買い物終わり それと準備
モノ屋さんにあれやこれやと勧められる間に買い続け、気づけば200ゴールド使っていた。
「カエデ、そんなに買い物して大丈夫か?いくらなんでも使いすぎなんじゃ」
俺の散財っぷりに不安になったのか、エレナが心配そうに声をかけてきた。それもそうだろう。なんせ200ゴールドは約2年分の給料に値する。そして、300ゴールドあればボロ家が建つ世の中だ。エレナが焦る気持ちは理解できる。
そんなエレナを安心させる為に、俺は作業着の胸ポケットから鉄製の札を取り出す。
「大丈夫だって、ちゃんと金庫に貯えはあるから」
「そうか、しっかりゴールドを貯金しているのなら、これ以上は言わないが」
金庫番。十人以上の人が暮らす街や村で設立が義務づけられている施設だ。
縦長の四角い建物で、スガラナ国から派遣された人がいるだけの施設なのだが、そこにいる魔術師にゴールドを預けると、スガラナ国にある大金庫にゴールドを貯金出来るシステムなのだ。
この鉄製の札には預けた者の名前と容姿、幾ら貯金されているかを記録する魔法が使われていて、金庫番をしている魔術師が札に触れると、宙に札に登録された情報が浮かび上がる仕組みになっている。
「兄上は幾ら貯金しているので?」
ウルスラが興味津々に聞いてくる。
「うん?親父の時から引き継いで貯めてたから、確か十万はあったかな?」
「じ、十万だか!?」
驚いたのはカルカラさんだけだった。
「うん。確かそれくらいはあった」
「そんなに蓄えがあるなら旅なんかせずに一生寝転がって暮らした方がええんじゃないだか?」
「ははは、まあ逆に言えばゴールドには困らないから旅ができる。みたいな所はありますよね」
笑って答えると、モノ屋さんも相槌笑いをしたきた。
「その通りですな旦那さま!金無し旅は苦労が絶えません。目的は存じ上げませぬが、何事も心にゆとりが出来るのは良いものですとも!」
そこまで言って「そう言えば」とモノ屋さんは、何かを思い出したかのように話を振ってきた。
「お客様方はビーナの群れに遭遇いたしませんでしたか?」
「ぶつかりましたけど、それがどうかしたんですか?」
「いえいえ、なに、昨日会った別のお客様が群れに轢かれて足や腕や胸辺りの骨を折られたと言っていたものでしてね。仲間の魔術師様が即治療していなければ亡くなっていた程の致命傷を負ったと聞きまして、お客様方が来られた方角が同じだったもので、大事には至らなかったのかと思った次第でございまして」
モノ屋さんの話を聞いてゾッとした。
何百キロと体重のあるビーナに複数回踏みつけられ、全身の骨が折れる感覚を想像すると血の気が引いて、俺が守らなければカルカラさんも同じ目にあっていたのかと思うと、あの時のウルスラの判断の早さに感謝するしかなかった。
感慨にふけながら、俺はモノ屋さんから追加で回復薬等を買った。
俺達の買い物が終わると、モノ屋さんは商品を一箇所にまとめ、袋の端同士を結んだ。
「ありがとうございました。それでは、あっしはそろそろ行かせていただきます」
ヒョイッと袋を持ち上げ、袋の動きからモノ屋さんは恐らくお辞儀をしてくれていた。
姿が小さい商人は、軽くなった袋を持ち、ぴょんぴょんと跳ねながら俺達が来た坂の方へと消えていった。
「沢山買いましたね兄上」
「旅を軽く考えてて、色々と準備不足だったからな。コレで身の回りの清潔さは保てるようになったから、食料が尽きる前に小さな町に着きたいな」
「オラも同意見だ。スガラナ国までまだまだ遠いし、町に着いたら食料もそうだが、移動手段も確保したいだね」
「急ぐ旅でもないのだし、アタシは時間のかかる旅のほうが嬉しいのだが」
「まあまあ、早く進んでも良いではありませんかお姉様。町から町への距離が短くなれば、宿に泊まる回数も増えるというもの」
「………………………理解した」
エレナは俺をじっと見つめ、真顔でウルスラの意見を『理解』していた。
「なんにせよ、モノ屋さんの話だと、ここから町まで一日はかかるみたいだし、早く坂を下りてキャンプの準備をしないか?」
俺が提案すると、エレナは耳をぴくっ!と強く立て「町まで…待てないか?」と上目遣いで聞いてきた。
「質問の意味はわからないって事にしておくが、とりあえずエレナは頭を冷やしておけよ?」
脳内がピンク色に染まったエレナは一旦放置する事にして、俺達は坂を下り始めた。
坂を下りて一時間ほど歩いて林を抜け、小川の近くにキャンプ場所を決め、俺とカルカラさんはキャンプ地で狩りの準備に取り掛かっていた。
「今日もワッピを狩りますか?」
「いや、今回はこれを使って貰うだ」
そう言ってカルカラさんは小さな弓と矢を渡してきた。
「コレでバルバを射貫いて貰うだ」
小川の向こう側にいるバルバを指差してカルカラさんは言う。
バルバ。四足歩行の動物。細い脚に蹄、丸まった胴体からほっそりした首が伸びていて、頭から枝の様な角を二本生やしている。
軽やかに地面を蹴って跳び、走りも速く、角を前にして突進する攻撃は非常に危険で、もし先端が尖っていたら身体を貫かれるだろうと言われるほど角は頑丈だ。
親父はバルバを『シカ』と呼んでいた。
「射貫けって…畑で見かけた時も直ぐに逃げるし、遠くから見るのがやっとだった相手なんですよアイツ。その上に俺は弓なんて使った事ないですよ」
「大丈夫だよ。これは弦に矢を番えて離せば勝手に飛んでいくだ」
「本当ですか?」
「やってみるだよ」
そんな事あるだろうかと考えるが、ものは試しと言うものだ。俺は渡されたショートボウを持ちエレナとウルスラに狩りに行ってくると告げて、腰を上げた。