モノ屋
「うぉぉぉぉぉぉ!一番!」
坂を登り切り、足を揃えてワイ字ポーズで勝ち名乗り。
「早いよカエデぇ。追いつけないや」
数秒遅れて隣に来たエレナは、汗を滴らせながら晴れ晴れとした爽快な笑顔を向けてくる。楽しさが勝っている時のエレナは子供っぽくなるのだが、そのあどけない笑顔に少なからずドキッとした。
(やばい。今更ながら恋を実感してる)
自分の発言に責任を取るために夫婦になったので、どこか友達以上恋人未満な気分があったのだが、やっぱりエレナは可愛い。
凛々しさを漂わせる眼差し。それとは対照的な小さい鼻と口の整い具合が、性格が変化しやすいクロム族の欠点を補うどころか、美人な大人の雰囲気と、明るく活発な子供らしさの両立を確かなものにしている。
そんな美顔から黒い体毛へと落ちる汗が日光を反射させ輝くその様は、まるでエレナの魅力が内側から薄く発光ししているように見せた。
料理の腕前はまだ知らないが、キャンプの準備なんかをしているくらいだし、そこそこ出来る方なのだろう。
(こんな魅力的な人を嫁にもらって罰は当たらないだろうか)
「どうしたのカエデ?さっきからアタシを凝視してるけど」
「あっ!いや」
後ろめたいことは無いのだが、突然見惚れていた相手から声をかけられて動揺してしまった。そんな俺を見てエレナは悪戯っ子ぽく笑い「もしかしてアタシに見惚れてた?」と聞いてくる。
ニヤニヤと笑い、顔を覗いてくる。
なんだかこの展開は不愉快だ…よし。
「そうだな。見惚れていた」
「ふぇ?」
「半分は責任感で結婚してたけど、改めてエレナが可愛くて美人で嫁になってくれて良かったって実感してた」
イジられたので、まくし立てて本音をぶつけてやると、エレナは顔を赤くして「ふ…ふ〜んそうかそうか」と頷き、口を真一門につぐんで俯き、顔を背けながら俺の上着の裾を掴んで、
「宿まで…我慢だからな…?」と言った。
(薄々感じていたが、エレナには直球で感情を伝えるのが一番効果あるが、その分おかしな方向にエレナの感情が傾く。多様は禁物だな)
しばらく、表現しがたい沈黙が流れた。
静かな風が吹き抜ける。そんな二人の甘ったるい空気感を打ち破る声が聞こえた。
「お熱いですな〜」
俺達以外の声がして肩が飛び上がる。しかし、辺りを見ても人影はない。
「ど、どちらさまですか!?」
俺は周囲を見渡しながら聞く。すると返事があった。
「こちらさまですよ〜」
「こちら?」
「さま?」
エレナと声のした方を向けば、そこには坂の頂上まで走ってきた理由であるオレンジ色の巨大な袋があった。
「………………なあカエデ」
「なに?」
「袋が喋ったのか?」
「まさかまさか」
じっと布袋を観察する。
大きさは四メートルはある。丸く何かを包んでいるその袋は、上で綺麗に結ばれている。
当然だが、今の所動く気配はない。
「あぁ!あっしが見えませんか。これはこれは失敬。こちらをお使いください」
声が再び聞こえたかと思えば、布袋がコロコロとその場で回転し、結び目が下まで来たかと思えば、袋がモゾモゾと内側から蠢き、結び目の隙間から何かが出てきた。
それは浮遊し俺達の足元までやってくる。
持ち手が棒状で、その先には円形のレンズが付いていた。
「それを持ってレンズを覗いてくださいませお客様」
「こ、こうか?」
言われたとおりに棒を持ち、レンズを覗く。すると、ぐいっと地面が近づいて見えた。
「なんだこれ!?」
「スガラナ国で最近作られた『視力倍増レンズ』でございます!レンズの縁を上下に回すと倍率が変わりましてございます!ちなみに、あっしは見えていますかね?」
「え………いやぁ、地面と草しか見えていないな」
「こっちでございますよ〜」
「こっちと言われても…」
俺はできるだけ声が聞こえる方を探すが、一向にそれらしい動いている者は見つからない。
そんな俺へ、エレナが横から地面を指さしてきた。
「なあ、カエデ。コイツじゃないか?」
「ん?どれどれ」
エレナの指先へレンズを動かして見てみれば、そこには小人がいた。
「あっしが見えてるでございますか?」
縦長い袖があるオレンジ色の着物を着た、赤い髪の人がそこにはいた。
驚くべきそのサイズは、なんとエレナの爪先よりも小さかった。
「あ!見えました!」
「おお!それはそれは、奥さまの視力がなければあっしは気づかれぬまま放置されていたでしょうな。ハッハッハ!」
糸目が更に細くなって笑っている。
「申し遅れました。あっしは旅の商人をしております『モノ屋』と申します」
「モノ屋さん…商人なんですね」
「ええ!旦那さま。あっしはカブタ族の者でして、見ての通り見てくれは小さいですが力はめっぽうありましてね?その特徴を活かして旅を行くお方の手助けをしております」
手揉みをしながら、モノ屋さんは小躍りを始めた。
「物と物を交換すれば、ゴールドと物も交換する。お客様に合わせた売り方を、ご満足頂けるラインナップで提供剳せて頂いております」
ペコリと頭を下げる。その時、着物の背に丸印の中に『モ』と書かれた文字が見えた。
「ご興味があれば、商品を見ていきませんか?」
モノ屋さんはオレンジの布袋を手で差しながら聞いてくる。
「長旅になるのだ。見ておこう」
エレナの意見に俺は賛成した。
「お願いします。モノ屋さん」
そう言うと、モノ屋さんは「がってんで」と頷いて、レンズからフッと消える。
「消えた」
「あっちだな」
エレナが布袋を指すと、結び目はハラリと解けて、様々な物が姿を現した。
「よくモノ屋さんが見えるなエレナ」
「視力には自身があるからな」
気づけば美人モードになってるエレナ。
そんな得意げなエレナと共に、商品へと近づいていく。
広げられた布に山となった様々な商品を品定めする。
「さあさあ、旅に便利な物を古今東西から取り揃えているモノ屋!気になる物は説明させていただきます!」
モノ屋さんの姿は確認できないが、声からおおよその方向はわかる。そんな店主をに質問をしようと口を開くと、そこへ後から来ていたウルスラとカルカラさんが追いついた。
「お待たせしました兄上!」
明るく八重歯を見せて到着を告げるウルスラの後ろで、カルカラさんが浮いていた。
「なんだか凄い事になってるだね」
布に広がった物へ顔を向けながら、両手足をだらりと垂らせているカルカラさん。
(凄い事になっているのはそちらでは)
そんな、まるでウルスラの守護霊のように浮遊するカルカラさんへ俺は聞く。
「カルカラさん。旅にコレがあれば便利だなって物はあります?」
旅の商人らしいんですよこの人。と言いながら見えないモノ屋さんを指差す。すると、カルカラさんはポケ〜と口を開けて「あ~」と考え、答えを口にした。
「食の方面は揃ってそうだから、発火袋があれば良いんじゃないだかね」
「発火袋?」
それはなんだろう。とそれっぽい物を探してみると、目の前に半透明な袋が幾つも置かれた。
「ありますぜ旦那さま!」
「コレがそうなんですか?」
俺は置かれた袋を持ち、二人に聞く。
「それだね」
「なんに使うんです?」
薄っすらと見える袋の中身。ほんのり明るい赤みを帯びた小石が幾つか入っている。
「これを小さな穴の空いた袋に入れて水を注ぐと、簡易的なシャワーとして使えるだ」
「シャワーだと!」
エレナが興奮気味に反応し、モノ屋さんから関心の声がした。
「旅に慣れていますねぇお客さま。この発火剤は外気に触れさせると燃え上がる程の熱を発生させるんですがね、水の中に入れてやればあら不思議!水中で浮かび、冷やされながら燃えるもんで、人がシャワーを浴びられる適温を長時間保てるんですよ!」
「へ〜便利ですね」
次は俺がモノ屋さんの説明に感心していると、舌打ちをされた。
「チッチッチッ。便利ですが問題もあります!そこら辺の袋だと発火剤が触れれば勿論焼けたり溶けてしまいます。そうなれば使用者はお湯と熱石を裸姿で浴びせられてしまう事故があるんですよ!」
「そうか、その石は水で冷やされて尚、熱を保ち続けているんですもんね。それは危険な話だ」
「しかししかして!このモノ屋は旅人の為の商店でございます!そういった悩みにお答えできる物がございます!」
自身有りげな声と共に、目の前に長い鉄棒がヒョイと置かれた。片方の先端からは三つの短く曲り尖った鉄棒が付いていて、もう片方の先端には、底に小さな穴が空いた大きな鉄製のバケツが付いていた。
「こちらは『旅先シャワーセット』でございまして、この尖った先端を地面に刺し固定した後に、吊るされているバケツに発火剤と水を入れればどこでも汗を洗い流す事が出来るのです!」
「おお!これなら毎回シャワーを浴びる度に固定する棒を探したりしなくていいし、発火剤が落ちてくる事はなくなりますね!」
「良いでしょう?仲良くなったドワフ族に頼んで作ってもらったモノ屋限定品でございますよ!こちらと発火剤をセットでお求めになって頂けるならお安く致します!」
「買います!ゴールドでは幾ら払えばいいですか?」
「まいどあり!ゴールドでなら九頂ければ四人で一カ月分の発火剤全てをおつけいたします!」
俺は麻袋からゴールドを九つ取り出して、商品を受け取りウルスラに渡した。
俺から物を受け取ったウルスラは、ディメンションゲートを開いて入れていく。
そんなウルスラは、訝しんだ顔をしてカルカラさんに耳打ちしていた。
「おい。兄上はあっさり場の雰囲気に流されて買っているが、正当な値段なのか?」
「ん?ん〜そだなぁ……旅先価格なら安い方だね」
「そうか、安いのか」
「んだ、安いだ」
カルカラは(まあ、四人で一カ月分って言って買わされてる量としては多すぎると思うだがね)と頷き、押し売りされているカエデを微笑ましく見ながら(コレも勉強だな)と楽しそうに買い物をしているカエデを見守っていた。