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第一話 故郷壊滅

2011年5月3日の改稿版です。

少しだけイベントが増えてたりします。

 魔法。

 それは人類に与えられた超常の力であり、使い方次第では身を守る盾にも敵を滅ぼす剣にもなるものだ。

 人類が魔法を手にする以前、世界は大戦と混沌の時代の中にあった。

 暴力のみが法律であったその時代に秩序と平和をもたらしたのは、魔法を操る人々――魔道士であった。

 それから数十年ほど後、魔道士達と彼等の主導する連合政府の力により、世界はひとまずの平穏を迎えた。

 彼等は魔法を神が人類に授けた力であるとして神に感謝し、年号を神暦しんれきと改めた。

 今から二百年ほど前の出来事である。




 神暦百八十二年四月三日、清冷せいれい村。

 起源は神暦十年代にまで遡ると言われる歴史のある村らしいが、今となってはその真偽を知る者もほとんどいない。

 主要な街道からも外れており、現在のこの村はただの寂れた農村でしかなかった。

 無論、若者は軒並み都会に出てしまっており、人口のほとんどは老人が占めていることは言うまでもない。

 この村が誇れることと言えば自然が豊かなことと、長閑で平和なことくらいだ。

 もっともその二つに限っては国中を探しても類を見ないほどに優れているのだが。


 時刻は夕暮れ時。

 赤い夕陽の光が差す道に、細長い影が伸びている。

 影の主は大きな籠を背負った十代半ばの少女だ。

 気分が良いのだろう。

 彼女は軽快な足取りで、鼻歌交じりに夕暮れの農道を歩いている。

 しばらくして遠くに人影を見付けると、彼女は微笑んで足を止め。

「こんばんは、源蔵げんぞうおじさん!」

 それから元気良く挨拶をした。

「おぉ、こんばんは。智観ともみちゃん」

 人影は農作業帰りと見られる中年の男性だった。

 源蔵と呼ばれたこの男性は手を振って挨拶を返してくれる。

 小さな村ということもあって、ここでは村中が知り合いのようなものだ。

 それゆえすれ違う時には何らかの挨拶を交わすのが当然になっている。

 少女――智観もそれを常識として育ってきたので、自然とそうする習慣になっていた。

 と言うよりも、そうしなければ落ち着かないほどだ。

「今日も家のお手伝いか? 若いのに偉いね」

「はい。この時期は美味しい筍が沢山取れますから」

 智観は背中の籠を下ろし、中から一本の筍を取り出して答える。

「煮ると特に美味しいんですよー」

 想像の中で一足先に筍の煮物を作り上げた彼女は、碧色の瞳をきらきらと輝かせる。

「作ったらおすそ分けしますね」

「ほう。そいつは楽しみだ。待ってるよ」

 この村では作った料理を近所で分け合うことも少なくはなかった。

 たがその中でも特に、彼女と彼女の母親が作った料理は人気が高かった。

 味に変な癖が無い。

 素材の良さが生きている。

 智観親子の料理を食べた人は、皆口を揃えてそう言う。

 別にこんな辺境の村で料理上手になったところで自慢出来るようなことではないのだが、智観にはそれでも十分だった。

 母と二人で丹精を込めて作った料理を、美味しいと言って食べてくれる人達がいる。

 それだけで嬉しくなる。

「楽しみにしててくださいね」

 そう言って歩き出す智観。

 源蔵は彼女の背中に向かって言った。

「後でじゃが芋を届けてあげるよ。煮物に合うからな」

 嬉しい申し出だった。

 頭の中に筍とじゃが芋の煮物のレシピが浮かんでくる。

 なかなか良い料理になりそうだ、と智観は思った。

 振り返って源蔵に深くお辞儀をする。

「ありがとうございます、源蔵さ――痛っ!」

 そこで突然後頭部に衝撃を感じた。それも複数回立て続けに。

 思わず目を閉じてしまった。

「智観ちゃん、筍!」

 源蔵に言われてはっとした時にはもう遅かった。

 お辞儀をした時に籠から筍がこぼれてしまったのだ。

 しかも都合が悪いことに坂道の途中だった為、いくつかはずっと下の方まで転がって行ってしまった。

 源蔵に手伝ってもらって、近くに落ちた筍を素早くかき集めて籠に放り込む。

 それから転がった分を追いかける為、彼女は駆け出した。


 坂道を走る智観。

 肩下辺りまでの金髪のツインテールと、それを束ねる緑色のリボンが風に吹かれて舞う。

 転がる筍を追いかけながら、彼女は何をやっているのだろうと自問自答した。

 筍の一本や二本落としたところで痛手は無い。

 それでも一度は手にしたものを失うというのが、何となく彼女には許せなかった。

 やがて行く先に人影を見付けた彼女は大声で叫んだ。

「そこの人ー! 筍止めてくださーい!」

 智観の叫びを聞いた人物――この村には珍しい二十代と思われる誠実そうな男性は、親切にも筍を全て受け止めてくれていた。

 助かった。彼がいなければどうなっていたことだろう。

 智観はほっと溜息を吐き、それから男性に礼を言った。

 今度は筍を落とさないよう、軽いお辞儀でだが。

「あ、ありがとうございます! 三原さん」

「ほら。もう落としたりするなよ、小林の娘さん」

 智観が三原と呼んだ男性は、彼女の頭をポンポンと軽く叩くと、拾った筍を籠に入れてくれた。

「じゃあ、僕は行くよ」

 そう言って立ち去りかけて、三原は思い出したかのように足を止めた。

「そうだ! そろそろ基本魔法くらいなら使えるようになったかい?」

「うーん、全然。何度試しても上手く行かなくて……」

 彼の質問に、智観は困ったような落胆したような顔になって答えた。

 彼女は母の教えに従って魔法の練習をしてきたが、どういう訳か一度も成功したことが無かったのだ。

「三原さん魔道士ですよね? コツを教えてくださいよー」

 縋るようにそう言った智観に、三原は笑って答えた。

「ははは。コツなんてのは自分で見付けるものだよ」

「うー……三原さんのケチー」

 上目遣いに見上げてみても彼に効果は無かった。

「それに君のお母さんの方が僕よりも優秀だろう?」

「それはそうですけど……」

「心配するな。小林の娘なら、きっと良い魔道士になるさ」

 簡単に言ってくれるものだ。

 もっとも三原は見た目通りの誠実な人間なので悪意は無いのだが。

(それが却って厄介なんですよね……)

 智観は心の中で呆れたような溜息を吐いた。

 だが嫌いではない方だ。

「じゃあ、私帰りますね。おやすみなさい」

「おう。修行は怠るなよー!」

 別れの挨拶を交わして、智観は元来た道を戻って行った。



「お母さん、ただいまー!」

 自宅に帰り着くや否や、智観は元気良くそう言った。

「おかえりなさい、智観」

 返事が家の奥から返ってきた。

 そしてそれに続いて、声の主も姿を現す。

 優しい微笑みを湛えた、智観と同じ色の髪を持つ女性。

 名を小林友恵ともえと言う、智観の実の母親だ。

 女手一つで智観を十五まで育ててきた、智観の唯一の肉親で、心の拠り所でもある母。

 そんな彼女に微笑みを返すと。

「まだ夕ご飯の支度まで時間あるから、少しだけ魔法の練習してくるねー」

 智観は採ってきた筍を玄関に置き、また飛び出していってしまった。

 そそっかしい我が娘を見て、彼女は困ったような嬉しいような顔を見せる。

「あらあら、智観ったら練習熱心だこと。まぁ、そこがあの子の良いところだけど」

 後に残された友恵は小さく笑ってから籠を家の中へと運び込んだ。


「うーん……今日も上手く行かなかったなぁ……」

 あれから十数分後。

 智観は野原の中でがっくりと両手両膝を着いて落胆の表情を浮かべていた。

 ここは彼女が毎日魔法の練習に使っている秘密の修行場だ。

 もっとも、未だに一度もまともに魔法を発動出来たことなど無いのだが。

「でも明日がありますよね」

 しかし彼女はすぐに立ち直った。

 その顔には先ほどまでの落胆の色は欠片も見られない。

「今日はもう帰ろうっと」

 そう言って家に戻ろうと歩き出した直後のことであった。

 一際強い風が吹き抜けたのは。

「きゃっ!?」

 髪にかかりそうなツインテールを手で押さえながら、智観はこの風に何か不吉な香りのようなものを感じていた。

(早く帰って晩御飯にしようかな)

 ゆっくり歩いても数分で着く距離ではあったが、彼女は小走りになって自宅で待つ母親の元へと急いだ。



 予感とは裏腹に、智観は何事も無く自宅に帰り着いた。

 彼女は母親の友恵ともえと一緒に夕食の支度をし、普段よりは三十分ほど早い夕食を摂ることになった。

 食卓には当然ながら、今日採ってきたばかりの筍とじゃが芋の煮物も並んでいる。

「あら、この筍……」

 二人で食べる楽しい夕食の最中、煮物に箸をつけた友恵が言った。

「あ、それ私が摂ってきて調理したの。さっき源蔵おじさんが持ってきてくれたじゃが芋も入れてみたんだけどね。気に入ってくれたかな?」

 腕にそれなりの自信があるとは言え、やはり智観としては上手く出来たかどうか不安であった。

 期待と不安が入り混じったような複雑な表情で彼女は尋ねた。

 胸が高鳴るのを感じながら、彼女は返事を待つ。

「えぇ、とっても美味しいわ」

 だが全くの杞憂だった。

 美味しいという感想を聞いて、智観の表情はぱぁっと明るくなる。

 母親である友恵なら例え不味くてもお世辞で美味しいと言ってはくれるだろうが、これがお世辞などでないことがすぐに分かった。

 この時の友恵の表情は、それが本心からのものであることを物語っていたからだ。

 十五年の付き合いの賜物だろう。

「ふふ……お母さん、ありがとう」

 思わず智観の口からは感謝の言葉が零れる。


 その後も二人の夕食の時間は穏やかに過ぎていった。

 そして就寝時間までのひと時もまた、同じように穏やかに過ぎていくはずであった。

 昨日も、一昨日も……いや、彼女が子供の頃からそれは変わっていない。

 異変が起きたのは、居間で母親と二人、緑茶を飲みながら話していた時だった。

 突如、村中にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、直後に電話が掛かってきたのである。

 神妙な面持ちになった母親が受話器を取ると、電話機のスクリーンに若い男性――先ほど智観が道で会った三原だ――の映像が映し出された。

 しかし今の彼には先ほどの柔和な笑みは見られない。

 極めて神妙な顔付きをしている。

「小林、三原だ。村に鉄騎兵が現れた。ただちに戦闘準備を整えて中央広場まで来てくれ」

「えぇ、分かったわ」

 三原は早口でそれだけ捲くし立てると、友恵が返事をするかしないかといううちに電話を切ってしまった。

 受話器を置いた友恵はまるで小さな子に言い聞かせるように智観に言う。

「いい? 私には村を守る役目があるから一緒には行けないけど、智観はシェルターへ向かうのよ」

 それから急ぎ足で自分の部屋へと行ってしまった。

 ただ、智観には、話相手の言葉にあった「鉄騎兵」という単語を聞いた時点でこうなることは予想できていた。

 鉄騎兵。

 それは神暦以前の大戦で使用された無人戦闘兵器の総称である。

 二百年という時の中で大半が破壊または機能停止しているが、それでもなお生き残った者がおり、度々人里を襲うことから社会問題にもなっている。

 智観が居間で待っていると、程なくして友恵は金属製の胸当てを装着し、大きな杖を持った姿で現れた。

 胸元には彼女がいつも付けている「お守り」のペンダントが輝いている。

 こうして戦闘装備に着替えた彼女の姿が、智観の目には頼もしく映る。

「お母さん、無事でいてね……」

 だがそれでも彼女は不安だった。

 先ほど家に帰る直前に、虫の知らせとでも言おうか、不吉な予感がした為だ。

 母親の身を案じる智観。

「もちろんよ。お母さんが怪我して帰って来たことが今までにあった?」

「なかった、ね」

 不安そうな娘を安心させようとしてか、母は優しく笑う。

 事実友恵は優れた魔道士で、これまでに村を襲ってきた鉄騎兵との戦いでも無敗を誇っていた。

 そんな彼女の娘である智観もまた、魔法の勉強をしている身である。

 ただし智観の方は何年経ってもまともに魔法を使うことができず、未だに小さな火の粉すら出せない有様なのだが。

「だから心配しないで。ね。智観はシェルターに行きなさい」

 もう一度、精一杯微笑んでから、友恵は指示された通りに中央広場へと走って行ってしまった。

 一人ぽつんと残された智観。

 彼女の心中は相変わらず不安に満ちていた。

 母親が最後に見せた微笑み。それが不安を押し殺して強引に作った仮初めのもののように見えたからだ。


 指定されたシェルターへと向かう途中、背後では時々轟音が鳴り響き、眩い閃光が炸裂していた。

 しかし距離がある為か、振り向いても智観の目には鉄騎兵の姿は見えなかった。

 ただ立ち上る爆炎や稲妻が見えるだけだ。

 それでもその威力の凄まじさは、この距離からでも感じられる。

 あれを放っているのが、他ならぬ母親の友恵なのだ。

 そのことを改めて考えると、怖いような、頼もしいような、不思議な感覚が智観の中に湧いてくる。

 もっとも、村には優秀な魔道士が他にも数人いたので、他人のものかもしれないのだが。



 智観は戦闘の様子を伺いつつ、シェルターを目指してり続けた。が、突然彼女の全身に強烈な悪寒が走った。

 彼女自身はまだはっきりとは認識していなかったが、空気に混じる血の臭いがその最大の原因だった。 

 そして彼女がシェルター入口に到着した時、その悪寒は現実の脅威となって現れた。

「え? これは……どういうこと?」

 並の魔法や兵器では傷一つ付かないとされる入口の防護扉が、見るも無残に切り裂かれていたのだ。

 一瞬、最悪の事態が彼女の脳裏を過ぎった。

 それでも彼女は覚悟を決めて、しかし慎重に入口から中を覗き見る。

 想像の中に生まれた「最悪の自体」のイメージを否定する為に、彼女はそうせざるを得なかったのだ。

「あ……」

 シェルターの中を除き見た瞬間、智観は言葉を失った。

 それから次の瞬間には、全速力でその場から逃げ出していた。

 彼女が見たもの。それは血の海の中で動かなくなった村人達と、その中で不気味に駆動する戦闘機械――鉄騎兵の姿だった。

(早くお母さん達に知らせないと!)

 清冷村は小さな村だ。

 それゆえに村人全員が知り合いのようなものである。

 だからこそ彼女の受けたショックは大きかった。

 今日の夕方まで仲良く話していた人が、もう二度と動くことも喋ることも出来ない姿になっていたのだから無理も無い。

 だが彼女は泣き出したい想いを抑えて母、友恵の元へと走った。

 この村で鉄騎兵に対抗出来るのは彼女達だけだからだ。


 智観が村の中央広場に行ってみると、友恵達は既に最初の鉄騎兵を撃破した後だった。

 村の魔道士達の前には破壊されて黒焦げになった五メートル程の鉄塊が転がっているだけだ。

「智観? シェルターに行ってなさいって……どうしたの!?」

「お母さん、大変なの! 先に避難していた皆が……うぅぅ……」

 友恵はシェルターに向かったはずの自分の娘がここに現れたのを見て一瞬驚いたようだったが、只ならぬ娘の様子に気付き、理由を尋ねる。

 見たままを話そうとした智観だったが、思い出すだけで涙が溢れてきて上手く言葉に出来ない。

 言葉を絞り出そうとしても出せないのがもどかしかった。

 とうとう心の堤防が決壊し、泣き出してしまう智観。

 しかし流石は十五年彼女を育ててきた母親と言ったところだろうか。

 友恵はそれだけで娘の言わんとしていることを理解したようだった。

「分かったわ。それ以上は話さないで。お母さん達が何とかしてあげるから」

 そう言って子供のように泣きじゃくる智観を宥める彼女の顔は、慈愛に満ちた女神のようであった。

 智観が小さく頷いて少しだけ落ち着いた様子を見せると、こちらは大丈夫だと確信したのだろう。一転して戦いの中に身を置く者の顔付きになる友恵。

 それから他の魔道士と共にシェルターへと向かおうとした彼女だったが。

「待って!」

 すぐに皆を制止し、自らも足を止めた。同時に杖を構え、詠唱に入る。

 智観も他の者も最初は何事かと戸惑ったが、すぐにその理由が判明した。

 最初の鉄騎兵よりもずっと小型の、二メートル程度の機体が、驚くほど高速かつ静かに接近してきていたのだ。

 それに誰よりも早く気付いた友恵が魔法の詠唱に入ったという訳である。

「天にまします我等が神よ。その力をもって彼の者に裁きの雷を与えよ」

 智観が魔法を教えてもらっている時にも何度か聞いたことのある呪文だった。

 この呪文は確か、母がもっとも得意としている高等魔法の呪文だ。

「セレスティアル・サンダー!」

 最後に友恵が魔法の名を叫ぶのと同時に、雷が夜の闇を切り裂いて鉄騎兵に直撃した。

 この一撃で勝敗は決したと、この場にいた誰もが確信した。

 だが彼等の予想に反して、鉄騎兵は軽く怯んだだけだった。

 まるでダメージなど無いといった様子で、それは再び起動した。

「そんな……直撃だったはずなのに……」

 誰よりも動揺したのは術者の友恵だった。

 何しろ自分の持つ最強の魔法が通用しなかったのだ。

「く……雷が駄目なら!」

 焦りを感じた彼女はそのまま別の魔法の詠唱に入ろうとする。

「小林、危ない! おい、国防軍に派遣依頼だ! 急げ!」

 長い呪文の詠唱で隙が出来た友恵の前に三原が飛び出し、防御の魔法の詠唱に入る。

 敵の攻撃の気配を敏感に感じ取り、戦闘の主力である彼女を守ろうとしたのだろう。

 しかしその判断も虚しく、巨体に似合わず一瞬で間合いを詰めてきた鉄騎兵の武装によって彼は斬り捨てられてしまった。

 そこで初めて智観はこの鉄騎兵の姿を正視した。

 四脚の下半身の上に人型の上半身が接続された姿だ。

 ただし両腕にあたる部分は鋭利な刃になっており、人間の顔にあたる部分には複数のカメラアイが赤く不気味に輝いている。

 一言で述べるなら蟷螂を思わせる獰猛な外見だった。

 青年を斬殺した鉄の蟷螂は、返す刀で友恵に駆け寄った魔道士達をも斬り捨てる。

「母なる大地を司る我等が――きゃあ!」

 魔道士達が作ってくれた隙を利用して、今度は智観も聞いたことの無い別の呪文を唱え始めた友恵だったが、その魔法は決して発動することはなかった。

 詠唱を終えるよりも早く、彼女もまた鉄騎兵の刃に刺し貫かれてしまったからだ。

「智観……逃げ、なさい……」

 彼女が力無く崩れ落ちる瞬間、智観は確かに母がそう言ったのを聞いた。


 それから他の魔道士達の放った魔法が何発か鉄騎兵に命中したが、友恵の誇る最強の魔法さえ物ともしなかった敵には通用するはずもなかった。

 彼等に出来たのは、智観が逃げ出す一瞬の隙を作り出すことだけだった。

「みんな……ごめんなさい!」

 村の為に戦う母や村人達を見捨てることが智観には心苦しかった。

 本当ならば、たとえ丸腰であろうとも鉄騎兵に殴りかかっていきたい衝動に駆られているところだ。

「でも、私には……」

 だが、智観は母の言葉に大人しく従うことにした。

 自分が出て行っても足手まといにしかならないだろう。

 それに無駄に命を落とすのは、母や村人達の命懸けの行為をも無駄にすることだと判断したからだ。

(確か誰かが派遣依頼を出してましたよね)

 三原の指示に従って、村人の一人が国防軍に派遣依頼を出したところは確かに見ている。

 軍が到着するまでにどれだけの時間がかかるかは不明だが、不幸中の幸いと言ったところだろうか。

 この村は首都から直線距離で九十キロ程度しか離れていない。

 彼等の機動力なら、早ければ十分程度で来られるだろう。

(十分程度なら何とか……いや、駄目?)

 混乱する頭で何とか大体の時間を弾き出した智観。

 だが時間が分かっても、逃げ切る自信が持てない。

 これではいけない。そう思って彼女は両手で自分の頬を二、三度打つ。

 そうすると心持ちががらりと切り替わった。

(ううん、絶対に逃げ切ります!)

 しかしそんな彼女の思いを嘲笑うように、敵は彼女の姿を既にその目に捉えていた。

 次なる殲滅対象として。

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