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契約を切られたので旅に出ます

 ガストン区で野菜を配ろうと集合住宅の扉をノックして回る俺。

 しかし、ココらの住人は扉を開けて顔こそ見せてくれるのだが「野菜要りませんか?」と後ろある手押し車を指差して聞くのだが、皆、必ず口を揃えて「要らないよ」と短く断ってくる。

 結局俺は一つとして渡せず、ガストン区の広場にある噴水に腰掛けていた。


 赤茶色の髪をかき上げて、首にかけていたタオルで額の汗を拭うカエデ。

 百八十センチ程の身長。細いが引き締まった身体は頼りなく見えるが、毎日何百キロとある野菜を乗せて手押し車を押しているカエデは街でも一番の腕っぷしなのである。


 「さて、まだまだ残っちゃってるなぁ」

 捨てるのは勿体ないし、自分でも食べるは食べるが、この量は困る。

 何故ココの人達は受け取ってくれないのだろうか…。これでも品質には自信があるんだが。

 ため息をしていると、手押し車の方から咀嚼音がしてきた。


 「はぶ、シャク、ん~~、美味いだ!」

 そちらの方を見てみれば、フードを被った何者かが手押し車に乗っていた。

 120センチくらいの灰緑色のフードを被った者は俺に背を向けて、裾の隙間から爬虫類のような太く先が尖った尻尾が生えていた。

 「へいゆー、ちょっちいいかな?」

 気軽に声をかけると、フードの者は振り返り顔を現した。

 「へ!?は、はい。なんだすか?」

 横丸の顔。縦長の瞳は琥珀色に輝き、ぽっかりと開いた口は赤いトマトの汁を滴らせて短い牙を覗かしている。

 赤緑色のヒビに見える模様の皮膚はこれまた爬虫類を想わせる鱗じみた質感だ。


 「俺の作った野菜は美味いか?」

 「はいだ!瑞々しくて食べ応えもあって!今まで食べた中で一番美味しいだ!」

 「そっか、そりゃよかった」

 「あんたが皆に配ろうとしてたのを聞いてたもんで、オラぁ腹減ってたから助かっただよ」

 屈託のない笑顔を向けてくれる爬虫類の子供。

 野菜を持つ手は指が細長く、カギヅメがある。

 様々な特徴を考えるに、この子はフィス族の子だろう。

 この子、皆に〜って言ってたからもしかしてココの住人かな?

 「なぁ、君ってこのガストン区に住んでるのかな?」

 「オラか?オラはここに昨日来たばっかりだから住んでるとは言えないだね」

 昨日かぁ。

 「そっか…それなら、ココの人達が野菜貰ってくれない理由聞いても仕方ないな」

 「え、ああ。それはわかるだよ」

 「本当か!?」

 フィス族の子はニコっと笑って頷く。

 「美味しすぎるからだと思うだね」

 「美味しすぎるから?」

 どういうことだ?

 「んだ、ココの人らは皆必死に節約しながら質素な物を食べてるから、こんなに美味いもんを覚えちゃったら普段食べてる物がカスカスに感じるだろうからなぁ」

 「え?そんな理由?」

 「まあ後、初めてここに来る裕福な層の人から物を貰うなんて、裏があるかもって疑っちまうだろうから、受け取らないだよ」

 「そっか……無いんだけどなぁ、裏なんて」

 「仕方ないだ。一日彷徨っただけのオラでもそう理解できるくらいだ。皆手を差し伸べてくれる人が今まで居なかったものだから、優しい人が怖いだよ」

 寂しそうな顔をしながら野菜を齧るフィス族の子。

 なんだか、この街で暮らしていた俺には理解できてしまう話だけに、悲しくなってしまった。



 「けぷ。美味かっただ!」

 「お粗末様でした」

 満足げに腹を擦りながら、手押し車に腰掛けて、ぷらぷらと足を揺らすフィス族の子。

 空を眺めて、二人で静かに過ごす空間。

 そろそろ帰ろうかと腰を上げようとしたら、止められた。

 「なあなあ」

 「ん?」

 「こんなに美味いもんをタダで配ってるってさ、あんたかなりの金持ちか?」

 「いや、そういうわけじゃないけど、何か気になる事でもある?」

 「オラを雇ってもらえないだかね?」

 「雇うって………俺の畑でか?」

 「んだ!お金持ちじゃないなら、この野菜を貰えるだけで良いからさ!」

 雇う……雇うか。まあ、良いか。

 「野菜でいいなら、来るか?」

 俺の返事を聞いて、フィス族の子はにっこりと笑った。

 「はいだ!」




 フィス族の人。カルカラさんを乗せて手押し車を押しながら、俺は街の端にある自分の家まで歩いていく。

 道中。自己紹介をして、子供容姿のカルカラさんが、俺より年上だと言うことがわかった。

 整備された街の道が途切れ、ただ土の地面を固めて平らにした道になる。

 俺の家はカルメンの街にあることにはあるが、大農園を所有していることもあり、街の外側にある小屋に住ませて貰っているのだ。


 木製の小さな小屋、小屋の横には屋根があり、そこに薪を束にして積み重ねている。

 手押し車を屋根の下に停めた。

 「ここがあんたの家だか?」

 ピョンと手押し車から降りて、こちらを見てくるカルカラさん。

 「そ。そんでこっちが畑ですな」

 俺はカルカラさんを手招きしながら、茂みを掻き分けて小屋の裏を進んでいく。


 木々の間を通り、しばらく歩くと視界が拓ける。


 広い空が見える。

 道は途切れ、足元は崖。


 俺はその崖の下を指差す。


 「ここから見える景色、その全てに映って見える畑が全部俺の畑」


 眼前に広がる、森にも見える広さの畑。

 なんでも、俺の親が何千キロとある山を全て平らにして、たった一人で開拓したらしい。

 「ひ、広いだねぇ…!」

 カルカラさんは開いた口が塞がらず、身を屈めて乗り出し、一面に広がる畑に心奪われている。

 「俺の親が、神様から物凄い力を授けられた人らしくて一人でこの広さを開拓したらしいんですよ。なんて言ってたけな…チートスキル?とか言ってたっけな」

 「なんだそれ?」

 「さあ、よくわかりませんね」

 親の事は詳しく知らなかったけど、まあ筋骨隆々だったし、ようは凄い力持ちだったって事だろうな。

 「なあなあ、そんなごとよりも、あんたこの広さの畑を全部毎日管理してたんだか?」

 「毎日って言えば毎日だなぁ。収穫できる時季ごとに分けて管理して、今日はココ、明日はココ、てな要領で収穫してたんだよ」

 「凄いんだなぁあんた」

 「子供の頃から親の手伝いをしていたもので、慣れたもんですよ。お陰さまでインナーマッスルが鍛えられたぜ!なんて…」


 笑みを零しながら広大な畑を見下ろして、体育座りをする。

 「でも、それも終わりになるのかな」

 「なんでた?飽きただか?」

 俺の隣にちょこんと膝を抱えて座り、覗き込んでくるカルカラさん。

 「いや、こいつらを買ってくれる人がいなくなったからさ、自分で食べる分ならこんなに広い畑は必要ない。それなら今までどおりの手間をかける理由がないからなぁ」

 夕日を眺め、黄昏るカエデ。

 その瞳は畑と共に育った過去の自分に向けられていた。


 親が残した、セブルガム家の為だけに耕されたと言ってもいい広大な畑。

 もう十二年は守ってきたが、契約を切られたのならこんなに広い土地は無駄になる。

 街の皆の為にずっと作り続けてタダで野菜を配るほどのお人好しでもないし、このままカルカラさんと一緒に隠居でもしようかな。


 初めての従業員をまじまじと観察しながら黄昏ていると、背後でドサッと何かが落ちる音がした。

 振り返ってみれば、何やらパンパンに膨れ上がった肌色のリュックを足元に落としたエレナがそこにいた。

 「エレナじゃんか。なんでここに」

 「…ざけ…な……ふざけんな…」

 焦点の定まらない目を見開き、何か呟いている。

 「え?」

 「ふざけんなぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 そして、激昂しながら俺に飛びかかってきた。

 大きく突き出された手で両肩を捕らえられ、地面に倒される。

 小石が後頭部に激突する衝撃のあと、今度は胸ぐらを掴まれて強制的に起こされる。

 ぐらぐらと揺れる脳みそ。思考が一切追いつかない。

 「カエデ!お前ぇ!一緒に暮らそうなんて甘ったるい告白しておいて!別の女と崖際で見つめ合っているとはどういう了見だカエデこらァ!」

 目尻に涙を溜め、鬼の形相で俺を問い詰めるエレナ。

 「ごふっ、エ、エレナ…一緒に暮らそうなんて俺言ってないだろ…?」

 「なっ!…きさまぁ!そうやってアタシを誑かして笑い者にする気だったんだな!アタシは!アタシは。………アタシはぁ……ひぐっ…うわぁぁぁぁ……!うぐっ…えぐっ……」

 俺の言葉に歯軋りをして睨みつけてきていたエレナは、次は泣きだしてしまう。

 「おいおい…なんだってんだよお前」

 「あってぇ……!言っだんだもん…!さっきカエデが『俺の所に来い』って…!結婚の約束じでぐれだんだもん!」

 「結婚の約束?………あっ!あれか!」

 なるほど、俺は確かにさっき言った。

 俺の所に来いと。

 そうか……エレナはそういう意味で受け取ってしまったのか…。


 友人としてしか見ていなかったカエデにとって、この勘違いは誤算であった。

 しかし、流石に女っ気のなかったカエデでも気づく。エレナは恋愛対象としてこっちを見ていたのだと。

 そうなってくると、カエデは自分の言葉がどれほど彼女に勘違いを与えて、期待させて、そして傷つけてしまったか、今理解した。


 (む、むぅ……今でも友達って感覚は抜けないけど、ここで知らんと言い張るのは男としてできない!)

 カエデは、覚悟を決めた。


 泣きじゃくるエレナの頭を強く抱き、優しく撫でて落ち着かせる。

 「エレナ。落ち着いて聞いてくれ」

 「ひぐっ…ぐす……うくっ……」

 「まず、この人は従業員のカルカラさんだ。給料は野菜で良いと言うからさっき雇った」

 口を真一門につぐんだエレナは、俺を見上げて、カルカラさんの方へと顔を向けた。

 カルカラさんは戸惑いながらも必死に頭を上下していた。

 「それで、お前に言った俺の所に来いってのは、いつでも匂いを嗅ぎたくなったら俺の所に来ていいって意味で言ったんだ」

 「えぐっ……それじゃぁ…うぅぅ……」

 「でもな、お前がその……お付き合いする為の告白だと受け取ったのなら、それは誤解するような発言をした俺の責任だ。だから…」

 「……だから?」

 「だから、そのだな……」

 言葉を考え、選び、覚悟を決めて俺は親指を立てて宣言する。

 「今から、俺とお前は恋人だ!」

 真っ直ぐエレナを見つめて言い切る。潤む瞳が見つめ返してくる。

 「ほんとか?」

 「二言はない!男だから!」

 ニカッ!と笑って断言する。

 俺からエレナは目線をずらして、しばらく俺のシャツを見つめて、胸の辺りをカリカリと引っ掻いてくる。

 青黒い瞳は目の中を何度も左右に往復し、小さく開かれた口は、あぅ、うぅ、と言葉にならない言葉を発している。

 もしかして、感情が入り乱れて制御できていないのだろうか?

 俺はエレナから少し離れて、大の字に身体を構えた。

 「エレナ!」

 「あぁ、あぅぅ?」

 「おいで!」

 パッと明るくなったエレナは、一足飛びで抱きついてきた。

 それをしっかりと抱きとめて、片足を軸にくるくると回る。

 「俺の事好きか!?エレナ!」

 「好きぃぃぃ!エレナ!カエデ大好き!」

 「そうかそうか!気づいてやれなくてすまなかったな!」

 「別にいい!もう好きだって伝えれたからそれでいいもん!」

 「エレナー!」

 「カエデー!」

 崖に落ちないように気をつけながらも、幸せに踊る俺とエレナ。

 そんな俺達をじっと見ながら、カルカラさんはつぶやいた。

 「なんだか……情緒もない台風みたいな告白だっただなぁ」






 暫く踊りを堪能したエレナは落ち着きを取り戻したので、今後について話す為に俺達三人は小屋の方へと向かっていた。

 「カルカラさん。急に済まなかったな、私はどうも感情のコントロールが難しいものでな、荷物も持ってもらって」

 俺の腕を抱きながら、リュックサックを背負ってくれているカルカラさんに謝罪するエレナ。

 カルカラさんは柔らかく笑って横に手を振る。

 「なんも謝られることはないだよ。エレナさんはクロム族だな?あんたらの種族は気分がコロコロ変わる人らだもんな」

 「あ、カルカラさんもクロム族の事は知ってるんだ」

 「あちこち旅してただからなぁ、色んな種族と会ったでよ、クロム族は一度気に入った匂いの者を見つけると種族の壁関係なく一途に恋をする種族だもんな?」

 ニヤニヤ笑いながらカルカラさんは言う。

 「そうなの?」

 初耳だった。

 「そうだが?」

 さも当然と答えるエレナ。

 「女性の比率が大きいもんで、種族内だけだと男性の取り合いになるからそうなったんじゃねぇかって話だ」

 「カルカラさん。物知りですね」

 「歴史が好きでね、色んな土地行って色んなモンと話してたら付いただけの知識だ」

 なんでもないように話すが、人との会話を知識として昇華できるのは凄いことなのではないだろうか。


 俺はエレナの事、クロム族の事を知ってるつもりだったたけど、まだまたま知らない事が次から次へと出てきて驚いた。


 旅をして知識を付けてきた、か。



 茂みを越えて小屋まで戻って来た頃には日は殆ど沈み、星々が顔を見せ始めていた。

 「さて、家に着きましたけども」

 薪を取り、中へ入ろうとしたが、エレナに呼び止められた。

 「なあカエデ。なんだかあっちの方光っていないか?」

 指差す方を見れば、確かに木々の隙間から白色の光が漏れている。

 「な、なんだ?オバケだか?」

 「………あっちって」

 光の方向に有る物を思い浮かべ、俺はそちらへと歩いた。


 光の方へと近づいていく。

 輝きは強まり、近づいているのだとわかる。


 (この光の先にあるのって…親父の墓だよな?)

 カエデは記憶を頼りに前へと進んでいく。

 数分歩くと、カエデの記憶通りの墓石が一つ建てられていた。

 縦長の長方形の石に名前を彫っただけの簡単な親父の墓。それが正しく黄金のように光っていた。


 「ここは…墓場か?」

 「一つしかないから、墓場って言っていいかわからないけどな」

 軽く冗談を言い、光の元である墓石に近づく。

 俺が目の前まで来ると、光は墓石から分離し、空中で縦横に伸縮し、やがて人の形を成す。

 筋骨隆々の全身に、オールバックの髪型。

 俺より少し身長の高い2メートル超えの身体。

 右手を軽く上げてそれは口を開いた。

 「よお!カエデ!」

 この声、間違いない。親父だ。

 「親父!?マジで親父!?どうしたの!?どうなってんのこれ!」

 疑問をまくし立てる俺に、並びの良い歯を見せて親父は笑う。

 「はっはっは!父さんは神様にチートスキルを授けられたって言ってただろ?これはその内の一つの霊魂顕現と言ってな!死後好きな時に天界から自分の霊体分身を現世に顕現させて、生者と会話をできるようにするスキルなんだ!」

 「すげぇや!そのスキルってのはよくわかんないけどすげぇや!」

 「そうだろそうだろぉ!」

 はーはっはっはっ!と上半身を反らせながら豪快に高笑いする親父の霊魂。

 俺はこういう親父のよくわからん魔法をいっぱい見てきたから大丈夫だったけど、後ろにいた二人は理解できていない様子だった。


 一頻り笑った親父は、思い出したかのように話を始めた。

 「おっとと、父さんな、これを自慢する為にわざわざスキルを発動したんじゃないんだぞ?お前に言いたいことが出来たんだ!」

 空中にイエース!という文字を出現させて指差してくる親父。

 「お前な、セブルガムさんから契約破棄を言い渡されただろ!」

 「あ、そのことをもう知ってるんだ!すげぇな!」

 「勿論だ!父さんは全てを見通すイーグルアイをアクティブ発動してるからなぁ!天界から全て見ていたさ!はーっはっはっはっ!…じゃなくてだ。それで、どうせお前の事だから、もうあの土地の殆どは使わなくなったから小規模にしよう…とか考えてただろ?」

 「おお!ずばりその通りだよ親父!それもスキルってやつの効果なのか?」

 「なになになになに!父さんは父さんだからな!スキルなんて無くてもそれくらいはお見通しってわけだ!はーっはっはっはっはっはっ!…じゃなくてだなカエデ。あの土地は広いままにしておいて欲しいんだ」

 「え?あの広さをそのままにすんの?」

 「ああ。そして、お前があの畑を管理する必要を無くす」

 「どういうこと?」

 ずいっと上半身を屈めてきた親父は、ビシッと親指を立てて言った。

 「お前は、旅に出ろ!」

 「え?」

 「旅に出ろ!」

 「聞こえてるよ親父」

 「そうか、ならもう言うことはない」

 親父の霊は、頷く。

 「いやいや、どういう事だよ」

 「ん?つまりだな。お前は自由にして良いってことさ!」

 「話を飛躍しすぎ、噛み砕いて!」

 「遡ります」

 「お願い」

 親父の霊は、墓の前に降りてあぐらをかいた。


 「カエデ。お前は俺が残したあの馬鹿みたいに広い畑をずっと一人で管理して維持してくれてただろ?」

 「まあ、契約もあったしね」

 「そう、俺は神様との約束もあり長生きは出来なかった。殆ど自己満足の為に開拓した土地をお前は見事に管理し、何年もその管理する事に縛られていた。父さんは死んだ後もずっとその事を謝りたくて、申し訳なかったんだ」

 霊体だからか、一瞬親父が一回りしぼんで見えた。

 「だが!もう契約は無くなり!お前はあの畑を管理するという呪縛から解放された!さあ世界へ羽ばたけ息子よ!お前を縛るものはなにもない!職を失ったなら旅に出ろ!身軽になった今、お前は最強無敵だ!」

 「要は、無理に畑の管理もしなくて良くなったんだから好きにしろ、と?」

 「そうです。はい」

 また一回りしぼんだ。


 俺は顎に手を当てて、何故親父がこのタイミングで復活したのか考え、理解できた。

 「なあ親父」

 「なんだい?」

 「俺さ、ずっと楽しかったんだぜ?」

 「……え?どうした急に」

 「親父が耕した畑、最初は広げすぎだろ!馬鹿かよ!って愚痴言いながら仕事をやってたけどさ、親父が残した野菜の生育ノートを見たり、自分でも試行錯誤をしたり、上手くいったり腐らせたり弾けさせたり爆発させたり、全部が全部完璧じゃなかったけどさ、親父のやりたかった事を引き継げて、改良して、悪戦苦闘して、ずっと楽しかったんだ」

 「カエデ…」

 「だからさ、俺を思ってくれてる気持ちはすっげぇ嬉しいけど、そんな呪縛だとか縛りだとか、悪いように言ってくれるなよ。な?」

 「カエデ……カエデェ!」

 親父は男泣きをしだした。

 「うおぉぉぉぉぉ!そうか!そうだよな!父さんはずっと押しつけて悪かったって思ってたけど、違うよな!すまんカエデ!」

 「良いよ別に、謝んなって」

 「ありがとう!ありがとうカエデ!」

 夜空を仰ぎ、感涙する親父の霊。



 親父が泣き止んだので、残りの疑問を投げかける。

 「そんで?あの畑を広いままにしておいて欲しいって言ったけど、俺には旅立たせたいんだろ?どうするのさ」

 ティッシュで鼻をかみながら、親父は答える。

 「ああそれな。あの畑はガストン区の人たちに寄付するんだ」

 「あそこの人達にか。まあ俺と親父のノートもあるし管理は出来るだろうけど、問題は来てくれるかどうかだろ」

 「そこは問題ない!」

 鼻をかんだティッシュを丸めてゴミ箱に投げた。

 「母さんがガストン区の皆の夢に現れて、お告げとして伝えるからな」

 ……ん?

 「母さんが?なんだって?」

 「夢でお告げをするんだ」

 「出来るの?」

 「出来るのって…母さんは神様なんだから当たり前じゃないか!はーはっはっはっ!」

 母さんが神様?


 親父の発言に、ずっと事態が飲み込めず正座して俺達の会話を聞いていたエレナとカルカラさんからも困惑の声が漏れる。

 「なあ、母さんが神様って、それはこん人の母親が神様って事だか?」

 「そ、そうなる、な?」

 「神様って、女神ウルメア様の事だね?」

 「そうなる、な」

 「どういう事だ?」

 「わからん」

 二人の反応で、高笑いしていた親父は固まった。

 そして、神妙な面持ちで俺を見て

 「今のは、あれだ、冗談だから」

 と、焦った表情になって言う。



 俺達三人に問い詰められた親父は、正座をして語りだした。

 「父さんな、転生者ってやつなんだよ」

 「別世界で亡くなった人が新しい命を貰って来るってやつか。図書館でそんな内容を読んだ事ある」

 「そうだ。そんでこの世界を救うために色んな強い能力を授かって、この身一つで父さんは世界を救ったんだ」

 親父の話を聞いて、エレナがハッとしゃべりだした。

 「身体一つで世界を…五十年前に魔族を滅ぼしたマルクト様の話と一致しますわね」

 カルカラさんがエレナの言葉に続ける。

 「それならオラも知ってるだ。見たこともない魔法を駆使して誰も寄せ付けなかった最強の格闘家の話だな……話をまとめると」

 「父さんがそのマルクト…ってことか?」

 親父は頷いた。

 「そうだ。父さんはこっちに来たばっかりの頃に無双しまくってな、世界を救ったのは良いんだけど、英雄として崇められ過ぎて逆に人として扱われなくなったんだ。それに嫌気が差して、天界に行って神様にぐちぐちと文句を言ったり、クレナイ・マツナガと名前を変えてカルメンの街にたまに降りては山に八つ当たりして平らにしたり、そうやって天界と現世で暮らしている内に、その、な!」

 「…………俺が産まれた、と」

 親父は頷いた。

 「凄い話だな」

 「オラもこんな話は初めて聞いただ」

 親父からずっと聞かされなかった母親の存在。

 なるほどな、母親が神様ですなんて言われても普段なら信じられない。

 親父は咳払いをして話を続ける。

 「とりあえずだ!母さん、ああいや神様がガストン区の人達にお告げをするから、あの畑はどうにかなる!だからお前は旅に…いや、好きにしろ!」

 「……わかったよ」

 振り返って、皆を見る。

 「三人で話し合ってみる」



 親父の墓前であぐらをかき、三人で向き合って話す。

 「とりあえず。俺は旅に出ようと思う」

 結論から話す。

 エレナはあぐらをかいて、目を閉じながら腕組みをして俺の言葉に耳を傾けている。

 「ガストン区の人達が畑を管理してくれるっていうなら、一緒に畑を管理して細々と自給自足をするのも良いけどさ、ゴールドの貯金も有るし、カルカラさんの話を聞いてみて俺も色んな人や種族から色んな話を聞いてみたくなった。ずっとこの街で暮らしていたから世界を知ってみたい。だから、俺は旅に出たい」

 エレナはゆっくりと瞼を開けた。

 青黒い瞳がこちらを見据える。

 「新婚旅行か。悪くない」

 納得したように頷くエレナ。

 気の早い話だ。

 「カルカラさんはどうします?あの畑はガストン区にいる人に譲るらしいし、わざわざ俺に雇われる必要はなくなったけど」

 首を傾けて緩く口を開けて考える素振りをするカルカラさん。

 首を戻して俺を見て笑顔で答えを出した。

 「問題がないならオラもついていくだ」

 「良いんですか?」

 「それはこっちのセリフだよ。二人っきりで旅をした方が良いんじゃないだか?」

 そう言って、ニヤニヤと笑いながらエレナの方を見る。

 「カルカラさんは置いていこう」

 エレナは即答した。

 「おい!」

 「だって!他の人が居たら…その…しづらいじゃないか…」

 「何の話をしてるんだお前は。旅に慣れているカルカラさんがいれば助かるだろ?」

 「うぅ…そうだが…」

 口を尖らせて人差し指の腹で地面を浅く丸く掘るエレナ。

 そんなエレナに近づき、耳打ちをするカルカラさん。すると、エレナは明るい表情をして頷いた。

 「そ、そういう事ならアタシは構わない。よろしく頼むぞカルカラさん」

 「こちらこそだ!」

 握手を交わす二人。一体どんな事を話したのだろうか?


 話がまとまり、俺達は親父の方を向く。

 「決まったか」

 自分の墓石に腰をかけていた親父は、腕組みをして宙に浮く。

 「旅に出る。世界を見て回って、色々な事を知ってくるよ!」

 俺の言葉にエレナとカルカラさんも頷き同意した。

 俺の決断を聞き、親父は紙を取り出した。

 光を纏った紙はヒラヒラと空中を舞い、光を散らして現実の紙に変化する。

 その紙をキャッチする。

 「そこに書かれている事は注意事項だ」

 「注意事項?」

 「お前は転生者の父さんと神様の母さんの血を受け継いだスーパーハイスペックの現地人だ。父さんよりもスキルの適応力は高いし魔法も人に向けて使ってはいけないレベルの高威力だ。だから、この街を出たらその注意事項を守って旅をするようにな!」

 ??????

 「何か聞きたいことはあるか?」

 「有りすぎて困るなぁ……とりあえず俺は魔法が使えないから威力も何もないだろ?」

 「いや、魔法自体は使えるぞ。ただ、一切魔法を教えてないから魔力だけが体外に現れて暴発することになる」

 「え?」

 「ちなみにお前の魔力保有量は国が消し飛ぶ程の威力があるから気をつけるんだぞ!」

 「え?え?」

 「残りはその紙に書いて、あた!ちょ、ちょっとウルメア!まだカエデに説明中だから!あ、こら!待て待て!わかったから!すまんカエデ!母さんがもう待てないみたいだから話はおしまいだ!じゃあ元気でな!」

 フッと親父の霊体が消えた。


 騒がしかった親父が居なくなり、虫の声もない静寂した夜が訪れる。

 エレナが俺に話しかけてきた。

 「行ってしまったな」

 「そうだな」

 「とりあえず寝るか?」

 「そうするか。あ、でも俺と親父が使ってた分しかないから布団は二つしかないんだよなぁ」

 「そうなのか…困ったな」

 二人で話していたらカルカラさんが手を挙げた。

 「あ、オラは外で寝させて貰いたいだ」

 「え?外でですか?」

 「夜の間にすることがあるだよ」

 「まあ、そういう事でしたら」

 「それじゃあ、また明日の朝に会いに行くだね」

 そう言うとカルカラさんはエレナに背負っていたリックサックを返して、森の方へと行ってしまった。

 「行っちゃったな。良いのかな?」

 「ご本人がああ言ってるんだ。気にしないでいいだろう」

 「それもそうだな」

 俺とエレナは二人で小屋へと帰った。





 カギヅメを駆使し木をよじ登るカルカラ。

 太い枝に腰を下ろし、二人が入っていった小屋を眺め、窓から漏れる明かりが消えた事を確認すると、フードを外した。

 頭に小さく生えている角を指先でグリグリといじり、声を発する。

 「あー、あーあー、こちらカルカラ、こちらカルカラ。聞こえますか」

 カルカラの質問に返事をするように頭の角は微弱な振動をする。

 振動が止まると、カルカラは口角を上げて笑った。

 「ふふふ、そうかそうか。ああ、上手く取り入ることができたぞ。まさかこんなにも早く街を出ることになるとは思わなかったが、運良く出会うことができた。しっかり最後まで連れて行くだよ」

 再び微弱な振動をするカルカラの角。

 振動が止まると、今度はため息をするカルカラ。

 「わかってるって、世界の命運がかかってるからな。うん。また隙を見て報告する。それじゃあな」

 カルカラは再びフードを被った。

 ぐっと背伸びをして枝に手をつく。

 「ほんと、旅に出る前に偶然出会えて良かった。神様はまだ我々を見放していないってか?」

 肩で笑いながら、夜空を見つめてそっと目を閉じた。





 日が登る。

 朝露が葉から零れカルカラの頬に当たる。

 大きなあくびをしてスルスルと木に這いながら降りる。

 小屋の方へと歩いていくと、軋みながら扉が開いた。

 朝日を浴びながら背伸びをして、エレナが外へ出てきた。

 頬に手を当ててウットリとした表情をしているエレナに声をかけるカルカラ。

 「おはようだ」

 呼ばれたエレナは毛を逆立ててカルカラの方を向く。

 「お、おはよう」

 エレナの様子を見て、カルカラは意地悪く笑った。

 「手が早いんだな」

 カルカラの言葉を聞いて更に毛を逆立てるエレナ。

 「な、ななな!なんの事だ?」

 「良いって良いって隠さなくても、オラも深くは聞かないだよ」

 二人が話していると、遅れてカエデも外へ出てきた。その顔は少しやつれていた。

 「お、おはよう」

 「おはようカエデさん。準備はできてるだかね?」

 「ばっちり…帰ってすぐに終わらせました。元々ゴールドの袋くらいしか持っていく物はないですから」

 「そっか。なら行くだかね」

 「そうっすね」

 「そうだな」



 小屋を離れて街と王国との交差路までやってきた。

 そこへ丁度、街の方の道からぞろぞろと大勢の人がやってきた。

 その戦闘を歩いているのは、ガストン区のお偉いさんだった。

 お偉いさんは俺の顔を見ると、ふんと鼻を鳴らした。

 「こいつらがお告げがどうとか言うもんだから。わざわざ足を運んできたわ」

 「そうですか。俺はタイミング良く旅に出る所なんです。この道の先にある小屋にそれぞれの野菜の生育方法が書かれているノートがあるので、それを読みながらであれば苦戦はしないと思います」

 「ご丁寧にどうも。それじゃね」

 ぶっきらぼうにお礼を言って俺達の隣を通っていくガストン区の人達。

 それを見届けて、俺達は道を曲がって王国への道に足を踏み出した。


 「まずはどうするんだ?」

 「この世界の中心とも言われてるスガラナ国に行こうかなって思ってる。そこなら情報も色々得られるだろうからな。どうかなカルカラさん」

 「悪くない選択肢だ。ただ、王国に着く前にどんな情報を仕入れるかは絞っておくべきだな」

 「了解です。それじゃあ王国に着くまでは野宿とかになるだろうけども、楽しく旅しような。みんな!」

 「「オー!」」


 急遽決めた冒険。

 若干の不安と無限大の期待を胸に、俺達は歩き出した。

 晴れ晴れとした暖かな風が背中を押してくれていた。

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