第3話 大傭兵隊長、テクニシャンになる(触っただけなんだが?)
『ローデン歴 200年 5月30日 伯都アールヘン 昼』
【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】
王都フェルンハイムを出てから十日。俺たち『黒狼隊』は、ようやく新しい領地だというアールヘンに着いた。
北の僻地だと聞いていたが、思ったよりはまともな城壁と町並みだ。とはいえ、千人の兵隊と馬が一度に入れば、さすがに大騒ぎになる。
馬を降りて城門をくぐったところで、部下のニコラがニヤニヤしながら近づいてきた。
「隊長。ようやく落ち着きましたね。ハルツェン平原の戦勝祝い、まだやってませんぜ?」
「……そうだな。あのまま王都にいたら、祝う気分にもなれなかったからな」
俺は輜重隊のほうを向いて叫んだ。
「セイン! 金はいくら残ってる?」
帳簿を持った輜重隊のセインが駆け寄ってくる。
「はい! 確認しました! 諸々の経費を差し引いて、ちょうど金貨千枚です!」
「よし! あのケチな王様は約束の金をくれなかった! 今回は俺が出す! 全員、次の戦までそいつを山分けしてくれ! 今日は飲むぞ!」
これで、『黒狼隊』の金庫は空になった。
「「「ウォォォォッ!!」」」
部下たちの雄叫びが、アールヘンの空に響いた。
さすがに千人も入る酒場は町になく、皆、広場や路上で車座になって酒盛りを始めている。
俺は、その喧騒を背に、領主の住まいである城へ足を踏み入れた。……今日からここが、俺の城、か。
戦場のほうがよっぽど落ち着く。
中に入ると、質素だが掃除は行き届いているようだった。ひとりの若いメイドが、緊張した面持ちで俺の前に立ちはだかる。
「あ、あの……! 本日よりお仕えいたします、メイドのリタと申します! よろしく、お願いします!」
深々と頭を下げる彼女に、俺もどう答えたもんか迷った。
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
俺は、とりあえず挨拶のつもりで、そっと手を出した。
俺の力は強すぎる。昔から、加減を間違えると人の腕だろうが鉄の扉だろうが簡単に壊しちまう。だから、女子供に触れるときは、綿毛でも扱うように、細心の注意を払わなきゃならねぇ。
俺は、彼女の肩に、本当に軽く、触れた。
「あぁんっ! な、なんて……お優しいっ!」
リタが、いきなり変な声を上げて頬を赤らめた。
(しまった! まただ!)
忘れていた。なぜか俺が優しく触ると、女は決まってこうなるんだった。
(理由が分からねぇ。俺はただ、相手を壊さないように力を抜いてるだけなんだが……)
「あ、あの、伯爵様……! 長旅でお疲れでしょう? わたくしが、その、お背中を……」
「いや、いい。俺は頑丈だから」
「そんな! では、わたくしが……! あ、ああ、もっと……!」
なぜか彼女のほうが積極的になって、もっと触ってくれとせがんでくる。断るのも面倒で、適当にあしらっていたら――
――翌朝。
俺は、なぜか自分のベッドでリタと一緒に目が覚めた。
……いや、一緒に、といっても、リタは俺の腕の中でスヤスヤと幸せそうな顔で寝てるだけだが。
「……もう、女性には触りたくない……」
結局、一晩中、長旅で疲れているはずの俺が、なぜかメイドのリタの肩やら腰やらをマッサージさせられていた。
最初は俺が「疲れてる」と言っていたはずなのに、いつの間にか「わたくしも緊張で肩が凝って」とか言われて、このザマだ。
(普通は逆じゃねぇのか? 俺がメイドさんにマッサージされる側じゃねぇのか? ……なぜ俺が一晩中マッサージしてんだ?)
戦場の謎は解けても、こういうナゾは深まる一方だった。
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