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第十五話 テスト返却

 テスト期間は一週間というかなりの長丁場であった。

 毎日みっちり六時間詰まった普段の授業に比べれば幾分楽とは言っても、一時間あたりの緊張感が授業とは比較にはならない。

 それはこの三ヶ月余りで授業漬けの生活に慣れた智観にとっても少なからぬ負担だった。

 だからこそ最後のテストが終わった時、彼女はつい口に出して言ってしまった。

「終わったぁー!」

 まるであらゆるしがらみから解放されたかのように、大きく伸びをして。

 テストそのものの出来については結果が返って来ないことには何とも言えないが、手応えとしては良く出来たと感じられるものであった。

 何しろ千秋達と一緒に勉強してきたのだ。悪い結果になるはずが無い。

 採点と返却は、テストが終了した翌日から順次行われていった。

 少しだけ怖くもあったが、結果は予想通りいずれも上々。

 最大の懸念であった共通語も五十六点と、クラス内でも平均的な点数に落ち着いた。

 テスト終了から一週間で全教科の返却が終わり、終業式となった。

 入学式の時と同じく、理事長や校長の話を聞かされる。

 二回目ともなると少し退屈だ。

 しかも今回は全校生徒を収容する為か、場所を体育館に移している。

 体育館にはクーラーなど無いので、この季節には暑いことこの上無い。

 しかい狭いスペースに詰め込まれている為、熱気が籠ってしまう。

 結局まともに話を聞いていられたのは最初の数分くらいで、後は熱気との我慢比べと化してしまっていた。


 それだけに教室に戻ってきた時は気持ちが良かった。

「あぁー、生き返るー……」

 クーラーの風下に立ち、カッターシャツの襟の後ろをつまんで上下に動かす智観。

 肌に冷風が当たって心地が好い。

「ちょっと異常なくらい暑かったからな」

 明日華を始め、他にも同じようにしている生徒が数名。

 中には図々しくも、最もよく風の当たるポジションを占拠しようとする輩もいる。

 しばらく風に当たって火照った体を冷ましていると、担任の蔭山が紙の束を手に教室へ入ってきた。

「全員、席に着いてください。終礼を始めます」

 担任の指示に従って智観や他の生徒達も、クーラーの風との別れを名残惜しみつつ、各々の席へと戻っていく。

 風下の席の生徒が若干羨ましくあった。

 全員の着席を確認すると、蔭山は持ってきた紙の束を教卓の上に置く。

「これから通知表を渡しますので、名前を呼ばれたら取りに来てください。伊藤さん!」

 紙の束の約半分は智観達の通知表であった。

 出席番号順に最初は麗奈からだ。

 自分の分の通知表を受け取った彼女は、席に戻ってから中に目を通し、当然の結果だとでも言いたげに勝気な笑みを浮かべる。

 よほど良い成績だったのだろうか。

 麗奈の様子をじっと観察していると、いつの間にか智観の番が回ってきていた。

「小林さん!」

 今期分の成績が記された通知表。

 既にテストが返却済なのでほとんどの教科の成績は分かっているが、少し開けるのを躊躇ってしまう。

 無意識に目を閉じ、深呼吸をする智観。

 それから他人からは無駄にしか見えないであろう程に気合を入れて通知表をめくった。

 彼女の目に科目とその評価を表す数字が飛び込んでくる。

 ほとんどが六から八であり、魔法など一部科目――筆記テストの無いものに限るが――に九や十があるといった具合だった。

(よしっ! 我ながら上等!)

 智観は小さくガッツポーズをする。

 他の生徒の出来が分からないので相対的に見るとどうなるかは不明だが、少なくとも悪い感じではなさそうだ。

 その辺は後で千秋や明日華と見せ合って推測することにしよう。

 彼女がそう考えている間にも、通知表の返却は進んでいく。

 その内容に、ある生徒は表情を輝かせ、またある生徒は落胆に打ちのめされ……

 全員分の返却が終わると、蔭山は続いて一枚のプリントを配る。

 後ろに送って見出しに目をやると「夏休みのしおり」と書かれていた。

 どうやら夏休み中の生活習慣についての注意やら、熱中症の防止方法などについて書いたものらしい。

(これは部屋に帰ってから読もっと)

 智観はそう思い、しおりを二つ折りにして鞄に仕舞う。

「では、これで終礼を終わります。休み明けには宿題の提出と訓練合宿がありますので、夏休み中もしっかり勉強と訓練に励んでください」

 それから起立、気をつけ、礼というお馴染みの号令がかかり、いつもより早い放課後が訪れた。


 蔭山が退室するや否や、生徒達は一斉に席から動き出し、たちまちいくつかの塊が出来上がった。

 理由は言うまでもなく、通知表を見せ合う為だ。

「千秋ちゃーん! 明日華ちゃーん!」

 智観もそんな人の流れに揉まれつつ、友達のところへと向かう。

「テストどうだった?」

「私はバッチリですよ。ほら」

 智観の質問に自らの通知表を見せつつ答える千秋。

 なるほど、バッチリという言葉に偽りは無い。

 やや文系寄りという傾向はあるものの、体育以外のほぼ全教科が八以上。

 その体育にしても七と決して悪くはない。

「凄い……」

 六から八で安心していた自分が井の中の蛙に思えるような成績だ。

 千秋に見えるように自らの通知表を開きながらも、智観はただただ感心するより他に無かった。

「智観ちゃんも十分すごいですよ。ただ……」

「ただ、どうしたの?」

 しかしそんな千秋の言葉はどこか歯切れが悪い。

 気になって聞いてみると、彼女は無言で目線を横へと移した。

「あ、なるほど」

 千秋の目線の先には、机に突っ伏した明日華がいた。

 それだけで智観には彼女の言わんとしていることが分かった。

「そんなに気にしないで。まだ後期がありますよ」

 智観は自然な動作でそんな明日華の頭をぽんぽんと優しく叩く。

 それからそっと彼女の赤い髪を撫でる。

「う、うん。ありがとう」

 安心したのか、目を細めて撫でられるがままになる明日華。

 確か前にもこんなことがあったな、と智観は思い出していた。

 あれは確か六月の初め頃だっただろうか。

(確かあの時は恐る恐るだったっけ?)

 それが今は自然に行動に移せていたのだから、不思議なものだ。

 この短期間でそれだけ親密度が増したということなのだろうか。

 そんなことを思いながらも明日華の頭を撫でていると。

「小林さんと日野さん、相変わらず仲良い」

「えっ!?」

 不意にすぐ後ろから声がかかった。

 あまりに意表を突かれたもので、智観は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ん、どうした? って悠里か。脅かしてやるなよ」

「あ、悠里ちゃんでしたか。びっくりした……」

 声の主の正体は明日華の言葉で判明した。

 振り向いてみると、確かにそこには赤い瞳と豊かな茶髪が目印の悠里の姿があった。

「前も同じことやってたよね」

 智観と向き合う形になったところで、彼女は尋ねる。

「う、うん……誰かさんのせいでね」

 詰まりながら答える智観。

 彼女こそ智観がそうすることになった元凶であるというのに、何を言い出すのだろうか。

 彼女の質問は続く。

「撫で心地、気に入ったの?」

 次の質問を聞いた時、智観は思わず噴き出してしまった。

「ちょ、ちょっと! 何言い出すの!?」

「そうだぞ!」

「そもそも明日華の撫で心地が悪いはず無いです!」

 千秋まで加わってきて、口々に反論する智観達。

「その様子だと気に入ったみたいね」

 悠里はそんな彼女達の様子を見て、満足そうに微笑んだ。

 一体何がそんなに満足なのだろうか。

 考えても分かりそうにはないし、考えるだけ無駄な気もしたので、智観は無視して話を切り替えることにした。

「そう言えば悠里ちゃんは成績どうだったの?」

「私? 私はこんなだった」

 答えの代わりに鞄から通知表を取り出して見せる彼女。

 全員の視線が彼女の通知表に集中する。

 もちろん得意不得意はあるが、総合的には千秋と同程度と言ったところだろう。

 もしかして自分の成績は大したことが無いのではないか。

 そんな不安が智観の頭を過ぎった。



「あ、忘れてました」

 智観が何かを思い出したかのようにそんな声を漏らしたのは、四人で互いに通知表を見せ合っていた時のことだった。

「何がですか?」

「ほら、麗奈さんとの勝負の話」

 智観にそう言われて、千秋と明日華の二人もようやく思い出し、納得する。

 しかし同時に、挑戦状を叩き付けた張本人である麗奈が未だに話しかけて来ないことを不思議に思う。

 いつもの彼女なら真っ先にこちらにやって来そうなものなのだが。

「言われてみれば。そんなことありましたね……」

「それにしてはあいつ来ないな。忘れてるんじゃないのか?」

 その時居合わせていなかった悠里だけは、事情を知らないので首を傾げるばかりだ。

 千秋が掻い摘んで説明をすると、ようやく話に追い付いた彼女は、やはり千秋や明日華と同様に疑問符を浮かべる。

 ところが智観はそんな三人を余所に、声を張り上げて、自分の席で帰る準備をしていた麗奈を呼んでいた。

「麗奈さーん!」

「ん? 何よ?」

 荷物を持ったまま、不機嫌そうにこちらにやって来る麗奈。

「ほら、この前言ってた勝負の話ですよ」

「は? 何それ?」

 ところが智観がその勝負の話を切り出しても、麗奈は眉をひそめるだけであった。

 しらばっくれているというわけではなく、純粋にただ忘れているだけのようだ。

 仕方が無いのでテストが始まる一週間ほど前。あの日の放課後のことを説明してやる智観。

「あー、そう言えばそんなこと言ってたっけ、あたし……」

 それでようやく思い出したらしい麗奈は、なぜか深く溜息を吐く。

 自分から売った喧嘩を忘れていたことを自己嫌悪しているのだろうか。

 意気消沈した彼女を見ているのがいたたまれなくなって、智観はつい慰めの言葉をかけてしまう。

「ま、まぁ誰にでも忘れることくらいあるよ」

「あんたに慰められると何か負けたみたいで腹が立つんだけど……まぁ良いわ。勝負しましょう」

「せっかく心配してるのに、そんな言い方しなくても……」

 智観は半ば意識的にむっとした表情を見せる。

 しかし麗奈は彼女のそんな態度を無視して、自分の通知表を差し出す。

 彼女の傍若無人ぶりは周知のことだが、少しくらい気にしてくれても良いのにと儚い希望を抱く智観。

 もっとも、彼女の前で言っても仕方が無いことなので、智観も諦めて通知表を差し出した。

「じゃあ開けるね」

 代わりに受け取った麗奈の通知表をそっとめくる智観。

 千秋達三人も肩越しにその様子を注視している。

 そうして遂に現れた麗奈の成績を前にして、四人全員がしばらく言葉を失ってしまった。

「な、何これ……」

 最初に沈黙を破ったのは智観だった。

「いやいや、全教科十とか有り得ないだろ!」

 続いて明日華が言葉を取り戻す。

 残る二人は未だ視線を中空に彷徨わせ、凍り付いたかのように固まったままだ。

 麗奈の成績。それは明日華が言った通り、全ての教科が十段階評価で十という信じ難いものであった。

 もちろんこれが全教科満点を意味するわけではないのだが、どちらにせよ尋常とは言い難い。

 正に文武両道を絵に描いたかのような成績だ。

 これで性格さえ良ければ尊敬できる人物でクラスでも人気者になっていただろうに、と智観は少し残念な気がした。

「あはははは! あんたもなかなか頑張った方だとは思うけど、相手があたしなのが残念だったわね!」

 勝ち誇ったかのように腰に手を当てて笑う麗奈。

「まぁ後期にでもリベンジに――きゃあああああっ!」

 そんな彼女の高笑いが悲鳴に変わったのは突然のことだった。

 原因はいつの間にか後ろに回り込んでいた智観だ。

 彼女は麗奈の青いセミロングの髪を掻き分け、首筋を触っていた。

「ちょっと! いきなり何してんのよ!」

「いや、実は麗奈さんって試験中のアンドロイドか何かじゃないかと思って。ほら、ああいうのって首の後ろとかにスイッチあるじゃないですか?」

「そんな訳ないでしょ! どこ触ってんのよ!?」

 智観のとぼけた言動に大声で反論する麗奈。

「そうですよ、智観ちゃん!」

 更に千秋が麗奈に同調する、と見せかけて火に油を注ぐ。

「そういうのは頭の上にあるのが相場です!」

「なるほど、頭の上っと」

「違ーう!! 恥ずかしいからやめなさいっ!!」

 近くの席の椅子に上がって今度は麗奈の頭頂部を観察しようとする智観を振り払い、麗奈は叫んだ。

 照れと怒りが混ざったような感情で彼女の顔は真っ赤だ。

「あたしは人間よ! 大体、アンドロイドだったとしてもそんな分かりやすいところにスイッチ付ける馬鹿がいるわけないじゃない!!」

 一気にそこまで言い切ったところで一息吐き、怒鳴り疲れて乱れた呼吸を整える麗奈。

 そこへすっと一冊の筒状に丸められたノートが差し出された。

 差し出し主は明日華だ。何かを伝えたそうにウインクをしている。

「助かるわ」

 彼女の思いを汲み取った麗奈は、短く礼を言うと、丸められたノートで智観と千秋の頭を思いっきり殴った。

 小気味の良い音が少し間を空けて二発、教室に響き渡る。

「何かやけに良い音がしたな」

「見事なツッコミ」

 頭を押さえる智観達の傍ら、その様子を見ていた明日華と悠里は呑気に感想を述べた。

 まだ教室に残っていたクラスメイト達も何事かとこちらを見ている。

 中には丸めたノートを持った麗奈を見てクスクスと笑い声を漏らしている者までいる。

「伊藤さん、意外と様になってる」

「う、うるさいわね!」

 追い打ちを掛けるかのような悠里の言葉にますます麗奈は赤くなった。

 慌ててノートを明日華に突き返し、わざとらしく姿勢を正す彼女。

 既にクラスの注目の的になっている以上、今更そうしたところであまり意味は無いのだが。


 図らずしもそんな麗奈を救ったのは、智観に話しかけてきた一人の少女だった。

「ところで智観ちゃん達は成績の貼り出し見に行った?」

「あれ、愛海ちゃん。そんなのあるの?」

「うん、職員室前の掲示板にね」

 智観の問いに、話しかけてきた少女――愛海が答える。

 だが一体どこでそんな情報を入手したのか、智観は不思議に思って聞いてみた。

「ありがとう。でも、どうしてそんなことを?」

「野球部の先輩から聞いたの」

 愛海は野球部員である。部活の先輩経由というのならば納得だ。

 智観達には無い情報源と言える。

 智観も含めた五人はいずれも部活に所属していない為、必然的に縦の繋がりが少なくなってしまう為だ。

 情報源が限定されるのは、今発覚したことだが少し痛いかもしれない。

「まぁ、私の名前は載ってなかったけどね」

 小さく舌を出して笑う愛海。

「あたしもー……今度は載りたいなー」

 愛海の後ろから姿を現した少女もまた残念そうに言う。

 話したことはほとんど無いが、名前は確か三河みかわあおいと言っただろうか。

「どれくらいの成績なら載るのかな? 葵ちゃん分かる?」

「うーん、どうだろ? 見に行った方が早い気もするよー」

「それもそうか。今から行ってくるね。ありがとう」

 二人に礼を言ってから智観は立ち上がり、職員室前の掲示板へ行こうとする。

 他の四人も彼女に続いて立ち上がる。

「私も行きますー。自分が全体でどの辺にいるか知りたいですから」

「同じく」

「まぁ、トップに輝く自分の名前を見に行くのも悪くはないかもね。一緒に行くわ」

 先ほどは赤くなっていた麗奈も、今ではすっかり普段通りの冷静さを取り戻している。

 いや、心なしか嬉しそうに見える点だけが普段とは異なっているかもしれない。

「明日華ちゃんはどうする?」

「わ……私も行く! 置いてけぼりは酷いぞ!」

 成績が今一つ振るわなかった明日華も、少し迷った後に見に行くことを決めた。

「じゃあ、皆で行こっか」

 智観の言葉を合図に五人は並んで歩き出した。

 いつの間にやらまた人数が増えている。

 初めは一人だったのが三人になり、四人になり、今では五人だ。

 騒がしくもあるけれど、楽しくもある。

 今のような時がずっと続いてほしい。

 それだけが今の智観の願いだ。


 その後、男子クラスの生徒に学年一位の座を持って行かれていた事実が発覚。

 智観達は、学年一位のいる教室に殴り込みをかけようとする麗奈を抑え込むのに苦労したという。

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