ラブコメの雨演出を全否定した俺が、なぜか幼なじみと相合い傘をした話
おはようございます、もしくはこんにちは、あるいはこんばんは。
読み切り短篇です。ラブコメです。
「恋愛小説とかラブコメで、雨を降らせる演出が嫌いなんだよな」
駅前のカフェの窓際。
山崎悠真は、向かいに座る幼なじみの橘紗月にそうぼやいた。
外はあいにくの土砂降り。窓ガラスを伝う水滴が、いやでも景色を歪ませてくる。
一気に強さを増したこの雨は、予報によればもうしばらく止むことは無いという。
残念なことにふたりがそのことを知ったのはこのカフェに入ってから。そうでなければもう少し走って地下街に逃げ込むべきだったと、悠真は少し後悔した。
「……じゃあ今日のコレは、悠真の中では失敗回ってこと?」
ストローが入っていた包み紙をくるくる巻いたり伸ばしたりしながら、紗月は素っ気なく言う。
表情は変わらないけど、目だけはわずかに笑っているのを悠真は見逃さなかった。
「だってなぁ……。雨で相合い傘とかさ、都合良すぎんだろ、って思うわけ。作り物感がすごい。言うほどどっちか片方しか傘を持ってないなんてことあるのか、って。フィクションだとしてももう少し現実に即した展開っつーのがほしいわけよ」
「でも現実に、今の私たち、傘一本しかないんだけど」
さっくりと刺し込まれた悠真は思わず黙る。
たしかに、そうなのだ。これは紛れもなく現実に即する可能性のある展開だったのだ。
本来傘は二本あった。正確には悠真と紗月それぞれの手に一本ずつの傘があったのだが、折り悪く吹いた突風で幾分か華奢な作りの紗月の傘が使い物にならなくなった。
これはマズいとばかりに雨宿り向きの場所を求めたところ、幸いにしてカフェがあったので一目散に飛び込んだという流れだった。もちろんもう少し雨に濡れることを許容すれば地下街まで逃げ込むことは出来たのだが、こういう風にお茶をすることは吝かではなかった。
「……いや。だから、こういうのが嫌なんだよ。フラグ管理が雑っていうかさ」
「なにその、やれやれ系主人公みたいな感想」
「実際やれやれしてんだよ。財布まで濡れるのとかマジで勘弁」
わざとらしく悠真が肩をすくめて見せると、紗月は小さく笑った。
――あとは、紗月が濡れるのも勘弁。
そんな言葉は雨音に掻き消されるまでも無く、悠真の中に消えていく。
紗月は普段はクールっぽくて素っ気ないのに、笑うと妙に幼く見えるときがある。気づけばそういうところを観察してしまうのは、十年以上も一緒にいるから――かもしれない。
「そういう小言ばっか言ってるとモテないよ?」
「……ふーん」
どういう意味合いを込めて紗月がそれを言ったのか、悠真は測りかねた。結局モテるモテないの話は一旦避けておくことにした。
「へえ。じゃあ紗月的には、雨の相合い傘はアリなんだ?」
「……さあね。したことないし」
視線を逸らす仕草。紗月の耳はわずかに赤い。
「ま、俺もないけど」
「ふーん」
短く返事をすると、紗月はドリンクを飲み終えて席を立つ。
――悠真の傘を持って。
「あっ、おい。ちょっと」
もう少しここでゆっくりしていくものかと思っていた悠真だったが、あっさりと席を立つのと同時にさらに傘まで持って行かれては、紗月に付いて行かざるを得ない。とはいえ、雨はこの後も続くということであれば、ここでいくら留まっていても何の解決にも繋がらないことは確かだった。
紗月は先に自分の分の支払いを済ませて外に出ていく。悠真も少しバタつきながら会計を終わらせて外へ出る。雨はさっきより激しくなっていた。傘を差しても足元は容赦なく濡れるだろう。
「ほら、来て」
紗月が悠真の傘を差し出す。もちろん開いた状態で。
これは、つまり。
「いや、ふたり入るには狭いだろ」
「じゃあ悠真が濡れて帰る?」
「それもなあ……。ってか、ちょっと待て。俺が濡れるの前提かよ」
「そりゃそうでしょ」
「傘は俺ンだぞ」
「今その傘は私の手の内」
「きたねえぞ、やり口が」
「ほら、文句ばっか言ってないで。そんなところに立ってたら他の人たちの迷惑になるし、早く入れば?」
ぶっきらぼうな言葉に逆らえず、悠真は傘の中へ身を寄せた。
肩が触れ合う。紗月の髪先がかすかに頬をかすめて、悠真は思わずほんの少しだけ距離を取った。
――これが、ラブコメで嫌いなはずの雨の演出か。現実だと、意外と――いやいや。そんなことはない、はずだ。
「……近いな」
「狭いんだから仕方ないでしょ」
「いや、紗月がもうちょい寄ってくれたら――」
「悠真が寄ってくればいいだけじゃない?」
「やれやれ、強気だな」
茶化してみせつつも悠真は半歩寄る。
それとほぼ同時に紗月も無言で半歩だけ寄った。
さっきよりも明らかに近い。想定よりもだいぶ近い。
というか、ほぼ密着している。
冗談のつもりが、本気で鼓動が速くなる。
「……どう? これで十分?」
「いや、十分すぎる」
「ならよかった」
そう言って、紗月は少しだけ口元を緩める。雨音の中、その小さな笑みが悠真には妙に鮮やかに見えた。
傘の内側は、雨に閉ざされたちっぽけな世界。
だけど、ふたりで入るにはちょうどいい――。
「……案外、悪くない……のかもしれなくもない」
尤も、そんな簡単に素直になれたなら話は簡単なのだ。
「なにが?」
「雨の日の演出ってやつ」
「へえ。じゃあ今度からは嫌いとか言わないこと。食わず嫌いなんて子供のすることよ」
「善処します」
「うーわっ、絶対しなさそう」
悠真が苦笑すると、紗月はわざとらしく目を逸らした。
お互いにその耳の赤さに気づかないままに、ふたりは雨の中を並んで歩き出した。