安心できないように
船の上。
「…………」
「あ……っ、リャッカさん」
「…………」
「リ、リャッカさん?」
「…………」
「その、無言で見つめられると、ちょっと困ってしまうのですが」
「……そう」
「え、ええとですね」
「……。隠れてるけど。なに、やってるの?」
「違います。隠れているわけではなく、たまたま柱の近くに立っているだけです」
「……そう」
「それで偶然、コーデントさんのほうが見えたりしているだけですが……彼はなにをなさっているのでしょうね」
「……」
「なにかを手元でいじってるようですけど」
「……遊んでる?」
「そう、なんですか? いったいどんなものでです?」
「魔法道具」
「えっ。魔法道具っていうのは、遊ぶものなのですか? もしかして、大陸ではそれが普通だとか……?」
「……ないと、思うけど」
リャッカが首をかしげる。
「……コーデント。そういうの、好きだから」
「魔法ですか?」
「魔法道具。……大陸で、そういう学校に行ってたって」
「……意外ですね。そんな勉強をするってとてもすごいことだと思いますけど、なぜ海賊になんてなろうと思ったのでしょう……」
「研究の、資料が欲しいから」
「資料?」
「魔法道具の」
「はー……。そのために海賊になるというのは、すごい行動力ですね」
「……。海に、出るのに」
「出るのに?」
「……。家の財産、全部売り払ったって、言ってたよ」
「そ、その行動力はすごすぎるんじゃありませんか?」
「……。そう」
「もしかして。やむにやまれぬ事情とか、代々受け継いできた夢とかがあるのでは」
「…………」
リャッカが、いつものように少し沈黙する。
「……本人に、聞いてみるといい」
「う……」
コーデントは、シスターたちの様子に気づく気配もない。
「そうですよね。なんとなく話しかけづらくって」
「……そう」
「意外と……というと失礼かもしれませんけど、思っていたよりいい人ではあるんですけどね。乱暴なことしてくるんじゃないかって不安だったんですけど、そんなこともありませんでしたし……」
「……うん」
「ちょっとぶしつけな感じはしますけど」
「……うん」
「こう、露骨にじろじろ見られているような……」
「……あ」
「えっ」
コーデントが勢いよく立ち上がり、くるっと振り向いてくる。
シスターは慌てて柱から身体を離した。
「ち、違うんです。ほら、私ってリャッカさんと違っておしゃべりなものですから、口を開くと思ってもいないことがすらすらと」
「なんの話だかはわからんがっ。完成だ!」
「え、あ、はい……すごい笑顔ですね。怒ってるわけではなさそうな。……いったいなんですか、これ。輪っかの形をしたおやつの模型にしか見えませんけど」
「聞いて驚け。シスターの町でごうだ……火事場泥棒してきた材料で作ったこの道具こそ!」
竜神様の騒ぎで人が逃げまどっている隙に、売り物を勝手に拝借したのである。
「魔法回路を刻んで作られた、危険生物感知装置だ!」
「ま、魔法道具を作ったんですか!? まさかそんなことまで……」
「ふふふ、我ながらこの才能が恐ろしい。巨大生物はもちろん、小型の魔物から海賊にいたるまで、なんでも感知するすぐれもの。どこぞの学院の馬鹿どもではこうはいくまい。くっくっくっ」
「ええっと……」
いまひとつコーデントの興奮の理由がわからずに、シスターは困った表情を浮かべた。
と、じっとしていたリャッカが、魔法道具をもつコーデントの手首をつかんだ。
信じられないことではあったが、心なしか瞳にきらきらとしたものを浮かべ、その魔法道具を見つめている。
「……。ついに」
「そうだ! これでもう、うっかり船をうしなって漂流するはめになることもない!」
「……安心」
「おう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
「む。どうした、シスター。はっはーん。ようやくこの装置のすごさがわかったか!」
「は、はい。すごさはわかりました。竜神様が追いかけてこようと、巨大イカが襲ってこようと、すぐに見つけることができるってことですよね」
「その通り。生物によって魔力の流れ出かたは違うから、それが生物感知の効果に悪影響を及ぼすわけだが、大きく分けて五つの構成によってそれを無効化し、生じた余剰エネルギーで通報の振動波を直接船員へと……」
「ちょっと待ってください。すごいです。たしかにすごいですけど」
「……なんだよ」
「なんだかこう、巨大生物に襲われて船を沈没させたことがあるように聞こえたのですが」
「沈没というか、まあ似たようなものだが」
「ほんとうにですか?」
「嘘ついてもしかたないし。というか、嘘だったらこんなにリャッカが興味を持ったりしないと思うが」
「うううう……人生の選択を間違えたでしょうか。やっぱり海って怖い……」
「大丈夫だって。今度はこうして警戒用の魔法道具があるんだから、たいていのことなら問題にならないっての。……たしかに海は怖かったが」
「あう……」
「まあ、せっかくだし。シスターが安心できないような思い出話でもしてやるか」
「やめてくださいよう!?」