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大傭兵隊長、領地改革に乗り出す(だいたい筋肉で解決)  作者: 塩野さち


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第6話 大傭兵隊長、収穫をする(超高速収穫部隊)

『ローデン歴 200年 6月15日 伯都アールヘン近郊 麦畑』


【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】


 抜けるような青空の下、俺の領地アールヘンには、見渡す限りの黄金色が広がっていた。

 麦だ。

 秋に種を蒔き、雪の下でじっと耐え、初夏の日差しを浴びて実った、俺たちの命綱だ。


 俺は、その麦畑の真ん中で、愛用の鉄槍……ではなく、自分の背丈ほどもある巨大な大鎌(おおがま)を構えていた。


「……ニコラ」


「なんでしょう、隊長」


 隣で同じく鎌を構える副官のニコラが、麦の穂を噛みながら答える。


「俺たちは、大陸最強と謳われた『黒狼隊』だよな?」


「ええ、間違いなく」


「なんで俺たちは今、敵の首ではなく、麦の首を狩ろうとしてるんだ?」


 俺の問いに、ニコラは乾いた笑いを返した。


「そりゃあ隊長。金がないからですよ」


 ぐうの音も出ねぇ。

 先日、隣の領主から取り返した税は、すべて元の持ち主である農民たちに返してしまった。俺たちの懐に入ったのは、感謝の言葉と、大量の野菜だけだ。

 野菜じゃ武器の手入れはできねぇし、酒も買えねぇ。


 そこで、農場主から泣きつかれたのだ。

 『今年は豊作すぎて、人手が足りません! どうか収穫を手伝ってください! 報酬は麦現物で!』と。


 俺は、大鎌の柄を強く握りしめた。


「……やるぞ。日が暮れるまでに、この丘の麦をすべて刈り取る」


「了解! おい野郎ども! 陣形を組め! 『鶴翼の陣』だ! 端から食い尽くすぞ!」


 ニコラの号令で、千人の屈強な男たちが、殺気立った目で麦畑に展開する。

 戦場さながらの緊張感が漂った。


「かかれぇぇぇぇッ!」


 俺の号令と共に、千の大鎌が一斉に閃いた。


 ザンッ!!


 凄まじい風切り音と共に、目の前の麦がごっそりと刈り取られる。

 俺は、戦場で敵を薙ぎ払うのと同じ要領で、腰の回転を使って鎌を振るった。


(……軽い。人の首に比べれば、麦なんざ空気みてぇなもんだ)


 ザッ! ザッ! ザンッ!

 俺が進むたびに、扇状に麦が消滅していく。

 後ろに続く部下たちが、刈り取られた麦を即座に束ね、放り投げる。それを荷車係が空中でキャッチし、積み上げていく。


 無駄がない。

 長年、戦場で培った連携が、まさか農業で発揮されるとは。


 俺たちの進軍速度は、普通の農民の十倍は早かった。

 遠くで見ていた農場主が、口をあんぐりと開けて腰を抜かしているのが見える。


「と、止まるな! リズムを刻め! 右、左、右、左!」


 俺は先頭に立ち、()むことなく鎌を振るい続けた。

 汗が滝のように流れ、筋肉が悲鳴を上げる。だが、心地よい疲れだ。血の匂いがしないだけ、マシかもしれねぇ。


 ――二時間後。


 広大だった麦畑は、あらかた丸裸になっていた。

 俺は、あぜ道に大鎌を突き立て、荒い息を吐きながら兜を……いや、麦わら帽子を取った。


「ふぅ……。終わったか」


 全身汗まみれだ。泥と麦の殻が肌に張り付いて、ちくちくする。


「お疲れ様です! ヴァレンシュタイン様!」


 鈴を転がすような声がして、メイドのリタが駆け寄ってきた。

 手には冷たい水が入った桶と、清潔な布を持っている。


「リタか。すまない、水をくれ」


「はい! どうぞ!」


 俺は柄杓で水をすくい、一気に飲み干した。冷たい水が五臓六腑に染み渡る。


「あの……ヴァレンシュタイン様。お顔が泥だらけですわ」


 リタが布を濡らし、俺の顔に手を伸ばしてくる。


「いい、自分でやる。お前の手が汚れる」


 俺は、彼女の手から布を受け取ろうとした。

 その時だ。

 また、俺の『力加減』の悪癖が出そうになった。


(いかん! 疲れていて手元が狂いそうだ。そっと、羽毛に触れるように……)


 俺は、極限まで力を抜き、リタの指先に触れた。

 その瞬間。


「あぁっ……! んっ……!」


 リタが、ビクリと体を震わせ、その場にへたり込んだ。

 桶がひっくり返り、水が彼女の服を濡らす。


「な、何をしてる!?」


「ご、ごめんなさい……! でも、ヴァレンシュタイン様の指が……電撃が走ったみたいに……ああ、力が入りません……」


 リタは潤んだ瞳で俺を見上げ、頬を赤らめて荒い息を吐いている。

 水に濡れたメイド服が肌に張り付き、妙に艶かしい。


 周りで作業をしていた部下たちが、一斉にこちらを見てニヤニヤし始めた。


「おい見ろよ。隊長、また『必殺技』を使ったぜ」


「昼間っから畑でテクニシャンだなぁ」


「うらやましいぜ、まったく!」


「ち、違う! 誤解だ! 俺はただ布を取ろうと……!」


 俺が慌てて弁解しようと手を振ると、その風圧で刈り取った麦束がバサバサと舞い上がった。


 結局、俺はその日、麦の収穫よりも、腰を抜かしたリタを城までおんぶして帰るほうに気を使う羽目になった。

 背中でリタが「背中が広いですぅ……」「あったかいですぅ……」と譫言のように呟くたびに、俺の寿命が縮まる気がした。


 黄金色の夕焼けが、俺たちの影を長く伸ばしていた。

 とりあえず、食い扶持だけは確保できた。


 貴族としての生活は、相変わらず前途多難だ。


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