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第31話 誘ってるんだからいいでしょ

「で、進路は決まったの?」

「うん。管理栄養士の資格が取れる大学に行くつもり」

「佐倉さんらしくていいじゃん」


 私らしい、か。料理が好きで、それを進藤くんはわかってくれていて、私らしいと言ってくれる。それがすごく嬉しかった。やりたいこと、見つけられて良かった。


「進藤くんもそう思ってくれるんだね」

「も、って?」

「ああ。さっき市村くんにも言われたんだよね。私っぽいって」

「市村ってあの後輩? なんで?」


 進藤くんは急に怪訝そうな顔をする。


「ずっと忘れてたんだけど実は私、中学の時に市村くんにお弁当あげたことあったんだよね。それでさっき言われたの」

「ふーん」


 なんかいつも以上に低い『ふーん』だ。

 この、少し間のある『ふーん』になんだか緊張する。


「僕に一番に報告するって言ってたのに」

「え、あ……ごめん。なんか話の流れで」

「別にいいけどね」


 怒ったのかな? 私から一番に報告するって言っておいて約束破ってしまった。進藤くんにはいろいろ相談に乗ってもらってたのに。


「ほんとごめんね」

「いいよ。それより決まってよかったね」

「うん。ありがとね」

「佐倉さん、今からうちで勉強しない?」

「え?! いいの?」

「誘ってるんだからいいでしょ」


 突然誘われて驚いた。

 家でお勉強デートか。受験生カップルみたいだな……いや違うでしょ! 友達友達。

 でも、怒ったのかなって思ったから誘ってもらえて嬉しい。


「ありがとう。行きます」


 久しぶりにお邪魔した進藤くんの家は以前と何も変わっていない。それもそうか。

 私はキッチンの横のテーブルにつき、ノートを広げる。進藤くんはいったん自分の部屋で着替えてから勉強道具をもってリビングに戻ってきた。


「共通テストってほんと面倒だよね」

「まあ、確かに。私もそう思う」

 

 なんて言っても大学を受験するためには避けて通れない道だ。勉強するしかない。

 別に偏差値の高い大学に行くつもりもなかったし、塾に行ったりもしないけど、共通テストの難易度はみんな同じってところがなんともつらい。

 

「そういえば大崎、バスケのスポーツ推薦で大学決まったって」

「え! そうなの? すごいね」

「スポーツ科学部のある大学なんだってさ」


 先日、最後の夏の大会が終わったそうだ。準決勝で負けてしまったが、チームをベスト四まで導き、活躍した大崎くんは大学から声がかかったらしい。

 

「去年の大会応援に行ってからもう一年経つんだ。早いね」

「あの時は大変だったね。マネージャーの先輩のこととか」

「大変ってことはないでしょ。進藤くんが一人で怒ってたじゃん」

「でも僕が怒らなかったら佐倉さん泣いてたでしょ」

「泣いてないよ! 進藤くんこそ私がいなかったら殴り込みに行ってたんじゃない?」

「僕そんなに野蛮じゃないんだけど」


 こんな冗談を言い合えるくらい、あの時のことはもういい思い出になっている。

 今思えば、私がつらいときはいつも進藤くんがそばにいてくれた気がする。

 たまたまなのかもしれないけど、いつも進藤くんの存在に助けられてきた。

 

「進藤くん、ありがとね」

「なに急に」

「言いたくなっただけ」

「ふーん」


 進藤くんはそれだけ言うと、机に向かい勉強を始める。

 少し緩んだ口元。さっきの暗い『ふーん』とは違い、機嫌の良さそうな声色に安心しながら私も勉強を始めた。


「んー、んんー。うぅ」

「なに? 唸りながらチラチラ見るくらいならはっきり聞けばいいのに」

「いやぁ、邪魔しちゃ悪いと思って」

「なんのために一緒に勉強してるの。お互い分からないとこ聞くためでしょ」

「たしかに」


 授業中以外進藤くんが勉強してる姿なんて見たことなかったけど、すごく集中していて声をかけにくかった。でも、誘ってくれたってことは聞いてもいいってことか。お言葉に甘えよう。


「数学のこの問題がどうしても解けないんだよね……」

「ああこれ。これはこっちの公式を使うんだよ。整式を文字で置いて分配法則にできるように落とし込むんだ。それで――」


 進藤くんは丁寧に教えてくれる。わかりやすくて、一緒に解きながらなんとなく分かってくる。


「あ、ここは展開するんだ」

「そうそう、わかってるじゃん。佐倉さんは理解力あるね」


 ノートから顔を上げ、微笑みながら褒めてくれる。近くなった顔に頬がほてるのを感じながら微笑み返す。


「進藤くん教え方上手だね。わかりやすいよ」

「佐倉さんも元々できる方だし、一度理解したら応用できるよ」

「そうかな。ありがとう」


 褒められ過ぎてなんだか照れてくる。俯きノートに視線を戻す。

 すると、進藤くんが私の頭に手のひらを乗せ、ポンポンと優しく撫でられた。


「へ?」

「あ、ごめん。なんか可愛いなぁと思って。嫌だった?」

「ううん。嫌じゃないよびっくりしただけ……」


 大きくはないけれど、優しい手にドキッとした。

 進藤くんとは手を繋いで歩いたこともある。バスの中で肩を寄せ合ったことも。

 でも、その時とは全然違ったドキドキだ。

 嬉しくて、もどかしくて、もっと、って思ってしまう。


 なんて思っていると、今度は髪の毛先をすーっと撫でられる。


「えっ、なに?」

「なんかしたくなって」

「どういうこと!?」

「わかんないけど佐倉さんの髪って触りたくなるよね」


 っ!!!! 小悪魔だ! 髪の毛触りたくなるってどういうこと?!

 進藤くんが考えてることがわからない。なんでもないように普通に触ってくるところが本当にずるい。こっちはこんなにドキドキしてるのに。


 もうだめ集中できない。

 私はポケットからヘアゴムを取り出し一つにまとめた。


「それ、使ってるんだ」

「うん、すごく気に入ってるよ。この前もらったヘアゴムもね」


 今使っているのは去年の誕生日にもらった、リボンとパールのついたヘアゴム。

 少しゴムが伸びてきてしまっているけど、可愛くて付けているだけで気分が上がる。


「よし、頑張ろう!」

「気合い入ってるね」

「受験に気合い入れなくて人生どこで気合い入れるの!」

「大げさだなぁ」


 進藤くんは笑いながらまた勉強を再開した。

 私も数学の問題の続きを解く。

 テスト勉強とかも誰かとすることはなかったし、一人で黙々とするほうが捗ると思っていた。だけど、こうやって一緒に勉強するのも悪くないな。

 それは進藤くんだからかもしれないけど。

 

 もうすぐ夏休みだし、休み中図書館とかで勉強してもいいかも。

 私から誘ってもいいかな。




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