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noncoding luminescence  作者: shiso_
第2章 漂流
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007 【歓迎】

 午後の陽射しが強くなってきた頃、二人は街の中心部を歩いていた。

 石段に腰を下ろし、街の様子を眺めていると、年配の男性が近づいてきた。

 手には美しい木彫りの置物を持っている。


「旅のお方ですね。これは我が街の伝統工芸品です。旅の記念にいかがですか」

 男性の声は穏やかで、押し付けがましさは微塵もない。


 置物を手に取ったカワセは、その精巧さに驚いた。

 螺旋状の模様が美しく刻まれ、まるで生きているかのような躍動感がある。

 触れた瞬間、指先に微かな温もりを感じた。


「美しいですね。この螺旋の模様は何を表しているんですか?」


「ああ、これは我々の街の象徴です」

 男性は誇らしげに答える。

「あの中央の塔をご覧ください。同じ螺旋が施されているでしょう?あれは我々の歴史と伝統を表しているんです」


 カワセが塔を見上げると、確かに同じ螺旋の装飾が施されている。

 陽の光を受けて、金色に輝く美しい建造物。

 まるで芸術作品のようだった。


「あの塔には、どのような意味があるんですか?」


 男性の表情が一瞬、微かに変わった。

 まるで内側から別の何かが覗いているかのように、喜びとも期待ともつかない光が瞳の奥で蠢く。

 そしてすぐに、元の穏やかな表情に戻った。


「ああ、塔では我々の最も神聖な儀式を行います。罪を清める、とても美しい儀式なんですよ」


 ハルツキの体が僅かに強張る。

 記録で読んだ内容と、男性の嬉しそうな表情との落差に違和感を覚える。


「罪を清める?」


「はい。罪を犯した者が浄化され、街全体が清められる」

 男性の声には、深い敬虔さが込められていた。


 カワセは置物を見つめながら尋ねた。

「その儀式は…どのくらいの頻度で行われるんですか?」


「ええ、必要に応じて」

 男性は当然のことのように答える。

「罪は日々生まれますからね。それを放置しておくわけにはいきません。最近は特に頻繁に行われています」


 ハルツキは記録の内容を思い出した。

 本来なら住民は処刑を恐れ、怯えているはずなのに──この男性の口ぶりでは、まるで祭事でも語るかのようだった。


 その時、広場の向こうから鐘の音が響いた。

 住民たちが一斉に手を止め、同じ方向を見る。

 その動きは、まるで一つの意思で動いているかのように同調していた。


「あ、もうそんな時間ですね」

 男性は穏やかに微笑む。

「準備を始めなければ」


「準備?」

 カワセが問い返すと、男性の目が期待に輝いた。


「今日は特別な日なのですよ。久しぶりに、とても意味のある儀式が行われます」

 男性の声には、子供のような純粋な喜びが混じっている。

「あなたたちも、きっと素晴らしい体験ができるでしょう」


 男性は置物をカワセに手渡すと、軽やかな足取りで去っていった。

 残された二人は、しばらく無言でその後ろ姿を見送っていた。


「ハルツキさん……」

 カワセが小さく呟く。

「何か、おかしくないですか?」


 ハルツキは眉をひそめた。

「何がおかしいと思う?」


「皆さん、とても親切で……でも、なんていうか……」

 カワセは言葉を探すように空を見上げる。

「完璧すぎるような気がするんです。まるで、演技をしているような──」


「演技……」

 ハルツキはその言葉を反芻する。

 そして、より深刻な表情で続けた。


「君の直感は正しいかもしれない。記録によれば、この街は恐怖政治で統治されているはずなんだ。住民は処刑を恐れ、女王の支配に怯えているはずなのに……」


 ハルツキは処刑塔を見上げる。

「ここの住民は、まるで祭りか何かのように楽しみにしている」


    ◇


 陽が翳り、石畳に影を落とし始めていた。

 商人たちは店じまいの準備を始め、子供たちも家路につく。

 全てが規則正しく、計画されたかのように進んでいく。


 その時、また別の住民が近づいてきた。

 今度は若い女性で、手には色とりどりの花を持っている。


「お疲れ様でした」

 女性は丁寧にお辞儀をする。

「午後の儀式のために、お花を準備していたんです。よろしければ、お部屋に飾らせていただけませんか?」


「お部屋?」

 カワセは困惑した。


「はい。もちろん、旅のお客様をおもてなしするため、お部屋をご用意しております。我々の伝統ですから」

 女性の笑顔は眩しいほど美しい。

 しかし、その瞳の奥に、何か計算するような光が宿っているのをカワセは見逃さなかった。


「とても親切にしていただいて……でも、私たちは」

 カワセが断ろうとした時、ハルツキが彼女の腕を軽く掴んだ。


「ありがとうございます。お世話になります」

 ハルツキの声は表面的には感謝に満ちているが、その目は鋭く女性を観察していた。


    ◇


 女性は満足そうに頷くと、二人を街の一角にある小さな宿へと案内した。

 建物は他と同じように美しく、窓には花が飾られている。

 全てが絵に描いたような完璧さだった。


 部屋に案内され、一人になった時、カワセはハルツキに向き直った。

「どうして饗しを受けることにしたんですか?」


 ハルツキは窓から外を覗きながら答えた。

「逃げようとしたら、かえって怪しまれる。それに……」

 彼は振り返る。

 その表情には、深い思考の跡があった。


「この街の『親切さ』がどこまで続くのか、確かめたい」


 彼の声は静かだったが、その手は無意識に腰のあたりを探っていた。

 シフターのない現実を思い出し、小さく舌打ちする。

 記述士としての本能が、危険を察知し始めていた。


 窓の外では、住民たちが何かの準備をしている様子が見える。

 螺旋塔の周りに、色とりどりの装飾が施されていた。

 美しい装飾の一つ一つが、まるで祭りの準備のように。


 しかし、その準備をする住民たちの表情には、祭りとは違う何かがあった。

 期待?興奮?それとも……


 カワセは置物を見つめた。

 螺旋の模様が、夕陽の光を受けて不気味に輝いている。

 よく見ると、その螺旋は単なる装飾ではなく、何かが流れ落ちる軌跡を表しているように見えた。

 美しいはずの彫刻が、今は血の流れる道筋のように思える。


 窓の外からは、準備をする人々の声が聞こえる。

 時折、金属を叩くような音が響く。

 その音は規則正しく、まるで何かを数えているかのようだった。


 そして、その音に混じって、かすかに聞こえてくるのは──


 笑い声だった。


 それは複数の声が重なり合い、時に女性の高い声、時に男性の低い声となって、夕闇に溶けていく。

 しかし、それは喜びの笑いではない。

 獲物を前にした捕食者の、満足げな息遣いのような──

 何か別の、もっと深い欲望から生まれる笑い。


 空気に微かに血の臭いが混じっているような気がした。

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