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第二十八話 帰ってきた日常

 学園の女子寮の一階。明日華の部屋の扉をノックする少女がいた。悠里だ。

 何度かノックしたり声を掛けたりしているが、何の反応も無い。

(まだ千秋と話してるのかな?)

 寝ていたり聞こえていないというわけではなさそうだ。そう悟った彼女は、すぐ隣にある千秋の部屋の扉を先程より控えめにノックする。が、こちらも反応が無かった。

 電話を掛けても出なかったし、部屋にもいない。

 千秋はともかくとしても、明日華までいないのはどういうことだろうか。

 悠里には今すぐにでも二人に教えたい情報があるのだ。それを伝えられないのが大変にもどかしかった。

 探しに行きたいところだが手掛かりも無いのでは不可能だ。

 すぐに戻ってくることに賭けて、二人の部屋の側にある壁に体を預けて待っていると。

「お、悠里? どうかしたのか?」

「お久しぶりです、悠里」

 明日華の呼ぶ声が聞こえてきた。読みは的中したのだ。

 すぐ後ろには千秋もいる。彼女の表情には輝きが戻っているように思えた。立ち直ることができたのか、悠里は聞いてみることにした。

 なぜか濡れた髪をタオルで拭いていることも気になったが、それは後回しだ。

「千秋、もう大丈夫なの?」

「はい! 明日華のお陰です!」

 元気の良い返事。どうやら本当に大丈夫そうだ。

「良かった。心配だったから……」

「すみません、迷惑かけました」

「そうだぞ。皆心配してたんだからな」

 きっと明日華の地道な説得が、千秋の心と体を動かしたのだろう。

 千秋にとって明日華は何者にも代えがたい存在だ。逆もまた然り。悠里はそんな二人の顔に交互に目を遣った。

 そこで彼女はもう一つの疑問をぶつけてみた。

「気にしないで。ところで髪が濡れてるみたいだけど……」

 明日華と千秋の髪は風呂上りのように濡れている。特に腰に届くくらいの長さがある明日華の場合は顕著だった。

 残った水滴が廊下に差し込む日光を反射して、髪を輝かせて見せている。

「あ、えっと、これはだな……そうだ! 千秋の奴、このところ風呂入ってなかっただろ? だからシャワーでも浴びてきたらって言ったんだ」

「は、はい! 気持ち良かったですよー!」

「それでせっかくだから私も一緒にな」

 二人は髪を拭きながら気持ち良さそうに、しかし何やら気まずそうに答えた。

 明らかに動揺している。何やら顔も赤い。

 そんな二人を見て、悠里はわざと残念そうに溜息を吐いた。

「なんだ……言えないようなことしてたんじゃなかったんだ……」

「ちょ、違いますってば!」

「あのな、まだ私達はそこまで――あ、いや。次妙なこと言ったら刀の錆にしてやるからな!」

 明日華も千秋も顔を真っ赤にして否定する。

 悠里としては予想通りの反応が返ってきて面白い。もっとからかいたいところだったが、忘れないうちに本題に入ることにした。

「ごめんごめん。それより良いニュースがあるから」

「良いニュース?」

 口を揃えてそう聞き返す二人。悠里は小さく頷いて内容を伝えた。

「うん。麗奈から電話があったの。智観が目を覚ましたって」

「本当か、智観が!?」

「大丈夫なんですか!?」

 智観が目覚めたと聞いた途端、二人は詰め寄ってきた。悠里は彼女達を制してから続ける。

「本当だよ。異常が無ければ数日で退院できるって」

 それを聞いて二人とも安堵の溜息を吐いた。

「そっか。安心しました」

「これで皆揃ったな」

 二人が落ち着いたのを見計らってから、悠里は一つの提案をする。 

「それでこれからお見舞いに行こうかと思ってるんだけど、一緒に来る?」

「もちろんです!」

「分かった。準備してくる」

 即答だった。明日華も千秋も、その提案に乗らないはずが無い。

「じゃあ三十分後にバス停で待ち合わせしよ」

 悠里はそう言うと、自分も準備をする為に部屋に戻った。

 明日華と千秋も各々の部屋へと入っていった。




 麗奈が学園にいる悠里と、ついでに梨恵にも電話を入れてからしばらく後。

 梨恵が同じ年頃の見知らぬ女性を伴って見舞いにやってきた。

「梨恵さん、わざわざお見舞いありがとうございます」

「どうせ今日は非番だったからいいのよ。それに元気になった智観ちゃんの顔が見たかったしね」

 彼女はそう言って智観の頭を撫でてきた。

「梨恵は本当、その子がお気に入りなのねー。でもまぁ、意識が戻って良かったわー」

 間延びした口調のもう一人の女性がその光景を見て笑った。

 そこで智観は気になっていたことを尋ねてみる。

「梨恵さん。この人、誰なんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! それはねー」

 女性はなぜか得意気になって話そうとしたのだが。

「宮本中尉。あの後、あたし達を助けてくれた人よ」

 それまで黙っていた麗奈が全てをかっさらってしまった。

「ちょっと麗奈ちゃーん! それにあたしのことは晴海って呼んでよー」

 麗奈に宮本中尉と呼ばれた彼女は、頬を膨らませて文句を言っている。子供っぽくて何だか可愛い人だ、と智観は思った。

「ごめんなさい。つい……でもそういうわけだから、中尉にはお礼言っておきなさいよ!」

「え、そうなんですか? ありがとうございました」

 詳しい事情は覚えていない――気絶していたので当然だ――が、ひとまずは感謝の言葉を述べておく。

「仕事だから気にしないで。ちなみにあたし、宮本みやもと晴海はるみって言うのよ。晴海って呼んでねー」

「晴海さんですね? よろしくお願いします。それであの後どうなったんですか?」

 智観はぺこりと会釈する。宮本中尉――晴海も笑顔で会釈を返してくれた。

 それから彼女は気を失っていた間のことを、晴海と麗奈に聞いてみた。

 話によると智観はあの後、晴海の艇で他の負傷者と共に首都の病院に搬送されたという。

 彼女はその時点では命に別状は無かったが、負傷者の中には重傷の者もいたので、まとめて搬送されたらしい。

 そして後はずっとこのベッドに横たわっていたのだとか。

 ちなみに晴海と麗奈は学生時代から付き合いのある仲らしく、見舞いに来てくれた大きな理由もその縁らしい。何でも、梨恵が入れ込んでいる少女を見ておきたかったとか。

 そして晴海こそ、梨恵がかなり前に言っていた「学生時代の親友兼ライバル」当人であるとも聞いた。


 智観が新しく知った情報を頭の中で整理していると、梨恵が感心したように話しかけてきた。

「それにしても智観ちゃん、凄い魔法使えたのね。いつの間に覚えたの?」

「本当。あたし達の艇も巻き込まれるかと思ったわー」

 晴海も彼女に同調する。

 あの魔法は確かに術者である智観自身から見ても凄まじい威力だった。

 だが褒められても素直に嬉しがることはできなかった。

 もう一度やれと言われても無理――仮に成功したとしてもまた気を失うだけだろう――な気がしたし、あれは自分一人の力ではないと信じていたからだ。

「いえ、あの時は必死でしたし……それに天国のお母さんが助けてくれましたから……」

 智観は気持ちを正直に打ち明けた。信じられない話ですけどね、と付け加えて。

「そう、あなたのお母さんが……」

 梨恵はそんな信じられない話を、否定することなく受け入れてくれた。でも、と彼女は続ける。

「でも智観ちゃんはいつかその力を自分のものにできる。私はそう信じてるわ」

「本当ですか!?」

 智観は思わず聞き返してしまった。

 もしそんな日が来れば、二度とあの時と同じ悲しみを味わわないで済むのだ。

「少なくとも私は信じてるわ」

「あたしも梨恵と同じ意見よー」

 これはきっと自分を応援してくれているのだろう、と智観は思った。

「ねぇ、麗奈はどう思う?」

 ふと麗奈の意見が気になって尋ねてみる。  

「あたし!? そ、そうね……」

 急に話を振られて慌てる麗奈。しかしすぐに平静を取り戻すと。

「あたしのかの――ライバルなら、それくらいできてもらわないと困る、かな」

 ほんのりと頬を赤く染めつつも、そう答えてくれた。

「うふふ、ありがとう」

 歯に衣着せぬ物言いの麗奈にまでそう言ってもらえると、何だか智観も本当にできるような気になってきた。

 その為にどれ程の鍛錬が必要なのかは想像もできなかったが。


 梨恵達が帰った後、今度は入れ替わりに明日華と千秋、悠里の三人が見舞いにやってきた。

「智観ー! 心配したんだぞー!」

「元気そうで安心しました!」

「早く学園に来て。クラスの皆も待ってるから」

 三人とも元気過ぎる程に元気そうだった。

 千秋はここしばらく自室に引き篭っていると麗奈から聞いていたので、彼女が来たのは意外だった。

 千秋に聞いても、明日華のお陰で立ち直れたんですよ、としか教えてくれなかった。

 だがそんなことはどうでも良かった。

 大切なのは自分達五人が、またこうして顔を合わせていられるということだったからだ。

 久しぶりの五人で過ごす時間は賑やかな時間だった。これなら退院までの数日、退屈しなくて済みそうだ、と智観は思った。

 賑やか過ぎて看護師に叱られてしまうという事態もあったが、やがて明日華達も「また学園で会おうな」と言い残して帰っていった。

 病室では再び麗奈と二人きりになる。

 そこで麗奈が申し訳無さそうに、何かを握った手を差し出してきた。

「ごめん、これ渡すの忘れてた」

 智観も手を出して受け取る。

「あ、これ私の……どうして?」

 麗奈が握っていたのは、智観の母の形見である銀色のペンダントだった。

 智観が身に着けていたはずのものだが、チェーンが切れている点だけが違っていた。

「確かそれ形見なんでしょ?」

「う、うん」

「拾っておいてあげたんだから感謝しなさいよ」

「そっか。あの時に一緒に落ちたんだね」

 きっと智観が右胸を撃たれた時の銃撃でペンダントのチェーンも焼き切られ、落としてしまったのだろう。

 智観にとってはかけがえの無いものだが、極限の状況下にも関わらず拾っておいてくれたのだろうか。

「ありがとう。麗奈ってやっぱり優しいんだね」

「面と向かってそう言われると照れるんだけど……」

「照れなくたっていいのに。でも照れてる麗奈も可愛いから有りかな?」

 そう言ってまた抱き合う智観と麗奈。

 二人だけの時間は、その後も面会終了時間まで続いた。




 夕焼け空の下、二人の女性が市立病院前の道を歩いている。智観の見舞いを終えた梨恵と晴海だ。

 梨恵は病棟の方を振り返り、智観がいるであろう部屋の方に目を向ける。と、そこで晴海が話しかけてきた。

「梨恵から色々聞いてたけど、何だか会ってみたら普通の女の子だったわねー」

「でも可愛い娘でしょ?」

「それは間違いないわねー。それと母性本能をくすぐられるようなところもあったかな。でも」

 晴海も智観にはある程度の関心を抱いたようだった。だが何か腑に落ちないことでもあるのだろうか。歯切れが悪い。

「でも……どうしたのよ?」

「ううん。ただ、梨恵がそこまで入れ込むような子には見えなかったかなー、ってね」

 梨恵は何も言えなかった。

 確かに彼女は智観を妹のように可愛く思っている。だがそれが理由の全てではない。

 本当の理由は彼女自身分かっているはずだが、認めたくなかった。

 そんな梨恵の心中を、晴海が代弁する。

「やっぱり……責任感じてるの?」

「えぇ、そうかもしれないわね……」

 晴海に後押しされるかのように、梨恵は口を開いた。

 十年連れ添った仲だけあって晴海は何でもお見通しだ。今の梨恵にはそれがありがたかった。

「別に私一人の力で何でも解決できるなんて思ってないわよ。できなかったことだって、何度もあるわ」

「あたしもよく、もう少し力があったらって思うわ。きっと皆同じよ」

「えぇ。でもせめて……せめて智観ちゃんのお母さんだけは助けてあげられたらって……あの子の笑顔を見てたら……」

 最後の方は涙声になっていた。梨恵は言い終わると俯いてしまう。晴海はそんな彼女の両肩にそっと手を置く。

「大丈夫よ、梨恵。あの子は絶対に梨恵のことを恨んでたりなんかしないわ」

「そんなこと分かってるわよ……」

 梨恵は顔を上げずに呟いた。晴海は仕方が無いな、と言いたげに続ける。

「それに、そんな態度だとかえってあの子を困らせることになるんじゃない?」

「じゃあどう接すればいいのかしら?」

「梨恵はどうしたい?」

 彼女は何も言わなかった。

「分からない? それなら自然体が一番じゃないかなー」

 梨恵はやはり何も言わないが、聞き返すように首を傾げていた。

「だから自然体。罪滅ぼしとか埋め合わせとか抜きで、一人の先輩として接するの」

 梨恵は初め、ぽかんと口を開けていた。だがその表情はやがて微笑みに変わった。

「……そうね、心掛けてみるわ。ありがとう」

 晴海も微笑みに微笑みで返した。

「もー、梨恵はあたしがいないと駄目なんだから」

「頼りにしてるわよ、晴海」

 梨恵は自分がパートナーに選んだ人間が晴海であったことに改めて感謝した。

 十年来の付き合いの二人は、それからは互いに無言のまま寄り添って歩いていった。

 夕陽に照らされて長く伸びた影もまた、主達と同じように寄り添っていた。

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