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第六話 友達

百合っぽい展開が増えてきたので、今回からガールズラブのタグを付けることにしました。

それとお気に入り登録してくれた人ありがとねー。

 日曜日。

 普段より遅く目を覚まし、着替えを済ませた智観は、食堂で朝食を済ませた。

 休日でも開いていることに感謝しながら部屋に戻ってきた彼女は、ベッドに腰掛けて休んでいた。

 何気無く机の隅に置いている卓上カレンダーを見ると、今日は四月十二日。

 彼女がこの学園にやってきた四月四日から数えると、既に一週間以上が過ぎた計算になる。

 長いようで短い一週間だったな、とそのまま仰向けになって寝転がって白い天井を視界一杯に入れながら、彼女はこの一週間のことを思い返していた。

 中でも木曜日の魔法の授業での一件は忘れたくても忘れられない。

 授業内容自体は始めということもあってまだあまり難しくはなかったが、それよりも体力の方が持つのかが心配だ。

(体力……そうでした!)

 体力という単語で、智観は不意に梨恵から貰った剣のことを思い出した。

 確か貰ったままクローゼットに入れてあり、素振りどころか鞘から抜いてもいなかった。

 使わず終いというのも彼女に失礼な気がするし、体力を付けるのに役立つかもしれないと思い、跳ね上がるようにベッドから体を起こすとクローゼットから剣を取り出した。

 期待と興奮に胸を躍らせ、彼女は新品の剣を鞘からゆっくりと抜く。

「綺麗……」

 刀身を見た智観の第一声はそれであった。

 銀色に輝く刀身は彼女自身の顔が歪み無く映る程に滑らかだ。

 長さは八十センチ強だがその大きさの割には軽いので、恐らくはチタン合金製か何かだと思われる。

 本来の用途は武器、すなわち殺す為の道具なので、これを綺麗と言うのはもしかしたら不謹慎なことなのかもしれないと、言ってから智観は思った。

 もっとも、武器とは言ってもこれを使って誰かを傷付けたりする気は、当然ながら彼女には無い。

 この剣の刃が人の血を吸うような日は当分、もしかしたら永遠に来ないだろう。

 それなら必要以上に身構えることも無いのかもしれない。

 そう考えた彼女は安心して、もう少しだけ、刀身の美しさに酔いしれることにした。


 少しの間美しく輝く刀身を見つめてから、彼女はトレーニングを始めた。

 効率的なトレーニング方法などは知らないので、とりあえずは何も考えずに素振りをしてみる。

 右腕で十回、左腕で十回。一セットが終わったら、また右腕から。

 剣が軽いこともあって一回一回は何ということも無いが、繰り返すと少しずつ腕が疲れてくる。

 何となく鍬で畑を耕す時の間隔に似ている気がする。

 そう言えばあれも、すぐに腕が疲れるので苦手だったな、と智観は去年の種蒔きの季節のことを思い出していた。

 そんな調子で四セット目に差し掛かった頃。

「智観ちゃん、いるー?」

 突然、そんな声と、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 智観のよく知っている、梨恵の声だった。

「はーい。今開けまーす」

 智観は剣をそっと床に置き、扉を開けると。

「久しぶり。元気にしてた?」

 そこには見知った恩人の顔があったが、しかし全体的な雰囲気はこの前と大きく違っていた。

「こんにちは、梨恵さん……って、その服どうしたんですか?」

 その理由は服装にあった。

 この前は無骨な軍服姿だったが、今日の梨恵は年頃の女性らしい服装なのだ。

 半袖のTシャツと青いジーンズと至ってシンプルだが、活動的な梨恵の印象によく似合っている、と智観は思った。

「ん? 変だったかな?」

「いえ、そんなことないです! 梨恵さんらしくてよく似合ってますよ」

 似合っているのだが、気になったのはそこではない。

「でも何でまたその格好で私のところに?」

「そりゃ、私だって非番の時に好き好んで軍服を着たりはしないわよ」

「あぁ、なるほど」

 非番なら私服であることには納得が行くのだが。

「でも、非番の時にわざわざ私に会いに来たのはどうしてですか?」

 その理由がよく分からない。せっかくの休みなら家で休むなり、遊びに行くなり、もっと有意義な活用法があるだろうに。

 それが気になって聞いてみただけなのだが、梨恵は何故か上目使いで智観の方を見つめてきた。初めて見るような梨恵の表情にどきりとする智観。

「智観ちゃんは私といるのが嫌?」

「え!? そんな、嫌とかじゃないです。ただ……」

 それどころか、むしろ嬉しい。

「ただ、色々と助けてもらった上、更に世話を焼かせるのは悪いと言いますか……」

 困惑し、少々どもりながらそう答える智観。

 そんな彼女の様子を見て、梨恵は吹き出した。

「なんてね、今のはちょっとした冗談よ」

 智観ちゃんって純粋なのね、とけらけら笑う梨恵。

「変なからかい方しないでください!」

「ごめんごめん。智観ちゃんが可愛かったからつい」

 頬を膨らませて不平を言う智観。

 梨恵は口でこそ謝ってはいるものの、反省しているのかどうかは怪しいところだ。

「……絶対反省してませんよね?」

「おっ! それ私のあげた剣じゃない?」

 梨恵は智観の言葉を無視して、部屋の床に置かれていた剣に目を向けるとそう言った。

 仮に第三者がこの部屋にいたとして、その者の目から見たとしても、梨恵の様子は話を逸らそうとしているようにしか映らないだろう。

「話を逸らさないでください!」

「有効活用してくれてるのね。嬉しいなー」

 しかし梨恵は聞く耳を持たない。

 もう何を言っても無駄だと思い、智観は諦めることにした。

 体良く逃げられてしまった気もするが。



 それから智観は梨恵と学園生活について語り合った。

 学園生活は面白いかとか、授業は難しいかとか、梨恵はそんなことばかりを質問していた。

 智観にとってこの一週間は、これまでの人生で間違いなくベストファイブに入る程に大変な一週間だった。授業内容云々よりも、むしろ月曜日から土曜日まで三十四時間びっしりと詰まった時間割で肉体的な疲れの方が大きいのだが。

 そう感想を述べたら、梨恵は笑って自分も同じだったと言う。

「最初はそんなものよ。私だって入学直後は一週間持ち堪えるだけでも精一杯だったんだから」

「えぇ!? 梨恵さんもそんなだったんですか!?」

 だがそうは言われても、智観には疲れきった梨恵の姿などとても想像できなかった。

 彼女なら一週間くらいは不眠不休でも平然としていられるのでは、と思えてしまうからである。

 先週のあの日、少しだけ垣間見た彼女の戦闘力は、それ程に圧倒的だったのだ。

 彼女が今みたいな力を得たのはいつからなのだろう。智観はそこに興味が湧いた。

「梨恵さんっていつからこんなに強くなったんですか?」

「うーん……具体的にいつって言われても難しいわね」

 しかし本人に聞いてみても、はっきりとした答えは得られなかった。

「ただ、親友と競い合ってるうちにいつの間にか上達したことは確かかな」

「いわゆるライバルという奴ですか?」

「そう! まさにそれ!」

 なるほど、つまり腕を競い合えるようなライバルがいれば上達できるのか、と智観は何となく梨恵の強さの秘密に一歩近付けたような気がした。

「学生時代の親友兼ライバルってのはいいものよ。卒業してもずっと友達でいられるもの」

「梨恵さんは今もその人と交友があるんですか?」

「もちろん! 今でも休日にはよく一緒に遊びに行く仲よー」

 その友達のことを思い出しているのか、やたらと楽しげに梨恵は語る。

 卒業後も友達同士でいられる関係って素敵だな。

 そう感じると同時に智観には一つ気になったことがあった。 

「ところでその人ってもしかして男の人だったり……?」

 梨恵は一転して呆れた顔になってその問いに答えた。

「はぁ、何を勘違いしたのか知らないけど、クラスメイトだったんだから女に決まってるじゃない……」

「あぁ、女の人ですか」

「がっかりした?」

「いえ。がっかりとかではないですけど……」

 落胆するどころか、むしろ安堵してしまっている智観がいた。

 それと同時に彼女は自問自答する。

 一体私はなぜこんなことを聞いてしまったのだろう?

 そして親友が女だと聞いて安心しているのはなぜなのだろう?

 考えても答えは出て来なかった。

 その思考もすぐに梨恵の言葉によって遮られる。

「まぁそういう訳だから、智観ちゃんも友達の中から一人はそういう娘を見つけておきなさいよ」

「あ、はい。分かりまし」

 た、と言おうとしたところで、智観は重大なことに気が付いた。まだ友達と言えるような人が一人もいないという事実に。

 いるのは悪い意味で何かと絡んで来る迷惑な人間だけだ。

「でも実は私、まだ友達が……」

 智観の村には同年代の子供がいなかった為とは言え、この現状は良いとは言えない。

 彼女自身も何とかしたいとは思っていたのだが、結局一週間が過ぎても何も改善してはいなかった。

 なので思い切って人生の先輩である梨恵に打ち明けてみたのだが。

「え!? あなたまだ友達作ってなかったの!?」

「済みません。お恥ずかしながら……」

 信じられないとでも言いたげに驚かれてしまった為、つい智観は謝ってしまう。

 それから胸中の悩みを一気に吐露する。

「でも私、同年代の人と接したことって無いから、どう接したらいいか分からないんですよ」

 彼女の話に、梨恵は時々頷きながら、耳を傾けてくれた。

「都会の流行とかも全然知りませんし、そもそも何と話を切り出したらいいかも……」

「馬鹿ね」

 智観が悩みを吐き出し終わったのを見ると、梨恵はゆっくりと彼女の側に歩み寄る。

 それから両腕で、優しく智観の体を抱き締める。

 梨恵の腕に包まれながら、智観は今は亡き母の温もりを思い出していた。

 そう言えば小さい頃は、母にこうやって慰めてもらっていたっけ。

 智観の背中に回した手で軽く叩きながら梨恵は言う。

「そんなの『今の授業どうだった?』とか『今日一緒にお昼食べない?』とかから始めればいいことじゃない」

「でもその後はどうするんですか?」

 だが智観は恩人の言葉でも今一つ自信が持てなかった。

 麗奈みたいに敵意を剥き出しにはされないまでも、拒絶されたりはしないだろうか。

「後はなるようになるって。騙されたと思って明日やってみなさい」

 そんなに上手く行くものなのだろうか。

 やはり自信は持てなかったが、智観はもう少しだけ梨恵の温もりを肌で感じていたかった。

 だから彼女は黙ったまま、梨恵の胸に顔をうずめた。

 梨恵はそんな彼女を優しく受け止めてくれていた。

 しばらくそのままでいると、確証こそ無いが、不思議と上手く行くのではないかという予感がしてきた。

「梨恵さん……私、頑張ってみます」




 日曜日に梨恵にそう言ったところまでは良かったものの、いざ本番となると話は別だった。

 既にクラス内では仲の良いグループがいくつか出来ており、その輪の中に入っていくのはどうしてもはばかられてしまう。

 二週目は先週よりも肉体的疲労は少なかったし、授業内容もまだ然程難しくはなかったが、智観の精神的疲労はむしろ先週よりも大きかった。

 一日、また一日と独りの日々は過ぎていき、あっと言う間に土曜日がやってきていた。

 今週はやると心に決めていたのに、誰にも声を掛けられなかった。

 きっと来週も再来週も、ずっと私は一人なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、いつしか教師の話も耳に入らなくなっていた。

 いけないいけない、と智観は思考を中断し、授業に耳を傾けることにした。

 考えているとますます憂鬱な思いが募ってきてしまう。

 しかし何を考えていても、あるいは何も考えていなくても、時間というものは等しく流れ去って行くものである。

 ふと気が付いた時には土曜日の四時間という短い授業は全て終わり、終礼も何事も無いままに終わってしまっていた。

 既にほとんどのクラスメイトは教室を出て行った。

 残っているのは、智観の他には仲の良さそうな八人ほどのグループだけだ。

 自分は彼女達のように笑い合い、ふざけ合えないのだろうか。

 突然彼女は自分の不甲斐の無さが情けなくなり、教室を飛び出した。

 風にでも当たって気分転換しよう。

 屋上ならきっと程よく強い風が吹いていることだろう。

 その風に当たればこの気持ちも吹き飛ぶに違いない。

 智観は脇目も振らずに階段を駆け上がった。

 そうして最上階まで上がり、そのまま屋上へ繋がる鉄製の扉を開く。


 少し力を込めて扉を開けた智観を歓迎したのは、心地好い春の日差しと、遮るものが無い為か予想外に強く吹き抜ける風だった。

 学園の屋上。そこは解放感に溢れる場所であった。

 風が自分を癒してくれるのを感じながら、智観は呆けたような表情で、明るい陽が差す中をフェンスの側まで歩いていく。

「あの……小林さんですか?」

 と、そこで不意に呼び止められた。

 自分に声を掛けるような者がいただろうかと思いつつも振り向いてみると、クラスで見覚えのある二人の少女が、屋上に広げられた一メートル四方くらいのレジャーシートに肩を寄せ合って座り、弁当を食べている姿が智観の目に映った。

 ちなみに二人とも制服のリボンタイは赤色なので、智観と同じ一年生だ。

「え? あ、はい……」

 返事をしつつ、彼女達の名前を思い出す。

 一人は赤い長髪を白いリボンで一本にまとめた少女だ。この少女はクラスでも身体測定の時や授業の時に目立っていたので記憶に残っている。確か彼女の名は……

「日野さん……でしたよね?」

「あぁ、日野明日華あすかだ。よろしく、小林さん」

「小林智観です。よろしくお願いします」

 明日華と名乗った赤髪の少女は、座ったままの姿勢で小さく会釈した。座っていると先端が地面に触れそうな程の長さのポニーテールが揺れる。

 智観もそれに倣って会釈して返す。

「それとそちらは……」

 顔を上げた智観は続いて明日華の隣にいる少女に視線を移す。

 黒髪黒眼の少し小柄な少女だ。

 掛けている眼鏡の縁まで黒い為、色白な肌と赤いカチューシャが一層際立っている。

 名前は知らないが、教室でよく明日華と一緒に話しているのを見たことはある。

 智観が名前を知らないことを察したのか、彼女は自分から名乗ってくれた。

「あ、えっと、私は森本千秋ちあきと言います。よろしくお願いします」

 千秋という名のこちらの少女も、明日華と同様に会釈した。

 智観もまた先程と同様にして返す。

 この二人はなぜこんな場所で弁当を食べているのだろうかと智観は疑問が湧いてきた。

 ここで会ったのも何かの縁かもしれないと思ったこともあり、智観は一通り自己紹介が終わったところで思い切って二人に尋ねてみた。

「ところでお二人はこんなところでお昼ですか?」

 先に答えたのは明日華の方だった。

「あぁ、ここは空が見えるし風が気持ちいいからな。なぁ、千秋?」

「はい! ここで食べると美味しさ倍増です!」

 二人の少女はそう言うとお互いに顔を見合わせて笑う。

 思い返してみると、入学式の直後から既にこの二人は一緒にいたような気がする。

 入学前からの仲なのだろうか。どちらにしろ彼女達が強い絆で結ばれていることは疑いようが無い。

「おじゃましました。また月曜日に」

 せっかく風に当たって気分転換を図ろうとしたのが逆効果になりそうだと思ったのと、自分がここにいると彼女達の時間を邪魔してしまいそうだと思ったこともあって、智観は逃げるように屋上から立ち去ろうとした。

 少し話せただけでも進歩だ。今日のところはこれだけでも充分だろう。

「あぁ、待て待て。そんなに急いで帰ることもないだろ?」

 しかし彼女は足を止めざるを得なかった。

 背中に自分を呼び止める声が掛けられた為だ。

「この時間にこんな場所をうろついてるということは、昼食はまだなんだろ? 一緒に食べないか?」

「え、でも……」

 呼び止められたばかりか、今度は思いがけず昼食の誘いまで受けてしまった。

 明日華の言うように昼食はまだだったので、本当なら特に断る理由は無い。

 だが自分がいると邪魔になってはしまわないだろうか。

 それが気がかりで智観は首を縦に振ることが出来ないでいた。

「千秋もいいだろ?」

「はい。二人より三人で食べた方がきっと美味しいはずです!」

 明日華が隣に座る少女――千秋に尋ねると、彼女は力強く頷いた。

 これは歓迎されているのだろうか、それならこの誘いに乗ってもいいだろうか、などと考えていると。

「あぁ、もう! まどろっこしいな。そういう時は素直に頷いておくものだぞ!」

 明日華は立ち上がって智観の腕を取ると、広げたレジャーシートのところまで強引に引っ張ってくる。

 それから千秋の右隣に智観を座らせ、明日華自身は智観を挟み込むように智観の右隣に腰を下ろした。

「言い忘れてたが、三人だとシートが狭いから詰めてくれよ?」

 それから更に智観の方に体を寄せてくる明日華。智観もそれに従って左に寄ると、必然的に左隣にいた千秋と体が密着することになる。最早彼女に逃げ場は無かった。

 いささか強引な明日華のやり方だったが、こうでもしてくれなければ智観は適当に言い繕って逃げ出していたことだろう。

 そしてほとんど強引に昼食の席に招待されたことで、智観の心の中で彼女を阻害していたある種の蟠りも同時に吹っ切れていた。

「はい、お箸」

「えー、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。日野さん、森本さん」

 千秋に差し出された割り箸を二つに割り、小さくいただきますと言ってから料理に手を付ける。

「そうそう。ここは素直に甘えておくものだぞ。遠慮無く食べろよ」

「あ、明日華! これ作ったのは私なのに、まるで自分が作ったみたいに言わないで下さいよ!」

 丁度卵焼きに箸を伸ばしたところで、自分を挟んで言い合いが始まってしまった。

 何だか騒がしい人達とお近付きになってしまった。

「でも、悪くない」

 薄い塩味の効いた卵焼きを一口齧りながら、智観は自然と笑みが零れてくるのを感じた。

「でしょ? でしょ!? 私が作った自信作ですから。あ、こちらもどうぞ」

「え、いえ、料理じゃなくて……いや、確かに卵焼きも塩味が効いてて美味しいけど」

 智観の「悪くない」を卵焼きのことだと勘違い(智観は卵焼きも美味しいと思ったので全くの間違いとも言い切れないのだが)した千秋は、おにぎりを自分の箸で挟んで智観の口元へ近付ける。

 智観は条件反射的に卵焼きの残りを飲み込み、千秋の差し出すおにぎりにかぶり付く。と、そこへ明日華から抗議の声が上がった。

「待て、ずるいぞ千秋! 自分だけ抜け駆けするつもりか!?」

「私が作ったお弁当ですから、最初は私があげるのが筋です!」

 妙なことに巻き込まれたのでは、という思いがしないではなかったが、こうやって同年代の少女達と昼食を食べるのは人生で初めての経験だったこともあり、不快ではなかった。

 それどころかむしろ、誘いを受けるべきか断るべきかで悩んでいた先刻の自分が馬鹿らしく思えてしまう程に居心地が良い。

 難しく考えなくても、なるようになる。

 なるほど、人生の先輩の言葉には説得力がある。全くもって梨恵の言っていた通りだ。


 それからも賑やかな昼食の時間はゆっくりと過ぎていった。

 三人は出身地や出会いのきっかけや趣味などについて語り合いながら、時々千秋手製の弁当を味わっていた。

 こんな時間がずっと続けばいいのにな。

 初めて出来た友達との話を楽しみながら、智観は頭の片隅でそんなことを思っていた。

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