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休憩 それと遭遇

 草原にあった小高い丘を背に、俺達はキャンプを張る事にした。


 満天の星空。夜闇の静けさに、仄かに燃える焚き火が枯れ枝を焼く。

 エレナが用意した銀の串に、カルカラさんが捕らえたワッピの肉を刺して焼いていた。


 体長五十センチ、白いふわふわした体毛を纏い、後ろ足で立ってその後ろ足で跳ねて移動する動物、ワッピ。

 旅に慣れているカルカラさんの狩りは鮮やかで、そこらに生えていた草で輪っかを作り、ワッピの足を捕えて、身動きできなくなった所を小型ナイフで一刺しで仕留めた。その後の処理も滑らかで、肉を綺麗に捌いた。

 「ワッピは跳ねるだけの小動物だからな〜捕まえやすいのに美味しいだよ」

 そう言ってカルカラさんが、晩御飯の用意をしてくれたのだ。


 そんな旅慣れしているカルカラさんは兎も角、エレナの準備の良さには目を見張った。

 俺の家に嫁ぐつもりだったエレナは、自分ができる料理に必要な調理器具を一頻り実家から持ってきていた。

 更に、将来は二人でキャンプをするつもりだったとテントも準備していた。

 あの膨れ上がったリュックサック、あれにはどうやらエレナが考えていた俺との未来計画の夢が詰まっていたようだ。

 ちなみに、親父はワッピを『ウサギ』と呼んでいた。


 「ほら、あ〜ん」

 串を一つ取って、エレナは俺の口元に肉を運ぶ。

 「あ〜ん……うん、旨い」

 肉にかぶりつき、しっかり噛む。

 塩コショウのパンチの効いた香りに食欲をかき立てられる。

 ウルスラが自分のスキル『ディメンションゲート』から世界地図を出してくれて、これからのルートを決めていた。

 カルメン街からスガラナ国までには三つ、手描きで絵が描かれていた。


 「良いですか兄上。ココから北の方へ真っ直ぐ進むのが一番の近道ですが、途中にある雪山には雪の巨人と呼ばれる『イエティ』が縄張りを作っています」

 指を舐めて、人差し指で雪山に『キケン』と書くウルスラ。

 「危険なのか?」

 「イエティは力だけなら兄上の相手ではありません。しかし、無闇に生物を倒すのはいただけません。話が通じる相手でもないですし、我々には防寒装備もありませんので避けるのが良いでしょう」

 「そうだな。行くにしても温かな服を用意するべきだ」


 次に、ウルスラは雪山の右にある地面に埋まった骨の絵を指差す。

 「次にココから東寄りのルート。こちらは獣の墓地です」

 「動物達の墓場があるのか」

 「墓地と言っても丁寧に埋められてるわけではありません。この周囲にはドラゴンの住処があるので、ココを通った獣達がドラゴンの餌となり、その骨が積み上がり獣の墓場と呼ばれています」

 「ほうほう、ドラゴンか」

 「というわけですので、ドラゴンと戦うのは面倒なので避けましょう」

 ウルスラが地図に火を噴くドラゴンを描き加えた。


 「ならば、我々は残りの西側のルートを進むのだな」

 蚊帳の外になって暇をしていたエレナが俺の頭に被さってきた。

 「そうですね。西側は人の往来もある大通りですので、安定した旅をしつつスガラナ国を目指すのならばこちらでしょう」

 建物が数件描かれた場所に、ウルスラは丸を描いた。

 「ただですね、もしかしたらこちらのルートも危険な可能性はあります」

 「安定はこっちって言ったばかりだろ?」

 「はい。あくまで可能性の話なのですが」

 ワッピの皮で布団を作っていたカルカラさんが口を挟んできた。

 「お昼に遭遇したビーナの群れだね」

 カルカラさんの言葉にウルスラは頷く。

 「どういうことだ?」

 エレナと二人して首を傾げた。

 不思議に思う俺達に笑顔を向けてカルカラさんは説明をし始めた。

 「本来ビーナが群れで移動するのはもっと後の季節なんだよ。それに、移動する時はあんなに荒れていない、もっと静かな歩きになるだよ」

 「つまり……俺たちが行こうとしている西のルートも、ビーナ共が季節外れの移動をしなきゃいけない何かが起こっているってことで合ってます?」

 「そういうことだ。ま、ドラゴンと戦ったり雪山を突っ切るよりリスクなある事なんて起きないだろうから。気をつける程度の気持ちで大丈夫だと思うだよ」

 そう言うとカルカラさんは立ち上がり、こちらに背を向けた。

 「どこか行くんですか?」

 「寝場所に向かうだよ。オラ、高い所じゃないと落ち着かないだ」

 照れたように頬を指でかいて、二ヘラと緩い笑顔でそう言い、「それじゃ」と手を振って闇夜に消えていった。

 すると今度はウルスラが立ち上がり、「では私も失礼します」と行儀良く俺に頭を下げてきた。

 「お前も寝床探し?」

 「いえ!私は父と母に報告がありますので、それではまた日が昇りましたらお会いしましょう!」

 かかとを揃えて敬礼をしたウルスラは、右掌にディメンションゲートを出現させて地図をしまい、闇夜へ消えた。



 パチパチと焚き火が燃える。

 だだっ広い草原は見通しが良く、地平線の向こうまで星空がある。

 まるで星空に包まれた箱の中にいるようだ。

 夜の静けさを満喫していると、右頬が突かれた。

 「なあカエデ」

 俺の頭に腕を乗せて、エレナが聞いてくる。

 「ん?」

 「はっきり言って、あの二人の事はどう思う?」

 「どうって……女性として?」

 「そんな訳ないだろ。旅をする仲間として信用できるのか、という意味だ」

 「だよね」

 おどけたように笑い、エレナの質問の意図を真剣に考える。

 「………正直、ちょっと不安な所はあるかなって感じだな。なんで旅をしていたかは分からないけど、カルカラさんは俺の畑で雇ってくれと言ってきたのに、いざ自由に畑を使えるようになりましたって状況で俺達の旅についてくるって言ったのは、なんでだろうなぁって思う」

 「やはり、変だよな」

 「うん、まあ…カルカラさんがただ親切な人ってだけだと思いたいけどね」

 俺の言葉に「同感だ」と呟いて、エレナは続けて口を開く。

 「ウルスラはどうだ?」

 「あれは、よくわからんってのが一番」

 「ははは、確かによくわからん。本当にカエデの妹なのだろうか?」

 「確かめようがないからなぁ。でも、俺やお前が知らない事である『スキル』に関してペラペラと喋っていたし、少なくとも親父や転生者について何かは知ってる人物ってことだ」

 「そう考えているのか」

 「怪しいは怪しいけど、疑う材料もないから二人からの善意は真っ向から貰うことにしてる」

 「それがいいな。一番角が立たずに旅ができるし」

 無意識なのか、俺の頬を撫でるエレナの掌を握り、告げる。

 「そういう意味じゃ、お前が一番安心して背中を預けられる人物だな」

 「…急に手を握るな。照れるじゃないか」

 「ごめんな…。情けない話、俺はビーナの群れを前にした時、本気で死を感じてな。ちょっと……まだ怖いんだ」

 本当に情けない話だ。

 結果的に無傷だったとはいえ、自分の倍はある動物が目の前まて迫り、あの時俺は恐怖していた。

 静寂とした夜が、その恐怖を思い出させていたのだ。

 エレナの手を握り、血の流れを感じて、自分が生きてることを確かめずにはいられなかった。

 「まったく。先が思いやられる旦那だな」

 首に腕を回して、エレナが後ろから抱いてきた。

 「ごめんな」

 「いいさ、子供の時からアタシが泣き止むまで一緒にいてくれたんだ。弱い部分も見せてもらわないと腹が立つ」

 「はは、なんだよそれ。強い部分なんか見せた覚えはないぞ」

 「お前がそう思ってるだけだ」

 「そんなもんか?」

 「そんなもんだ」

 小さな火花を飛ばす焚き火。

 背後から伝わるぬくもり。

 一人で暗がりに怯えなくていいなんて、俺は幸せ者なんだと実感した。

 エレナが、俺を強く抱いた。

 「すぅ……はぁ……いいわぁ…これこれ……」

 この匂いを吸う癖がなければ完璧なんだけどなぁ。




 翌朝、目を覚ますとテントのファスナーを開く。

 太陽が差し込み、眠気が少しずつ薄れていく。

 靴を履き、丘の近くにある予め発見しておいた小川に向かい顔を洗う。肌を刺す水の冷たさが残りの眠気を洗い流した。

 穏やかな風が吹き通り草木がざわめく。

 その心地よさに自分が今、旅をしているのだと実感が湧いてくる。

 「カエデ、忘れ物だ」

 タオルが頭にかけられた。

 「ありがとう」

 渡されたタオルで顔を拭き、息を吐く。

 すると、そのタオルが手元から取られる。

 「さっき二人が戻ってきた。朝ご飯を食べたら出発するぞ」

 自分も顔を洗い、俺から取ったタオルで顔を拭いた。

 「人が拭いたタオルで顔を拭くなよ」

 「何を言っているんだカエデ。旅をしている我々は洗濯なんて難しいだろ?タオルの使い回しなんて当たり前だろう」

 アタシ達は夫婦だろ?と付け加えて自然な動きで顔を拭き続ける。

 それもそうかと納得して、それ以上は言及しなかった。



 キャンプ地に戻ると、カルカラさんとウルスラがテントの片付けをしていた。

 「えっと…ここを、外すだか?」

 「それで合っているかと、はい、合っているとは思います」

 二人はテントの片付けに苦戦しているようだ。骨組みを二人で引っ張り、なんとかして解体を頑張っている。

 「おはようカルカラさん、ウルスラ」

 「あ、おはようだ」

 「おはようございます。兄上ぇぇ!!」

 ウルスラの振り向きざまに二人が引っ張っていた骨組みがスポッと抜け、二人はバランスを崩し、ウルスラは地面に倒れた。

 「大丈夫か?」

 「ええ!平気です!」

 見事にずっこけたウルスラが元気に顔を上げると、鼻血を流していた。

 「平気って、鼻血流してるぞ」

 ハンカチを作業着のポケットから取り出して鼻血を拭き取り鼻に当て続ける。

 「ほら、止まるまでこれ使え」

 「うぁ…あにうえ、めんもくないです」

 こもった鼻声で謝罪をしながら、どこか嬉しそうな顔をするウルスラ。

 「気にすんな、兄妹だろ」

 「うぇへへ、そうでふね」

 そう言って緩んだ表情をするウルスラを見ていると、子供の相手をしている不思議な気分になる。

 鼻血を出したウルスラは休ませて、カルカラさんと二人でテントを解体した。




 エレナが洗顔から帰ってきたので、荷物を整えて出発した。

 キャンプをしていた地点から西へ進んでいくと、舗装された土の道があった。ビーナの群れから逃げていなければ、カルメン街から真っ直ぐこの道を歩けていたとウルスラは言っていた。


 道中、俺はウルスラとスキルについて話をしていた。

 俺が今使えるスキル、ワープガードとフロントバリア。

 それぞれの使い方は簡単なものだった。

 ワープガードは、誰かを視界に入れた状態で発動する事ができ、発動すると対象の前にワープできるスキル。要は誰かの前に立って盾になるスキルだ。

 フロントバリアはもっと簡単に発動でき、腕を体の前で交差させると発動する。発動すると俺を中心に半円形の透明なバリアが俺の前に展開される。透明とは言ったが、よく見ればそこにあるなぁって認識できた。

 そして、ウルスラ曰くスキルの発動は、スキルを意識するだけで使えるとのことで、実際に歩きながら試してみると、頭で意識しただけで両方とも発動した。

 スキルの使い方はわかった。

 後は、ワープの射程とバリアの硬さが如何ほどかという問題だな。




 そうやってスキルについて話し合いをしながら道を進んでいると途中坂になっていた。

 「この坂を越えれば小さな町があるはずですね」

 先頭を歩くウルスラが迷いなく進むので、俺達も続く。

 坂はそれほど傾斜は激しくない緩やかな角度だった。

 半分ほど坂を登った時である。視線の先に違和感が現れ足を止めた。

 「どうしただ?」

 後ろを歩いているカルカラさんはまだ気づいていないようだが、じきにわかるだろう。袋が歩いているのだ。

 坂の向こうから少し全容を現していく丸いオレンジの布袋は、太陽が昇っているのかと想わせるサイズ感だ。

 袋は浮いていた。明らかに誰かが背負っているように左右へリズミカルに揺れているのだが、その人物は見当たらない。

 坂を登りきった袋は、モゾモゾと横を向くと地面に吸い寄せられ、小さく重い振動を地面に伝えた。

 「なんでしょうかあれは?」

 先頭のウルスラがパーティーの総意を述べてくれた。

 「何って、オラには袋が独りでに浮いて地面に降りたようにしか見えないだ」

 「そうですよね。どうしますか兄上」

 こちらを向き俺に判断を仰ぐウルスラ。

 「そんなの決まってるだろ」

 「そうだなカエデ」

 俺が言い切る前にエレナが横に来て、俺の顔を見ながら得意げな顔をする。

 流石エレナ。言わずともわかったか。

 ニカッと歯を出して笑い合う。

 「あんな面白そうな物!」

 「行って確かめるしかないよね!」

 「「はーーーしれーーーー!」」

 俺達は袋目指して駆け出した。


 先に走り出した二人の背中を見つめる残された二人。

 カルカラは呆れ半分微笑ましさ半分と言った笑いをこぼした。

 「はは、あんなに子供みたいに元気なのは良いことだな」

 そう呟くカルカラは、疲れがあるのか気分が乗らないのか歩幅が狭く進行はゆっくりであった。

 後で合流すれば良いかと本人もだらけた歩きを見せていたら、不意に身体が浮いた。

 「うわ!」

 パーティーの先頭を歩いていたウルスラがカルカラへ手を伸ばしていた。その手は淡く紫色に発光している。

 「兄上を待たせるな。運んでやるからさっさと行くぞ」

 冷酷な視線を向けるウルスラ。まるで、親の仇を見ているような冷えた態度。

 そんな彼女の変化に戸惑う様子もなくカルカラは緩い笑顔をする。

 「この浮かせてるのもスキルの一つだか?助かるだ」

 お礼をすると、ウルスラは「フン」と素っ気ない返事をして前を向き歩き始めた。

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