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大傭兵隊長、領地改革に乗り出す(だいたい筋肉で解決)  作者: 塩野さち


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20/25

第20話 大傭兵隊長、ついにリタに襲われる(メイドの逆襲)

『ローデン歴 201年 6月10日 伯都アールヘン 居城 深夜』


【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】


 蒸し暑い夜だった。

 俺は一日の公務――教会のベルンハルト司祭とかいう堅物が、なぜか一日中俺の後ろをついて回るのを適当にあしらう仕事――を終え、寝室のベッドに倒れ込んでいた。


「……疲れた」


 鎧を脱ぎ、薄着になって天井を仰ぐ。

 戦場の疲れとは違う、精神的な摩耗だ。もう寝よう。そう思って目を閉じた時だった。


 カチャリ。


 扉の鍵がかけられる音がした。

 俺は反射的に跳ね起きた。


「誰だ!?」


 そこに立っていたのは、メイドのリタだった。

 だが、様子がおかしい。いつものドジで愛想のいい雰囲気ではない。

 彼女は頬を上気させ、潤んだ瞳で俺を睨み据えている。呼吸が荒い。そして、その手には「合鍵」が握られていた。


「……リタ? どうした、夜食でも持ってきたのか?」


「……もう、限界です」


「あ?」


 リタがゆらりと近づいてくる。

 俺は本能的に、ハルツェン平原で敵の大軍に囲まれた時と同じ寒気を感じ、ジリと後ずさった。


「限界ってなんだ。給金か? 休みならやるぞ」


「違いますぅ……! 体です! 体がもう、ヴァレンシュタイン様の手を覚えてしまって……! 毎晩、思い出して眠れないんですぅ!」


 リタがベッドに乗り上げてきた。

 俺は圧倒された。この俺が、たかだかメイド一人に押し倒されたのだ。


「ま、待てリタ。落ち着け。マッサージならまた明日にでも……」


「今じゃなきゃ、ダメなんです!」


 リタが俺の胸に手を突き、覆いかぶさってくる。

 薄い寝間着越しに、彼女の柔らかい感触と、高い体温が伝わってくる。甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「あの日、雪の日に……ヴァレンシュタイン様に触れられてから……私の中の火が消えないんです。責任、取ってください……」


 彼女の指が、俺の頬を這う。

 俺は観念した。

 敵は武装した兵士ではない。欲求に身を焦がす一人の女だ。俺の「手加減」など、ここでは何の意味もなさない。


「……後悔しないな?」


「命令しないでください……。今夜は、私がご主人様です」


 リタが俺の唇を塞いだ。

 そこから先は、戦いだった。

 俺の剛腕が、壊れ物を扱うように彼女の白い肌を愛撫するたびに、リタは甘い悲鳴を上げ、さらに深く俺を求めてきた。

 互いの汗が混じり合い、熱気が部屋に充満する。

 俺は、彼女のすべてを受け止める覚悟を決め、その深淵へと堕ちていった。


――翌朝。


 小鳥のさえずりが聞こえる爽やかな朝。

 俺は気怠い体を起こした。隣では、リタがこれ以上ないほど満足げな顔で、幸せそうに眠っている。


(……やっちまった)


 俺は天を仰いだ。

 部下の手前、示しがつかん。いや、リタも俺の部下みたいなものか? だとしたら職権乱用か?

 悶々としていると、バンッ! とドアが開いた。


「おはよう、ヴァレンシュタイン。朝食の時間よ……」


 入ってきたのは、イルゼだった。

 彼女は、乱れたベッドと、裸の俺と、その横で寝息を立てるリタを見た。

 そして、部屋に充満する「事後」の匂いを嗅ぎ取った。


 時が止まった。

 イルゼの表情から、すぅっ、と感情が消えた。


「……あ、いや、イルゼ。これはだな」


「…………」


 イルゼは何も言わなかった。

 ただ、氷点下の瞳で俺を一瞥し、そしてリタを一瞥した。

 そのまま、無言で踵を返し、ドアをバタン! と閉めた。


 その日の朝食は地獄だった。

 イルゼは、俺の皿にパンを置く時も、コーヒーを注ぐ時も、一言も発しなかった。

 そして、起きてきたリタが「おはようございますぅ~♡」とふにゃふにゃした顔で挨拶しても、イルゼは完全に無視した。存在していないものとして扱った。


 リタが「あ、あれぇ? イルゼ様?」と首を傾げても、イルゼは視線すら合わせない。


(……まずい)


 俺は冷や汗を流しながら、味のしないパンをかじった。

 最強の傭兵団の中に、最も恐ろしい「冷戦」が勃発してしまった。

 参謀とメイド。この二人の仲違いは、俺の胃に穴を開けるには十分すぎる威力を持っていた。


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