第5話 大傭兵隊長、隣領へ乗り込む(女の子に追われて逃げました)
『ローデン歴 200年 6月11日 隣領ケステン 昼』
【ケステン領主シモン視点】
私は、ケステン領主シモン。平和な昼下がりに、窓辺で紅茶を楽しんでいた。昨日、農民どもが隣領へ逃げ込んだと報告があったが、所詮は農民。何の騒ぎも起こるまい。
(ふむ。今日の茶葉は香りが良い)
そう思った瞬間だった。
遠くから鐘の音が響き渡り、城館がにわかに騒がしくなった。
「な、何事だ!」
私が廊下へ飛び出すと、血相を変えた兵士が転がり込んできた。
「て、敵襲! 敵襲です! 所属不明の武装集団、およそ百! すでに領内へ侵入しております!」
「馬鹿な! 見張りは何をしていた!」
「そ、それが……あまりにも動きが早く……!」
窓から外を見ると、すでに黒い鎧をまとった集団が、一直線にこの城館へ向かってきている。まるで訓練された軍隊だ。
「門を閉めろ! 弓兵を配置しろ! 何をぼやぼやしている!」
だが、私の命令は遅すぎた。
「だ、ダメです! すでに第一門が突破されました!」
「は、速い! こいつら、人間ですか!?」
次々と悲痛な報告がなされる。
百人の兵はついに城館へとりつくと、どこから持ってきたのか、即席の梯子を次々と城壁にかけていく。
「なっ……!?」
私は目を疑った。
彼らは重装備のまま、まるで猿のように軽々と城壁を登っていく。こちらの兵が槍を突き出す前に、すでに壁の上を制圧されていた。
あっという間に城館の扉が内側から開け放たれ、一人の大男が、鉄槍を担いで入ってきた。
黒狼の紋章。間違いない。
(隣領アールヘンの……ヴァレンシュタイン伯爵!)
軽々と城壁を越えた百人は、私の兵たちを(殺さぬよう手加減しながら)殴り倒し、あっという間に私を捕らえた。
黒い鎧の大男――ヴァレンシュタインが、私の前に立つ。その威圧感に、足が震えた。
「オマエ、税金取りすぎているな?」
地響きのような低い声だった。
私は観念した。この男相手に、小細工は通じない。
「……は、はい。申し訳ありません。すぐに……」
「昨日、オマエのところの連中が、俺のバイトを邪魔しに来た」
「ば、バイト……?」
「領民へ取りすぎた税を返せ。それから、二度と俺の領地に面倒事を持ち込むな。分かったな」
私が必死に頷くと、ヴァレンシュタインは「ふんっ」と大きく鼻を鳴らして踵を返した。
「撤収だ。仕事に戻るぞ」
嵐のように現れた彼らは、嵐のように去っていく。
私は呆然と、その背中を見送った。
だが、奇妙な光景が広がっていた。
私の領地の若い女たちが、目をハートにしてヴァレンシュタインたちを追いかけている。
「キャー! 今の見た!?」
「なんて強引な……! 素敵!」
「あの黒い鎧の隊長さん、こっち向いてー!」
女だけではない。圧政に苦しんでいた男たちですら、その圧倒的な強さに、憧れともとれる熱い視線を送っていた。
ヴァレンシュタインは、戦場では見せないであろう焦った顔で、部下たちに撤退を急がせている。まるで、あの歓声から逃げるように。
(……なんと恐ろしい男だ。武力もさることながら、あれは人の心まで奪っていく)
私は固く心に誓った。
隣領アールヘンのヴァレンシュタイン伯爵と争うのは、絶対によそうと……。
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