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第二十話 秘めた想い

 訓練は午前十時半から始まった。

 クラスごとに分かれて旅館前のグラウンドに集合した一年生達は、担任の教師やその補佐をする三年生の指示に従って、各種の訓練をさせられていた。

 智観達のクラスも例外ではない。

 整列や行進、方向転換。一列横隊から二列横隊や四列横隊への切り替え。

 一人一人だけならともかく、クラスの四十八人全員が息を合わせるとなると、これがなかなか大変だった。

 例えば智観。

「小林、足を出す順番が逆やで」

「え? わっ、ととと……」

 行進の時に右から足を出していて、補佐の三年生に注意されるということがあった。

 ちなみにこの三年生は、先程智観達を旅館に行くように促してくれた少女であり、名を神田かんだ深那子みなこと言った。

 もちろん智観に限ったことではなく、クラスの大体半分ほどが一回は注意を受けていた。

 千秋は番号を言う時に舌を噛んでしまい、二十三が「ににゅうひゃん」になってしまったということがあった。

 麗奈はそもそも合わせる気があるのかどうかが怪しく、頻繁に注意されていた。

「伊藤、ちゃんとみんなと合わせなあかんよ」

「何であたしが……むしろあたしに合わせるようにしなさいよ!」

 その都度こんなやり取りが繰り返される。

 きっと智観も含めたクラスの全員が、無茶言うなと心の中でツッコんだことだろう。

(麗奈、機嫌悪そうだなぁ……)

 そう思って、後でちらっと麗奈の様子を伺ってみると、やはり彼女は苛立ちを露わにしていた。

 優等生な上にプライドの高い彼女のことだ。

 大勢の前で何度も注意されたことが、さぞかし気に入らないことだろう。

 そんなこんなで、クラス内の纏まりは散々な状態からのスタートだった。

 だがそれでも、昼食の時間も挟んで数十回と繰り返していくうちに、少しずつ動きが揃ってきた。

 担任の蔭山や神田先輩が出来るようになるまで丁寧に指導してくれたというのも大きい。

 鬼教官みたいな上級生に当たったらどうしよう。

 智観はそれが不安の種であったが、全くの杞憂に終わった。

 指導は適切で、関西弁交じりの口調は穏やか。

 加えて(今はあまり関係無いが)十八歳ということもあり、可愛さの中に大人っぽい美しさが同居した美少女であった。

 癖毛の無い黒い髪は、智観も見惚れる程に素晴らしい。

 クラスによっては厳しい上級生に当たったところもあって苦労しているようなので、智観達はきっと幸運な方なのだろう。

 しかし指導の丁寧さを差し引いても、訓練の内容自体が厳しいものであることには変わりが無い。

 お陰で夕食時になる頃には、クラスの大半が疲れ切った状態になってしまっていた。

 平気そうなのは明日華や麗奈等、体力に自信のある生徒だけである。

 もっとも後者の場合は肉体的よりも心理的なショックを受けている様子なのだが。



 旅館の食堂で割と豪華な夕食をご馳走になった後、智観達五人は夕涼みを兼ねて海岸にやってきていた。

 潮風が涼しく、疲れた体には心地好い。目にしみるのは少々嫌だったが。

「うぅ、疲れた……」

「声がかれた……無事に終えられる自信無い」

「まだ後二日あるんですよね……」

 疲労困憊といった様子の智観と悠里、千秋の三人は、海に向かってそう愚痴った。

「兵士さん達って毎日こんな厳しい訓練とかやってるのかな?」

「いや、もっと厳しいと思いますよ?」

「うわぁ……」

 何気ない呟きに対する千秋の返答を聞くと、ますます疲れが出てきそうだった。

 疲れるだけだ。もう余計なことを考えるのはやめよう。

 智観はそう考え、改めて海の方に目を向ける。

 本当は写真でしか知らない水平線を見ることを楽しみにしていたのだが、対岸の房総半島の山影が見えてしまい、叶わなかった。

 だが砂浜に寄せては返す白い波が想像以上に美しく、ずっと見ていても飽きなかった。

「綺麗な音……」

 目を閉じて耳を澄ませてみると、瞼の裏に白波が蘇る。

「そうだな……」

「癒されますねー」

 明日華や千秋達も波の音に聞き入っているようだ。

 そこで智観はふと思い立って、海の方へと歩いていく。

 砂浜は一歩踏み出すごとにサクサクと小気味の良い音がした。

 そして海まで残り十数歩というところで、革靴も黒の靴下も脱いで裸足になる。

 足にダイレクトに伝わってくる砂浜の感触は、こそばゆくも心地好かった。

 そのまま海に入ってみると。

「冷たっ!」

 予想外の冷たさに、智観は思わず飛び上がってしまった。

 季節は秋の初め。泳ぐには少し寒い時期だ。

「何馬鹿なことやってんのよ」

「秋だから冷たいのは当たり前」

 麗奈と悠里の冷たい目線が痛い。千秋と明日華も呆れたような顔をしている。

 言われてみれば、とてつもなく馬鹿なことをしている気がする。

 何だか居心地が悪くなってしまい、智観は急いで海から出ようとしたのだが。

「きゃっ!?」

 ちょうど方向転換した時に波に足を取られてしまった。

 大きな音と激しい水飛沫を立てて、海に倒れ込んでしまう智観。

「いたた……どうしよう、これ……」

 起き上がって自分の姿を確認してみると、それはもう悲惨の一言だった。

 髪も制服もびしょ濡れ。加えて砂まみれになってしまっていた。

「ちゃんと洗っておかないと後々面倒なことになりますよ」

「早くお風呂に入らないと駄目」

「そう、だね。はぁ……」

 ベタベタとして気持ち悪い上、そのまま乾かすと今度は塩まみれになりそうなので、智観はさっさと旅館に帰って洗うことにした。

 髪や体も酷い有様だったが、この後に入浴の時間があるのでこちらはあまり心配する必要は無さそうだった。

 順番が逆だったら更に悲惨なことになっていたことは想像に難くないが。




 ともかく五人は、智観がこんな状態であるので、彼女が制服を洗い終わるとすぐに入浴することにした。

 智観は海水がベタベタとして不快極まりなかった為、熱めのお湯で洗い流した時にはいつも以上にさっぱりとした気持ちがした。

 湯船に入る前に、ついでに髪も洗ってしまう。

 普段よりも念入りに、洗い残しの無いように。

「うん、綺麗になった!」

 浴場の鏡に映る姿を見て、いつもの自分に戻ったのを確認すると、智観はいよいよ湯船に浸かる。

 ところがそんな彼女に、今度は別の災難が待っていた。

「智観ー、待ってたぞー」

「ひゃあ!? 明日華ってばどこ触ってるの!」

 智観の姿を見付けた明日華が、近寄ってくるや否や、いきなり両方の胸を鷲掴みにしてきたのだ。

「またまた智観ってばおかしなことを聞くな。胸に決まってるじゃないか」

「そういうことじゃ……ちょ、ちょっと! やめてよ!」

 彼女は全く悪びれることなく、抵抗も無視してそのまま智観の胸を揉み始める。

「私は小さい方が好みだけどさ。お前、小さいの気にしてただろ?」

「それは、その……そう、だけど」

 手の動きを止めることなく、明日華が尋ねる。

 こんなことを言うと千秋に怒られそうだが、智観も自分のバストサイズについては常日頃から気にしていた。

 本当ならここで否定するべきだった。

 だが体が内側から熱くなるような感覚――それは決して風呂の湯だけのせいではない――の為に冷静な判断が出来なくなっていた彼女は、つい頷いてしまったのだ。

「ならばよし! お前の夢も叶うぞ!」

「ひゃああーーーー!!」

 それを良いことに、明日華の手の動きはいっそう早く、強くなる。

 智観の悲鳴も、比例して大きくなる。

 そこへ湯舟から顔だけを出した悠里が、すうっと寄ってきた。

 黙ってやってきた彼女は、智観と明日華の傍で初めて口を開き、囁いた。

「どうでもいいけど、それ俗説」

「え!? そうだったのか?」

「ちょっと悠里! 見てないで助けてよー!」

 悠里の話を聞いて、仰天の声を上げる明日華。ただしそれを聞いても止める気は毛頭無いようだ。

 智観は俗説だとか真実だとか、そんなことよりも悠里に助けを求めたのだが。

「見てて楽しいから嫌。後はごゆっくり」

 彼女はそう言って、またすうっと泳ぎ去ってしまった。

「薄情者ーっ!!」

 智観の叫び声が浴場にむなしく木霊した。


 そんな光景を少し離れたところから観察する者が数名。

「なぁ、あいつらっていつもあんなことやっとんのか?」

 最初に口を開いたのは黒髪の少女。数少ない上級生である神田だった。

 昼間はポニーテールにしていた髪を湯船に浸からないように束ねているので、先程とは若干雰囲気が違う。

「えぇ。いつも馬鹿なことばっかやってて……呆れるわ」

 心底呆れていると言いたげな麗奈。

「とか言って本当はあの中に入りたいんとちゃうん?」

「そんなわけないでしょ!」

 そんな彼女を神田が茶化した。

 声を荒げて否定する麗奈。

 神田はその様子を見ると、にやりと笑って追撃をかける。

「そうかー? ムキになって否定するところが逆に怪しいで? ほれほれ」

「だから別に入りたくないって言ってるでしょっ!」

 仲間に入ってきたらどうや、と言って神田は麗奈の背中をぐいぐいと押してくる。

 麗奈は必死になって神田に抵抗している。と、そこへ智観達のところへ行っていた悠里が戻ってきた。

「ちょうど良かった……神田先輩があたしをあの中に放り込もうとして聞かないのよ。悠里からも何とか言ってやってよ」

 渡りに舟とはこのことかと、麗奈は彼女に助けを求めたのだが。

「顔赤いよ?」

「ちょ、ちょっとのぼせただけよ」

「ひょっとして照れてる?」

 完全な逆効果だった。

 悠里は首を傾げて、なぜ入らないのかと言いたげに尋ねてくる。

「あぁー、もう! あんたに期待したあたしが馬鹿だったわよ!! 体洗ってくる!」

 相手にしていられない。

 麗奈は飛沫と共に勢いよく立ち上がると、逃げるように湯舟を出た。

 とは言っても、胸と腰を素早くタオルで隠すくらいの冷静さは失っていないが。

「行ってらっしゃい」

「こら! 逃げんな!」

 後ろから何か聞こえてきたが、麗奈は一切無視することを決め込んだ。

 それはさて置き、壁際に据え付けられたシャワーのところまで行く途中、麗奈は悠里の言葉について考えていた。

 照れている。それは事実だ。

 誰に対してかもはっきりとしている。

 ライバルと一方的に決め付けているあの少女、智観に対してだ。

 初めの頃、彼女は単に越えるべき壁の一つくらいの認識でしかなかった。

 本格的に彼女のことを意識するようになり始めたのは、ちょうど三ヶ月前。

 基地まで父を見送りに行った時からだろうか。

 今なら麗奈にははっきりと断言することが出来る。

 智観に恋している、と。

(でも智観はあたしのこと、どう思ってるんだろ? 悪いようには思ってないと信じたいけど)

 ただ、智観の麗奈に対する想い。それが問題だ。

 この前千秋の家に遊びに行った時や、今朝の様子から察する限りでは、向こうも一定以上の好意を抱いてはくれているように思える。

 しかし智観にはやや天然な傾向があり、どうにも何を思っているのか読みづらいところがある。

 麗奈自身もあまり人付き合いが得意な方ではないので、心を読むのはなおのこと難しい。

 髪を洗いながら後ろを向いて、湯船にいる智観の様子を伺ってみる。

 そこには明日華と、新たに加わった千秋の二人にもみくちゃにされている彼女の姿があった。

 それを見て、麗奈は小声で呟く。

「ねぇ、あんたはどう思ってるの? 教えて?」

 シャワーで髪に付いた泡を洗い流しても、この疑問は晴れない。

 体を洗ってもそれは同じこと。

 全身洗い終わっても、もう湯舟に戻る気にはなれず、麗奈はそのまま浴場を後にした。



「青春しとるなぁー。若いってええわ」

「神田先輩。おじさん臭い」

「うっさい! うちは先月十八になったところや!」

 麗奈が髪や顔、体を洗っている頃も、悠里と神田は相変わらず話を続けていた。

 端から見ると、会話と言うよりは漫才のようなやり取りもしばしばあったが。

 そんなやり取りを続けていた時のこと。

「なぁ、北条」

 不意に神田が神妙な面持ちで語りかけてきた。

 悠里もつられて真顔になる。

 もっとも、彼女は元々あまり感情を顔に出さないタイプなので、他者から見た限りでは変化があまりよく分からないのだが。

「あんた、あの伊藤って子のこと応援しとるんやろ?」

「うん。恋してる女の子を見ると応援したくなるから」

 神田が聞きたがっているのは悠里と麗奈の関係についてだろうか。

 とりあえず、別に隠すようなことではないので悠里は素直に答えた。

「でもあの子、素直やないみたいやし、苦労しとるんやなぁ」

「そうでもないかな。前よりは大分素直になってきてる」

「あれで素直になった方かい……」

 今の麗奈が以前の彼女よりは素直になっていると聞いて、神田は呻きにも似た声を上げた。

 かつての麗奈の性格を想像して辟易としているようだ。

「おっと、それはともかくとして北条。あんたはどうなんや?」

 そこで神田は突然話を切り替えた。

 いきなり自分のことを指されて訳が分からず、無言で首を傾げる悠里。

「だからー、あんたには想いを寄せとる相手とかおらんのかってこと」

「いない」

 神田に詳しく説明してもらって、悠里はそういうことかと納得する。

 もちろん答えはNOだ。

「意外やな。あんた結構可愛い思うのに。ミステリアスな雰囲気とか」

 本音かお世辞か、神田はいきなりそんなことを口走った。

 悠里とて年頃の少女である。可愛いと言われて嬉しくないはずが無かった。

 ほんのりと頬を赤らめる。

「おぉ、照れとる照れとる。でも何で気になる子とかおらんのや? うち、健気そうなところも気に入ってんけど」

 それを神田が茶化した。同時に、次なる質問もぶつけてくる。

 この人は何が言いたいのだろうか。

 疑問に思いつつも悠里は正直に答えた。

「こういうのは傍から見てる方が楽しいから。それと私は私が満足する為にやってるだけだから、健気とかそういうのじゃない」

 すると神田はなぜか向かい合った状態から悠里の首筋に手を回してきた。

 それから悠里の耳元にそっと囁きかけてくる。

「とか何とか言って、本当はあの子らが羨ましいんとちゃうん?」

「違う」

 悠里が否定しても、神田の囁きは続く。

 口説こうとでも言うのだろうか。

「あんたさえ良かったら、うちがその相手になってもええねんで?」

「固くお断りします」

 悠里は自分自身が恋をすることには、少なくとも現状では無関心だ。

 だからこの質問に、彼女は自分でも意外な程に強くはっきりと否定の言葉を返した。

「何や、つれないなぁ……」

 すると神田は意気消沈した様子で悠里に絡み付かせていた手を離した。

 そんな彼女を見ていると何だかいたたまれない気分になって、悠里は励ましの言葉を掛けずにはいられなくなってしまった。

「でもこれは、会ったばかりでまだ神田先輩のことがよく分からないだけだから。落ち込まないで」

「ほんまか!?」

 その言葉に神田がピクリと反応した。

 先程とは一転、彼女の顔には希望が満ちている。

「い、一応……別に付き合うとは言ってないけど」

 こうまで復活が早いとは悠里も予想していなかった。

 このまま調子に乗られると面倒なことになりそうである。

 失言だったかもしれない。放っておいた方が良かった、と悠里は若干ながら後悔していた。




 風呂上がり。

 パジャマに着替えた智観達一年生は、それぞれに割り当てられた部屋に布団を敷いていた。

 広めの和室一部屋に、十人くらいが布団を並べて寝ることになっている。

 明日の朝は早いということで、既に何人かのルームメイトは寝入ってしまった。

 だがそうでない者も当然ながらいる。

 智観達もその中の一部だった。

「えいっ!」

「きゃあ! 眼鏡がー!」

「やったな、智観! 千秋の仇だ!」

 彼女達は定番の枕投げに興じていた。

 今、智観の投げた枕で千秋の眼鏡が落ちてしまった。

 そんな千秋をサポートするように明日華が前に出て反撃に回る。

 遊びであるにも関わらず無駄に息が合っているのが、二人の仲の良さを窺わせる。

「智観ちゃん、頑張れ!」

「明日華ちゃんは手強いぞー!」

 智観の側に付いてくれているルームメイトは口々にそう言う。

 確かに明日華は手強い。ならば方法は一つだ。

「だったら一斉に行くよ。一、二、三!」

 合図に合わせて、智観達三人は明日華目掛けて同時に枕を投げ付けた。

「おっと、そんなの当たるか! お返しだ!」

 しかし明日華は特に苦も無くそれらを回避。

 更に飛んでいる枕の一つをキャッチし、元以上の勢いで投げ返してきた。

「私も手伝います! えいっ、ってあれ?」

 復活した千秋も枕を拾って投げる。と、そこまでは良かったのだが、手が滑って狙いが大きくずれてしまった。

 しかもその先には、こちらに背を向けて正座し、何かの作業に没頭している麗奈がいる。

「麗奈! 避けてください!」

 誰もが麗奈の後頭部に直撃する、と確信した。

 しかし予想に反して、彼女は背を向けたまま後ろの枕を受け止めていた。

 背中に目でも付いているのだろうか、と下らないことを考える智観。

「あんたね。どこ狙ってんのよ……」

 麗奈はそう言って振り向くと、受け止めた枕を千秋に投げて渡した。

「ごめんなさい……」

「ごめんね、麗奈」

 後ろを見ることなく受け止めるとは流石麗奈だと感心しつつも、千秋と智観は真っ先に麗奈に謝った。

 明日華達他のメンバーも、次々に謝罪の言葉を述べる。

 そこで智観は、麗奈が抜き身の剣を持っていたのに気付いた。

 純粋な興味から、何をしていたのかを尋ねてみる智観。

「ところで剣なんか出して、何やってるの?」

「ん? あぁ、明日の訓練で使うことになりそうだから手入れしてたの。あんた達も武器の管理はちゃんとやっておきなさいよ」

 彼女は自分の剣の手入れ、打粉うちことかいうぼんぼり状の道具で刀身を叩いたり、錆を防ぐ為の油を塗り直したりしていたのであった。

「へぇ、そうやってやるんだー」

「え!? 智観ってば知らなかったの!?」

 智観が感心して手入れの様子を見ていると、麗奈は驚いたように声を上げた。

「うん。全然」

 真顔で智観がそう答えると、麗奈は呆れたように大きく溜息を吐いた。

「はぁ……あたしがやり方教えてあげるから、自分の剣を持って来なさいよ」

 それから彼女は智観に自分の剣を持ってくるように言った。

 彼女直々に教えてくれるらしい。

「え……あ、ありがとう」

 麗奈自身の口からこんな風に誘ってくれるとは珍しいこともあるものだ。

 不思議に思う反面、麗奈がこうして自分を誘ってくれたことが、智観には嬉しくもあった。

「じゃあ、ご教示よろしくお願いしまーす」

 喜んでこの誘いに乗る。

 それから消灯時間までの間、智観は麗奈に剣の手入れを教わっては実践した。

 ちなみに麗奈の剣は智観と同じチタン合金製のものだったが、魔力を刀身に流し込む仕掛けが、柄の部分に施されているのだと言う。

 なお、これを見た他のルームメイト達も各々の武器を各々の方法で手入れしていた。

 合宿初日。長い一日が、今ようやく終わりを迎えた。

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