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なんでもない夜

 食事を終えた俺は、エレナにバーベキューセットの片付けを任せてウルスラと二人で小川へと向かっていた。

 「良い天気ですね兄上」

 「ああ、そうだな」

 草花の香りが乗る涼しい風に頬を撫でられながら見上げた空は、確かに雲一つない美しい清天だ。

 隣を歩く妹へ、話を続ける。

 「ここまで澄んだ夜空ってのは、なかなか見れるもんじゃないな」

 「ええ、宇宙が透けています。なによりウルスラは空高くに居たものですから、地上からまっすぐ空を見つめたのは始めてですので、感慨深いです」

 「そういえば、天界にいたんだもんな。その鎧なんかも天界製?」

 「そうです。天界の神を護る者達に配られる聖鎧『セイントアーマー』でして、強度を地上で例えるならば、黒鉄鉱で作られた鎧に相当します」

 「国鉄鉱だって!?王国で使われている装備の中でも王の側近にしか与えられない希少鉱物装備の一つじゃんか」

 「ええ、あくまでも強度の話だけなら、それくらいの価値はあります。と言っても天界ではこれくらいの装備であれば、願えば与えられますがね」

 「マジか、凄いな天界って………神を護る者達に配られるって言ってたから、とても位の高い装備なんだと思ったわ」

 「まさか、私なんかは母が神で、父が地上の英雄でなければ実力は下の下ですから」

 「そうなのか、もしかしてウルスラが戦わないのは戦闘に自信がないからか?」

 「いえ、そういう訳ではないですよ?単純に兄上の成長の邪魔をしない為です」

 「遠慮しなくて良いんだぞ?」

 「考えておきます」

 互いにハニカミながら歩く小川までの距離は短かった。




 小川へ着くと、ウルスラにディメンションゲートから革性の水タンクを取り出してもらう。

 水タンクの大きさは、両腕で抱えなきゃ駄目なくらい大きな物だ。

 これもモノ屋さんから買った。

 水タンクの口を小川に寝かせ、水を溜めて口を括る。

 一つ出来るとウルスラからまた水タンクを受け取って、小川に寝かせ、水を溜めて括る。

 それを何回か繰り返して、水で満タンになった水タンクを30程作った。

 「これだけあれば足りるでしょうか?」

 ディメンションゲートに水タンクを入れ続ける俺に、ウルスラは聞く。

 「どうだろうな、皆がどれだけシャワーを浴びるか分からないから、なんとも言えんって感じだ」

 そう、俺達は飲水の確保もそうだが、今日モノ屋さんから買った発火剤式シャワーが使えるかどうかの検証の為に水を小川へ汲みに来たのだ。

 「無事に使えたら良いですね」

 「そうだな、使えなかったら残りは全部飲水だ」

 俺の言葉にウルスラは笑った。

 「この量をですか?砂漠を横断できますね」

 「言えてる」

 最後の水タンクを入れ終え、キャンプ地へと戻る。




 俺達が戻ってくると、エレナとカルカラさんはバーベキューセットの片付けを終えて、焚き火周りでイスに座って寛いでいた。

 「帰ってきたな。シャワーのセッティングは済んであるぞ」

 エレナの視線の先には、確かにシャワーセットが建てられていた。

 鉄棒の三叉の脚は地面に深く刺さっていて、その上部にはバケツが吊るされている。

 更には夜風を受けないようにと、シャワーセットの周囲には、木製の分厚い板が地面に突き刺さっており、シャワーセットの左右と後方から覗けなくしている。

 前面には扉のような物があり、シャワーセットの後方には水を入れるためのホースと、高台まで用意されている。

 かなり本格的なシャワー場が完成してた。

 「凄いな。コレを二人で造ったのか?」

 軽く板を叩けば、コンコンッ。と耳心地の良い音が返事をした。板はグラつきもしない所から、しっかり地面に刺さっているのだとわかった。

 「アタシはシャワーセットを地面に刺しただけだ。周囲の木板はカルカラさんが用意してくれたんだ」

 「これを?」

 驚きカルカラさんを見れば、いつもの緩い笑顔がむけられた。

 「偶然見つけただよ、多分だけど最近ここいらでキャンプをしたパーティが居たんじゃないだかね?」

 エレナが指をぱちんと鳴らした。

 「ビーナの群れに襲われたパーティがいたと商人が言ってなかったか?ソイツらが何かの用途で使った物なのかも知れないな」

 エレナの話に頷いた。

 「なるほど、進路的にもあり得る話だな。それじゃあ準備が出来てるから早速誰かシャワーを浴びろよ」

 俺は最後で良いから。と付け加えて促したが、誰も立候補しなかった。

 「いや…皆シャワー浴びないのか?」

 カルカラさんがイスからずり降りる。

 「オラは元々シャワーをあまり浴びない旅をしてただ。だから大丈夫だ」

 と言って、いつも通りキャンプ地から離れて寝床を探しに行ってしまった。

 エレナは俺を見つめている。

 「カエデ」

 「わかった、言いたいことはわかったから言葉にするなよ」

 エレナは満足げに頷いた。

 俺は残るウルスラを見た。

 「どうやら、この空気感では私、ウルスラが一番目というわけですね」

 「いってらっしゃい」

 「水はアタシが入れてやろう」

 エレナはウルスラをシャワーセットに入れて、俺は二人に背を向けてイスに座った。



 ウルスラが脱いだ事を確認すると、エレナは高台まで登り、予め受け取っておいた発火袋を吊るされたバケツ入れ、ホースを水タンクの口に繋げて寝かせた。

 水が流れ始め、ウルスラが「ひゃぁ!冷たい!」と小さな悲鳴で訴えたが、しばらくしてシャワー場から湯気が上がると「あ、お?おぉぉぉ…!シャワーですね」と感嘆の声に変化した。

 「気持ちいいか?」

 「はい!確かに普段使っているシャワーの温度が保たれています!不思議です!」

 「そうか、それは朗報だ」

 シャワー場から鼻歌が聴こえだしたので、エレナは高台から降りることにした。



 「シャワーどうだった?」

 アタシが焚き火前まで戻ってくると、カエデが効果の程を聞いてきた。

 「バッチリだった。商人を名乗るだけのことはあるな」

 「そうか、良い買い物したな」

 アタシはカエデの隣へ腰をかける。

 「イス持ってきて座れよ」

 「そんな時間が勿体ない」

 「気になるだろ」

 「なら尚更このままがいい」

 「そうですか」

 「そうですとも」


 短い沈黙に小さな鼻歌が混ざる。

 焚き火は静かに揺れ動き、穏やかな夜を創り出す。



 「なあ、カエデ……」

 「どうした?」

 「狩り、どうだった?」

 「どう………不思議だったな」

 「不思議?」

 「……始めて弓矢を使ったのに…ずっと昔から慣れてるような…時間がゆったり流れて…手に馴染む…感覚になったんだ…」

 「弓矢での狩りがか?」

 「…そう…だな。なんだが……慣れてるけど…初めてって感じの…感覚…」

 「なるほど、それは不思議だな」


 虫のさざめき

 小さな鼻歌

 風靡く草木


 小さな吐息


 「カエデ?」

 エレナが隣を見れば、カエデは静かに目を閉じて、寝息を立てていた。

 「疲れたんだな…シャワーは朝になったら浴びるとしよう」

 エレナは正面に回り、ゆっくりとカエデを抱き上げると、テントへと向かった。

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