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第30話 待ってたんだよ

「佐倉先輩っ、これあげます!」

「これはなに?」

「ガムです」

「そうなんだ……ありがとう」

「じゃあまた!」


 ガムはあんまり好きじゃないんだけどな。まあ突き返すのも悪いしもらうだけもらっとこうかな。

 あれから後輩くんはちょこちょこ私の前に現れては、ガムやらアメやらを貢いで去っていく。いったいなにが目的なんだろう。ちなみに何度目かの時に名前を聞いた。

 市村海斗くんというらしい。なんだか聞いたことがあるような気もしたけれど、思い出せない。委員会で聞いたことあったのかな。


「佐倉さんモテてるね」

「え?」


 放課後、なんやかんや進藤くんと一緒に帰るのが日課になり、今では校門辺りから並んで歩いている。


「告白してきた後輩といい感じなんでしょ」

「そんなんじゃないよ」


 いい感じって何情報なんだ。別に市村くんとは何かあるわけではない。しいて言えば可愛い後輩?告白もちゃんと断ったし、それについて何かを言われるわけでも求められるわけでもない。あまり無下にすることも出来ず、今の状態だ。

 

「あんまり気を持たせないようにしなよ」

「これって、気を持たせるようなことしてる?」

「仮にも告白してきた相手でしょ?」

「そうだけど、はっきり断ったし……」

「佐倉さんがしたいようにすればいいけどね」


 んー。難しい。たしかに積極的だなとは思うけど、しつこく付き合ってと言われているわけじゃないし。話かけないでとも言えないしな。


「好きになってきた?」

「ない、それはない」


 私は急いで否定する。私が好きなのは進藤くんだ。まだ気持ちを伝えるつもりはなけれど、勘違いだけはしてほしくない。


「そう? まあ、佐倉さんは他に考えないといけないことあるもんね」


 そうだよ。そうなんだよ。今一番考えないといけないことは進路のことだ。

 あれから自分の好きなこと、やりたいことをよく考えている。


「でも決まらないんだよなぁ」

「僕は佐倉さんに向いてることあると思うけどね」

「え? なにそれ? 教えて?」

「だめ。教えない。佐倉さんは流されやすいからね、ちゃんと自分で考えて」

「えぇ」


 私に向いてることってなんだろう。


「決まったら教えてよ」

「うん。進藤くんに一番に報告するよ」


 その日の夜、晩ご飯を作りながらふと思い出していた。

 今日は餃子、スープ、チャーハン。お父さんの好きな中華メニューだ。

 

 以前、大崎くんと進藤くんの家へ行った時、チャーハンを作った。

 二人とも美味しそうにたくさん食べてくれた。

 お弁当も、お菓子も、いつも美味しそうに。

 私、料理が好きだ。食べてもらうことも、食べてくれた人の笑顔をみることも。

 料理をはじめたのは、病気のお母さんのためだった。

 体調の悪いお母さんに栄養のあるものを食べてもらいたくて自分なりに調べて、考えて作っていた。


 料理人になる? いやそれはなんか違うな。

 もっとこう、たくさんの人に深く寄り添うようなにか――



 ◇ ◇ ◇



「失礼しました」


 ペコっと頭を下げてから、ドアを閉める。


 放課後、進路指導室で先生と話をして、目的の学部のある大学のパンフレットをいくつかもらった。学力的なことと、なるべく家から通えるところで考えると、選択肢は多くない。

 夏休み前に決まりそうで良かった。

 

「佐倉先輩っ」

「あ、市村くん」


 進路指導室を出たところで市村くんと会った。最近本当によく会うな。


「進路の話してたんですか?」

「うん。そうだよ」

「栄南大学、順満大学、聖女子大……どれも栄養学科のある大学ですね!」


 私の持つパンフレットを覗き、市村くんはなぜか嬉しそうに言う。


「よく知ってるね。まだ一年生なのに」

「俺、調理師になりたいんですよ。専門学校に行くか大学に行くかは決めてないですけど、なんとなくそういう系の大学探してみたりしてるんです。佐倉先輩も調理系ですか?」

「もう探してるんだ、すごいね。私は管理栄養士に……」

「佐倉先輩っぽい! 料理得意ですもんね。ちゃんとバランスも考えて作ってそうだし」

「え? なんで私が料理するって知ってるの?」


 ほとんど関わったことがないのにどうしてそんなことを知っているんだろう。

 それに私っぽいってどういうことだろう。


「佐倉先輩は覚えてないと思いますけど、俺、先輩にお弁当もらったことがあるんですよ。中一のときの運動会です」


 市村くんが中学一年生なら、私は三年生。

 中学三年生の時の運動会は――


「あ! あの時の?」

「そうです! あの時は本当にありがとうございました。ずっとお礼言いたかったんですけど、あの頃は先輩大変そうでしたし、高校で再会しても俺のこと覚えてなさそうだったしなんか言えなかったんです」


 ちょうど三年前、お母さんが亡くなった時。

 お母さんはその頃ずっと入院していて、運動会の日も自分でお弁当を作って持っていっていた。

 でも、ちょうど昼休憩に入るころ、母さんの容態が急変したと学校に連絡があって途中で帰ることになった。

 その帰り際、お弁当を家に忘れたと嘆いている一年生がいて私のお弁当をあげたんだった。


『これ、よかったら食べて』

『え! いいんですか?!』

『うん。私が作ったから味は保証できないけど』

『ありがとうございます! これで午後からも頑張れます!』


 急いでいてぱっと渡しただけだったし、お母さんはその後亡くなってしまって学校もしばらく休んでいた。

 学校に行き始めた時に担任の先生からお弁当箱を返されたんだった。


『一年生の市村海斗くんから預かっていました。佐倉さんにすごく感謝しているそうですよ』


 私は先生の言葉があまり入ってこなかった。お母さんが亡くなったことの寂しさでそれどころではなかったから。

 でも、聞いたことある名前だと思ったのはこの時の曖昧な記憶があったからなのかも。


「俺、お弁当開けて感動したんですよ。彩りは良し、美味しいし、同じ中学生が自分でこんなの作ってるんだって」

「そうだったんだ。ありがとね」

「こちらこそありがとうございました! それで俺も料理に興味持ったんですよ」


 中学生になったころから家でご飯を作るようになって、お母さんやお父さんに喜んで欲しくて一生懸命覚えた。

 それが今、管理栄養士になるという目標になった。それに、知らないうちに市村くんにも影響を与えていたなんて。


「俺、高校に入ってすぐ委員会で先輩と再会して思ったんです。これはもう運命だって!」

「そんな、運命なんて言い過ぎだよ」


 でも、市村くんがどうして私のことを好きになったのか、こんなに慕ってくれているのかわかった。


「市村くんも料理してるの?」

「はい、少しですけど。これからもっと上達する予定です!」

「頑張ってね」

「佐倉先輩も受験頑張ってくださいね!」


 流れで一緒に学校を出て、校門を過ぎたところで分かれた。


「随分と仲良さそうにしてるね」

「うえっ? 進藤くん? なんでいるの? 今日は進路の話して帰るから遅くなるってメッセージ送ったよね?」

「進路のことずっと悩んでたし、気になったから待ってたんだよ」

「そうだったの?!」


 少し拗ねたような表情の進藤くんは、待っていたというのにスタスタと先を歩いて行く。

 追いかけて横に並ぶと、少しスピードを遅め歩幅を合わせてくれる。

 でも表情は変わらず拗ねているようだった。


 

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