第十七話 夏の日
夏休みも折り返し地点を過ぎた八月十六日の日曜日。
もう何度目になるか分からないが、智観は播須市中心部のロータリーにやって来ていた。
「ふぅ……暑いなぁ」
バス停のベンチに腰掛けた彼女は、額を伝う汗を腕で拭う。
アスファルトの道路が熱を吸収しやすい為か、都会の夏は一段と暑い。
田舎育ちの智観にとってはそれが体に堪えた。
薄緑色のサマードレスに白いサンダルという夏らしく涼しげな服装で来たとは言え、周りの暑さばかりはどうにもならない。
「千秋ちゃん達、まだかな?」
彼女は今、千秋と明日華の二人を待っていた。
夏休みが始まってすぐの頃、彼女達と交わした約束――千秋の家に泊まりに行くこと――を果たす為だ。
もっとも、智観は千秋の家を知らない。
そこでロータリーで合流してから街を見物した後、千秋達と一緒に彼女の家まで行くという手筈になっていた。
「千秋ちゃんの部屋ってどんなのかな?」
可愛らしい彼女のことだから、可愛いぬいぐるみ等を飾っているだろうか。
それとも優等生だけに参考書等の勉強道具を揃えているだろうか。
智観があれこれと勝手な想像を膨らませていると。
「智観ちゃーん! こっちですー!」
「待たせたなー!」
彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のした方に目を向けると、白いキャミソールにミニスカートを纏った千秋が、サンダルをぱたぱたと鳴らして走ってくるのが見えた。
隣には薄手のTシャツとジーンズという活動的な服装の明日華の姿もある。
「二人とも久しぶりー!」
手を振って返事をすると、智観も腰を上げて二人の方へと駆け寄る。
「元気にしてた?」
「はい! 元気です!」
笑顔で互いの無事を確認する智観と千秋。
「元気と言うか、お前ら昨日電話したって言ってなかったか?」
明日華はそんな二人を見て、呆れたような困惑したような表情を浮かべている。
「したかも……」
「こ、細かいことは気にしちゃ駄目ですっ!」
自信無さげに呟く智観と、慌てて誤魔化す千秋。
二人の反応の違いが大きくて、明日華の顔からは自然と笑みが零れてくる。
「そんなことより、ほら行きますよ!」
明日華が笑っていると、千秋は誤魔化すようにして駅ビルの方へと走って行ってしまう。
「待ってよー!」
「ただでさえ暑い時に、余計な体力を使わせるな!」
逃げる千秋を、智観と明日華は並んで追いかける。
ただ、千秋も本気で疾走していたわけではないので、程なくして追い付くことが出来た。
「こら、勝手に先に行くな!」
「ちょっとした冗談ですよー」
追い付いてからは、三人火照った体を冷ますようにゆっくりと歩く。
まずは列車に乗って市内の見物から始める予定だ。
駅ビル内は直射日光こそ入って来ないものの、熱気がこもっているせいか、外とは別種の暑さがあった。
そんな中、三人は切符を買って改札を抜ける。
途中、千秋がふと智観に尋ねた。
「前から気になってたんですけど、智観ちゃんって緑色が好きなんですか?」
「ん? どうして?」
「いえ、リボンも服も、ついでに瞳も緑色だから何となく……」
「あ、本当だ」
言われてみれば、と智観は納得する。
特に意識している訳ではないが、このサマードレスに限らず、彼女には緑で揃える癖があるらしい。
「よく気付いたな。まぁ似合ってるから良いんだけどな」
「ですね」
「ありがとう、千秋ちゃん、明日華ちゃん。でも瞳は関係無いよー」
二人は微笑んで智観の服装を褒めてくれた。
嬉しいような恥ずかしいような、こそばゆい感覚がして、智観は顔を赤らめてしまった。
ただし瞳は生まれつきなので彼女の好みとは無関係であることは断っておく。
三人は列車で市内の大型百貨店まで行き、ウィンドウショッピングに興じた。
その後、今度はバスを乗り継いで以前街に来た時と同じようなルートを回る。
本屋では千秋が大量の新刊を購入したり、ゲームセンターでは明日華が景品になっていた熊のぬいぐるみを入手したりと、話題には事欠かない。
男言葉の明日華が可愛いものを好むというのは、失礼なようだが意外であった。
ちなみに、智観も明日華の真似をしようと頑張ってみたのだが、五百ルミナほど使っても何も取れなかった。
「ま、まぁ練習すれば何とかなるさ……多分」
落胆に暮れる彼女に、明日華の慰めの言葉が痛い。
最後に何か聞こえたような気がしたが、それは無視しておく。
彼女の収穫らしい収穫と言えば、本屋で千秋と一緒に買った一冊の本くらいなものだ。
「私のオススメです」
千秋にそう紹介された本は、内容については聞かされていない。
だが表紙には二人の可愛らしい少女がじゃれ合っている様が描かれており、冒頭数ページを読んだ限りではほのぼのとした話のようだったので、購入に踏み切ったのである。
これを読んでいれば、休みの間もしばらくは退屈しないで済むことだろう。
そして一通り買い物を終えた頃合いで千秋が尋ねた。
「お腹空いてませんか?」
「そうだな。何か食べるか」
「私もー」
ちょうど小腹が空いてきていた智観と明日華は頷いて答えた。
それを聞いた千秋は一つの提案をする。
「じゃあパフェでも食べに行きませんか? 美味しいお店知ってるんですよ」
「あの店か。賛成!」
「楽しみー」
千秋の提案に反対する余地などあるはずが無かった。
満場一致の結果、三人は千秋の気に入っている喫茶店で一服することになった。
日差しの強い中を、出来るだけ影になっている部分を通るようにして歩いていると。
「あれっ?」
雑踏の中に見覚えのある青い頭が見えた気がして、智観は思わず声を上げた。
「どうした?」
「忘れ物ですか?」
明日華が振り向く。
続いて振り向いた千秋は、見当違いな質問をしてきた。
「そうじゃなくて、今麗奈さんが見えたような……おーい! 麗奈さーん!」
千秋の質問は適当に受け流し、智観は一瞬見えた気がした少女の名を呼ぶ。
すると見間違いではなかったのか、青髪の少女が足を止め、辺りを見回すのが目に入った。
「こっちこっち」
智観が手招きして呼び寄せると、彼女は駆け寄ってきた。
ただし一人ではなく、男性――麗奈の父である伊藤大佐。智観も遠目になら見たことがある――と一緒にであるが。
「三人揃って何やってるの?」
智観達のところまでやって来た麗奈は、開口一番にそう尋ねた。
「ん? これから千秋ちゃんの家に遊びに行くところだよ。麗奈さんは?」
質問を返しつつ、智観は麗奈の姿を上から下まで眺める。
遠くからではよく分からなかったが、彼女は桃色の薄手のブラウスにロングスカートという上品な服装をしていた。
サンダルもどちらかと言うと子供っぽい趣の智観や千秋のものとは違い、やや大人っぽいデザインのものだ。
流石はお嬢様と言ったところだろうか、と智観は感心させられる。
「あたしはお父様と買い物してただけよ。ねぇ、お父様?」
「うむ。ところで麗奈。彼女達がいつも言っているクラスメイトの?」
「えぇ」
父の様子から言わんとしていることを察したのだろう。
麗奈は智観達を彼に向かって紹介する。
「金髪の子が智観。眼鏡掛けてて黒髪の子が千秋。そして長身で赤髪の子が明日華。三人ともあたしのクラスメイトよ」
よろしくお願いします、と紹介された三人は揃ってお辞儀をした。
続いて麗奈は智観達の方に向き直る。
「こちらがあたしのお父様。伊藤源蔵。智観は知ってるはずだけど、国防軍の大佐よ」
「伊藤だ。娘ともどもよろしく頼むよ」
紹介されると、伊藤大佐はがっしりとした体からは想像も付かない程に綺麗に腰を折り曲げて一礼した。
軍隊仕込みといったところだろうか。親子揃って只者ではないらしい。
智観がそんな感想を抱いていると、伊藤が近付いて話しかけてきた。
「君が確か、水島の言っていた娘か」
「は、はい……」
知らず、固くなる智観。
そんな彼女に伊藤はリラックスするように促してから、諭すような言葉を伝える。
「そう固くなるな。何やら色々と事情があるそうだが、これだけは覚えておきなさい。無理をするな。己の力を過信するな。退くべき時は退く。いいな?」
「何だかよく分かりませんが……ありがとうございます」
この男が何を言いたいのかは分からなかったが、先達からのありがたい助言ということで、とりあえず例を言ってから心の中で復唱する。
無理をするな。己の力を過信するな。退くべき時は退く。
戦いに身を置く者への戒めの言葉だろうか。
智観がそういったことに考えを巡らせていると、伊藤がふっと表情を緩めて言った。
今度は智観だけにではなく、全員に向かってだ。
「娘はワガママで自分を過信する癖があってな。なかなかこれを理解せんのだよ。クラスでもそうではないか?」
智観達は一様に言葉に詰まって、乾いた笑いを浮かべる。
彼の推察は事実その通りなのだが、本人とその親の前で堂々と頷くわけにも行かない。
「ちょ、ちょっとお父様! そんなわけないじゃない!!」
三人が言葉を濁していると、麗奈が慌てて否定する。
それを聞いて、伊藤は「やっぱりか」と言いたげに頭を抱える。
「見合いが嫌で、自分が次期当主になると言って学園に入ったはいいが、この調子ではどうなることか……」
それから彼は先祖である建国の英雄を少しは見習ってほしいものだ、と続けた。
この男も一家の主として、なかなかに悩みが多い立場にあるようだ。
五人はそれからもしばらく立ち話を楽しんでいた。
もっとも伊藤だけは唯一の大人の男ということもあってか、一歩退いたところで聞いているだけだったが。
その最中、智観がある誘いを持ち掛けた。
「私達、これから喫茶店に行って、その後千秋ちゃんの家に遊びに行くんだけど、麗奈さんも来ない?」
これに対する反応は綺麗に二つに分かれた。
「良いですね、それ!」
「合宿に備えて特訓もやるつもりなんだが、お前とも一度手合せしてみたかったしな」
千秋と明日華はその提案に乗り気だ。
「あたしなんかが行ったら邪魔でしょ? それに今はお父様と……」
ただ一人、麗奈だけが反対していた。と行っても智観達のことが嫌いなわけではない。
彼女には同年代の友達の家に遊びに行ったことなど無く、期待よりも不安が先に立った為だった。
助けを請うように父の方に目を遣るのだが。
「彼女達もああ言っていることだし、人付き合いも勉強だ。行ってきなさい」
彼もまた、この提案に賛成してしまった。
「お父様まで! ……でもまぁ、それも悪くはないかもね。お邪魔するわよ?」
四対一となってはいかに麗奈と言えども断りきれないのだろう。
結局彼女の方が折れることになった。
「じゃあ行こっか」
「ちょ、ちょっと! 一人で歩けるから離しなさいよ!」
智観は麗奈の手を取って駆け出した。が、あっさり麗奈に振り解かれてしまった。
「待って! 智観ちゃん私の家知らないでしょ!?」
「道に迷っても知らんぞ! と言うかパフェはどうした!?」
千秋と明日華は慌てて二人を追いかける。
「ワガママな娘をよろしく頼むぞー!」
三人の友達と遊びに行く少女の背中に、嬉しそうな父親の声が掛かった。
麗奈を加えた後、智観達は当初の予定通り、喫茶店で一服することにした。
夏らしく涼しいものが良いということで、パフェやアイスクリーム等を注文した。
「へぇ、千秋ちゃんのお勧めだけあって美味しいね」
頼んだイチゴパフェを味わいながら、智観が千秋を讃えた。
「だろ? 私もここは気に入ってるんだ」
明日華もそれに同調する。
千秋は気に入ってもらえたことが嬉しいのか、えへへと照れ笑いを浮かべている。
「本当ね。こんな店があったなんて知らなかったわ」
届いたチョコアイスが余程美味しかったのだろうか。
あまり笑顔を見せない――高笑いならよくしているのだが――麗奈も、珍しく微笑みを見せている。
「さて、そろそろ交換する?」
「賛成!」
頃合いを見計らって、智観は互いの注文したメニューを交換して食べ合うことを提案した。
当然ながら反対する者などいるはずがなかった。
時計回りに皿やパフェの容器を動かす。
智観のイチゴパフェは正面の明日華のところへ。入れ替わりに、先ほど右隣の麗奈が食べていたチョコアイスが回ってきた。
「一応言っておくけど、食べ過ぎないでよ……」
「分かってるって」
隣の麗奈に頷いてから、チョコアイスを口に運ぶ智観。
自分の分が無くならないか心配なのだろうか。麗奈はそんな彼女をじっと見つめている。
「そういう麗奈ちゃんこそ食べ過ぎないでくださいね」
「待て! 一番食べてるお前が言うな!」
向かいでは千秋と明日華がふざけ合っている。
智観にとっては見慣れた光景だ。
しかし麗奈にとっては物珍しいのだろう。
困惑したような顔で智観に尋ねてきた。
「ねぇ、あの二人っていつもあんな感じなの?」
「あはは。大体いつもね」
笑って流す智観。
「呆れた……」
麗奈はそう言って、目の前のプリンアラモード――千秋が注文したものだ――のメロンを口に運んだ。
その動作がどこかわざとらしく見えて、智観は少しからかってみる。
「口ではそんなこと言って、本当は二人が羨ましいとか?」
「い、いきなり何言い出すのよ!?」
「いや、麗奈さんからそんな雰囲気が滲み出てたから」
予想通りと言うべきか、彼女は慌てた反応を見せてくれた。
それが智観には不思議と楽しくて、更にあれこれとからかってしまう。
すると麗奈は彼女の期待に応えるように、面白い反応ばかりを見せてくれた。
そんな二人の様子に、向かいの千秋達が冷やかしの言葉を浴びせる。
「おぉ、何だか二人とも熱々ですねー」
「甘すぎて胸焼けしそうだな」
「ちっ、違うよ! これは、その……」
攻める側から攻められる側へ転落した智観は、露骨に焦りを見せてしまった。
「それよりいつまで食べてるのよ! 回すわよ!」
「あ! まだ食べてるところですよー!」
顔を赤らめた麗奈は、プリンアラモードを智観の方に押しやると、ひったくるように千秋のバナナパフェを自分の元に引き寄せた。
千秋からは不満の声が上がるが、彼女はそれを無視。
「冷やかしなら食べてからやるべきだったわね」
そう言ってさっさと口を付けた。
「ほほぅ、このアイスもなかなか美味しいな。千秋もイチゴパフェ食べたらどうだ?」
「特に底の方がお勧めかな」
明日華も智観も、既に新たに自分のところに回ってきたメニューを賞味している。
「むぅ……何か私だけ置いてきぼりにされてません?」
一人取り残された形になった千秋は不満を口にした。が、その不満もパフェを食べているうちに綺麗にどこかへ消えてしまった。
そんなこんなで、騒がしくもあり、また穏やかでもあるおやつの時間は過ぎて行くのであった。
喫茶店での一服の後は、いよいよ千秋の家にお邪魔することになる。
その道中を、四人は他愛も無い会話で時間を潰していた。
ただ、その中でも一際話題になったのは、来月にあるという訓練合宿についてだ。
智観はこれについては全く知らなかったが、他の三人の話を聞いているうちに、ある程度の情報を得ることは出来た。
整列や行進等の訓練があること。
上級生の引率で行軍の訓練なるものをさせられること。
また、実施場所は関東遺構群――西暦時代の都市の残骸とされている――らしいということなどである。
そして千秋の家の最寄り駅で下車し、いよいよ目的地まで後僅かというところで、明日華が唐突に話を切り出した。
「なぁ、千秋に智観。前から気になってたんだけどさ」
「何々?」
「どうかしました?」
名指しされた二人は明日華の側に寄る。
呼ばれてこそいないが、麗奈も興味津々といった様子でやってきた。
固唾を呑んで、三人の少女は明日華が口を開く時を待つ。
ところが彼女の言葉はあまりに当たり前過ぎることであった。
「私達って付き合い長いよな?」
「はぁ……それはまぁ、今で四ヶ月くらいになりますからね」
「うーん。長いと言えば長いかな?」
あまりに当たり前すぎる事実だ。
それゆえに千秋と智観は気が抜けてしまった。
「あたしは別かもしれないけど、勿体ぶった割に何よそれ? あっきれた!」
麗奈は他の三人に比べて、共に過ごした時間が短い。
そんな彼女でさえもこう言う程なのだから、智観達にしてみれば尚更だ。
「まぁ待て。話は最後まで聞いてくれ」
しかし明日華は拍子抜けしている三人を引き止めつつ言葉を続ける。
「それくらいの仲になるわけだし、そろそろ二人も名前で呼び捨てにしても良いんじゃないか、と思ってな」
「えっ? でもそれって……」
明日華の話を聞いて、智観は言葉に詰まってしまった。
名前で呼び捨て。別に子供の頃からの付き合いでもないのに、それではまるで。
「こ、こ……」
「こ? 何だ? 言ってみろ」
智観が言わんとしているのはたった四音からなる言葉だ。
だが口にするのは容易ではない。照れくさくて。
しかしそんな彼女の心境を見透かしているのか、明日華は楽しげな笑みを浮かべながら聞き返してくる。
それに負けて、とうとう智観は言ってしまった。
「恋人同士……みたいで、恥ずかしい」
口にしてから、彼女は真っ赤にした顔を伏せた。
ちらりと辺りの様子を伺うと、千秋も彼女とよく似た状態であった。
意外なことには、麗奈の頬にも少しだけ赤みが差しているように思える。
「ははは。そんなこと気にするな。私だってお前のことを『智観』って呼んでるしな」
躊躇いがちな智観を後押しする為か、明日華は笑って言う。
それから赤くなっている麗奈の肩に手を置いた。
「麗奈だってそう呼んでるだろ?」
「ちょ! 変に意識させないで……ってそうじゃなくて!」
「どうした?」
急に慌て始めた麗奈の顔を、明日華は訝しげに見る。
だが顔色の変化にまでは気が付かないらしく、首を傾げる。
「な、何でもないわよ! ま、まぁあたしはあんたのことを勝手に呼んでるわけだし、あんたも呼びたいように呼んでくれれば良いわよ」
麗奈はそう吐き捨てると、わざとらしくそっぽを向いた。
彼女の返事に頷いて返すと、明日華は二人の方へと向き直る。
「というわけだ。じゃあ練習行ってみようか。まず千秋からな」
「決定ですか!?」
「決定」
有無を言わさずに決定事項にしてしまう明日華。
「智観……うー、何だか照れ臭いです」
千秋は顔を真っ赤にしながら、智観の名を口にする。
「智観もそれで良いよな?」
「うん。明日華に千秋、だよね。あ、これ良いかも」
智観も千秋に倣って二人の名を紡ぐ。
初めは呼び捨てにするのが照れ臭かった。
だが、いざ口にしてみると、二人の名は不思議なほど自然に、夏の空の下に響いて消えた。
何だか二人との距離が更に親密になったような気がして、智観はこの響きを大変に気に入った。
「だろ?」
自分の判断に間違いは無かった、と満足気に頷く明日華。と、ちょうどその時、明日華が行く手にある一軒の家を指差した。
「お、あれだ。千秋の家が見えてきたぞ」
彼女の指の先を目で追うと、そこには決して大きくはないが立派な家が建っていた。
この距離では表札の文字までは見えないが、きっと「森本」と書かれているのだろう。
「着いたら冷たいお茶を出しますねー」
「わぁ、嬉しい!」
「こう暑い日だと美味しいだろうな。助かる」
千秋からのありがたい申し出に智観も明日華も口を揃えて感謝する。
自然と三人の歩く速度も上がってくる。
そこで智観はふと、つい先程から黙りこくってしまっている麗奈のことを思い出した。
彼女は少し後ろを退屈そうな顔をして付いてきている。
智観には何となくだが、その理由が分かった気がして、彼女に呼び掛けた。
「ほら、麗奈も行こう?」
「え? あ……」
すると彼女ははっと顔を上げた。
「麗奈だけ仲間外れにするみたいなのも嫌だから、こう呼ばせてもらうね」
更にそう言って智観が微笑むと、麗奈は黙って彼女を見つめ返した。
わざと難しい顔を見せているが、はっきりと分かる程に赤みが差した頬は、それが照れ隠しであることを物語っていた。
しばらくの沈黙の後、彼女は小声で呟く。
「まぁ……あんたがそう呼びたいのなら呼んでも良いわよ?」
「うん! 好きに呼ばせてもらうね」
大きく頷く智観。
それから彼女は麗奈の手を引っ張って、先に行っている千秋と明日華を追いかけた。
今度は麗奈も、黙って手を引かれながら付いてきてくれた。




