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第35話 癖になりそう

「し、進藤くん?」

「もう、佐倉さんなんで来たの」

「それは、進藤くんの誕生日をお祝いしようと思って……全然お祝いになってないけど」

「今日、クリスマスだよ」


 進藤くんの腕がぎゅっと強くなる。心なしか震えているようにも感じる。

 こんなふうに抱きしめられるなんて初めてだ。本当は寂しかったのかな。誕生日だもん、お祝いしてほしいって思うものだよね。世間一般ではクリスマスで盛り上がっているけど、進藤くんにとっては一年に一度の、生まれた日。私もぎゅっと抱きしめ返した。


「進藤くんの誕生日だよ。おめでとう」

「だから言いたくなかったんだ」

「どうして?」

「『クリスマス』っていう特別な日が、『僕の誕生日』になるのが嫌だった」

「特別な日に進藤くんの誕生日っていう大切な日があるなんて最高だね」


 私は腕の中で顔を上げ、笑顔で伝えた。進藤くんはフッと表情を緩ませると腕を解き少し距離をとる。離れた身体に名残惜しさを感じるけれど、そんなことは言わない。


「どうして分かったの?」

「IDに1225ってあったから」

「ああ、あれ。今さらそれで気づくと思わなかった」

「むしろ今まで気づかなかった私って……」


 本当に気づくのが遅すぎる。項垂れていると、進藤くんがコンビニケーキが入った袋を私の手からそっと取る。やっぱり、食べるのかな。


「佐倉さん、誕生日のお願いきいてもらっていい?」

「うん! もちろん、なんでもどうぞ」

「これ、食べるの付き合ってよ」

 

 袋を顔の横に持ち上げると、いたずら気に首をかしげた。よかった、いつもの進藤くんだ。

 

 家の中にお邪魔して、紅茶を入れた。

 何度かキッチンを使わせてもらっていたので、使い勝手はわかっている。

 向かいあってテーブルに着き、コンビニケーキを進藤くんの前に置く。

 せめて雰囲気だけでもと、綺麗なお皿に移し替えてみた。

 苺のショートケーキだが、ホールケーキをカットした三角のケーキではなく、丸いケーキ。

 ロウソクでもあればもっと雰囲気出たんだけどなぁ。

 

「どうぞ」

「ありがとう。誕生日ケーキ久しぶりだ」


 小さなケーキに大きくフォークを刺す進藤くん。

 久しぶりなんだ。いつまで家族でお祝いしていたんだろう。

 こんなことしかできないけど、少しでも喜んでもらえたならよかった。

 そう思っていたら、ケーキを刺したフォークを私に差し出してくる。


「えっ?」

「佐倉さん食べてよ」

「でも、進藤くんの誕生日ケーキだから」

「誕生日ケーキってみんなで食べるものじゃない?」


 それは大きなホールケーキであって、こんな小さなケーキで分け合わなくてもいいのではないかと思うが、進藤くんは食べさせる気満々だ。

 ハンバーグの時の『あーん』を思い出す。あんなに恥ずかしいことはない。もうしないって決めたしね。

 私は口は開けずに差し出されたフォークを掴む。


「だめだよ。このまま食べて」

「ええ、やだよ」

「誕生日のお願い、きいてくれるんでしょ? このまま食べて」


 ず、ずるい。それはずるい。そんな言い方されたら断れない。

 てか別に分け合って食べたいだけなら、食べさせてもらう必要ないよね?

 でも、進藤くんは引くつもりはないらしい。


「ほら早く」


 私は口を開けた。なるべく控えめに。すると口の中にショートケーキが入ってくる。

 あ、美味しい。コンビニだからって侮れない。

 しっとりとしたスポンジと、ちょうどいい甘さのクリームを味わう。

 進藤くんはというと、すごく満足気だ。なんならちょっと嬉しそう。

 

「佐倉さんの食べてる顔って可愛いよね」

「えっ? 可愛い?!」

「躊躇しながらも素直に口開けて、入れた瞬間口元が緩むところ。癖になりそう」

「どういうこと?!」

 

 それって、ケーキを分け合いたいとかじゃなくて私の食べてる顔を見たかったってこと?!

 癖になりそうってなに?! 次はもう絶対にしない!

 反抗の意を込めてムスッとした顔をしてみるが、進藤くんは笑いながらケーキを食べ始める。


「そういえば佐倉さん、最近小説は書いてないの?」

「ああうん。受験が終わるまでは封印してる。書き出すと止まらなくなっちゃうから執筆断ちしてるんだよね」

「そうなんだ。執筆断ちか……断ち……」


 進藤くんはなにやらぶつぶつ言いながらケーキを食べる。

 元々小さなケーキだったため、あっという間に食べ終え、紅茶も飲みほして家に居座る理由がなくなった。短い時間だったけど、誕生日をお祝い出来てよかった。

 

「じゃあ……私、帰るね」

「送ってく」

「いいよ。悪いし」

「僕がそうしたいから。話したいこともあるし」


 話したいことってなんだろう。申し訳ないけど、少しでも一緒にいられることが嬉しかったので送ってもらうことにした。

 隣に並び、歩幅を合わせてゆっくり歩く。


「佐倉さん、今日は本当にありがとう。嬉しかった。それでさ……これからはさお互い別々に勉強しようよ。集中したいし」

「もしかして……ずっと集中できなかった? やっぱり、私邪魔だった?」

「そうかも」

「え……」


 そう、だったんだ……。そうだよね。私ばっかり教えてもらって、私が進藤くんにしてあげられることはなにもなかったし。一人で勉強するほうが捗るよね。

 

「……ごめんね」

「いや、違うごめん。そうじゃなくて、佐倉さんといると……すごく楽しいんだ。自分のするべきことを忘れてしまいそうなほど。だから、これからは集中するために一人でいたいんだ」


 私も、進藤くんといると楽しい。勉強だって一緒にいるだけでやる気がでるし、頑張ろうって思えた。このままずっと受験まで一緒に頑張っていくものだと思ってた。

 進藤くんはそうじゃないんだ。でも、仕方ないか。


「わかった。お互い大事な時期だしね。でも初詣は行こうよ。一日だけだし」

「ごめん。初詣もやめとく。僕から言い出したのに本当申し訳ないけど、やっぱり人混みもあんまり好きじゃないし、家でいたいから」

「そっか……うん。じゃあ、お互い受験がんばろうね」


 気づけば、もう家の前だった。話したいことってこのことだったんだ。

 私、ずっと進藤くんに負担かけてたのかな。私と違っていい大学目指してるし、本当は余裕なかった? それでも私に付き合ってくれたのかな。


 進藤くんは私が家の中に入るまで見送ってくれた。

 その表情が悲しそうだったのは気のせいだろうか。


 初詣、一緒に行きたかったな。受験が終わるまでもう会えないのかな。受験が終わったらもう卒業だ。私たちの関係って、卒業したらどうなるのだろう。



 

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