第22話 山賊王ガイゼル、散る(秒殺の美学)
『ローデン歴 201年 8月20日 アールヘン領北方の山道 晴れ』
【山賊王ガイゼル視点】
俺の名はガイゼル。この北方の山々を支配する、泣く子も黙る「山賊王」だ。
だが、勘違いするなよ? 俺たちはそこらの野蛮な野盗とは違う。
殺しはしねぇ。身ぐるみ剥ぐような真似もしねぇ。ただ、懐の温かい旅人から、ちょいとばかし「通行料」をいただくだけの、善良な賊だ。
それにだ。俺たちはただ奪うだけじゃねぇ。
倒木があれば片付けるし、崖が崩れそうなら杭を打つ。いわば、この山道の管理組合みたいなもんだ。だから、通行料をもらう権利がある。そうだろ?
だというのに、だ。
「……おい、どうなってやがる。今日もカモが来ねぇぞ」
俺は岩の上に座り、閑古鳥が鳴く街道を見下ろして舌打ちした。
ここ数ヶ月、売上は激減していた。旅人の姿がぱったりと消えたのだ。
「お頭ぁ、またボウズですぜ」
手下のポチが情けない顔で報告に来る。
「なんでだ? 前はもっと商人が通ってただろうが」
「それが……みんな、『アールヘン街道』のほうへ回っちまってるみたいでさぁ」
「アールヘン?」
「へい。なんでも、新しい領主のヴァレンシュタインとかいうのが、立派な橋を架けたり、公衆トイレを作ったりして、道がすげぇ快適らしいんです。しかも治安がいいって噂で……」
俺はこめかみがピクピクするのを感じた。
ヴァレンシュタイン。最近アールヘンに来たという、ポッと出の貴族か。
俺たちが長年、手作り(適当)で維持してきたこの山道の客を、小奇麗な設備で奪い取ろうって魂胆か。
これは営業妨害だ。大損害だ。俺たちの生活がかかってるんだ。
「お頭! もう我慢できねぇ! 俺たちも食い扶持がねぇんだ! あのヴァレンシュタインとか言う野郎、シメましょうぜ!」
手下たちが武器を振り上げて騒ぎ出す。
俺も腹が決まった。山賊王の恐ろしさを、その新参者に教えてやる必要があるようだな。
「……いいだろう。野郎ども、準備しろ! 総勢一千人でアールヘンへ雪崩れ込むぞ! 街を制圧して、俺たちの新たなシマにするんだ!」
「「「ヒャッハァァァァァァァァーッ!!」」」
翌日。
俺たちは一千の大軍勢(と自分たちでは思っている)を率いて、意気揚々とアールヘン領へ侵攻した。
所詮は田舎貴族の私兵だ。俺たちの数と勢いを見れば、ションベン漏らして逃げ出すに違いねぇ。
だが。
「……あ?」
領境の平原で、俺たちは足を止めた。
そこに、黒い壁があった。
いや、壁じゃない。
一糸乱れぬ隊列を組んだ、全身真っ黒な鎧の集団だ。
数はこちらと同じ一千ほど。だが、漂ってくる空気が違う。俺たちが「ヒャッハー」なら、あいつらは「無言の圧」だ。
「な、なんだあいつら……? 本当に領主の軍か?」
手下たちがビビって足を止める。
その時、黒い集団が聖者の海割れのように左右に開いた。
奥から、一騎の騎馬が進み出てくる。
デカイ。
馬もデカけりゃ、乗ってる男も規格外にデカイ。全身を覆う黒い甲冑は、無数の傷跡で白く剥げている。
その手には、丸太かと見紛うような、極太の鉄槍が握られていた。
男は、兜の奥から赤い眼光を放ち、俺を真っ直ぐに見据えた。
「……テメェか。俺の領地の近くで、コソコソと小銭稼いでる邪魔者は」
地響きのような低い声。
俺の本能が警鐘を鳴らした。マズい。これは関わっちゃいけないヤツだ。
だが、山賊王としてのプライドが、俺の足を止めさせた。
「は、はんっ! 俺様を知らねぇとはモグリだな! 俺は山賊王ガイゼ……」
俺が名乗りを上げようとした、その瞬間だった。
男が無造作に、片手で鉄槍を振り上げた。
ブンッ。
風を切る音じゃない。大気が悲鳴を上げる音だ。
俺の視界いっぱいに、鉄の塊が迫ってくる。
(へっ……?)
走馬灯を見る暇もなかった。
痛みも、恐怖も感じる間もなく。
俺の意識は唐突に途切れ、二度と戻ることはなかった。
――こうして、北方の山賊王ガイゼルは、一合も打ち合うことなく、ただの一撃で歴史から退場した。
彼が最期に残したものは、「善良な山賊」という矛盾したジョークと、アールヘンの肥料となる自身の骸だけであった。
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