第29話 前向きだね
「佐倉先輩、好きです! 付き合ってください」
「えっと……ごめんなさい」
放課後の校門前、私は今人生二度目の告白をされている。それも、ほとんど話したことがない一年生の後輩から。
たしか、美化委員で同じだったと思うけど、当番が一緒だったこともないはずなのに。
私は名前すら覚えていない。
「先輩、今彼氏いないですよね? やっぱり受験があるからですか? 忙しいですか? 俺、絶対に邪魔はしないので、お願いします!」
頭を下げる後輩くんはすごく一生懸命だ。でも、私は受験があるから付き合えないわけではない。好きな人がいるから付き合えないのだ。
「ごめんなさい、付き合えません」
「わかりました……失礼します」
後輩くんはしょんぼりしながら去っていく。
小柄で、愛嬌のある子だったな。なんだか罪悪感が湧くけれど、こればっかりは仕方ないよね。小さな背中を少しだけ見送って私も帰ろうと歩きだした。
それにしても、なんで私のことを好きになったんだろう。
委員会で何度か顔を合わせたくらいなのに。でもまあ、好意を向けられるって悪いことではないよね。応えられないのは申し訳ないけど。
「佐倉さん」
「ひぃっ」
「なにその声。いい加減慣れなよ」
「進藤くん……いや、久しぶりだったし! しょうがないでしょ!」
横断歩道を渡ったいつもの交差点。油断していた。まさか待っているなんて思っていなかった。
驚いたけど、嬉しい。そのまま自然に、隣に並んで歩く。
「告白されてたね」
「見てたの?!」
「あんなところで告白されてたら見るでしょ。すぐ横を通ったけど全然気づいてなかったね」
本当に、全然気づかなかった。
校門の前で突然呼び止められて、前振りもなく告白されて、私も周りを見ていなかったかも。
他にも人はいっぱい通ってたし、目立ってたかな。すぐに場所移動すればよかった。
「ちょっと大崎に似てたね」
「え? 全く似てないでしょ」
「見た目じゃないよ。雰囲気だよ。人懐っこそうなところとか」
言われてみれば、元気なところとかちょっと似てるかも。でも、だからってなにかあるわけではない。
「私、名前も知らないんだよね。びっくりしたよ」
「付き合わないの?」
「付き合わないよ」
「付き合ってから好きになることもあるでしょ」
「そういうのはもういいの。今度はちゃんと好きになった人と付き合いたいから」
「ふーん」
でた、『ふーん』。興味なさそうに思えて、いろんな意味を含んだ『ふーん』だ。
進藤くんは何を考えているのだろう。私が告白されたこと気になってるのかな。
「佐倉さん成長したね。前は流されてたのに」
「ちょ、それ進藤くんが言う?!」
前とは明らかに大崎くんとのこと。あの時は好きな人もいなくて、好きになったこともなくて、だれかと付き合ってみたいなんて漠然とした願望があって。ノートを盾に進藤くんのお願いをきくことになった。
たしかに流された部分もあったかもしれない。
でも、あの時のことがあるから今の私がいる。
それでいうとまあ、成長してるのか。
「なんか前向きだよね」
「前向き?」
「好きになった人と付き合いたいんでしょ?」
「進藤くんはそうじゃないの?」
「そんなに上手くいくものじゃないからね。僕はもういいよ」
もういいってことは、もう恋はしないということだろうか。
大崎くんのことはもう吹っ切れているのかな。
その上で、これから恋はしないと思っているのかな。
進藤くんって、大崎くん以外に好きな人っていたのかな。
「ねえ、進藤くんは今までどんな人を好きになってきたの?」
「なにいきなり」
「いや、知りたいなと思って」
「幼稚園の時のまりこ先生」
「へえ、かわいい。あとは?」
「その後は大崎だけだよ」
そうなんだ。意外といないんだな。大崎くんが初めての私が言えることじゃないけど。
でも、私は進藤くんのことが好きになった。
好きだと気づいた。まさか好きになるなんて思っていなかった。
進藤くんだって、また他の誰かを好きになるかもしれない。それが私だったらいいのにと思う。
「いつかまた、進藤くんも恋するんじゃない?」
「僕には、難しいよ」
「どうして?」
「普通の恋がわからないから」
自嘲気味に笑う進藤くんになんて声をかけたらいいかわからなかった。私だって、普通の恋なんてものがどういうものかわからない。
でも――
「気持ちなんてさ、人それぞれ在り方が違うんだから、別に普通とかないでしょ」
「なんか聞いたこのあるセリフだなぁ」
「進藤くんが言ってたことだよ」
「それはわかってるよ」
進藤くんを好きになってわかったこと。恋にはいろいろな形があって、いろいろな好きがあること。相手が違ったら、形が違うのも当たり前だ。
大崎くんを好きになった時とは違う。
もっと穏やかで、自然とそこにあるような、気づけば進藤くんのことを考えている、そんな感じだ。でもそれがちゃんと恋だってわかる。
「人を好きになるって、悪いことじゃないよ!」
「心配しなくても、それもちゃんとわかってるよ。佐倉さんはこれからも恋しなよ」
進藤くんは私を見てフッと笑う。
私は今、恋してるよ。こうやって隣にいるだけで幸せな気持ちになれる恋を。
でも、話をしていて、進藤くんは私のことを好きではないんだなと実感した。
◇ ◇ ◇
「佐倉せんぱーい! おはようございます」
翌日、廊下を歩いていると少し遠くに昨日の後輩くんを見かけた。
たまたま見かけただけだけど、後輩くんも私に気づき、大きな声で名前を呼ばれ手を振ってくる。
これだけ大声で挨拶され、無視するわけにもいかないので、控えめに挨拶を返す。
「おはよう。元気だね」
「佐倉先輩を見かけて元気がでました!」
「そ、そうなんだ」
「それじゃ!」
挨拶を交わしただけで去っていく後輩くん。昨日のしょんぼりした背中が噓のように元気いっぱいだった。落ち込んでないなら良かったけど。名前くらい聞けばよかったかな。まあ、委員会以外関わることはないか。
そう思っていたのに――。
「佐倉せんぱーい! 次体育ですか? いいっすね!」
「う、うん」
窓から身を乗り出し手を振ってくる後輩くん。
なぜか彼は頻繫に私の前に現れるようになった。