悪女であり、聖女でもある
最後が少しグロかもです。楽しんでくださるとありがたいです!
誤字脱字、評価など、大歓迎です!!
朝、見慣れない刻印のようなものが私の二の腕に刻まれていた。その白い刻印は窓から入ってくる朝の明かりに照らされて薄く光っている。
「聖女の証?」
私はポツリと呟いた。
まさか、こんなものが私の二の腕に現れるなんて思いもしなかった。
私は自分の二の腕をさすり、震える手を抑えようとする。
いつもは安心して安らげる自室が、今では息苦しく感じる。まるで無数の目が私のことをじっと観察しているような気がして気が落ち着かない。
「ねぇ、なにしてるの?」
聞き慣れた声が背後から聞こえ、私は軽く飛び上がってしまった。振り向くと、そこには私の双子の妹がいた。
いつからいたのか見当がつかない。
きっと私は頭の中に集中してしまい、扉を開く音も聞き逃してしまったのだ。
双子の妹のリリは細い笑みを浮かべ、こちらをじっと観察する。私は二の腕を隠し、できる限り平常な笑みを顔に乗せた。私の笑みに対して彼女が笑みを深めた途端、グイっと二の腕を隠している手を剥される。
「!」
恐怖が一気に押し寄せ、私は顔を真っ白にした。
「わあ、なにこれー?」
なんの感情も籠っていない声が’脳内で反響する。
「これ、は」
「なんでローゼがこれ、持ってんの?」
一つトーンを下げた冷たい声で、リリは喋った。彼女はグッと私の二の腕を掴み、力強く握る。圧迫されている肌は、綺麗な白から赤が滲み出ていた。
「い、いた₋」
「答えてよ、ローゼごときがなんでこれもってんのかって」
睨むなんて言葉で表現できないほどの鋭い視線が私を刺す。まるで悪魔のようなその顔に、私の目の端に涙が溜まった。これまで見たこともない恨みが込められた表情に、足の力が消えそうになる。
「知らな₋」
「はぁ?」
瞬きをする瞬間も与えられず、私の頭が衝動で左右に曲がる。頬が熱く麻痺している感覚が一歩遅く脳に伝わり、私の視界がぐわんと回った。
特に驚く様子もなく、私はそのまま目を伏せる。
リリが暴走し始めた。私のせいで。
助けを求めるなんて考えは存在しない。この広いだけの屋敷の中で私を助けてくれる人なんていやしない。
例え、私の両親でさえ。
リリが暴走すれば、私はただ床で本能的に丸まり頭を抑えることしかできなかった。自分から反抗してしまえばリリを傷つけてしまうかもしれないという恐怖があり、どうしても自身を守るだけになってしまう。
暴走したリリは力の制御が効かなくなる。殴れるところ全てを殴り蹴り、罵詈雑言をこれでもかというほど吐き散らかす。
私は頭を手で押さえ、急所だけは避けて欲しいと願うばかりだった。
終始リリが叫んでいるので、騒ぎを聞きつけた使用人が両親を呼びに行ったのか、少しすれば両親が扉を勢いよく当てて登場した。
赤いリップをこれでもかというほど塗っている母親に、モノクルをつけた冷たい表情をしている父親。私とリリの金髪は父親譲りで、アメジスト色の瞳は母親譲りだ。両親とも若い頃は顔が整っていてお似合いだった、と昔は娘である私たちによく自慢していた。今は年を自分でも理解したのだろうか、自慢話は聞かない。
「リリ!どうしたの?!」
母、マリアはリリの元に駆けつけ、彼女の怪我している手を取り心配そうに見つめた。
私を殴って皮膚がはがれてしまった手を。
母は、私の方には見向きもくれない。唯一私の方を見つめているのは絶対零度の視線を持つ父だけだった。
幼い頃は、そんな彼の冷たい表情を笑顔に変えようと思って必死に頑張っていた。
今ももしかしたら心のどこからまだ思っているのかもしれない。だから、彼のまるでゴミを見るかのような顔を見ると息ができなくなるぐらい心が締まる。
「今度は何をしたんだ、ローゼ」
期待なんて少しも込められていない声で、父は述べた。私は青くなっている腕をもう片方の手で押さえて、彼の視線から逃げるように目をどける。
「…」
どう考えても言葉が出てこない。
私は、何をしたのだろうか。私の存在自体がいけなかった、そう言えばいいのだろうか。
「お母様!!!ローゼが、ローゼの二の腕に!聖女の証が!私も持ってないのに!」
居ても経ってもいられずリリは大声で叫んだ。彼女の顔は赤く膨らみ、これまで見たことのない怒りを示している。
これから起きるかもしれない最悪の事態に私の心臓が震えた。
「お母様、お父様₋」
私の口から出た声は小さく、震えている。
どれくらい自分の意見をはっきり言いたくても、口に出てくるものはこんなにも弱いのか。
ギュッと手汗が滲んでいる手でドレスの裾を掴んだ。
「聖女の証?ローゼ、それは本当なのか」
眉を顰めて、父は私の二の腕を痛みが生じるほど強く握った。そして彼の目には聖女の証がくっきりと映されている。母もその証を目にし、顔を険しく歪めていた。「どうしてこの子が」とでも言いたそうに。
部屋の空気がぐんと冷たくなり、私は身震いした。
「……隠せ」
父はそうポツリと言い、私の二の腕を放り投げるように放す。
「その証は誰にも見せるな。わかったか?見せたら殺す」
「ひっ」
父の視線には殺気が込められている。彼は本気だ。
本気で、私のことを、自分の娘を殺そうとしている。
少しでも父に期待していた昔の自分が馬鹿馬鹿しい。彼からして私は殺してもいいほどのゴミなのだろうか。
ーー少しでも認められないのだろうか。
「リリ、あぁ、リリ…これからあなたが聖女になりましょう?お姉様じゃなくて、あなたが」
憐みを含んだ声で、母はリリのことを胸に抱きいれた。
私はそれを近くから眺めることしかできない。母の温もりはどれくらい温かいのだろうか。母に慰められると心はどんな風に鼓動するのだろうか。
ーーそれを私も経験したいと思うのは、自分勝手な考えだろうか。
♦♦
学園ではもうローゼが聖女だということが広まっていた。そしてそれと同時に、どこからか私がローゼのことを羨ましがり彼女に常に嫌がらせをし、自分が本当の聖女だと泣き喚いている悪女になったという噂が流れ始めた。
学園の貴族たちは私のことを完全な悪女だと思い込み、誰も私に寄り付こうとしない。ローゼはある意味学園の華であり、彼女は多くの人に親しまれている分、彼女に仇す者はそれ以上の人に嫌われる。
廊下を歩けばコソコソと裏話をさせられ、時には誰かが足を延ばして私を転ばせたりもした。先生の間にさえ広まっているようで、先生からも常に排他的な視線を送られている。
「うわーごめんなさい!」
カフェテリアにて、女子生徒の一人がトレーを持って座ろうとしている私にぶつかってきた。トレーの上の食事が全て私の制服にかかり、油が布に浸透する。
貴族令嬢として、このまま外を歩くのは羞恥であるが、このまま何も言わずに帰るというのも現状から逃げていると捉えられ弱い者扱いされる。
ここで一番の解決、第三者の介入だが、誰も私のために学園を敵に回す人なんていない。
「…ごめんなさい」
聞こえるか聞こえないかの間ぐらいの声でポツッと呟き、私はハンカチで汚れた胸を押さえてカフェテリアから走り去った。
目の端に涙が溜まるのを感じ、私は女子トイレへと逃げ込む。鏡の前で手を洗っている生徒二人組に眉を顰められたが、そんなことを気にする暇もなくトイレへと逃げ込んだ。
口を自分の手で塞ぎ、声を出さない様に気を付けながら涙を流す。熱く、濡れている涙が出れば出るほど私は気分が軽くなっていた。大した軽さではないが、何もしないで我慢しているよりマシだと、たくさんの痛みから学んだ。
手を洗っている女子生徒二人組が女子トイレから出るのが聞こえると私は大きく深呼吸する。泣いたせいで、深呼吸さえも途切れ途切れになってしまう。
私はは鏡の前で目が腫れていないことを確認してからトイレを出た。もうカフェテリアで食事できる雰囲気ではないので、稀にしか人が通らない校舎裏で休憩しようかとそこへ向かう。
実は校舎裏にはベンチが一つだけあり、随分と古いがまだ座れる。そこに座り、前方にある花壇をじっと眺めるのが些細な楽しみだったりする。この学園の花々は全て魔法で管理されているので、枯れないまま綺麗な姿を保っているのだ。
花が揺れる姿を見るのはもはや日課のようなものとなっている。
「聖女がこんなところで何してるの?」
横から男性の声が聞こえ、私は飛び上がった。
「だ、え、あっ」
ここには人が滅多に現れないはずなのに人が登場したからか、頭がこんがらがって何も発せない。加え、彼は今「聖女」と言った。
彼女が聖女だと知っているのは彼女の家族ぐらい。
「ど、どうして私が聖女だと思ったんですか?」
「あははっ、面白い言い方だね。俺は好きだよ。それにしてもおかしなことを聞くね、明らかに君が聖女じゃないか」
まるで彼は発言に確信を持っているかのようだ。
「貴方は誰ですか?」
「俺は君が倒す存在…わかりやすく言うと魔王ってところかな」
ニッコリと、笑い事じゃないことを軽くつらつらと述べる。
「あ、名前はレオ」
と、そんな情報まで付け足して。
私はこの目の前の魔王にどのような反応をするのかわからなかった。
言い伝えで教えられていた魔王には黒い翼と角が生えていて、牙は人を容易く切り裂くぐらい鋭いと言われれていた。だが、今目の前にいる魔王と名乗る人物はごく普通の彼女と年変わりない青年に見える。
他の人間と違うところと言ったらその顔の整い具合だけだろう。王国で一番顔立ちのいい人と言われている第二王子のティルファングでさえ彼の横では霞んで見える。
黒い髪に黒い瞳。全ての光を吸収しているような漆黒は、人の心をざわつかせる。だが、それと同時にどこか惹かれる瞳をレオは持っていた。まるで永遠の暗闇に染まりたくなるような。
本当にこの人が魔王かすら分からないが、少なくとも只者ではないということはわかる。私が聖女だと見破った時点で彼には他の人には感じ取れない何かが分かるんだろう。
「で、話を戻すけど、人に囲まれてるはずの聖女様がどうしてここに?こんな校舎裏で寂しそうにしてるなんて聖女らしくないよ」
聖女らしい、か。
知らない人と気軽に会話をするような自分ではないと分かっているが、今回は自然と口が開いた。彼が近くにいて不快感や恐怖というものを感じない。
彼が学園の生徒じゃないからだろうか。
彼は私が悪女だということを知らない外の存在だからだろうか。私を善と思ってくれている人だから、その人に縋りたくなってしまうのだろうか。
どうしてか、レオには私が悪女だと思われていると知って欲しくないと思ってしまった。
私は口を開いて、閉じてから覚悟を決めたようにまた開いた。
「人気者でも、たまには一人の時間があってもいいと思いませんか?」
今できる限りの笑みを見せる。
レオは私の表情に目を細めて、口角を上げた。
「そっか」
嘘が通ったと鼓動している心が落ち着くのを感じる。
「聖女様は嘘が下手だね」
「…え」
レオのほっそりとした手の甲が私の頬を撫でる。そして手は後頭部に周り、そのまま後頭部を支えてグイっと私の顔を彼のに近づけた。急に視界が狭まり、私の心臓は不安にドクンと脈立つ。
光を通さない瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
口は笑っているのに、彼の瞳は冷気を含んでいる気がする。
「すぐに見ればわかるよ。顔にはクマがあるし、疲れが溜まってる。それに複数の古い傷も俺の目からは逃れられない。聖女様の先ほどの目の動きよう、顔の筋肉の収縮の仕方はとても愛されている聖女には見えない」
彼は私の顔をそっと離して続ける。
「長い間精神、身体共に虐げられてきた人の特徴と合致している。ねぇ、聖女様…いや、ローゼ?」
私の名前を述べた瞬間、私は完敗したように地面に崩れ落ちた。
彼を騙すことなんてできなかったんだ。
きっと名前を知っているのであれば私がどんな風に思われているかなんて分かっているはず。なのにどうしてわざわざ私の前に現れるの?
私は俯いて泣きそうになる涙を必死にこらえた。
「全て知っていてどうして私の前に現れたんですか?惨めな聖女を馬鹿にしに来たんですか。あぁ、それとも…」
私を殺しにきたんですか、と言葉が零れ出る前にレオが私の口を手で塞いだ。
「?」
塞がれた手に驚き、首を傾げる。その時見たレオの表情は言葉にできないぐらい複雑だった。眉は少し垂れ、目は細まり、口は笑っているのか笑っていないのか分からない。
ただ、彼の真っ黒な瞳に見えたのは哀愁だった。
どうして、魔王がそんな顔を…?
レオは人差し指をそっと私の唇の上に重ねた。
「君を殺したいのであればとっくのとうにそうしてたよ」
落ち着いてゆっくりと私に言い聞かせるように彼は言う。
彼の指が離れると同時に昼休みが終わるチャイムが校舎に鳴り響く。魔法で学園のどこに居ても届くようになっているそのチャイムはもちろん校舎裏にも綺麗に響いた。
これまで二人きりだった世界に、外の風が吹いてくる。
「ごめんなさい。私はもう行きます」
顔を伏せて、私はその場から離れようとした。耳にレオが微かに笑う声が聞こえる。
「俺もついていく」
「……はい?」
「ついていく」
拒否を許さないような強い発言に私は息を呑む。
この男は一体何がしたいんだ?
「…………」
口が開いては閉じる。
私は彼のその言葉にどう反論すればいいんだろうか。どう考えてもそんな不可能なことをさせるわけがない。常識というものがわからないような行動を取る魔王にどう教えればいい?
レオは指を鳴らす。その音が私の周りに響き、かすかに風が揺れた気がした。
だが、何も起きない。
ただ鳴らしただけ?なんのために?もしかして格好つけ…。
「これで俺は他の人から見えなくなった。これで文句ないよね?」
「…………そ、う、ですか」
そういう問題じゃない気もするのだが…。何を言ってもこの人は聞かないんだろう。
好きなようにすればいいと思い、私は軽いため息をついて教室へと駆け足で向かった。
♦
教室に足を踏み入れると、明らかに重い空気が漂っていることに気付いた。私を歓迎していないその空気感に頭のてっぺんから足の芯まで震える。
嫌な考えが脳内をよぎった。
私の視線はゆっくりと人々の間に囲まれているリリに向けられる。彼女の涙が溢れている目と、私の恐怖で見開かれている目が合った。
そして私にだけ見せるようにニヤッと彼女の口角が上がる。
「みんな、私の心配はしなくて大丈夫だよ...私は平気だから!」
安心させるように笑うリリに、私はこれから起きることへの恐怖でいっぱいだった。クラスメイトの視線がグサグサと私の体に刺さる。
痛い。痛すぎる。
リリは自分の首に巻かれている包帯を気まずそうになぞった。そして痛いのか、少しだけ顔を顰める。
その瞬間、人々の私に対しての視線が更に深く突き刺さった気がした。
私は自分が何をしたのか、もうわからない。
「ローゼ、お前これはさすがにやりすぎだ」
クラスの男子の一人がリリを庇う。
なんのことかわからない、と口にしようとする前に喉に言葉が詰まってしまった。口が震えて声を出そうとしない。
「羨ましいからって、殺人を犯そうとするなんて」
別の女子が呟く。
それに連なり、クラスの全員が私に対して様々な言葉を放った。
「リリの首に刃物を向けたんだろ?!最低だな!」
「悪魔よ、彼女はきっと悪魔なんだわ!」
「悪魔は死ねよ!」
「しーね!しーね!!暴力を振るうやつなんか生きる資格ないぞ!」
首?刃物?意味がわからない。
私はそんなことをしていない。
「私は-」
私の言葉は人々の「死ね」と連呼する声に埋もれた。
頭がキュッと収縮するような感覚に襲われ、自分の足元がぐにゃりと歪む。手には汗が滲み、視界がぼやけ始めた。
痛い。胸が、死ぬほど。痛すぎて息ができない。
ここから消えたらどれほど楽だろうか。
私はどうしてこの世に放されたのか。神様は私にどうしてこんなことをさせるのだろうか。
「いっ」
頭に痛みが走り、何かと思えば誰かが自分の筆箱を私に向けて投げた。ゴツっと、頭が衝撃を受ける。ジンジンとする痛みに、目に涙が滲んだ。
「何泣いてんだよ!人を殺そうとしたくせに!」
「悪魔は地獄に帰れ!」
泣くことも、私は許されないの?
だが、意思に反して涙はポロポロと溢れる。濡れている視界に、別の黒い物体が飛んできた。そしてそれは彼女の鼻にぶつかり、彼女は痛みに鼻を両手で押さえる。
鼻から息をするのにも一苦労だ。
次に物が当たったのは肩だった。その次は腹。物を投げる行為はエスカレートしていき、彼女は地面に丸まることしかできなかった。
物理的な痛みよりも、精神が蝕まれそうだ。
「ローゼ」
この終わって欲しい絶望の中で、一人の声が聞こえた。
「助けて欲しい?」
きつく閉じていた目の前に手が現れる。ほっそりとしているが、力強そうな手。
私を守ってくれるのだろうか。
誰でもいいから私の味方でいてほしいという、私の些細な願いを叶えてくれるだろうか。
だが、目の前にいる人物は魔王で。私は聖女で。
「迷ってるの?なんのために?」
レオの声に私は顔を曇らせた。
私の考えている姿に、魔王は軽く笑う。そして指を鳴らすと、景色はガラリと変わり、誰もいない広々とした部屋に飛ばされた。
巨大な部屋はいくつもの丁寧に並べられている柱によって支えられ、その中央の奥には黒い石で出来た玉座が設置されている。王がいない玉座なのに、まるで自分の存在を自慢しているかのようだった。
「魔王城へようこそ」
レオはニコッと笑う。
私は驚きで涙なんて忘れてしまった。
「え...?」
「あそこはうるさいからね、もっと静かなところが話しやすいかなって思って」
確かに、と思ってしまったが明らかにそれどころではない。
痛む全身を抑え、私はゆっくりと立ち上がった。足が痛い。腕が痛い、顔が痛い、頭が痛い。
私は額を触ってみると、ドロッとした何かに触れる。目で見てみれば自分の手の平に血がついていた。
その血をじっと眺める。どろっとしているそれは、私の白い手を綺麗に彩っていた。
赤は、思っていたより綺麗みたいだ。
私のボーッとしている姿に、レオは嬉しそうに目を細めた。
「.........私は、なんのためにこの世の中にいるんだろう」
ポツリと、思っていたことが口に出る。
何もない、ただ二人だけの広い空間に声が反響する。自分の心から思っていることが部屋の隅々にまで到達した。
「さあ?なんでだと思う?」
レオは首を傾げ、続けた。コツコツと私の周りをゆっくりと回る。
「いじめられるため?リリとかいうヤツに好き勝手されるため?」
「ちっ、違う...!」
すぐに私は彼の発言を否定する。
そうじゃない。そうじゃないんだ。
「でも俺にはそう見える」
彼は淡々と続ける。
「ローゼは何も変えてない、今の状況に満足してるんじゃないかってさえ思ってしまう」
グイッと彼は自分の顔を私のに近づけた。
「自分がどれほどの力を持っているのか知ってるの?知ってるのに何もしないの?まるで自ら望んで虐められているようだね」
「ちが-」
「なら証明してよ」
その一言で私は息が喉で詰まるのを感じた。
証明?
何を?
誰が?
ゴクリ、と私は息を呑む。
証明して、いいの?
人を傷つけてしまうかもしれないのに?
痛みがどれほどのものか、私は知っている。その同じ痛みをリリに…別の人たちにしていいの?
それは許されるの?
「どうして迷ってるの?誰に許して欲しいの?君のことを気に掛ける人なんていないのに?僕はローゼのしたいようにしていいと思うよ。いじめられたらいじめ返せばいい。相手はそれを覚悟の上で行なっているんだから。ねぇ、ローゼ。僕と一緒に-」
「っ」
彼が言いたいことが嫌でもわかってしまった。
私は目の前に伸びてくる手をどうすればいいだろうか。取るか、取らないか。
私は口をわずかに開く。
手の上に乗っていた赤は、残酷で...綺麗だった。
あの色は学園の白い建物によく映える。
別に、いいよね。リリがあんな自分勝手なら、私だって少しぐらい。
自分の好きにしても。
これまで抑えてきた気持ちが一気に爆発したように私の体に電気が走る。まるで全ての枷から解放されたようだ。
「ははっ...」
心の奥からの笑いが、私の顔の筋肉を動かす。
伸ばされている手に私は自分の手を出した。だが、その手はレオの手を握らず、彼の襟をグイッと掴む。そして私はもう少しで自分の顔と当たるぐらいのところまで彼の顔を持ってきた。
黒い瞳が驚きで小さくなっている。
「私があなたに協力するんじゃない、あなたが私に協力しなさい」
私が見つめて離さない黒い瞳が、一瞬だけ揺れた。そしてレオはゆっくりと目を細める。うっとりと、まるで溶けたような顔で彼は続けた。
「...仰せのままに」
魔王は述べる。
「この世をローゼの好きな色で染め上げよう」
♦︎
赤が彩る学園。黒い服を着た男女が二人、学園にある大広間に立っていた。少し音が外れている音楽が流れ、二人は赤い水面の上で踊る。互いが互いを必要とし、互いなくしては生きられない。
音楽のリズムと共に水飛沫が上がり、壁に赤い芸術が出来上がる。音楽の演奏者たちは生きているか死んでいるかわからない虚な目をもち、指が血で汚れるまで楽器を弾いていた。
金髪にアメジスト色の瞳の女性が血まみれの手でピアノを演奏している。彼女の指は様々な方向に曲がり、鍵盤を押すたびにゴリッと歪な音が音楽を飾る。彼女の首は世界が逆さまに見えるように折られ、もう戻すことはできない。
「あー...あぁ...」
開いている口からはうめき声が出ていた。
死にたいのに死なせてくれない彼女の瞳から涙が出ることはない。
黒い服を着た男女は朝になるまで幸せに赤に浸りながら踊った。
読んでくださりありがとうございました!一応魔王側のストーリーも考えてはいるので、感想や反響が良ければ書いてみようかなと思っています!