第2話 大傭兵隊長、貴族になる(無理矢理なんだが?)
『ローデン歴 200年 5月20日 王都フェルンハイム 昼』
【傭兵隊長ヴァレンシュタイン視点】
昨日の太陽とは打って変わって、王都フェルンハイムの空は薄ら寒かった。いや、俺の気分がそうさせているだけかもしれねぇ。
俺は、昨日敵の血を浴びた鎧を、一応、布で拭きはしたが、着込んだまま、王城の謁見の間に立たされていた。
無駄にだだっ広い部屋だ。
両脇には、色とりどりの服を着込んだ貴族どもがずらりと並び、値踏みするような目で俺を見ている。鉄の匂いしかしない俺は、明らかに場違いだった。
玉座に座るローデンフェルト国王だけが、やけに上機嫌な顔をしている。
「おお、ヴァレンシュタイン! ハルツェン平原での働き、実に見事であった!」
王の甲高い声が響く。俺は無言で頭を下げた。
「そなたの偉大な功績に報いるため、本日、特別に男爵位を授けよう!」
ざわっ、と貴族たちがささやき合う。「傭兵上がりが」「いきなり貴族にか」……うるせぇ。
(……始まった。昨日伝令が言っていた厄介事だ)
俺はわざとらしく重いため息をついた。
「王様、悪いが、そういうことじゃねぇんだ」
シン、と広間が静まり返った。王の側近らしき連中が「無礼者!」とでも言いたげに目を見開いている。知ったことか。
「俺の『黒狼隊』は千人いる」
「……うむ。そうだな」
王はまだ笑顔だ。
「千人が一回食事をすると、千食かかる」
「……わ、わかる」
王の顔が少し引きつった。
「この戦は十日かかった。つまり、単純計算で一万食だ。それ以外にも馬に食わせる豆、武具の修理代、負傷者の薬代……きりがない。あんたがくれる男爵様の領地とやらで、それが払えるのか? それとは別に、金でももらえるのか?」
俺がはっきりと言うと、王は慌てて隣に立つ痩せた男――おそらく財務大臣かなんかだろう――とヒソヒソ話を始めた。
(ああ、面倒くせぇ。だから貴族の相手は嫌だったんだ)
やがて王は、咳払いをしてから口を開いた。
「そ、そうか。兵が多いのは分かっておる。では、子爵位ではどうだ……?」
「話にならねぇな。子爵様の領地じゃ、いいとこ数百人を食わせるのがやっとだ。残りの八百人近い傭兵は飢えろってことか?」
俺が即答すると、今度は王の周りにいた貴族たちが一斉に玉座に集まり、アリの群れみてぇにヒソヒソと話し出した。
王の顔がどんどん青ざめていくのが遠目にも分かった。
そして、王は玉座から半分立ち上がるようにして叫んだ。
「わ、わかった! ならば伯爵位ではどうだ? 余の直轄領がある! 伯爵領ならば文句あるまい!」
俺は槍の柄で、カツン、と大理石の床を軽く突いた。
「なあ、王様」
もう一度、広間が静まる。
「爵位なんてもんより、約束の金貨一万枚のほうが、俺は嬉しいんだがな……」
その瞬間、王と貴族たちの顔から血の気が引いた。
(……なるほどな。そういうことか)
こいつら、金を持ってねぇんだ。
昨日の「緊急の勅命」も、新しい敵が出たわけじゃねぇ。俺たちに払う報酬が用意できねぇから、土地と爵位でごまかそうって魂胆だったんだ。
そこから先は、地獄だった。
王と、大臣と、周りの貴族どもが一緒くたになって俺を言いくるめにかかった。
「金は一時的なものだが、土地は永続的な名誉だ!」
「王国への忠誠を!」
「伯爵閣下となれば、今後の戦でも……」
戦場で敵の大軍を相手にするより、この貴族どものおしゃべりを相手にするほうがよっぽど疲れる。
……一時間後。
俺は、王国で一番でかい溜め息をつきながら、謁見の間を後にしてた。
俺は今日から「ヴァレンシュタイン伯爵」らしい。
そして、アールヘンとかいう、聞いたこともねぇ北の僻地が俺の領地になった。
こうして、俺たち『黒狼隊』は、約束の金貨の代わりに、クソ面倒な「領地経営」という新しい戦場へ向かうことになった。
まったく、憂鬱だ。
俺は馬上でもう一回、クソデカイため息をついた。
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