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大傭兵隊長、領地改革に乗り出す(だいたい筋肉で解決)  作者: 塩野さち


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第21話 大傭兵隊長、公衆トイレをつくる(街角のオアシス)

『ローデン歴 201年 7月5日 伯都アールヘン 昼』


【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】


 夏の日差しが照りつける午後。

 俺は執務室の窓から、平和になったアールヘンの街並みを見下ろしていた。


 昨年末に制定した『汚物処理法令』のおかげで、この街の空気は格段に良くなった。窓から中身をぶちまける不届き者はいなくなり、通りは清潔に保たれている。

 だが、完璧ではなかった。


「隊長! また捕まえました! 路地裏で立ち小便をしようとしていた男です!」


 衛兵が、一人の男を襟首掴んで引きずってきた。

 男は青ざめた顔で震えている。


「ひぃぃっ! も、漏れそうだったんです! わざとじゃありません!」


「……チッ。またか」


 俺は重い腰を上げ、男の前に立った。

 これまで俺は、こうした軽犯罪者には、教育的指導として頭を優しく『撫でて』やり、三日ほど眠らせる罰を与えてきた。

 だが、正直に言って、面倒くさい。

 いちいち俺の手を汚すのも億劫だし、気絶した男を運ぶ手間もバカにならない。


「……今日は見逃してやる。次はないぞ」


「は、はいぃぃっ! ありがとうございますぅ!」


 男が逃げるように去った後、俺はため息をついた。

 生理現象はどうにもならん。我慢しろと言っても限界がある。


「イルゼ。いるか?」


 俺は、隣の部屋で書類仕事をしていた参謀に声をかけた。

 あの「リタ事件」以来、しばらく口を聞いてくれなかったイルゼだが、最近ようやく機嫌が直ってきた。……いや、呆れて諦めたと言うべきか。


「何? また誰かを『撫でる』の手伝ってほしいわけ?」


 イルゼが冷ややかな視線を投げかけてくる。


「いや、逆だ。撫でるのも疲れた。……どうすれば、あの立ち小便野郎どもを根絶できると思う?」


 俺の問いに、イルゼは羽ペンを回しながら少し考え、さらりと言った。


「簡単なことよ。彼らは出す場所がないから、道端でするの。なら、場所を作ってあげればいいじゃない」


「場所?」


「ええ。『かわや』を道につくるのよ。いわゆる公衆トイレね」


 俺は、ポンと手を打った。

 それだ!

 家まで我慢できないなら、街の中に駆け込める場所があればいい。実に単純明快な理屈だ。


「さすがイルゼだ。よし、採用する」


「あら、設計図はどうするの?」


「俺たちに任せろ。もう『土木』は本職みたいなもんだ」


 俺はすぐに『黒狼隊』を招集した。


「野郎ども! 次なる戦場が決まった! 作戦名は『オペレーション・トイレ』だ!」


「「「オオッ!? ……また工事ですか!?」」」


 兵士たちが微妙な顔をするが、体は正直だ。すでにハンマーや鋸を手に、やる気満々の目をしている。

 橋を架け、荒れ地を開拓し、薪を割ってきた俺たちにとって、小屋を建てる程度は朝飯前だった。


「よし! 第一小隊は木材加工! 第二小隊は穴掘りだ! 以前の橋工事の経験を活かせ! 頑丈で、換気のいいヤツを作るぞ!」


「「「アイアイサー!!」」」


 アールヘンの街角で、再び筋肉の大合唱が始まった。

 もはや俺たちは、大陸最強の傭兵団なのか、大陸最強の工務店なのか分からなくなってきたが、細かいことは気にしない。


 ――数日後。


 街の主要な通りや広場の隅など、計五箇所に、立派な木の小屋が完成した。

 中には清潔な壺が設置され、目隠しの壁もしっかりしている。溜まった中身は、例の清掃係(貧民たち)が回収し、農村へ肥料として売るシステムだ。


「おお……! これなら安心して買い物ができる!」

「ヴァレンシュタイン様、気が利くなぁ!」


 領民たちは新しい施設に大喜びだ。


 そして、俺は新たな法令を出した。


『公衆トイレの設置に伴い、今後、路上での排泄行為を行った者は、即座に銀貨五枚の罰金とする』


 もう『撫でる』のはやめだ。

 これからは金で解決してもらう。


 結果はてきめんだった。

 「三日寝込む」恐怖よりも、「財布が軽くなる」痛みのほうが、庶民には現実的に効くらしい。

 あちこちにあった公衆トイレは適切に利用され、街からアンモニア臭は完全に消え失せた。


「……ふぅ。これでまた一つ、平和になったな」


 俺は完成したばかりの公衆トイレの前で、満足げに頷いた。

 隣でイルゼが、少しだけ優しげな笑みを浮かべていた。


「ええ。王都よりも清潔で、住みやすい街になったわね。……あなたの筋肉と、私の頭脳のおかげかしら?」


「違いない」


 俺たちは顔を見合わせ、久しぶりに笑い合った。

 アールヘンは、武力ではなく、快適さでその名を広めつつあった。


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