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雪のような転校生



その日は、クラス替えがあってから始めて学校に行った。

クラスに入った瞬間から、「誰だこいつ?」と言いたげな視線が俺を四方八方から襲う。

まあ、当然と言えば当然だ。


俺は不登校である。始業式の日にも学校には行かなかったし、それから1週間後の今日に、初めて学校に来たのだから、訝しまれて当然だ。


教卓の上に置いてあった席順を確認してから、自分の席へと向かう。

すると、横の席には白髪の女子が座っていた。

下の方を向いている。恐らく、読書中なのだろう。


それよりも気になるのは、彼女の髪色だ。

ウチの学校は校則がかなり緩いため、髪を染めていたりしても特に何も言われることはないし、実際髪を染めている生徒も一定数いる。

しかし、彼女の透き通る様な白に、俺は思わず目を引かれた。


そしてその次に、見ない顔だな。と、そう思った。


この学校のクラスは、2組までしかない。そのため、否が応でも両組の生徒の名前と顔は覚えるものだが、その女子生徒の名前も、顔も、俺の頭の中の誰とも一致しない。


そこで俺はハッとした。

何女子の顔ジロジロ見ながらそんなこと考えてるんだよ気持ち悪い。

俺はバツが悪そうにしながら、女子の隣の席についた。

女子は、少し驚いた様な顔をしてこっちを見た後に、再び視線を本に戻した。


俺もすぐに女子から視線を外し、リュックをおろして授業の準備をする。

諸々の準備が終わってから、俺も本を開いて、静かに読書を始めた。

しかし、なぜだか視線を感じる。


俺が本を読むふりをしながらこっそり横を盗み見ると、先ほどの女子が興味ありげな顔で俺の方を見ていた。

ええ…?

別に俺は、特筆する様な整った顔はしていないし、逆に吹き出してしまうくらいに不細工。というわけでもない、なんてことない平凡な顔をしている。

俺は、こんな顔の整った女子が注目してくる様な男ではないはずなのだ。

それなのに、この女子は一体何が気になるのだろう。

視線の正体を探ろうと、俺はもう一度、今度は確信を持って横を向いた。


隣の席の彼女――名前も知らない白い髪の少女は、俺と目が合っても逸らそうとしなかった。それどころか、小首を傾げて、さも不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「…俺の顔に…何か、面白いものでもついてるか?」


耐えきれなくなって小声で尋ねると、彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからいたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。


「ううん。ただ、この席に誰かが座るの、久しぶりだったから。……君、名前は?」

「……湊。瀬戸口せとぐちみなと

「湊くん。私は白石雪。よろしくね」


彼女の声は、その容姿と同じようにどこか浮世離れして透き通っていた。

雪。あまりにも出来すぎた名前だと思った。彼女の髪も、透けるような肌も、春の陽光に溶けてしまいそうなほど白い。

なるほど、雪という名前は彼女にピッタリだ。


「湊くん、その本……太宰?」

「……そうだね。有名すぎて敬遠してたけど、読んでみたら意外と、自分みたいな奴が他にもいるんだって思えて」

「ふふ、わかる。絶望してる時って、キラキラした応援歌より、底なしの暗闇に寄り添ってくれる言葉の方が救いになるよね」


彼女はそう言って、自分が読んでいた本を俺に見せた。

それは難しい医学書か何かかと思ったが、意外にも、分厚い詩集だった。


「湊くんは、学校……嫌い?」

「……嫌いっていうか。意味がないと思ってる。どうせ俺がいなくても、この教室の空気は一ミリも変わらないし」


吐き出した言葉は、自分でも驚くほど投げやりで、トゲがあった。

せっかく話しかけてくれた美少女に対して言うべき言葉じゃない。

けれど、彼女は嫌な顔ひとつせず、「そうだね」と短く同意した。


「私も、そう思うよ。ここは、元気な人たちが正解を競い合う場所だもん。私たちみたいなはみ出し者には、少し酸素が薄いよね」


“私たち”という言葉に、心臓が僅かにどくんと跳ねた。

不登校の俺と、この浮世離れした美少女。共通点なんて一つもないはずなのに、彼女の瞳には、俺と同じ……あるいはそれ以上に深い諦念のようなものが宿っている気がした。

そこでチャイムが鳴り、俺と彼女との会話はお開きになった。


周りの会話を盗み聞いて分かったが、彼女はやはり転校生らしかった。

転校してから、わずか1週間。本来なら、彼女の席の周りは賑わっているはずであろうが、彼女の儚げな雰囲気に気圧されて、近づくことすらままならないのだと言う。



1限、2限、3限、4限、5限、6限と授業を受けて、学校は終わった。


特に話す相手もいないので、俺はさっさと荷物をまとめると、一番に教室を後にした。

そのまま下駄箱に直行し、靴を履き替える。


「ちょっと待ってよ。湊くん。歩くの、早いんだね」


靴をちょうど履き替えて、学校に背を向けた瞬間、白石さんが俺に声をかけながら早足でこちらに来ていた。


「家の方向、どっち?」


彼女は上履きを履き替えながら、俺にそう聞いてきた。

その問いに、半ば反射的に答える。


「駅の、向こう側」


この言葉は、我ながらに無愛想だと感じた。

しかし彼女は、それを聞いてにこりと微笑んだ。

花が開く様な、雪が溶ける様な。それはそれは美しい笑い方だった。


「そっか。じゃあ一緒に帰ろ」


彼女の言葉に理解が追いつかなかったが、せっかくのお誘いだ。乗らないのは失礼だと感じ、「分かった」とだけ返事をして彼女を待った。



「…湊くんってさ、どんなアイスが好き?」


帰り道、俺と一緒に校門から出た彼女は俺にそう問いかけた。

唐突すぎる意味不明な問いに一瞬混乱するが、答える。


「…アッセルスーパーカップ」

「分かる。あれ美味しいよね。私、バーゲンダッツが好き」

「随分、高いものが好きだね」

「別にいいでしょ、私の勝手だもん」


彼女との会話は、そこで途切れた。

二人の間に、よく分からない間が走る。

そこで俺は、気になっていた事を思い切って聞くことにしてみた。


「ねえ」

「何?」

「なんでさ、君は初対面の俺にそんなに優しくするんだ? 別に俺は、例えば車に轢かれそうになった君を助けた訳でもないし。なんなら、話しかける理由もないんじゃないか?」


俺が朝から抱いていた、率直な疑問だった。

彼女は、俺と話す必要はないはずである。他のクラスメイト達の様に、俺を無視して過ごせばいいのだ。それなのに、どうして彼女は俺にかまってきているのだろう。

そんな俺の問いに対して、彼女の答えは、至極簡単なものだった。


「…君がいいって思ったから?」

「…………は?」

「んー、難しいんだけどさ」


彼女は胸元のリボンをいじりながら言う。


「私ってさ、クラスでも見たと思うけど、ちょっと避けられがちなの。だから、私に話しかけてくれた君と、もっとお話ししたいって思ったの」


その後に、「それだけだよ?」と彼女は付け加えた。

あっけらかんとした顔をしていた。訳が分からなかった。

俺は、それに対して咄嗟に返す言葉を持っていなかったため、「そう」とだけ言った。


「それよりさ、もっとお互いについて知ろうよ。ねえ、好きな作家さんっている?」

「…俺は基本、作家にこだわったりはしないけど、そうだな。強いて言うなら、中原中也とか?」

「おお、中原中也。いいね。私も好き」

「…文豪の小説、よく読むの?」

「うん、そうだね。昔の人の作品って、その時の時代背景とか、その人独自の考えが見え隠れしてて、すごく魅力的じゃない?」

「…そっか」


案外、彼女との会話は楽しいものだった。

それなりに似通った趣味をしているからだろうか。気を使わず、楽に話すことができるのだ。


「ていうか、ずっと同じ道を通っているけど、大丈夫? 湊くんの家の方向って、本当にこっち側?」


彼女が少し心配げにそう言ってきた。


「そうだよ。本当にこっち。たまたま道が同じだけだと思う」


僕はそれだけ返した。

彼女も、「ふーん…」とだけ言ってから、再び前を向いて歩き出した。





たまたま道が同じ。なんて、そんなはずはなかったんだ。

彼女が向かう場所の先には、道なんてない。

そのことを、当時の俺は知る由もなかった。


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