第4話 大傭兵隊長、バイトをする(ついでに盗賊蹴散らした)
『ローデン歴200年 6月10日 伯都アールヘン近郊の畑 昼』
【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】
アールヘンに着いてから十日ほど経った。
俺たち『黒狼隊』千人は、今、城の近くの広大な畑で……汗を流していた。
(……なんで俺が、畑仕事なんかしなきゃならねぇんだ)
俺は、王国で一番デカいため息をこらえた。
理由は単純だ。
金がねぇ。
王都からの道中と、このアールヘンに着いた直後の酒盛りで、『黒狼隊』の金庫はスッカラカンだ。
あのケチな王様は、俺に「伯爵」なんつう面倒な地位と、この北の僻地をよこしたが、金貨は一枚もくれなかった。
千人の部下と、その馬。
こいつらを食わせるだけで、毎日とんでもない量の食料が消えていく。
領主になったからといって、領民からいきなり食い物を巻き上げるのは盗賊と同じだ。それは俺のやり方じゃねぇ。
結果、体力だけは有り余っている俺たちは、この領地で一番でかい農場主に「バイト」として雇われ、日当の麦と豆を稼いでいた。
戦場で血を浴びてきた連中が、今は泥にまみれている。
「隊長! こっちの鍬、もうダメんなりそうです!」
「おい、隊の鍛冶屋へ回せ! 道具を壊したら、日当から引かれるぞ!」
「了解!」
俺は愛用の鉄槍――戦場では敵兵を串刺しにするソレを――畑の脇の木に立てかけ、土のついたジャガイモをカゴに放り込んでいた。
今日はやたら天気が良くて、暑苦しくてたまらねぇ。
その時だった。
畑の向こう、街道筋から悲鳴が上がった。
「で、出た! 盗賊だぁ!」
地元の農民たちが逃げ惑う。
見れば、薄汚れた三十人ほどの集団が、錆びた剣やら鎌やらを振りかざして突っ込んでくる。
(……ようやく、まともな仕事が来たか)
俺は立ち上がり、ニコラやセインをはじめ、『黒狼隊』の連中も一斉に農作業を止めた。
千人の傭兵団が、たった三十人の盗賊相手に囲みを形成していく。
盗賊どもの顔が、あっという間に青ざめた。
「な、なんだ、こいつら……!? 農民じゃねぇのか!?」
「こいつら傭兵か? 聞いてねぇぞ!」
「うるせぇ」
俺は先頭にいたリーダー格の男の前に、ゆっくりと歩いて出た。
「あいにくだが、俺たちは今、仕事中だ。お前らのせいで日当が減ったらどうしてくれる」
「ひっ……! や、やっちまえ!」
ヤケになった盗賊が数人、俺に斬りかかってきた。
俺は、それを……そっと、掴まえた。
(いかん、いかん。力を入れたら腕がもげる)
俺は、赤ん坊でも扱うみてぇに優しく男の手首を握る。
「ぎゃあああああっ!? 腕が! 腕がねじれるぅぅぅっ!」
(……優しくやったつもりなんだが)
もう一人の腹に、軽く拳を当ててやる。
そいつは「ぐふっ」とカエルみたいな声を出して、白目をむいて吹っ飛んだ。
残りの盗賊どもは、武器を捨てて土下座をしていた。
戦いと呼ぶのもおこがましい。
「で、隊長。こいつら、どうします?」
ニコラが面倒くさそうに聞いてくる。
俺は、土下座しているリーダー格の男の襟首を掴んで引きずり起こした。
「おい。お前ら、こんな痩せっぽちで、なんで盗賊なんざやってる。命が惜しくねぇのか」
「た、助けてくれ……! 俺たちは、隣の領地の農民なんだ!」
「あ?」
「新しい領主様が、税を全部持っていっちまって……! 食うものがなくて、それで……!」
見れば、盗賊というより、飢えた農民だ。
なるほど。隣の領主が搾り取りすぎて、こっちに流れてきたってワケか。
(……面倒くせぇ。こういうのが一番面倒くせぇんだ)
俺は男を地面に放り投げた。
「とっとと失せろ。二度と俺の領地に来るな。次に来たら、畑の肥料にするぞ」
盗賊……いや、農民たちは、泣きながら丘の向こうへ逃げていった。
俺は畑の脇に立てかけていた鉄槍を担ぎ直す。
「ニコラ。百人ほど選んで武装させろ。手加減ができるやつがいい」
「へ? どちらへ?」
「決まってんだろ」
俺は、農民たちが逃げていった方角をアゴでしゃくった。
「隣の領主様に、軽く『挨拶』に行ってやる。俺の領地で、俺の部下のバイトを邪魔しやがった礼だ」
戦場よりよっぽど憂鬱な「貴族様のお仕事」が、また一つ増えた。
俺は、暑いがいちおう鎧を着こんだ。
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