第24話 佐倉さん、ごめん
「佐倉さん、こっちー!」
土曜日の昼下がり、待ち合わせの駅で大崎くんが笑顔で手を振っている。
八重歯が可愛い、眩しい笑顔だ。
こんな顔を見るのはいつぶりだろう。
少なくとも、山田くん事件があってからは一度も見ていない。
そもそも私、大崎くんの顔をちゃんと見ていただろうか。
「大崎くん、早いね」
「佐倉さんなら早く来ると思って」
今は待ち合わせの十五分前だ。それよりも前に待っていたなんて、いつからいたのだろう。
私を見つけた瞬間、笑顔になるところも以前と同じ。まるでまだ私のことが好きみたいだ。
「どこに行くの?」
「ゲームセンター行かない? 俺、好きなんだよね」
ゲームセンター……。本当に遊びに行くんだな。
それにしてもいつも通りだな。いつも通りというか、ここ数週間の出来事がなかったかのように、付き合っているころと変わらない。
にこにこと嬉しそうにしながら歩く大崎くんの隣に並んで付いていく。
これって、どういう状況なんだろう。
私たちって、距離置いてるよね? それとも大崎くんのなかではもう解決したの?
今こうやって一緒にいることが答えなのだろうか。
このまま何もなかったたかのように普通に付き合って――
いや、流されたらだめだ。大崎くんの気持ちも、みお先輩とのこともちゃんと聞かないと。
「ここ、バスケのシューティングゲームもあっていいんだよね。入ろう」
「う、うん」
促されるままゲームセンターに入った。
この辺りでは一番大きなゲームセンターで、子供から大人までいろいろな人がいる。
クレーンゲームやコインゲーム、音楽ゲームやアーケードゲームなど様々な種類のゲームが並んでいて、 奥には大崎くんが言っていたように、シューティングゲームもある。
「佐倉さん、これやろうよ」
はじめに指差したのは、ホッケーゲームだった。
ホッケーなんて何年ぶりだろう。小学生以来かも。
でも、隣で楽しそうに遊んでいる親子を見て、なんだかワクワクしてきた。
お金を入れ、白いパックが出てくると大崎くんはアタッカーを構える。
私もつられてアタッカー握り、ゴールを守るように立つ。
「俺、けっこう強いからね」
「が、頑張ります」
大崎くんがニカっと笑い、パックが勢いよく飛んでくる。私はなんとかはじき返すが、コーナーにぶつかり跳ね返ってくる。それを一旦アタッカーで止めてから、ゴールめがけて滑らせるようにはじく。
「佐倉さんも意外と上手だね」
「昔お父さんとよくしたんだよね」
大崎くんは長い手足を使い、ぎりぎりまで攻め込んでくる。その分、勢いもある。
「うわぁっ」
「おおー」
「えいっ」
「いけ!」
気づけば、夢中になっていた。
相手のゴールにカコンッと入っていったときの気持ちよさはいくつになっても健在だ。
入れては入れられてを繰り返し、一ポイント差で私が勝った。
「やったぁ」
「佐倉さん強いね」
「久しぶりだったけど、意外といけるね」
なんて言っているけど、きっと大崎くんは手加減してくれていた。
こんなに体格差もあって、パワーも全然違うのに私が勝てるはずない。
ギリギリのところで競って、勝たせてくれて、楽しませてくれたんだ。
「佐倉さん、次あれやっていい?」
大崎くんはバスケのシュートゲームのところへ向かう。
ゲームが始まるとボールがゴロゴロと出てきて、次々にシュートを打つ。
試合中の激しさは全くないけれど、軽く滑らかなフォームでどんどん決めていく。
「すごい……」
真剣な表情と綺麗なシュートに思わず見惚れていた。
「あ、やべ外した」
悔しそうにしながらも手を止めることなく時間いっぱいシュートを打つ。
何本か外したけれど、高スコアだった。
「すごかったね!」
「全部決めたかったなぁ。かっこいいとこ見せたかったのに」
「十分かっこいいよ」
「ほんと? 良かった!」
嬉しそうに笑う大崎くんに私も自然と笑顔になる。
あれ? すごく楽しい。もう、今までのことなんてどうでもよくなるくらい。この時間がずっと続いてくれたらいいと思った。
その後もただ普通にゲームセンターを楽しんだ。
太鼓の音楽ゲームをして、クレーンゲームで小さなチョコレートを三つだけ落とした。
もっと落ちると思ったのにな、と言いながら三つとも私にくれる。チョコレートが好きな私のために取ってくれたのかな。
「あー、すっごい楽しい! 佐倉さん思ってたよりゲーム上手だし」
「大崎くんもすごく上手だね。慣れてる感じ」
「土日の部活の後とかバスケ部の奴らと来たりするんだよね」
「へえ、だからなんだ」
存分に遊び、ベンチに座りひと息つきながら話しをした。
他愛のない会話にやっぱり、一緒にいるだけで楽しいと感じる。
「このあとさ、カフェいかない? お腹すいてきたし」
「そうだね。ゆっくりできるしね」
ゲームセンターを出て、自然と隣に並んで歩く。
時折、私のことを確認しながら歩幅を合わせてくれる。
いつもこうやって私に合わせてくれてたんだな。
大崎くんが行きたいカフェがあるとやってきたのは、以前進藤くんとパンケーキを食べたカフェだった。
あの日は私の誕生日で、思わずストーカーなんてしてしまって、それが進藤くんにばれてて。
もう随分と前の出来事のように感じる。
大崎くんは苺のパンケーキを注文した。私はクリームとメイプルシロップだけのシンプルなものにした。
運ばれてきたパンケーキは相変わらず甘く美味しそうな香りを漂わせていて、食欲をそそる。
「うわぁ、うまそ!」
「うん! いただきます」
二人でパンケーキを食べはじめる。ふわふわで、じゅわじゅわで、美味しい。
大崎くんも口いっぱいに頬張り、美味しそうに食べている。この嬉しそうな顔がやっぱり好きだと思う。
それと同時に進藤くんの顔も浮かぶ。
大げさに喜んだりはしないけど、少し頬を緩める表情とか、実は寂しがり屋なところとか、一見冷たいように思えてすごく優しいところとか、大崎くんのそばで嬉しそうにしているところとか。
なんだか、自分だけ楽しんでいることが申し訳なくなってくる。
「佐倉さん、どうかした?」
不思議そうに首をかしげる大崎くん。考えこんでいて、パンケーキを食べている顔ではなかったかも。でも、このまま美味しく食べて解散、なんてできない。ちゃんと話をするって決めて、今日きたんだから。
「ねえ大崎くん、今の私たちの関係ってなんなのかな」
「え? 彼女、だと思ってるけど……」
「彼女がいるのに、他の女の人と腕を組んで歩いたりするのかな?」
「なんで知っ――」
大崎くんは驚いたように目を見開く。そして気まずそうな表情をしたあと、パンケーキを食べていた手を止め、姿勢を正したと思うと深く頭を下げた。
「佐倉さん、ごめん――」