表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

第二十三話 友情と愛情の狭間

 合宿最終日の九月二十三日、午前三時。空はまだ暗い時間帯だ。

 明日華と悠里は智観達と入れ替わる形で見張りについた。

 わずか二時間なので、普段はポニーテールにしている明日華の髪は下ろしたままだ。

 使う機会は無いだろうが、念の為に愛用の日本刀も持って行く。

 相方の悠里も腰に自分の剣を差していた。

「そう言えば悠里。お前ってどんな剣使ってるんだ?」

 悠里の武器に興味が湧いた明日華は、見回りの最中に尋ねてみた。

 すると彼女は金属の擦れ合う音を響かせながら、鞘から剣を抜いた。

「こんなの」

「なるほど。エストック……だったか? 西洋の剣のことはよく知らないんだが」

 悠里が顔の高さに持ってきた剣は全体が一メートル余り。切っ先の鋭く尖った細身の剣だった。

 刺突に特化していることは一目瞭然だ。

「確かそんな感じだったと思う。はっきりとは覚えてないけど」

「おい!」

(自分の武器の名前を知らないで大丈夫なのか?)

 明日華はそう思ったが、実際武器に求められるのは戦闘で役立つかどうかの一点に尽きる。

 案外それくらいでも大丈夫なのかもしれない、と無理矢理自分を納得させた。

「せっかくだし、ちょっと模擬戦でもやる?」

 剣を下ろすと悠里はそんなことを言ってきたが、明日華はあまり乗り気ではない。

 別に負けそうな気がしたわけではない。

「いや、寝る前に汗をかくのはちょっとなぁ……」

 年頃の少女らしく、髪や肌が傷むのが許せなかっただけだ。それに比べれば負けるくらい構わない。

 そしてそれは悠里も同感らしい。

「う、そうかも……」

「じゃあ学園に帰ってからやるか」

 そんな約束をしてから、二人は任務に戻った。


 それからも二人は他愛の無い話をしながら、全員のテントやその周辺の見回りをした。

 途中で他の当番の人と出会うことも何度かあったが、彼女達の報告はいずれも「異常無し」だった。

「うぅ、結構冷えてきたな」

「本当。もっと着込んできたら良かった……」

 明日華は身体を震わせた。隣を歩く悠里も、風から身を守るように腕で身体を覆っている。

 深夜ということもあり、まだ九月にも関わらず空気は肌寒かった。

 雲も少し出てきたようで、星空を見て楽しむこともできない。

「なぁ悠里。ちょっと良いか?」

 見回りの途中、明日華は唐突に切り出した。

 悠里は無言のまま明日華の方へと目を向けてくる。

 どうぞ。彼女の赤い瞳はそう言っているように見えたので、明日華はそれに甘えて続けた。

「私と千秋と智観のことなんだが、どう思う?」

「どう、って……仲良さそうに見えるけど、どうかしたの?」

 質問の意図が読めなかったのだろう。悠里は不思議そうに首を傾げながら答えた。

 無理もない。この返答は明日華の予想通りだった。

 智観達のグループの中でも特に深い絆で結ばれているのはこの三人というのが、クラス内での共通認識だからだ。

「まぁそうだよな。でも私が気にしてることは、仲が良いからこそなんだ」

「? どういうこと?」

 神妙な面持ちと口振りになって続ける明日華。

 興味を惹かれたのか、悠里は足を止めて聞き返してきた。

 だがその前に、明日華は念を押しておく。

「話す前に一つ約束してくれないか? 今から言うことは二人だけの秘密にしてくれるって」

「……分かった。墓場まで持ってく」

 小さく頷く悠里。

 彼女は少々お節介が過ぎるところもある気がするが、口は堅い方であるし、信頼が置ける。

 この少女になら話しても大丈夫。そう確信した明日華は本題に入った。

「助かる。私が気にしてるのは、さっき言ったように、私と千秋と智観。三人の関係についてなんだ」

「詳しく聞かせて」

「あぁ、ちょっと長くなるけどな。あれは夏休みの中ほどだったかな……智観と一緒に千秋の家に泊まりに行った日のことなんだ」

「いつか私も遊びに行っていい?」

「千秋なら多分いつでも歓迎してくれると思うぞ。ただ、それは置いとくとしてだな。あの日私達は――」

 それから明日華は、悠里にあの夏の日――八月十六日のことを話して聞かせた。

 昼間のショッピングや麗奈との模擬戦等、本題に関係無いことはかいつまんで、だが。

 悠里は自分もそれらを追体験している気分にでもなっているのだろうか。

 時々「面白そう」や「私も見たかった」等と興奮気味(あくまで彼女にしてはだが)に口走ることもあった。

「それで夜になって、私達三人は千秋のベッドで寝たんだが、暑くてな」

「三人で……したの?」

「ち、違うわっ!」

 何故か頬を赤く染めた顔で尋ねる悠里。

 何をしたのかにはあえて触れずに、明日華はきっぱりと否定した。

 触れると面倒なことになりそうな上、話が横道に逸れてしまいそうだったからだ。

「期待したのに……」

「期待するな! で、続けて良いか?」

「うん」

 悠里が頷いたのを合図に、明日華は再び話し始める。

「暑くて眠れなかったから、ベランダで風に当たってたら、千秋が来てな。それから――」

 明日華は千秋との会話の要点だけを話して聞かせた。

 全てを話す必要は無かったし、何より彼女の言葉の本当に大切な部分は自分の中だけに置いておきたかったからだ。

 そして最後に、千秋の額に口付けしたことを言って、明日華は話を締めくくった。

「と言うわけなんだが……」

「大体分かった。千秋に告白するチャンスが掴めないとかそんなところ?」

「いや、そっちは私自身で何とかしたい。気掛かりなのは智観のことなんだ」

「智観? 今の話だと、智観寝てただけ」

 再び首を傾げる悠里。

 至極真っ当な疑問だ、と思いつつ明日華は説明した。

「私もその時は気にしてなかったんだがな。後になって、もしかしたら智観を裏切ったみたいな形になってないか、不安になったんだ」

 悠里はまた頭に疑問符を浮かべている。

 一呼吸置いてから、明日華が苦悩している理由を話そうとした時。

「おーい! 何しとるんや、そこの一年生!」

 特徴あるイントネーションの声が、続いて革製のローファーが地面を蹴る足音が、闇の向こうから聞こえてきた。

「神田先輩!? どうしてこちらに!? あ、ご苦労様です」

「こんばんは」

 声の主は引率の三年生、神田深那子だった。

 明日華は話そうとしていた言葉を慌てて飲み込み、先輩に礼をした。

 悠里は動揺した様子も無く、落ち着き払って夜の挨拶をしている。

「あぁ、誰かと思ったら日野に北条か。見張り番さぼって、こんなところで何を話してたんや?」

「え? それは、その……」

 あくまで明日華から見た印象だが、神田は口が軽そうだ。

 彼女の悩みは、できればこの上級生には話したくないものだった。

 しかし何と言って誤魔化そうかと、言葉に詰まってしまう。

「まさかやらしいこと考えとったんとちゃうか?」

 断じて違うと言いたかったが、神田が斜めに背負った薙刀が放つ強烈な威圧感に押されて、反論できない。

 神田はずいっと明日華に顔を近付けて迫ってくる。

 危機を救ってくれたのは悠里だった。

「合宿が終わったら何をしようか話してただけです。お風呂入るとか、ベッドでぐっすり眠るとか、遊びに行こうとか。先輩もいかが?」

 彼女は相談を始める前にした約束をしっかりと守ってくれている。

 嘘を嘘と思わせない平静そのものの態度と物言いに、神田はあっさり騙されてくれた。

「あぁ、そんだけか。そやなー……うちもこれが終わったらゆっくり昼寝したいわー」

 危機が去って、明日華はほっと胸を撫で下ろした。が、安心するのはまだ早かった。

「でもそれは合宿が終わってからやな。うちも一緒したるから、もう少しだけ頑張ろか」

 どういう風の吹き回しか、彼女は明日華達に同行すると言い出してしまった。

 これでは悠里と二人だけの相談などできようも無い。

 一番肝心な部分が相談できず終いだった為、明日華の胸はもどかしい思いで一杯だった。

 心に引っ掛かりを覚えたまま悠里を見ると、彼女は何事も無かったかのように神田に続いて歩いていた。

(お前の冷静さを分けてくれ、悠里……)

 今の気持ちは間違い無く顔に出ている。それを自覚していた明日華は、悠里の精神力を羨ましく思った。

 だがよくよく注意してみると、彼女は口の動きだけで明日華に言葉を伝えようとしている。

 よ、く、あ、さ。

 悠里は確かにそう言っていた。

(続きは明日の朝ってことか? 分かった、ありがとう)

 目配せで返事をしてから、明日華も見回りの仕事に戻っていった。




 午前五時。

 この時間になると、空はかなり白んできている。夜明けはすぐそこまでやって来ていた。

 麗奈達最後のグループが見張りについたのはこの時間帯だ。

 起床時間は午前七時なので、この後もう眠ることは無い。

 彼女はパジャマを脱ぎ、普段と同じくカッターシャツの上からブレザーを羽織るスタイルに着替えて見張りに当たっていた。

 テントを出ると適当に付近を巡回してみる。

(何であたし一人になっちゃったんだろ……)

 彼女は暇を持て余していた。話し相手がいないので退屈極まり無い。

 昨夜は綺麗な星空だったのに、今は雲が多いのも憂鬱な気分を加速させた。

 二十分程して、彼女はようやく話し相手に巡り合った。

「あ、麗奈ちゃーん!」

「麗奈ちゃんも一緒の時間だったんだね」

 麗奈の姿を見つけるなり駆け寄って来たのは、二人の少女だった。

 どちらも彼女のクラスメイトであり、よく智観達と話しているのを見かける。

 時々だが麗奈も話したことがあった。

「平井さんに美河さん、だっけ? 二人とも一緒になれたのね」

「うん。麗奈ちゃんは一人?」

「運悪くあたしだけね……」

 野球部員として有名な平井愛海の質問に、溜息交じりに答える麗奈。

「じゃあ、わたし達と一緒に行く?」

 すると心配してくれたのだろうか。彼女は麗奈を自分達のグループに誘ってくれた。

「葵も良いかな?」

「もちろんだよ。麗奈ちゃん強いし、何か出たら守ってくれそうだしね」

 愛海の相方――美河葵も快く麗奈を受け入れてくれた。

「よし! そうと決まったられっつごー!」

「おー!」

 それから麗奈達は当番が終わるまで一緒に行動することになった。

 麗奈は愛海と葵に質問されて、色々なことを喋った。

 勉強と魔法のコツや、普段の過ごし方、智観達と仲良くなったきっかけ等についてだ。

 中でも一際強く麗奈の記憶に残ったやり取りがある。

「麗奈ちゃんって何か雰囲気変わったよね」

「うん、分かる分かる! 角が取れたって言うか、話しやすくなったって言うか」

 初めに言ったのは葵だった。愛海も彼女の意見に同意のようだ。

「そうなの?」

「絶対そうだよ」

「特に二学期からはね」

 麗奈には実感が無かったが、葵も愛海も意見を変えない。

(言われてみると、そうなのかもしれないわね……)

 次第に麗奈自身の考えも二人の方へと傾いていく。

 原因があるとすれば……やはり智観達とのことだろうか。考えてみても他に思い当たる節は無い。

 考えている間にも時間はどんどん流れ、間も無く夜明けが訪れた。

 もしかしたら智観達との出会いは、自分の人生にとっての夜明けだったのかもしれない。

 目覚めを迎える世界の中、麗奈はふと、そんな幻想に囚われた。

 天気が良ければ美しい日の出も見られただろうが、あいにく今朝は雲に覆われて見えない。

 麗奈はそれを少しだけ残念に思った。




 起床時間は午前七時になっていた。

 智観達四人は最後の当番だった麗奈に起こしてもらうと、レーション一パックだけの簡単な朝食を摂り、出発準備に取り掛かった。

「まずはテントの片付けだよね?」

 緑のリボンで普段通りに髪をツインテールにまとめた智観が確認を取った。

 よく眠れたのだろう。目はぱっちりと開かれ、緑色の瞳も綺麗な輝きを湛えている。

「はい。出発まではまだ二時間ほどありますし、のんびりやりますか?」

 予定表と腕時計を見比べながら、千秋が答えた。

「どうせのんびりするなら、さっさとやることを終わらせてからのんびりしないか?」

 そこへ明日華が口を挟む。

 既に彼女は制服姿に着替えていた。ライトグリーンのブレザーだけは、前ボタンを止めずに着崩していたが。

「あたしもそれに賛成させてもらうわ」

「その方が気楽だから?」

「えぇ。智観、あんた達もそう思わない?」

 麗奈と悠里も明日華の意見を支持している。友人の質問に首肯して答えた麗奈は、今度は智観に話を振ってきた。

「あー、確かに。先に片付けちゃおっか」

 片付けさえ終われば、今日は十キロ程度のごく短い距離を歩くだけ。

 後は来た時と同じ旅客船に乗って学園まで直行だ。

 皆の言う通り、確かにその方が気楽そうである。智観の意見も明日華の側に傾いた。

 最終的には千秋もこの方針に賛成し、片付けが終わったのが午前八時頃。

 丸一時間ほど「のんびり」できる時間が作れたことになる。


「じゃあ私はちょっと悠里と話したいことがあるから、また後でな」

 片付けが終わって一段落すると、明日華は悠里を――ほとんど強制的にだが――連れてどこかに行ってしまった。

「何かあったんですか、明日華?」

「あぁ、昨晩ちょっと色々と」

 不思議そうに尋ねる千秋の相手もそこそこに、明日華は人気の無さそうな方へと走り去ってしまった。

「変な明日華……拾い食いでもしたのかな?」

「いや、いくら何でも拾い食いは無いと思いますよ」

「そ、そうだよね……」

 智観も明日華の態度には違和感を覚えていた。

 彼女が千秋を放ってまで別の人間と一緒に行動するというのが、奇妙な光景に思えたからだ。

「でもまぁ明日華達なら大丈夫だよね。チョコでも食べて待ってよ?」

 ただ、疑問に思いこそすれ、彼女は――そして恐らくは千秋や麗奈も――明日華達を信じていることに変わりは無かった。不安に思う必要は無い。

 智観は思考を切り替え、昨夜麗奈が食べていたチョコを食後のデザート替わりに堪能することにした。

 智観が背嚢から取り出したチョコの袋を開けるのに倣って、千秋も自分の分を開封した。

「お、良いわね。あたしもお裾分けしてもらおうかな」

 片付けが終わってからずっと黙って話を聞いていた麗奈が、そこで初めて口を開いた。

 昨夜は「まずい夕食の口直し」と言っていたが、意外とあのチョコを気に入ったのかもしれない。

(お菓子につられるなんて、麗奈にも可愛いところがあるんだなぁ……)

 智観は微笑ましく思った反面、少しからかってみたい衝動にも駆られた。

「麗奈は昨日全部食べたでしょ。だから駄目っ」

 智観はあえて麗奈の言葉を無視して、チョコを一粒自分の口に放り込んだ。

「えー! ちょっとくらい分けてくれてもいいじゃない!」

 すると予想通り、麗奈は不平の声を挙げる。恨めしそうな視線は智観の持つ袋に注がれていた。

 普段の麗奈とのギャップが大きい為か、いっそう可愛く見える。

 だがあまり長くおあずけを食わせるのも可哀想に思えたので。

「なんてね。嘘だって。手、出して」

 すぐにそう言って、差し出された麗奈の左手にチョコを何粒か握らせた。

「あ、ありがと。変な意地悪しないでよ」

「ごめんね。麗奈が可愛かったからつい……」

「なっ、ななな何言って!? お世辞言ったって何もあげないわよ!」

 面と向かって笑顔で「可愛い」と言われた為だろうか。麗奈は真っ赤になってしまった。

 紅潮した顔を隠す為か、チョコを受け取ると彼女はそっぽを向いてしまった。

 智観にはそんな照れた麗奈もまた可愛く見えてしまうのだが。

 そんな二人のやり取りを、千秋はにこやかに見守っていた。




 麗奈が智観の悪戯心に振り回されているちょうどその頃。明日華は悠里と、昨晩の相談の続きをしていた。

「私が不安に思ってることはこうなんだ。昨日の夜は先輩が来たせいで言えなかったけど」

 話す間、悠里は黙って聞いてくれていた。

「私は千秋が好きだ。でも智観だって、あいつのことが好きかもしれないだろ? それに、もしそうなら私が千秋と特別な間柄になった時、智観とは友達のままでいられるのかな、って。それが私は不安で……」

 こんなことは悠里に行ってもどうしようも無いし、迷惑なだけなのに……。

 それが分かっていながらも、明日華は話すのを止められなかった。

「智観だって、あいつのことが好きかもしれないだろ? それに、もしそうなら私が千秋と特別な間柄になった時、智観とは友達のままでいられるのかな、って。それが私は不安で……」

 彼女は一気に胸の内を吐露した。

 自分自身でも気付かないうちに彼女の呼吸は荒くなり、目にはうっすらとだが涙が浮かんでいた。

 悠里はしばしの間、呆然としていたが。

「……何だ、そんなこと」

 今の今まで真剣に聞いていたにも関わらず、ここに来て初めて、小さく笑った。

 当然ながら明日華は怒りを露わにする。

「笑うな! 私は真剣なんだから!」

「ごめんごめん。でもそのことなら心配いらないと思う。多分だけど麗奈も神田先輩も私と同じことを言うと思う」

 なぜここでその二人の名前が出るのだろうか。

 その理由も不明だし、悠里が心配無用と言う根拠も不明だった。

 考えてみても一向に答えの糸口が掴めない。

「なぁ、何でその二人なんだ?」

「よく考えてみれば分かることだから。鈍い人じゃなければ誰でも私と同じことを言うはず」

「お前な……それは私が鈍いって言ってるのか?」

 その問いに悠里はこくんと頷く。

 明日華は鈍いと言われて傷付くよりも先に、歯痒さと不甲斐なさを感じさせられた。

 そして両手を挙げて降参の意を示すと、祈るような思いで懇願する。

「お手上げだ……頼む! 理由を教えてくれ!」

「うん、良いよ」

 意外にも悠里はあっさりと了承してくれた。

 それから彼女は、明日華が何よりも知りたかったことを知っている限りだが教えてくれた。

 しばしの間の後。

 彼女の話を充分に理解すると、明日華は自嘲気味に言った。

「ははっ……確かに私は鈍い奴だったな」

「でしょ? まぁ岡目八目って言うけど」

 それから純粋な興味で尋ねてみる。

「ちなみに千秋や智観本人は気付いてるのか?」

「千秋は分かってると思う。智観は多分気付いてないけど」

 実際には千秋の推測は一日違いで外れていた。

 だがそんなことは二人にとって知る由も無いことだし、関係も無いことだ。

「あいつも鈍いということか」

「うん」

 それから二人して、声を上げて笑った。


 少しの間二人で笑った後には、明日華の胸のつかえはすっかり取れていた。

「何だか楽になったよ。ありがとうな、悠里」

「感謝されるようなことはしてないけど……うん、どういたしまして」

 気持ち良さそうに伸びをしながら感謝の気持ちを伝える明日華。

 悠里は小さくお辞儀して返した。

「さて、そろそろ皆のところへ戻るとするか」

 明日華はそう言って踵を返す。

「無事に戻れるのなら、ね」

 ところが悠里は彼女には続かずに、腰に差したエストックを鞘から抜くとそう言った。

「……そうだな」

 事情を悟った明日華も真剣な顔付きになると、自分の刀を抜いて悠里のすぐ隣に立つ。

「せっかく良い気分だったのに空気の読めない連中だ」

「機械にそんなこと言っても無駄」

 ふざけているようなやり取りだったが、彼女達の声には緊張の様子が色濃く現れていた。

「何体くらいか分かるか?」

 明日華は正面の瓦礫の山に注意を向けたまま、左隣の悠里に尋ねた。

「多分ニ、三体。増援が来る前に片付けて」

 彼女も警戒を緩めることなく答えた。

 それを聞くと明日華は一歩足を踏み出し、短い呪文を詠唱して刀に電撃を纏わせる。

「分かった。出てきたら速攻でやるぞ……来たっ!」

 明日華が叫ぶのとほぼ同時に二体の鉄騎兵が、瓦礫の陰から姿を現した。

 どちらも同型で、安定感のある四本の脚と、それらに支えられた人間の上半身のような構造物を持っている。

 その姿はさしずめ「完全武装を施されたケンタウロス」と言ったところだろうか。

 右の機体は剣を、もう一体は槍を両手に構えていた。

「剣の方からやる! 悠里は槍持ちの注意を引き付けていてくれ!」

 鋭い声で指示を飛ばしながら、明日華は剣で武装した鉄騎兵に斬りかかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ