達成 そして優雅な午後
狩りに成功した俺は、小川の対岸へと跳んでバルバの亡骸を拾う。
亡骸を肩に担いでまた助走を付けようとしたが、その時ふと、こういう場面で俺のスキルであるワープガードは使えるのだろうかと疑問が浮かんだ。
俺は小川沿いに立つカルカラさんへ声を張る。
「カルカラさ〜ん。少し小川から離れてもらってもいいですか〜?」
「わかっただ〜」
小さな声が返事をして数歩下がる。
それを確認して、ウルスラに教えてもらったスキルの使い方を復唱した。
「対象を視界に入れて……『ワープガード』発動!」
それらしい決め台詞でスキルの発動を試みる。
視界が歪んで身体にかかっていた重力が横向きへと変化する。目に見えない力に引かれ俺の胴体は、くの字に曲がり、瞬きをした次には対岸のカルカラさんの目の前に立っていた。
「おわっ!と……ただいまっす」
「おかえり、それにしてもその能力はやっぱり便利だね」
にへらと緩い笑みを浮かべてカルカラさんは言う。
その笑顔に俺は頷く。
「そうっすね。スキル名にガードって付いてる割には、ただのワープとしても使える辺りがとても便利っすわ」
「移動する瞬間は初めて見ただが、あんな感じなんだな」
「あんな感じとは?」
「えっとだな…カエデがぐにゃあって歪んだかと思うと瞬きしたらもう目の前にいたんだよ」
「え、俺歪んでたんですか?」
「ぐにゃあと」
「ぐにゃあとですか」
「んだ」
ぐにゃあとの度合いはよくわからないが、なんだかそんな不気味な表現をされると今後ワープガードを使うことを躊躇させられる。
俺はバルバもしっかり肩に乗ったままである事を確認し、ワープガードの使い勝手の良さを理解して、少しの不安を抱きながら二人でキャンプ地点まで帰った。
俺はカルカラさんにバルバの亡骸を預け、一人先にキャンプ地のテント前まで戻り、焚き火を付けて、モノ屋さんから買った小さめの椅子に腰掛けていた。
ギシギシと木製の骨組みは軋むが、動物の毛皮で作られたガワは丈夫かつ座り心地がよかった。
ピッタリと足を曲げて苦痛なく座れる高さの椅子。モノ屋さんが座高を聞いて用意してくれただけのことはある。ほんのちょっとの事だが、モノ屋さんがプロである事を、この椅子が証明してくれていた。
小さな背もたれに身体を預け、茜色に変化する空を見つめる。
「すぅ〜…………ふぅ………はぁ……」
そして、エレナが俺を吸っていた。
後ろから抱きつかれ、首元に息がかかる。どうやら理由はどうあれ女性と二人っきりの時間を過ごしていた俺に、多少なりとも浮気の心配を抱いていたようで、狩りから帰ってきてずっと俺を吸っている。
「ん………すぅ……はむふぅ……」
エレナは満足気にしているが、俺は落ち着かなかった。
背中に柔らかい物が押し当てられ、首元に小さな吐息がかかり、嫁の匂いを至近距離で嗅がされているんだ。
(こいつって人のこと考えないよな)
カルカラさんがバルバを捌き終えて肉を持ってきたのは、俺の今晩の予定が決定したタイミングだった。
「はふふ、エレナは本当にカエデの事が好きだね」
俺達の仲の良さに口元を真横に緩めながら、カルカラさんは肉が乗せられたまな板を持っていた。
肉は均等にスライスされており、横幅50センチ、縦幅20センチ、厚みは10センチといった具合のステーキ肉だ。
「動物を捌くスキルは無いから助かるよカルカラさん」
まな板を受け取り、俺は予め用意しておいた塩コショウ入りの小ビンを掴み、蓋を下に向けてまぶしていく。
シャッシャッとリズムよく振りかけ、肉を裏返し、裏面にも塩コショウをまぶす。
そうしている間に、エレナは何やら鉄製の棒でせっせと何かを組み立てていた。
棒をクロスさせて紐で括り、その棒の先端にまた鉄製の棒を横に付けて紐で括る。
それが組み立て終わると、焚き火の外縁に脚の部分をピタリと合わせ自立させ、上面の横棒に鉄網を乗せた。
「どうだカエデ!私特製のバーベキューセットだ!」
得意げに胸を張り、したり顔のエレナ。
「あっさりと組み立てたな。練習していたのか?」
「これも花嫁修業の一環だ!」
(そうなのか。花嫁はバーベキューセットを自作できないといけないんだな)
エレナの手際に感心しながら、花嫁に要求される事ってけっこう有るんだなと、少し賢くなった。
ちょうど肉を焼き始めた頃、親父に報告する事があると言って離れていたウルスラが戻ってきた。
「ただいま戻りました兄上!」
元気な笑顔を見せながら、ウルスラはモノ屋さんから買った椅子をディメンションゲートから自分と他二人分用意する。
お淑やかに座るウルスラ。
ぴょんと椅子に小ジャンブして座るカルカラさん。
俺の近くを離れないエレナ。
椅子に座る動作一つで性格も出るものなんだなぁと思った。
トングで肉をひっくり返す。
焦げ目が付いた肉は網目の模様が施され、実に食欲をかき立たせる。
肉の焼ける音。
香ばしい匂いと共に肉から溢れる脂が落ちれば、ソレを吸収して焚き火が踊る。
揺れる火。
自然の風がもたらす、この火の動きは再現できない代物であり、それらから構成されたこの肉もまた、再現の出来ない代物となるだろう。
詩人風にそれっぽい事を考えながら、俺はバルバの肉をひっくり返した。