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オロチノモノガタリ Chapt 6



*多事多難*



 ロベルトの眼前に居たのは伝説の怪物、ドラゴンだった。…少なくともロベルトはそう思った。クーネオの町に入った瞬間真正面に巨大なドラゴンの顔があったのだ。真正面に。余りの巨大さに一瞬作り物かとも思ったが、明らかに動いている。それも…寝ている?寝息を立てて僅かに上下している。何せ頭の部分だけで馬車二台分程はある。この巨大さなら僅かな動きでもはっきり動いているのが見て取れるし、右の鼻からは花提灯が出ていて、左の鼻の穴からの寝息はロベルトのあたりまで届いてくる。ドラゴンなど昔語りの寓話に出てくるだけ、実在するとはロベルトも信じていなかったが目の前に存在する巨大な生き物はドラゴンと表現するしかない生き物だった。


『!……』


ロベルトは絶句する。思わず自分の声が漏れないように両手で口を塞ぐ。意識したわけではない、本能がそうさせたのだ。この巨獣を起こさないようにと忍び足でドラゴンの正面から外れる様に左の方に回り込む。すると、


『…隊長、ロベルト隊長』


押し殺したような声でロベルトを呼ぶ声がした。それは良く見知った顔、ガーディアンの副長だった。彼も顔色は真っ青だ。その後ろにガーディアンのメンバーが十数人いる。副長の男が声を押し殺したまま


『何ですか、隊長、こ、このバケモ…ドラゴンは?』


ロベルトと二人で寝ている巨獣の顔を見ながら、絞る様な、現実である事をを否定してもらいたがっている様な、そんな声で聞いてきた。


『…わからん…』


そうつぶやいてからロベルトははっとなった。自分の部下達が不安になるような発言を迂闊にしてしまったことに気付いたのだ。慌ててロベルトは副長に指示を飛ばす。もちろん小声で。


『急いで十人ほど連れて兵舎からバリスタと大砲を持ってきてくれ。あまり近づかなくていい。とにかくこのドラゴンに気付かれないように』


それこそ耳打ちするように小声で指示を出した…そこに


バリバリバリッ ドンッ!!


甲板のあたりに落雷があった。


『うわっ……! 』


思わず口から洩れた声を慌てて両手で押し込む。他の兵士たちもロベルトと同じように両手で口を塞ぎ、そこに居る全ての者が同時にドラゴンの顔をそーっとみる。起きてはいない様だ。皆一様に胸をなでおろし音を立てないように副長と十人ほどの兵がその場を離れていく。


キィン カ カ…


少し離れた距離、おそらくはドラゴンの反対側のあたりで金属音が響いた。


(なんだ?戦闘か?ドラゴンと帆船で何も見えないが)


ロベルトは一瞬迷ったが、ドラゴンがまだ寝ているのを確認し頭の方から慎重に反対側に回り込もうとした。


ゴト


甲板のあたりで扉が開く音がした。そこから現れたのは、またもやドラゴン?船を担いでいる超大型ドラゴンに比べれば小さいが、それでも体高2メートルは超えていそうなドラゴンが5体も現れた。明らかに船を背負っているドラゴンとは形が違う。別の種類の様だ。その中の二頭が口をカパッと開けたかと思ったら何かが口の中から高速で射出された。


『?!』


『ぎゃあっ』  『うわぁっ』


兵士の二人に何か太いロープのようなものが当たった。次の瞬間そのロープは高速で引き戻され、


ばくんっ


二~三回咥え直した後ドラゴンは兵士を飲み込んだ。


『か、怪物!』


『ドラゴンッ?!』


『に、に、逃げろっ!!』


町の住人たちが異変に気付いてパニックになっている。ロベルトはこのままではらちが明かないと船の甲板に上がる手段を探す。その彼の目に何か大きなものが艦橋を飛び越えて飛来するのが見えた。甲板にいたドラゴンの一頭が逆さまになって船体を飛び越え、急に下向きに下降した。


ぐちゃっ!!


そのドラゴンが巨獣ドラゴンの頭にあたって爆ぜた。それは粘液を伴った塊を周りに飛び散らせた。その塊の正体は…丸まった小さなドラゴン。甲板に居るものと同じ種だがはるかに小さい、体長40センチ程のドラゴンが眠るように丸まっていた。何十頭も。


ピク


やがてその小さいドラゴン達は身じろぎをすると左右の目をバラバラに動かしながらもっさり動き出した。いつの間にか小ドラゴンの頭頂にあった文字の様なモノが消えていたが…

 直ぐに巨獣ドラゴンの顔が小さなドラゴンだらけに。しかしまだ巨獣ドラゴンは起きない。寝息を立てている。その寝息を立てている鼻先に何頭かの小ドラゴンが歩いて来ていた。その中の三頭ほどが巨獣ドラゴンの呼吸に合わせて左の鼻の中に吸い込まれた。


ふわっ フガッ


巨獣ドラゴンはまだ目を閉じているが明らかに不快な表情になる。


ふぁくしょんんっ!!


巨獣ドラゴンの豪快なくしゃみ。口周りに取りついていた小ドラゴンが何十頭も前方に向かって吹き飛ばされる。巨獣ドラゴンは完全に覚醒して機嫌悪げに顔の右側に張り付いている小ドラゴンをその巨大な眼球で睨む。次の瞬間、


ぶおんっ!


巨獣の後方からからとてつもないスピードで何かが飛んできた。ロベルトだけがかろうじて反応し、剣を自分の前に出し、体を後方に引くことで、わずかながらも威力を受け流したが、それでも十数メートルは吹っ飛ばされ、建物に激しく全身を打ち付けられたロベルトはそのまま気を失ってしまった。


         *


 その部屋は中央に飾り気のない椅子が一つあるだけで他には何もない。机すらもなかった。しかし奥の壁一面がクローゼットの様になっていてずらっと服がぶら下げられている。すべて同じデザインの服だったが、色が全部異なっていた。緑、赤、黄、青…全て原色の派手な色で染められており、尚且つその全部に金糸の刺繍が入っていた。その中の桃色の服を手に取ったモノが…

 緋威に投げられ艦橋の扉をその身体でぶち破ったミラだった。さすがに着ていた紫色のヴェール状の服はボロボロになっていた。ミラはボロボロになったそのヴェールを片手で脱ぎ捨てる…と、ブロンズ色の身体が破壊された入口から差し込む光にあてられてキラキラ輝く。その姿は完全に女性のシルエットだったが鏡の様にギラギラ光る眼の他には口らしきものあるだけで、鼻の穴すらなかった。


__(何だ?女…みたいだが…デカいな)


__(うむぅ、あれはブロンズ…合金のようじゃな。何故あんなものが動くのか…やはり”端末”ではなく眷属か)


入口から入ってきた緋威の感想はミラの身長に対する感想。175センチくらいに見える女性のシルエットが、緋威のコンプレックスと”あるトラウマ”を刺激する。それに対してヒトツキの感想はミラの素材に対する感想と…


__(ブロンズ合金?…て、何だ?)


__(ブロンズ合金とは…、そうじゃ、ほれ、鎌倉に大きな仏の像があるじゃろ。それとほぼ同じじゃな)


__(ええっ?!じゃあアイツ…じゃないあの方は仏様なのか?)


__(いやいや、そんな善良な存在じゃないぞ、あれは…)


その時、船体が揺れた。上下に軽くではあるが。


ふぁくしょんっっ


船首の方で大きな音…声?が発せられた。それに合わせて船体が大きく揺れる。


『あら、クロコディルちゃん起きたみたい♡』


そう言ったミラはすでに桃色のヴェールを身にまとい嬉しそうにギラギラした目を山形にしていた。しかし…


ごおっ!!


物凄い風切音が右舷からしたと思ったら


どーーーんっ!!


船首の方で爆発音が響いた。


ぐらぐらっ フラフラ


少し大きく揺れた後に船がヨタヨタと妙な揺れ方をする。


『?…あれ〜〜〜?』


ミラは大きく首を傾げると艦橋を出て船首の方に向かう。巨獣の様子を一目見て


『ありゃりゃ、クロコディルちゃんまた尻尾で頭を叩いちゃったみたいねぇ…』


ミラは首を90度曲げて困った顔になる。巨獣ワニは気絶こそしていないが明らかにグロッキー状態だ。巨獣ワニのよろけがそのまま帆船の揺れに繋がっている。


『困ったわ、ニンゲンを生きたまま捕まえたことって無いのよねぇ。あの娘達なら簡単だけど貴方はねぇ…こまこま、う~んう~ん?がっかり?』


ミラは考えながらまたしゃがみ込んでしまった。ギラギラする目を細めて考え込み、目をぱっと開く。…面倒になったらしい。そのまますたすたと緋威の目の前までくる。やはり大きい。緋威より20センチくらい背が高そうだ。20センチ?何故かは解らないが緋威が慌てて踵を上げ、つま先立ちになる。…何かまだ謎が隠されているようだ。踵上げの動作に気を取られた緋威に一瞬油断が生じた。ミラがすっと手を上げ緋威の胸に右手のひらを当てると


ドンッ!!  がんっ!  『ぐうっ!!』


まるで大砲の弾のように緋威が弾かれて吹っ飛ぶ。中央のマストにしたたか打ち付けられた緋威の顔が歪み口からは悲鳴が漏れる。


__大丈夫か?!緋威!  『あら、大丈夫?強すぎたかしら、坊や?』


皮肉なことにヒトツキとミラの掛け声が同時だった。一瞬うずくまった緋威だったがすぐに長剣を両手で握り直すと怒りの表情でミラに上段から袈裟懸けに斬り付ける。


『坊やじゃ無いっっっ!!』


カキーーーンッ!


ミラの左肩に正確に当たった長剣の刃は金属音と共に弾かれた。


『がっ!』


強烈な痺れが緋威の右手を襲う。それに対してミラの反応は


『良かった♡丈夫なのね』


ミラには戦闘をしていると言う認識はなさそうだ。


__何だ?!どうなってんだ?ヒトツキ!


__中までブロンズ合金の様じゃな、この者は。凡庸な攻撃では歯が立たんぞ、緋威。菊一文字を鞘に入れろ。


__それしかない、…か。


__今日は大分無理をしているがな、なあに、お主なら大丈夫じゃ、緋威。


__…気軽に言ってくれるよ。


        *


__トロワ、トロワ、大丈夫かい?


__大丈夫じゃないよ、ミツキ、身体中べっとべと。気持ち悪いったらありゃしない。


__気持ち悪いのは生きている証拠。俺じゃあその船の上に上がれないから取り敢えず戦いはヒトツキ兄者に任せてみんなを連れて船を降りな。


__解った!


ミツキはカティの頭の上に乗り背伸びまでしているが、それでもせいぜい体高は20センチ。甲板の様子がまるで見えない。カティはもちろん甲板に上がろうとしない。…これは大正解だが。後から出てきた小さめのドラゴン(?)は既に見えない。しかし甲板での戦闘は終わってはいない様だ。何故かふらふらしているが動き出した巨獣ワニも気になる。しかし、カティはじりじり巨獣ワニから距離をとる。…これも大正解だが。ミツキがやきもきしているとトロワとドゥーエとソフィーがバタバタと手摺に取りついたのが見えた。あ、ドゥーエが粘液に足をとられて転んだ。それをすぐトロワが手を引いて起こす。やっぱりトロワは頼りになる。…と思ったらそのトロワが手摺から滑ってクランプ部分で弾かれ巨獣ワニの後ろ足部分に落ちた。トロワがお尻をさする。…今日はトロワのお尻にとって厄日の様だ。

 ただ、トロワが後ろ足に落ちた感触が…自身の尾の打撃によるダメージから回復したばかりの巨獣ワニの逆鱗に触れたようだ。


ふしゅるるるるる


気が付くと巨獣ワニは怒りの表情で左の方に首をまわし、その巨大な眼球で睨んでくる。しかし、明らかにこの巨獣がロックオンしているのはカティ+1だった。…どうも脇に張り出した腹の肉のせいで後ろ足に乗っているトロワ+2が見えないらしい。勘違いされたカティの行動は早かった。一瞬目を大きく開いたかと思うと目にも止まらぬ速さでUターンして脱兎のごとく走り出す。大正解。しかしその動きがあまりに早すぎて慣性の法則が働き頭の上に乗っていた…


__うわっ!


ミツキが真っ逆さまに落ちる。しかし落下しながらミツキは巨獣ワニの顔とモーションを始めている尻尾を見て瞬時に判断して雷撃を飛ばした。


バリバリバリッ!  ドンッ!!


逆さまに落下中のミツキから強烈な雷撃が巨獣ワニの尻尾の根本に向かって放たれた。


ババッ!!  ギャンッッッ!


巨獣ワニが強力な雷撃に犬の様な悲鳴を上げる。巨獣ワニの腰のあたりが跳ね上がり帆船が大きく揺れる。落下しながらとっさの判断で雷撃を撃てるミツキの身体能力はかなり高いようだ。…しかしさすがのミツキもこれだけのことをして更に受け身までは取れなかったようで…


ぺちゃ  __痛えっ!!


したたか地面に頭をぶつけたようだ。ちっちゃいので擬音も小さいが。


           *


 その鞘は明らかに普通の物とは違っていた。違うと言うより異様と言ってもいい。そもそも右肩から左腰にかけて斜めに鞘を背負う”背負い鞘”をしているのに切っ先が上を向いている。その鞘自体がヒトツキと同じ青い材質でできていたが、形が…幅は普通の鞘より長いが鯉口から見てUの字型になっている。つまりは刃先の方が閉じられていず、これでは鞘と言うより溝である。緋威の後ろから見た者は鞘に収まっている菊一文字の刃先が綺麗に見えるはずだ。

 その鞘と言う名の”溝”に緋威は下から逆手に持った菊一文字を収める。何千、何万回と繰り返した作業なのか一瞥もくれずに自然に刀を収めた。収めた?すっぽりとはまってはいるが刃先ははっきり見える。しかし菊一文字は微動だに動かなかった。緋威はその柄の部分を握り直す。目一杯長く持つその様子は人差し指から小指までで柄を握り、親指は刀の柄の底の部分、柄頭に親指がかかっている。そして中腰になりながら右掌を前に向ける。かなり変わった構えだ。呼吸を吐きながら体の動きをピタッと止める。丁度その時


ババッ!!  ギャンッッッ!!


帆船の後方で落雷があり、船の後方が持ち上がる形で大きく揺れた。


『およよっ』


ミラは大きくバランスを崩したが緋威は態勢を崩さず、そしてミラの隙を見逃さなかった。


『抜刀っっっ!!』


そう叫ぶ緋威の左腕、網の目のように走っている青い部分が白く光り、緋威が左の親指で柄頭を押し込んだ。瞬間菊一文字と鞘が物凄い光を放つ。


どんっっっ!!!


刀の鞘から菊一文字が”射出”された。緋威が抜いたのではない。明らかに何らかのエネルギーが作用して射出された。しかも菊一文字は射出された瞬間に音速を超える速度がでていた。緋威は身体を右斜めに傾けながら菊一文字の軌道をコントロールする。


キンッ


瞬間金属音が響く。その金属音はミラの右わき腹を20センチ程と、左腕の肘から先をほぼ同時に引き裂いた。


ごとんっ!


ミラの左腕の肘から先が甲板に落ち、やたら重量がありそうな音を立てる。


『え?…ええぇ~~~?!』


ミラが切り飛ばされたわき腹と左腕を見る。純粋に驚いてはいるが痛みを”感”じる事はないらしい。


『!!』


それに対して緋威は顔を苦痛に歪め右手で左肩の付け根、ヒトツキの鬼面の後ろあたりを押える。


__やはり最大出力は少し厳しいようじゃのぅ


__…大丈夫だ。まだまだ行ける!


顔を苦痛に歪めながらも緋威の意志は硬い。それに対してミラは


『う~ん、困ったわぁ』


拾った左腕で頭をコリコリ掻いている。驚くことに切断された左手の指はちゃんと動いて頭を搔いている。


『腕を切られるなんて初めてだしぃ~~。そうだ、丁度いいわ。あれ試してみましょう♡』


そう言うとミラはギラギラした目を細くし、口元で何かをつぶやき出す。レースで隠されているので口の動きは解らないが何やら呪文のようにも聞こえる。すると…レースの下、ギラギラ光るミラの右目のあたりから模様の様なモノが現れだす。黒い涙のように見えるそれは文字の形を成していた。


<封支配鰐刻印操術呪封>


その文字列は頬を下に向かって移動して行きそのまま首、鎖骨、右肩を抜けてミラの右腕の表面を移動する。そのあたりまで来ると涙と言うより黒いムカデの様に見えた。やがてその文字群はミラの右手の人差し指まで到達し、そのまま触角の様にふわふわとミラの右手人差し指の先で踊り出した。ミラはその指を自らの額に当てる。すると、突然ギラギラ光っていたミラの目が暗い黒に。


ぐらっ  ドンッッ!


ミラは横倒しに倒れてしまった。そのままピクリとも動かない。


『??…?』


緋威はミラの突然の変化に戸惑う。困惑顔で右目を細め、様子を見ながらそっとミラに近づくと


『何だ?死んだのか?』


緋威が菊一文字の剣先でミラをつんつんする。やはりピクリとも動かない。…その時船首の先の巨獣ワニの様子が…

 巨大ではあったが普通のワニの様だった目が光沢のある銀色に輝き出した。完全に銀色になった時点で一瞬大きく見開かれた。そして満足げに山形にその銀色の目を曲げる。そして四つん這いの恰好から両前足で地面を押し、起き上が…


ぐらぐらっ


突然帆船の前方が大きく浮き上がる。あっという間に船体が45度くらいの角度になった。


『うわっ!!』


急に甲板が急角度の坂になり緋威が滑り落ちる。とっさに緋威はセンターマストの根本を足で蹴り、左舷側の手すりに摑まった。その時活動を停止していたミラの身体も滑り落ちてセンターマストにあたり、右舷側にずれて更に甲板を滑り落ちて後部艦橋の中に突っ込んだ。


バキィンッ!


『??』


手すりに摑まりながらそのミラの様子を見送った緋威の顔は混乱している。


__ヒトツキ、どうなってるんだ?


__…わしにも解らん。”ヤツ”の眷属は出来損ないなのかもしれんのぅ。


ヒトツキの呑気な念話が響く。そもそも何で帆船の前方がこんなに持ち上がったのか?緋威が手摺に摑まりながら前方に目をやると…

 巨獣ワニが両前足を地面にあてて目一杯突っ張っている。?。後ろ足が構造上両脇に開いて中腰になっているので見た目が相撲取りの立ち合いのようにも見える。…帆船を背負っているが。しかし立ち上がれない。巨獣ワニの尻尾が太すぎてつっかえてしまっているようだ。しかし巨獣ワニは諦めない。その長い口を使って顎で地面を押し込んで起きようとする。


ぐぐぐっ  ぷる、ぷるぷるぷる  ズズンッ!!  ぎゃんっ!


かなり力んで地面を押し込んでいたが、体形のハンデには逆らえず顎を打ち付ける形で地面に這いつくばってしまった。したたか顎を打ち付けたようで銀色の目がバツの形になっている。思わず両前足で痛む顎を押さえに行って…体の構造上届かない。這いずりながらじたばたしているように見える。

 緋威は帆船の下降の動きに合わせて地面に降り立ち、少し巨獣ワニと距離をとる。…とてもじゃないが危なくて側にはいられない。


__痛がってる…よな?


__うむぅ、あれだけ強く打ち付ければな。しかし、まずいな、緋威よ。あれだけ巨大な怪物じゃ、菊一文字ではどうにもならんぞ。


__ああ、確かに…


その念話の途中で巨獣ワニと緋威の目が合った。すると


『グロ、グロロッ!グロロロロ?…グロロ??』


うなり声をあげながら首を捻り、口と前足とでじたばたし出す。自分の口や喉をバタバタ、ガリガリさせながら暴れている。それが突然ピタッと止まった。


ギンッ


緋威を睨んできた。睨んできた?明らかに怒りの表情で睨んでいるように見える。銀色の目が後方に向かって鋭くつり上がっている。


ちくっ


その目を見た瞬間緋威の深層に眠っていたあるトラウマが……と、回想に耽る間もなく巨獣ワニが緋威に向かって突っ込んできた。明らかにさっきまでの動きより早くなっている。…妙に四つ足の動きがぎこちないがスピード自体は先程より遥かに速い。その巨大な口を開いて緋威に向かって迫ってくる。


ごぅ!


『うぁっ!!』


間一髪で緋威が巨獣ワニをかわすと建物を4~5件吹き飛ばしながら20メートル以上通り過ぎて


バクンッ!


巨獣ワニが口を閉じた。目測を誤った様にも見える。


『??』


巨獣ワニは首をかしげながら左右をキョロキョロ見渡す。緋威発見。身体を捻って向きを変える。


ギシギシッ!

 

巨獣ワニの身体の動きによって歪められた帆船の船体が悲鳴を上げた。巨獣ワニは再び大口を開けて緋威目がけて突っ込んでくる。今度は少し余裕をもって緋威がかわす。巨獣ワニは建物を3件破壊して口を閉じた。


バクンッ!


『?』


再び巨獣ワニがキョロキョロとあたりを見渡す。緋威発見。今度はみるみる顔色が赤くなってきた。銀色の目つきが一段と鋭くなりオーラまで発し出して、両手足、尻尾まで使ってバタバタと暴れる。その様子を見たヒトツキが


__明らかに癇癪をおこしておるな。あの身体のつくりじゃ、口を大きく開いたら目の前のモノが見えなくなるじゃろうに。どうも気づいておらんようじゃ。


『…あの目…おかげさまで思い出しちまったぜ…』


緋威は心の底からため息をついた。


         *


『緋威!待て!!逃げるなっ!!!まだ終わってないぞ!!』


その少女の動きはとても素早かった。緋威は秒で後襟を掴まれそのまま持ち上げられる。まさに首根っこを掴まれた猫のような状態。緋威はじたばたするが微動だにしない。そのまま座卓の前まで運ばれ正座させられる。座卓の上には綴じられた冊子があり”ロンゴ”と書いてあるらしい。…緋威にはまだ読めなかったが。


『これ千景姉ちかげねえが覚えることだろ!』


しゅっ  スパンッ!! 『痛えっ!!』


丸めた冊子で頭をはたかれた。紙を丸めただけの物なのに緋威の目から星が飛ぶほどの攻撃力がある。


『黙って読め!!緋威もいずれ覚えなきゃいけないんだから!』


そう言うとその少女は座卓の前で正座になると冊子を広げて食い入るようにその内容を音読し出す。正に食い入るように。冊子に顔を擦り付けるくらい近づいて読みだす。


『シ、ノタマワク、マナビテトキニコレヲナラフ…』


この時の少女の目が


ギンッ!


正に鬼の表情。目つきが特に怖かった。まだ5歳にもならない緋威は三つ年上の千景のこの目が物凄く怖かった。が、力でも竹刀を使った剣術でも全然かなわないので言うことを聞くしかない。逆らえば先程の様にやたら強力な(呪術が施されている?)丸めた冊子が飛んで来て酷い目にあう。緋威はまだ漢字が読めなかったのでこの読書(?)が苦痛でしかなかった。


『フ~~!フ~~!フ~~!』


少女が息を荒げ冊子を閉じて座卓に置く。そのまま口の中でごにょごにょ。何か言っている様だ。


カッ!


急にその鋭い目を開くと緋威の後襟を掴んでそのままずるずると引き摺って行く。


『緋威!お前まだ風呂入って無いだろ?!』


一瞬緋威の顔が青くなる。


『千景姉!待って、待って!昨日風呂入ったよ~っ!』


少女は緋威の抗議をものともせず、


『ヒトツキ様に教わったろ?!風呂は毎日入れって!』


『あんな親父の肩に張り付いている鬼面の言うことなんか信じらんねーだろ?!風呂入るとのぼせるし洗髪粉はすっげぇ目に沁みるしよ~~』


『風呂に入って体を洗い、洗髪すれば身体もすっきりする!…そもそも不潔なのはこの私が許さん』


そう言った少女の顔は般若面どころか仁王像の顔だった。緋威は一目で戦意喪失する。それでも風呂場で素っ裸に剥かれ、頭から湯を掛けられ、洗髪粉を振り掛けられ、髪の毛を両手でわしゃわしゃされ出した時には目にやたら沁みるので涙目になりながら抵抗を試みた。


『千景姉!ダンジョシチサイニシテセキヲオナジクセズ!だぞっ!!』


スパンッ!


少女は緋威の頭を平手ではたくと


『黙れ!!小僧のくせに!お前のオムツは私も替えてやったんだぞ!!』


緋威の最後の抵抗は秒で鎮圧された。この少女はすぐこのキラーワードを使ってくる。成す術もなく緋威がシュンとなって大人しくなると少女は口の中でもごもご言い出す。


『シ、ノタマワク……』


(…始まった)


暫く口の中でもごもご言っていたが途中でピタッと止まる。すると、


ガシガシガシガシッ!


緋威の頭を洗う手にやたら力がこもる。


『痛だっ、痛だだだだっ!!』


余りの激痛に涙目で少女の方に振り返った時


少女のその目


般若や仁王どころではない、緋威は魂まで震えた。


       *


__緋威、しっかりしろ!ボケっとしてると死ぬるぞ!!


緋威ははっとなる。巨獣ワニの銀色の目を見た時に”トラウマの一つ”を思い出し、記憶の中に没入していたらしい。緋威はトラウマを振り払うがごとく頭を左右にぶんぶん振る。


__緋威、距離をとってワシをあ奴に向けろ!


__…それ、しかないか…


緋威は覚悟を決めると通りの広いところまで高速移動する。そしてそのまま右足を引き、中腰になって鬼面であるヒトツキを巨獣ワニの方に向けた。巨獣ワニは左右をキョロキョロ見回し、緋威を発見するとまっすぐ突っ込んでくる。ぎこちなかった動きが少し滑らかになってきたような…


__緋威、あれだけの大きさの相手じゃ!覚悟しろよ!!


そう言うとヒトツキの目が今までの青白からオレンジ色に輝き出す。すると緋威の左腕にある網の目のような模様が…

 腕の先の方から光が生まれ網の目の上を少しずつ移動し鬼面に向かって集まってくる。何かエネルギーを吸い込んでいるようにも見える。幾つも幾つも。どんどんと吸い上げられるエネルギー。それに合わせて口を堅く結んでいる緋威の表情が苦痛に歪む。やがてヒトツキの一本角が根元からオレンジ色に輝き出した。その光が角の先端まで届いた時。


__マグマカノン!


ヒトツキの術祖が籠った念話が響く。


ボシュッ!


角の先端からテニスボール程の大きさの光球が放たれた。オレンジ色に内側から輝いているその光球は高速で巨獣ワニの顔に向かい正確に飛んで行く。光り輝いているが巨獣ワニのサイズに比べて余りに小さく見える。その光球が巨獣ワニの頭に届く、その瞬間


カッッッッ!


周りの景色がホワイトアウトする程の光量を伴って爆散した。その光が収まった時、巨獣ワニと頭部と帆船の先端部分が吹き飛ばされているのが見えた。


よたよたっ  ズズンッ!


巨獣ワニが力を失って崩れる様に腹をつく。その動きに合わせたわけではなかろうが、緋威も虚ろな目で両膝を付きそのままうつ伏せに地面に倒れた。


__流石に出力が高すぎたか。しかし、何とかあのワニは無力化出来た…か、うん?


倒れてしまった緋威の態勢のせいでかなり見づらいが、吹き飛んだ巨獣ワニの首のあたりから…何かが…


もぞもぞっ  ぴょこん


…何かが頭を出した。ワニ?ワニの子供?生まれたてのワニの子供?その顔の部分が一匹分だけ。しかも巨獣ワニのサイズではなく普通のワニの子供のサイズ。遠目から見れば頭が出ているかどうかも解らないほど小さな子ワニの頭。それが、左右をキョロキョロ見た後涙目になり、


ぴぎぃ~~~!!


悲鳴を上げるがごとく鳴きだした。すると動きを止めていた巨獣ワニの身体がすっくと立ちあがり、すごい勢いで180度向きを変えて脱兎のごとく走り出す。ものすごいスピードだ。その際


                  『アタマはダメ~~~ッ!!

…あら?声が出た♡』


何か遠くの方で声がしたが、あっという間に巨獣ワニ(頭無し…もとい、子ワニ頭)の姿と共に聞こえなくなってしまった。


         *


 クネオの町の外れにその男は立っていた。180センチの体躯に深緑色のマント、目深に被っているフード。人ならざる者の持つ暗い雰囲気。そう、東方三賢者が一人ジェダだった。


『まさカ、ミラがカテぬとは、ナ。あののウリョく、マエにサッチしたものトはあきらか二チガう。てぃターン?いヤ、…あのもノタチとモあきらカにチガう…』


目深に被ったフードの奥の表情は解らないが明らかにジェダは機嫌良さげではない。


『フカクていヨウソ、とくいテン、ふジュンぶつ、タりないジカん。しかシ、ミラがカテぬほどのモノ、ホウち、きケン。デもワレではブがわるすぎル、か。…しんコウをはやメルしかナイ…か。ざイリョう、にエ、ぐらッペリんのカズ…ゆソウ』


ジェダの生において最大限の混乱状態なのかもしれない。なかなか考えがまとまらない様だ。しばらく首を垂れて考え込んでいたようだが、やがてフードの中に右手を入れる。そして引き出された掌には小さな鳥が乗っていた。ブロンズ、白、黄色、グリーンとカラフルな鳥。ハチクイだった。その小鳥は瞳を緑色に光らせ怪しくたたずんでいる。するとジェダの右の親指の先から極細の薄緑色の糸が一本だけ出てきた。その糸はまるで生きているかのようにみずからハチクイの右足に巻き付いていく。やがてコイルの様にハチクイの足に巻き付き終わると、その糸はジェダの親指から離れた。


パタパタパタ


ハチクイがジェダの掌を離れ一直線に北に向かって飛ぶ。それを見つめるジェダの目は暗かったが断固たる意志が籠っていた。


        *


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