にしなかった。
「ぬう、どんだけ考えてもらちが明かないか。実際に試してるしか……っ、なんだぁ!?」
「船、揺れてる」
「言われなくても分かる!」
「道具?」
「自分の道具の影響だったらここまで驚くかよ! リャッカ、下だ!」
「……。…………」
「…………。あー、なんだ」
「……生き物」
「実は海洋生物に見せかけた乗り物だった、なんて言われても驚きはしないが……」
「……」
「どうした、こっち向いて」
「……面白そう」
「言ってみただけだよっ。別に乗り物なんかじゃないだろ」
「……。そう」
「わざわざ生物に見せかける理由も分からないし……。それはそれとしてリャッカ」
「……?」
「あれ、下で泳いでるせいで波が起きてこっちまで揺れてるんだよな」
「うん」
「あの……巨大生物がだ。このまま上にあがってきたら、まずいんじゃないのか」
「……船。木端微塵、かも」
「そこまでひどくはならないと思いたいが……転覆かなぁ」
「……大丈夫」
「たしかに海に落ちたくらいでリャッカも俺も困りはしないが、食料とかどうするんだよ。不思議とお前、物食べるし」
「……おいしい、よ?」
「はいはい。とにかく船はないと面倒だし、できればこの巨大生物……巨大なイルカに似たなにかから逃げ出したいわけだ。船が揺れすぎて頭がぐわんぐわんするし」
「……かわいい、よ?」
「……そうか? いや、まあいい。そこは話し合ってもしかたない。どうしてもって言うんならかわいいと呼んでやってもいい」
「わたしも」
「……うん? なにがだよ」
「どうしてもって言うなら」
「ああ」
「……。かわいく、なくていい」
「…………。そうか……」
「……うん」
「それで、だ。とにかくこの場を離れたいが」
「うん」
「……どうやって?」
「漕ぐ、とか」
「この大きさの船を、ふたりでか?」
「うん」
ふたりだと持て余すほど、大きな船である。
「ああ、造船所のおっさんの忠告を素直に聞いて、もっと小さい船にさえしていれば……」
「……沈んでた、ね」
「…………。そうかもしれんな。揺れひどいし」
「……あ」
「なんだ? 巨大イルカが船の周りをぐるぐると……うおっ」
イルカっぽいなにかが、船の正面で頭を出す。
船の数十倍、あるいは数百倍の大きさの生き物である。
「……この生き物ははたして、どうやって頭だけ水面から出してるんだ?」
「……。口、開いた」
「ちょっと嫌な予感がするんだが」
「うん」
「この展開はやっぱり」
「……うん」
「っ、船ごと飲み込む気かっ!?」
抵抗する間もなく、大きな口が船を飲み込んだ。