第10話 黒狼vs白狼(百手打ち合う死闘)
『ローデン歴 200年 7月25日 伯都ノルツベルク郊外、北への道 曇り』
【白狼傭兵団長 フリードリヒ・アイスナー視点】
「……チッ。南の丘から黒いのが湧いて出たと思ったら、あの男か」
俺は、愛馬の手綱を引き絞り、舌打ちをした。
北風が吹き荒れる荒野。俺たち『白狼傭兵団』は、撤退戦を強いられていた。
完璧な包囲網だったはずだ。ノルツベルクを落とすまで、あと数時間もあれば十分だった。それを、たった千の騎兵がすべてひっくり返しやがった。
黒い鎧。黒い槍。
戦場を食い荒らす、あのふざけた『黒狼隊』だ。
「全軍、北の山岳地帯へ退け! 俺が殿を務める!」
「だ、団長!? 相手はあのヴァレンシュタインですよ!?」
「だから俺がやるんだ。お前らじゃ秒でミンチにされるぞ。行けッ!」
部下たちを怒鳴りつけ、俺は馬首を返した。
霧が立ち込める街道の向こうから、ドス黒い殺気の塊が近づいてくる。
先頭を駆ける、一際巨大な影。
俺は愛用の白銀の大剣を抜き放ち、待ち構えた。
「よう、ヴァレンシュタイン。相変わらず、儲け話の匂いには敏感な犬っころだな」
俺が挑発すると、ヴァレンシュタインは馬を止め、鉄仮面のような兜の奥で目を光らせた。
「……フリードリヒか。その白い鎧、いつ見ても雪原以外じゃ目立って仕方ねぇな」
「フン、貴様の薄汚れた黒と一緒にしてもらっては困る」
問答はそこまでだ。
次の瞬間、俺たちは同時に地を蹴った。
ガギィィィィィィィンッ!!
鉄槍と大剣が激突し、火花が散る。
重い。相変わらず、山でも振るっているかのようなデタラメな腕力だ。だが、技量なら俺が勝る。
俺は大剣の腹で槍を受け流し、その回転力を利用して横薙ぎに払った。
ヴァレンシュタインはそれを槍の石突で弾き、即座に突きを繰り出してくる。
速い。巨体に似合わぬ神速の連撃。
キンッ! ガンッ! ドォン!
一手、二手ではない。十、二十、三十……!
馬上で幾度となく刃が交差する。
まさに『百手』の打ち合い。息つく暇もない死の応酬だ。
互いの武器が噛み合い、金属が軋む嫌な音が響く。
鍔迫り合い。至近距離で視線が絡み合ったその時、俺はニヤリと笑って聞いた。
「……金か? いくら貰った、ヴァレンシュタイン」
「金貨一万枚だ。前金で五千」
「ハッ! 安く買われたもんだな! 俺なら倍はふっかけるぞ!」
「うるせぇ! 俺は今、領地の経営で入り用なんだよ!」
ヴァレンシュタインが赤面して吼え、さらに力を込めてくる。
ミシミシと大剣が悲鳴を上げる。バカ力め、押し切るつもりか。
こいつ、生活費のために必死になってやがる。
(……だが、これ以上は不毛だな)
俺の視界の隅で、部下たちが無事に山岳地帯へ逃げ込むのが見えた。
殿の役目は果たした。ここでコイツと心中する義理はない。
ヴァレンシュタインもそれを悟ったのか、ふっと槍の力を緩めた。
同時に、俺たちは馬をバックさせ、距離を取った。
決着はつかず。
いや、今の状況でこれ以上やり合えば、互いに致命傷を負う。それを理解しているからこその、引き分けだ。
俺は大剣を鞘に納め、ニヒルに笑ってみせた。
「チッ、今回もクビを取れなかったか! 次は見ておれ! ヴァレンシュタイン!」
「……さっさと行け。これ以上、俺の領地の近くをうろつくな」
ヴァレンシュタインは追撃してこない。深追いはしない主義か、それとも金分の仕事は終わったと判断したか。
俺は馬を北へと走らせた。
背後には、黒い狼がじっとこちらを見据えていた。
ノルツベルクでの戦いは終わった。
だが、ヴァルケンハルド帝国と、俺たち『白狼』はまだ終わっていない。
この借りは、いずれ必ず返してやる。
俺たち白き狼の群れは、冷たい霧が立ち込める北の街道へと消えていった。
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