第34話 佐倉さん流されやすいし
終業式の日。そしてクリスマス当日。
今日は終業式とホームルームだけで、午後から学校は休みになる。
市村くんの誘いは今日改めて断るつもりだ。
進藤くんともパーティーはできないけど、そもそも受験生だし仕方ないよね。
長い長い校長先生の話をぼんやり聞きながら終業式を過ごし、勉強しなさいとしか言わない担任のホームルームを終えた。
もう、これで冬休みに入るのか。
学期終わりでロッカーの荷物を全て持って帰らないといけないため、いそいそと荷物を纏める。
教科書類、体操服のジャージ、後で上履きも入れないといけないからな。けっこう重たい。ちょっとずつ持って帰っとけばよかった。
なんて思いながら手提げバッグに全て詰め込む。
そして教室を出て、一年生の教室がある棟へ向かう。
市村くんにお断りしに行かないと、と思っていたら、途中の廊下で会った。
「佐倉先輩っ!」
「市村くん、ごめんね。前も言ったけど、今日やめとくよ」
「わかりました。じゃあこれどうぞ、クリスマスプレゼントです」
市村くんは鞄から可愛らしいリボンのついた缶を取り出し渡してくる。
「え、いいの? 私なにも用意してない」
「気にしないでください。ただのお菓子の詰め合わせなんで。勉強中につまめるかなと思ってこんなのにしました」
彼は、本当にいい子だ。いつもニコニコしいるし、控えめに接してくれて、しつこくもしない。
それはきっと私のことを気遣ってくれているからなんだ。
告白は一度断ったけど、諦めてないって言われて、気持ちに応えるつもりもないのにこのまま曖昧にしているのは市村くんにとってもよくない。
ちゃんとはっきり言わなければ。
「市村くん、本当にごめん。やっぱり、これは受け取れない」
「どうしてですか? お菓子、嫌いでした?」
「ううん。私、市村くんの気持ちには応えられないから……」
「進藤先輩って人が好きだからですか?」
「え、なんで?」
進藤くんが好きなこと、誰にも言ってないのに。好きな人がいるとさえ言ったことないのに。
どうして知っているんだろう。
市村くんは少し眉を下げ、悲しそうに笑う。
「わかりますよ、佐倉先輩のこと見てれば。でも、付き合ってはないみたいだし、俺にもチャンスあるかなって思ってたんですけどね。受験が終わったらもう一度告白するつもりだったんですよ。その前に振られちゃうみたいですけど」
「ごめん……」
「いいんです、仕方ないです。でも、それはもらってください。捨てるのももったいないんで」
「わかった。ありがとうね」
市村くんはペコっと頭を下げると一年生の教室の方へ戻っていった。
なんだかすごく心苦しい。でも、私より市村くんのほうがつらいはずなんだ。
振られる方も振るほうもつらいなんて、どうして恋ってこんなに難しいんだろう。どうして、恋って上手くいかないんだろう。
好きになってくれる人を好きになれたらきっと楽なのに。
お互いにずっと、たった一人だけを想い続けられたらきっと上手くいくのに。
重い荷物を抱え、重い足取りでトボトボ帰り道を歩く。
進藤くんいないかなと期待していたけど、今日はいなかった。
もしかして私が市村くんの誘いを受けたと思ってる?
家に帰って、進藤くんにメッセージを送ろうとSNSを開いた。
クリスマスはしない主義かもしれないけど、メリークリスマスくらい言ってもいいかな。
メッセージを打っていると、ふと進藤くんのIDが目についた。
Ren1225@――
1225? 十二月二十五日? 今日? クリスマス? これってもしかして……。
以前の進藤くんとの会話を思い出す。
『ねえ、進藤くんの誕生日はいつなの?』
『秘密』
『ええ、なんで? 教えてよ』
『冬だよ』
『それだけ? 日にちは?』
『気が向いたらね』
『僕、クリスマスはしない主義だから』
『プレゼントももらったし、ケーキも食べてたよ。今はもうしなくなったけど』
クリスマスをしないのは、誕生日だったから?
小さい頃クリスマスパーティーじゃなくて、誕生日パーティーをしてたってこと?
なんで言ってくれなかったの?
自分から誕生日を言うようなタイプではないかもしれないけど、私だって進藤くんの誕生日お祝いしたいよ。私は別にクリスマスをしたいわけじゃない。特別な日に一緒に過ごしたいって思ってるだけだよ。
私は上着を掴み、家を飛び出した。
前もこんなことあったな。走りながら、自分の格好を確認する。デニムにニット。うん今日は普通の格好だ。
ひたすら走っていたけど、途中コンビニに寄った。
コンビニを出てからは、袋を抱え慎重に早歩きで進藤くんの家へ向かう。
もう、何度も来た進藤くんの家。一緒にいる時には鳴らさないインターホンを緊張しながら鳴らす。
しばらくした後、応答のないまま玄関のドアが開いた。
「佐倉さん、どうしたの? 後輩くんとクリスマスパーティーしなかったの」
「それは、断るって言ったでしょ」
「でも佐倉さん流されやすいし結局行くのかなーって」
「もうそんなふうに流されたりしないよ」
「それで? どうしたの?」
首をかしげる進藤くんに、コンビニの袋を差し出した。事前に知っていれば、もっとちゃんとしたもの用意できたのに。今はこんなものしか買えなかったのが悔やまれるけど、それでもおめでとうの気持ちだけはちゃんと伝えたい。
「クリスマスはしないって言ったでしょ」
でも、進藤くんは袋の中を見ると私に返してくる。
「違うよ。クリスマスケーキじゃない、誕生日ケーキだよ。コンビニの、ただのショートケーキだけど……」
よく考えたらこんなコンビニケーキでお祝いされても嬉しくないかもしれない。
私はちゃんとプレゼントもらったのに。
「ごめん、いらなかったよね。帰るね」
私はコンビニケーキを受け取り、踵を返す。なんとも言えない不甲斐なさに落ち込みながら歩き出したが、大事なことを言い忘れていることに気づいた。
「進藤くん、誕生日おめで――」
っ……!
誕生日おめでとう、と伝えようと振り返った瞬間、私は進藤くんの腕の中にいた。