第21話 友達じゃなかったらなんなの
しばらくして、教室へ戻った。
誰も私を気にする様子もなく、みんなそれぞれいつも通り過ごしている。
進藤くんと大崎くんはまだ戻ってないようだった。
「葉月、はいこれ」
私が席に着くと、裕子は振り向き机にそっとノートを置いた。
山田くんに取られていた小説ノートだ。
「裕子……どうして?」
「山田には私がきつく言っといたから。しばらくは大人しくしてるんじゃない?」
ちらりと山田くんを見ると気まずそうにこちらを見ていて、目が合った瞬間逸らされた。
反省しているのかはわからないけれど、あの様子だとこれ以上なにか言ってくることはないだろう。
山田くん以外の他のクラスメイトは何事もなかったかのように過ごしているし、どうやってあの場を収めてくれたんだろう。気になるけど、あまり蒸し返すのもよくないかな。
「裕子、ありがとね」
「ううん、大したことはしてないから。それより、葉月は大丈夫?」
心配そうに私の顔を覗き込む裕子。進藤くんと大崎くんのことを考えると大丈夫ではないかもしれないけど、これは私たちの問題だ。裕子に言うことではないだろうし、これ以上迷惑はかけたくない。
「私は大丈夫。それより……このノートのこと、びっくりしたよね? やっぱり、引く?」
「ずっと前から知ってたよ?」
「えっ?!」
裕子はにこりと笑うと、私の机に肘をつきノートを撫でる。
「授業中ノート取る振りしてたまに書いてたでしょ。見えてたよ」
「そうなの?!」
「葉月は隠したがってるみたいだったからなにも言わなかったけど、楽しそうに書いてるなぁって思ってた」
「そう、だったんだ……」
「私は引いたりなんてしないよ。好きなものなんて人それぞれだし、むしろそんなに熱中できることがあっていいなって思ってた」
まさか見られていたとは思っていなかった。
授業中、ふと話が浮かんだとき忘れないようにこっそり書いたりしていた。書き始めると止まらくなってしまうこともあった。
知っていて、何も聞いてこなかった裕子の優しさが、すごく染みる。
「葉月は、葉月のままでいいんだよ」
「裕子……ありがとう」
私の頭をポンポンと撫でてくれる。落ち着く。安心する。
どんな時も私の味方でいてくれて、そばにいてくれる。
私は私のままでいい。その言葉が、今の私を救ってくれる。
そして、頭に浮かんだのは最後に駆けていった進藤くんの顔だった。
苦しそうで、悲しそうで、今にも消えてしまいそうな。
ずっと抱えていたものを吐き出したとき、それを否定されたとき、拒絶されたとき、どれだけつらいだろう。
進藤くんには、今そばにいてくれる人はいないんだ――。
◇ ◇ ◇
私は放課後の帰り道、交差点の曲がり角、進藤くんを待ち伏せしていた。
あの後、進藤くんと大崎くんはそれぞれ教室に戻ってくると、なにも話さずただ黙って授業を受け、ホームルームが終わるとすぐに教室から出ていった。
大崎くんは部活に行っただろう。
進藤くんは、たぶん、家へ帰るはず。
いつも、進藤くんがもたれかかって私を待っているブロック塀の前に立つ。
両手で鞄をぎゅっと握り、なんて声をかけようか、なんて話をしようか頭を巡らせる。
どれくらい待っただろう。そんなに時間は経っていないはずなのに、もう随分と待っているような気がする。
まさかもう、通りすぎて帰ったりしてないよね?
今日は別の道を通ってるのかも。
なにか用事があってまだ帰ってこないのな。
待っている間、なぜか緊張して、不安になる。
進藤くんも、待っているときこんな気持ちになったりしたのかな。
いや、進藤くんはしないかも……。
そんなことを考えていると、横断歩道の向こう側に進藤くんが見えた。
私はブロック塀に隠れ、彼が通るのを待つ。
『一緒に帰ろう』『ちょっと話さない?』なんて声をかけるのがいいだろう――。
「佐倉さん」
「ぅわっ」
「なに驚いてるの。どうせ、僕のこと待ってたんでしょ。待ってるほうが驚いてどうするの」
「あ、うん……そうなんだけど」
声色が少し暗いけれど、思っていたよりもいつも通りだ。
私たちは自然と横に並び歩き出す。
「僕のことなら平気だから気にしないでよ」
「え……?」
「佐倉さんのことだから、変に責任感じてるかもしれなけど別になんともないから」
なんともないわけないじゃないか。
大崎くんのことが好きで、好きだから、今の関係を壊したくなくて想いに蓋をして接してきたはずだ。
友達でいられたらそれでいいと。
その関係が壊れてしまって大丈夫なはずがない。
進藤くんが強がっていることくらいわかる。
「進藤くん、無理しないでよ。思ってることなんでも言ってよ」
「言ったところでどうにもならないでしょ」
「っ……」
それは、確かにそうだ。話を聞いたところで私にできることはなにもない。
進藤くんと大崎くんの関係を元通りにする器量なんて私にない。
結局私はなにもできないくせに、どうにかしようなんておこがましいことを考えるだけの薄っぺらい人間なのかも。
「ごめん、今のは八つ当たりだ。忘れて」
「ううん。進藤くんの言う通りだから」
「それよりさ、僕が出ていったあと大崎と話したんでしょ? 二人はちゃんと話しできたの?」
「ああ……私たち、少し距離おくことになったから」
「はあ?! なんでそっちがそんなことになってんの?」
「私も、よくわかんないんだよね。でも今はそうしたほうがいいのかなって」
「なにそれ……」
進藤くんは呆れたように息を吐く。
私も距離を置く、なんてことになるとは思っていなかった。でも、仕方ないとは思っている。
大崎くんの言葉に納得いかないことがある。
それはきっと大崎くんも同じで、私に対して納得できないこと、理解できないことがたくさんあるだろう。
彼氏のことが好きな人と仲良くして、三人でいるなんてよく考えたら変なことなのかもしれない。
私と進藤くんの関係だって、褒められたものではないのだから、大崎くんが悪いわけでもない。
私がもっと、二人の気持ちに真剣に向き合うべきだったのかもしれない。
大崎くんとは、お互いよく考えたあとちゃんと話をしよう。
そして、大崎くんと私に距離ができた以上、進藤くんと私の関係も終わりだ。
それとは別に聞いておきたいことがある。
怖くてずっと聞けなかったこと。
「ねえ進藤くん、私たちって友達?」
「友達じゃなかったらなんなの」
「いや、わかんないけど……ただのクラスメイトとか?」
「クラスメイトではあるよね」
「いや、そうなんだど、そうじゃなくて!」
「まあ、秘密を共有するくらいには深い関係なんじゃない?」
進藤くんは私を見てフッと笑う。やっぱりいつもより元気はない。
でも、笑ってくれたことに安心した。
進藤くんは一人じゃないよって、伝えられたかな。
友達だとは言ってもらえなかったけれど、それでもいいかと思える答えだった。