第十六話 母への贈りもの
「よし、物理終わりっと」
まだまだ夏休みも序盤の八月四日の火曜日。
智観は昼過ぎから夕方の今まで、自室で宿題に取り組んでいた。
今日はちょうど物理の宿題が終わったところのようだ。
「暑いなー……お茶飲もっと」
冷房を入れてはいるものの、暑いことには変わりが無いし、集中していたこともあって喉が渇いてくる。
それに礼の「夏休みのしおり」にも、水分を多めに取るべきだと言ったようなことが書いてあった。
教科書とノートを机の引き出しに仕舞ってから、彼女は冷蔵庫から緑茶のボトルを出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。
冷たい緑茶が、暑さと喉の渇きを同時に癒してくれた。
だがまだ飲み足りない。
もう一杯、とコップに茶を補充。今度は少しずつ、味わうように飲む。
飲み終わってコップを洗ったところで、智観は時間を確認する。
「まだ五時過ぎかぁ」
現在時刻は五時十分頃。まだ夕食には早いように思える。
かと言って、屋外で剣術や魔法の訓練をするにも良い時間とは言えない。
そんなことはわざわざこの暑い中でやるようなことではなく、日没後か早朝かにすれば良いからだ。
「うーん……」
どうやって暇を潰すべきか顎に手を当てて考える智観。
少し考えた結果、涼しい部屋の中で柔軟運動に励むべきだという結論に辿り着いた。
早速部屋の中央にスペースを確保し、まずは前屈の体勢に入る。
それから前後左右の開脚と、手や腕のストレッチと続ける。
一通りの運動が終わったところで、智観はそのまま床に寝転がっていた。そこへちょうど電話の呼び出し音が鳴り響く。
「あ、電話――いたっ!」
慌てて起き上がろうとする。と、そこで体を捻ってしまった。
痛みを堪えて強引に起き上がろうとしたが思うように行かない。
仕方が無く、呼出音が鳴り続ける中、痛みが少し引くまで待つことにした。
それからどうにか電話の側まで辿り着き、ようやく受話器を取ることができた。
「も、もしもし! 小林です!」
「智観ちゃん、久しぶり。出るまでに時間がかかってたけど大丈夫? 用事の途中とかじゃなかった?」
「あっ! 梨恵さん、こんにちは。ちょっと体を捻っただけで大丈夫ですよ」
すると電話機のスクリーンには、もう何度目になるだろうか。智観のよく知る恩人の顔が現れた。
と言ってもこの部屋に電話をかけてくるような人間はそう何人もいないのだが。
彼女は智観の答えに苦笑してから尋ねた。
「何やってたの……そうだ、それより夏休みは楽しんでる?」
「はい、それなりには」
「ふふふ。良かった」
悪戯を考えている子供のように、やけに嬉しそうな梨恵。
不気味ではあるが、しかし智観は普通に答えておく。
何か良いことがあったのかと気にならないでもないのだが、彼女のことだからそれなら自分から喋ってくれるだろう。
ただ、少しだけ悩みも零した。
「もっとも、友達が皆帰省してるから退屈ですけど」
千秋と明日華、それに麗奈は播須市に実家があるし、悠里は九州の方の生まれらしい。
浅からぬ付き合いのある五人の中で、実質智観だけ帰る場所が無い状態だ。
だから彼女達が帰省している今、智観だけが寮に取り残された形になっているのである。
「あー……その気持ちは分かる」
この悩みは梨恵にも覚えがあるのだろうか。
画面の向こうにある梨恵の顔が、苦い過去を思い出したというような表情を見せた。
「だからそのうち遊びに行く約束をしてるんですよー」
ただ、智観は実際にはそれほど悲観的になってはいなかった。
千秋達とは既に家に遊びに行くという約束を交わしてあり、彼女はそれを心待ちにしている為だ。
「あら、そうなの? 本当に良い友達が出来たわね。大事にしなさいよ」
「梨恵さんのお陰ですよ。私を勇気付けてくれたから」
「ううん、可愛い後輩の為だもの。もっとどんどん頼ってくれていいのよ?」
画面越しとは言え、ダイレクトに可愛いと言われて、顔を赤らめているのが智観自身にも分かった。
そんな彼女を、微笑みを浮かべて囃し立てる梨恵。
「おぉ、赤くなってる赤くなってる。そこが可愛いのよね」
「からかわないでくださいっ!」
智観は非難の声が部屋に、そして電話を通して梨恵の耳に響き渡った。
「からかうのが目的なら電話かけて来ないでください!!」
「だから悪かったって……そうだ、これが何か分かる?」
その後しばらく、膨れっ面をする智観を宥めていた梨恵が、不意にスクリーンに何か小さな物体を映して見せた。
智観はそれだけで怒っていたことも忘れて、長方形をしたその物体に見入ってしまう。
金で縁取られた赤地の上に、同じく金のラインが横一直線に走っている。
そのライン上には銀色の星が二つ、燦然と輝いている。
「えっと……軍服の襟章ですよね?」
「大正解!」
自信無さげな智観の答えに、梨恵は満面の笑みを浮かべて言った。
ただ、正解したことは別に良いのだが、わざわざ見せるようなものとは思えない。
「でもこれがどうかしたんですか?」
「実はこの前中尉に昇進してね。それで星が二つになったの。凄いでしょ?」
そう言われてみれば、ずっと前に見た時の彼女の襟章は、星が一つだったような気がする。
実際にそれがどれだけ凄いのか、それとも凄くないのかは智観には知る術が無いが、喜ぶべきことなのは間違い無いだろう。
「あ、なるほど。おめでとうございます、水島中尉!」
「ありがと。でも昇進しても私は私なんだし、これまで通りで良いのよ?」
あえて苗字に新しい階級を付けて、若きエリート軍人の名を呼んでみる智観。
そんな彼女に梨恵はいつもの微笑みを見せてくれたが、余程嬉しいのだろう。
喜びの感情が滲み出てきてしまっている。
最初に見た時、やけに嬉しそうだったのはこれが原因か、と智観は一緒になって笑いながら、一人でそう納得していた。
「そうそう、本題を言うのを忘れてた」
「ん? 何ですか?」
唐突に真面目な顔に戻った梨恵が話を切り出す。
今までのは本題ではなかったのかとツッコみたかった智観だが、その雰囲気に圧倒されて出来なかった。
「智観ちゃんの村の近くにあるとされてた鉄騎兵の生産プラントが見つかってね。村にも立ち寄ることになると思うの。そこでお盆とはちょっとズレちゃうけど、お母さんに成長した智観ちゃんの姿を見せてあげるのもいいんじゃない?」
「えっ……」
それは要するに清冷村に墓参りに行かないかということだ。
清冷村は智観の人生を変えた「あの事件」が原因で廃村になってしまっており、墓――と言っても犠牲者を簡単に埋葬して墓石を立てただけのものらしい――を管理する人間もいない状態だと噂に聞いている。
既にこの世にはいない母も村人達も、きっと来訪者が現れなくて寂しがっていることだろう。
あれから既に四ヶ月。
盆には少し早いが、梨恵の言うように墓参りに行くというのも悪くはない。
しかし。
「ちょっと……考えさせてもらって、良いですか?」
彼女はすぐに肯定の返事をすることが出来なかった。
村に帰るとあの日のことを思い出してしまい、自分自身がどうなってしまうか分からなかったからだ。
少しの重苦しい間の後、梨恵が口を開いた。
「……分かったわ。これは智観ちゃん自身が決めないと意味が無いものね」
「はい。すみません」
「出発は三日後。八月七日の午後三時だから、行く気になったらその時間までに基地に来て。じゃあ」
それから彼女は日程を告げると、そそくさと電話を切ってしまった。
スクリーンがブラックアウトして、どこか悲しげな女性の顔が消える。
不通音が聴こえるだけの受話器を置くのも忘れて、物憂げな少女の姿が反射する黒い画面を見たまま、智観は考えていた。
行くにしても行かないにしても、どちらにせよ後悔することになりそうな予感がしたからだ。
いくら考えても結論は出て来ない。
いや、そもそも考えて分かるようなことではなく、純粋に彼女の意思のみで決まるものなのかもしれない。
浮かない表情のまま智観は受話器を置き、とりあえず食堂へ向かうことにした。
期日まではまだ三日ある。それまでに決めれば良い。
それに空腹のままでは決まるものも決まらないからだ。
約束の日、八月七日。
智観は国防軍播須基地の待合室にいた。
あれから悩み続けた結果、結局彼女は行くことに決定したのである。
理由は小さい頃、母から聞かされた言葉だ。
「やらないで後悔するよりは、やって後悔する方が良い」
この言葉が背中を押してくれたお陰で、彼女は今この場所にいる。
帯剣していた為に入口で止められるというハプニングもあったが、学生証が身分を証明してくれたのですんなりと通ることが出来た。
服装は母の墓前に見せる為ということで、学園の夏用制服を選んでいる。
受付に話を通し、緊張した面持ちでソファに座っていると、すぐに待ち人が現れた。
「あ、梨恵さん! こんにちは!」
「こんにちは。絶対来ると思ってたわ」
智観が立ち上がって挨拶をすると、梨恵はさも分かっていたとでも言いたげに微笑んだ。
なぜ分かっていたのだろう。
彼女自身、決定したのは昨日の夜であったというのに。
「じゃあ、行こっか」
呆気に取られて立ち尽くす智観の手を取って、梨恵は基地の奥へと歩き出した。
子供っぽいところがあっても、やはり彼女は大人なのだと、智観は改めて感心させられた。
村までは快速人員輸送艇――智観はこれまで単に空中戦艦と呼んでいたが、梨恵に正式名称を教えてもらった――のお陰で二十分足らずで到着した。
「もう降りても大丈夫よ」
「は、はい」
村の空き地に着陸した後、開いた昇降用ハッチから、智観は梨恵と共に大地に降り立つ。
ちなみに本格的な作戦行動は翌朝からとのことで、梨恵以外の兵士達は艇内で作戦の準備を進めているらしい。
久しぶりに踏む故郷の土だ。
両足を地面に着いたところで、一旦目を閉じて深呼吸をした。
懐かしい故郷の風と故郷の匂いが、彼女にかつての日々を思い出させる。退屈だが平和な日々だ。
しかし今のここは彼女のよく知った故郷とは違っていた。
家並みこそ記憶にあるままの姿だが、自分達二人以外には人の気配が全く感じられない。
物音らしい物音も、遠くに聞こえる鳥や蝉の鳴き声くらいのものだ。
稲作の季節だと言うのに田んぼには稲どころか水も張られておらず、畑も少しだが雑草に侵されている。
分かってはいたことだが、改めてその光景を突き付けられるのは痛かった。
「智観ちゃん? 大丈夫?」
それを察してか梨恵は心配そうな声音で智観の肩にそっと手を置く。
「いえ。ただちょっと……やっぱり私の村は無くなっちゃったんだなって……」
「辛いなら戻っててもいいのよ?」
「ううん、大丈夫です!」
わざとらしく明るい口調で微笑みかけて、智観は自分から率先して前に進み出した。
あまり梨恵に心配はかけたくなかったし、自分で行くと決めたことであるから、自分でやり遂げたかったからだ。
ただ、梨恵には見透かされているだろうなと、智観は歩きながら思っていた。
その証拠に彼女は智観の少し後ろを、智観を見守るような優しい目をして、黙ってついてきている。
墓地にやってきた智観は、立ち並ぶ大量の墓石の中から小林の名字を探していた。
梨恵には入口で待っててもらっているので、今は完全に彼女一人だ。
目当ての墓石はそれほど時間をかけずとも見つかった。
「お母さん、会いに来たよ」
母の墓を前にして、小声で呟く智観。
それから、持ってきていた鞄の中からタオルと水の入ったボトルを取り出し、墓石に水をかけてタオルで拭く。
拭き残しの無いよう、丁寧に、丁寧に。
「私ね、助けてくれた梨恵さんの勧めで、魔法学園に入ったの。これがその制服」
一旦手を止めて制服がよく見えるようなポーズを取る。
その状態で少し静止した後、再び墓石の掃除に取り掛かる。
「今では友達も沢山できたし、魔法だって少しだけど使えるようになったんだよ」
掃除が終わったらタオルとボトルを鞄に戻す。
そして代わりに菊の花を取り出した。
今日の昼に街の花屋で買ったものだ。
「次はいつになるか分からないけど、また来るからね」
墓前に花を供え、居住まいを正すと、智観は目を閉じて手を合わせる。
優に一分以上はそうしていただろうか。
ゆっくりと目を開けると、彼女はそれ以上は喋ることなく、墓地を後にした。
時々、母の墓石を振り返りながら。
墓地を出たところでは梨恵が待っていた。
「ちゃんと挨拶してきた?」
「はい。何か楽になった気がします」
「それなら良かった」
智観は不思議と少しだけだが気持ちの整理が付いていた。
来るべきかどうかで悩んでいたが、やはり来て良かったと彼女は心からそう感じた。
今日ここで墓参りに来なかったら、きっと気持ちの整理は付かないまま、後悔していたことだろう。
その日の夜、智観は梨恵の勧めで、本来の自宅に泊まることになった。
せっかく故郷に来たのだから懐かしい我が家で眠るべき。
梨恵はそう主張して憚らず、最終的に智観が折れた形になるのだが。
ただ、以前には持ち出すことの出来なかった着替えや日用品、そして母の使っていた防御フィールド発生器付きのペンダントを持ち出す良い機会とも考えられるので、悪いことばかりではない。
ともあれ、今、智観と梨恵の二人は小林家の寝室に二人分の布団を敷いて横になっている。
なぜ梨恵までいるのかと言うと、彼女いわく、鉄騎兵が周辺を徘徊している可能性があるので智観を一人にするのは危険だからとのことだ。
「明日の朝は早いし、そろそろ寝るわよ」
パジャマ姿の梨恵が、バッテリー式の電灯のスイッチに手を伸ばす。
「あ、待ってください!」
同じくパジャマ――家に残していたものを使っている――に着替えた智観がそれを制止する。
「ん、何?」
「その槍、何か光ってるみたいで気になって眠れないんですが」
智観の目線の先にあるのは、梨恵が持ち込んだ一本の槍だ。
彼女と初めて会った時に使っていた槍とは少しデザインが違っており、何よりも穂先が常に淡い光を放っているように見える。
闇の中でぼうっと光っていられると、気味が悪くて眠れない。
「まぁマギアアルゲントゥム製だからね。別に気にするようなものでもないわよ」
「まぎ……? 何ですかそれ?」
「平たく言えば魔力を流した銀ってところかな。中尉になって給料も上がったし、重要な任務だからレンタルしてきたの」
「ふーん……お化けとかの類じゃないんですね?」
「そんなのいるわけないでしょ。電気消すわよ」
借り物ということは、余程貴重なものか高級なものなのだろうか。
確かにただそこにあるだけで、只ならぬ威圧感を感じさせられる物体ではあるが。
ともかく幽霊や妖怪の類ではないと分かれば、それで智観には充分であった。
梨恵が電灯のスイッチを切ると、智観はすぐに眠りに落ちてしまった。
智観が寝入ってからも、しばらくの間、梨恵は眠らずに考え事をしていた。
自分は智観の何なのだろうかということだ。
学園の卒業生なのだから先輩でも間違ってはいないのだろうが、それだけではないように思える。
だが恋しているというのも(智観の方はともかく、梨恵の方としては)違う気がする。
十歳も年下だし、第一、梨恵には既に元同級生にしてライバルでもある女がいる。
ならば姉か母の代わりといった疑似家族だろうか。
そんな答えの出ない問答をひたすら頭の中で繰り返していると。
「お母さん……」
不意に考えを見透したような智観の声がした。
驚いて飛び上がりそうになるところをどうにか抑え、隣の布団の方に意識を向けると、規則正しい寝息が聴こえてきた。
ただの寝言だったようだ。
「そうね。夢の中だけで良かったら、あなたのお母さんになってあげるわ」
実際に自分がどう思われているのか。結局のところ、その答えは梨恵には分からいままだ。
だが最早そんなことは問題ではなくなっていた。
穏やかに眠っている智観の頭をそっと撫でながら、梨恵もまた夢の中に落ちていった。
突然、梨恵の意識が覚醒したのはそれからどれくらいの時間が経った頃だろうか。
まだ辺りは暗い闇に包まれていることから察するに、長くて数時間といったところと思われる。
偶然目が覚めたというわけではない。
他ならぬ彼女の本能が危機の到来を告げていた。
寝惚け眼を腕で擦りながら、梨恵は起き上がる。
そして闇の中で唯一光を放っている槍を手に取り、なるべく音を立てないように寝室から抜け出す。
「いかないで……いっちゃ嫌」
また智観が寝言を呟く。
「大丈夫よ、すぐ戻ってくるから」
聞いていないことを承知で微笑みかけて、梨恵は部屋を出た。
玄関にあったサンダルを拝借して外に出ると、月明かりの下に何かの物体の影があった。
赤い二つの目を毒々しく輝かせる、人型をした不気味な影だ。
「イノーガニックソルジャーか。雑魚ね」
梨恵が輪郭だけで影の正体を判別出来たのは、別に彼女に知識があったからではない。
単にそれが最もポピュラーなタイプの鉄騎兵であっただけのことだ。
「今夜くらいは邪魔しないでほしいんだけど」
推定二メートル程度の人型の影に語りかける梨恵。
しかし戦闘用のロボットである鉄騎兵に、言葉を理解する機能は無い。
イノーガニックソルジャーと呼ばれたその影は、全く意に介することなく剣らしき武器を取り出して構える。
「そりゃそうよね……万物の創造主たる天の父よ――」
もっとも、それが無駄であることなど分かりきっていたことだ。
梨恵は諦めたように呪文の詠唱を開始する。
詠唱を終えると右手の平を人型の影に向け、叫んだ。
「ホーリーレイ!」
その瞬間、白く眩い光が鉄騎兵の半身を包み、金属製のボディの半分を吹き飛ばした。
同時に梨恵は地面を蹴り、夜闇に溶けそうな紫色の髪を靡かせながら、槍を正面に構えて突進する。
ボディが半分破壊されたうえ、突然の閃光でカメラがホワイトアウトしているであろうイノーガニックソルジャーにこれを避ける術は無かった。
為す術も無く動力部を槍に貫かれ、その物体は機能を停止した。
赤いカメラアイの光が消え、動かなくなったことを確認すると、梨恵は槍を抜く。
戦いは一方的に、かつほとんど一瞬で終わった。
「他にもいないとは限らないし、一応見回っておこうかな」
それから彼女は念を入れて家の周りを見回ってから、布団へ戻った。
翌朝のこと。
「おはようございます、梨恵さん!」
「おはよう、智観ちゃん」
そこには昨日とは打って変わって、自然な笑顔で笑いかけてくる智観がいた。
どうしたのかと梨恵が聞いてみると、彼女は笑みを絶やさずに答えた。
「何だか昨日の夜はすっごくよく眠れたんですよ! あんまり覚えてないけど、良い夢を見たような気もしますし」
「ひょっとして、夢の中でお母さんに会ったとか?」
どんな夢を見ていたか。梨恵は大体ではあるがその答えを知っている。
悪戯っぽく笑って返すと。
「そう言えばそんな夢だったような……ってどうして夢のことまで知ってるんですか!?」
慌てる智観が可愛かった。
そんな彼女がもっと見ていたくて、梨恵はわざと口の前で人差し指を立てて、内緒のポーズを見せる。
「ふふふ、それは秘密よ」
「梨恵さんのいじわるーっ!」
滅んだ村に久しぶりに訪れた、明るい朝であった。