第22話 どういうこと
山田くん事件(私が心の中で勝手にそう言っている)があってから数週間が経っていた。
始業式の次の日、学期が新しくなったということで席替えをした。
私はなんと真ん中の列の一番前という、一番ハズレの席だ。
後ろの方でひっそりしてたいなと思っていたのに、なんというくじ運……。
それでも数日経つと慣れてくるもので、今ではもう何も思わなくなっていた。それに、一番前だと余計なことを考えずにすむ。授業中、先生と黒板しか視界に入らないから。
大崎くんも進藤くんもそれぞれバラバラの席になった。
あれから二人が話をしているところを見たことはない。
私も、二人と話すことはなくなっていた。
進藤くんともよく一緒にいて、たくさんの話を聞いてもらっていたのに、彼から話しかけられないとぱったり話さなくなることに気づいた。
いつも彼のほうから私に声をかけてくれていたから、あの関係があったんだ。
たった数週間。たった数週間のことだけど、世界が変わったかのような感覚になっている。
大崎くんと距離を置くことになり、恋人としての距離ができるのかなと漠然と思っていた。
でも、別れたわけではないはずなのに、話もしない、目も合わせない。
同じ教室にいるのに、お互いにいない存在のような。
友達ですらない。友達でいるよりもっとマイナスな状況のように思えるいびつな関係。
『恋愛としての好きより、友達としての好きのほうが穏やかだし、長続きするよね』
以前進藤くんが言った言葉の意味がよくわかる。
こんな関係になるのなら付き合う前の、仲のいい隣の席の男の子、のほうがよっぽどよかった。
距離を置く、っていったいいつまでなんだろう。
よく考える、ってなにを考えるんだろう。
私と別れるか、このまま付き合うか考えるってこと?
私のこと、好きなのかどうかわからなくなったってこと?
答えが出るのはいつ? 大崎くんはいつになったら私と話をしてくれるの?
私も、いろいろと考えてみた。
はじめは好きかどうかわからないまま付き合うことにしたけれど、彼のことが好きになった。好きだと気づいた。
食い違いはあったけど、好きだという気持ちは変わらない。
おおらかで、優しくて、笑顔が可愛い。バスケをしている姿がかっこよくて、頑張り屋さん。
そんな大崎くんが好きだ。
私は、別れたくない。これからも大崎くんの彼女でいたいと思うし、これから先の大崎くんをそばで見ていたいと思う。
進藤くんのことで納得のいかないことがあるかもしれないけど、そこはしっかり話をしようと決めた。ちゃんと謝って、今度は私から好きだって伝えよう。
そう思ってからしばらく経っている。
私から話しかけていいかどうかわからなかった。
でも、早くこの状況をどうにかしたい。早く仲直りして、そしたら進藤くんも含めて三人で話をして、また今まで通りの関係に戻りたい。
だったら、待っているだけではだめだ。自分から行動しないと。
意を決して今日、大崎くんの部活が終わるのを待ち、声をかけることにした。
放課後しばらく教室で時間をつぶし、部活が終わるころ部室の近くで待っていた。
部室から、部員たちが帰り支度をしてぞろぞろと出てくる。
中から『誰かタオル忘れてるぞー』という大崎くんの声が聞こえた。部長になったから、忘れ物チェックとかしてるのかな。
最後に鍵を持った大崎くんが出てきて、靴をトントンッと履きながら部室の鍵を閉める。
ガチャガチャ、と鍵がかかったことを確認して帰ろうとする大崎くんに声をかけようとしたそのとき――
「陽介」
「あ、みお先輩」
大崎くんを呼ぶ声がして現れたのは、みお先輩だ……。
二人はごく自然に並び、歩き出した。
まるで、待ち合わせでもしていたかのように。
「今から図書室行こうと思ってたんですよ」
「きりのいいとこまで終わったし、そろそろかなと思って来たの。ほんとにちょうどだったね」
図書室? そろそろ? やっぱり二人はなにか約束でもしていたのだろうか。
そして先輩は大崎くんの腕を掴む。大崎くんも振り払うこともせず、そのまま歩いていく。
「今日は塾ないから陽介の家で勉強してもいい?」
「いいですよ。でも、前みたいに寝ないでくださいね」
「今日は集中するから大丈夫!」
「ほんとですか?」
え……? なにあれ? どういうこと? 今から、大崎くんの家に行くの?
前にも行ったことあるの? 寝たってどういうこと? それに、今日たまたま約束があったというわけではなく、いつもこうしているような感じがする。
その、ただならぬ雰囲気にそれ以上近づくことも、声をかけることも出来ず、遠くなっていく二人を見えなくなるまでただ見つめていた。
私は一人とぼとぼ帰り道を歩く。
三年生はよく、放課後図書室で受験勉強をしていたりする。
みお先輩も図書室で勉強してたのかな。それで、大崎くんを待っていたのだろうか。
二人はいつから一緒に帰るようになったのだろう。
すごく、仲が良さそうだった。一見、恋人のような。まさか付き合ってたりしてないよね?
私たちってまだ別れてないよね?
距離を置くってどういうことかちゃんとわかってなかったけど、その間は恋人ではないってことなのだろうか――
「佐倉さん」
「――はいっ」
横断歩道を渡った交差点の曲がり角、声をかけてきたのは進藤くんだった。