第20話 そんなことはじめからわかってる
大崎くんは困っているような、戸惑っているような、そんな表情をしながら中へ入ってくる。
「さっきなんか俺、ちょっとびっくりして……」
「まあ、そうだよね。黙ってて、ごめんね」
びっくりした、というような感じではなかった気がするけど、実際どう思ったかなんて聞けない。
私の趣味が大崎くんにとって理解し難いものであろうことは想像がつく。
でも進藤くんは、大崎くんに対して不満そうな顔を向けた。
「大崎はなんで教室で何も言わなかったの? 僕のことはまだしも佐倉さんがあんなふうに言われてのに」
「それは……なんて言えばいいかわからなかったし」
「だからって、彼女でしょ? なんで見て見ぬふりするの」
「俺だって、佐倉さんが腐女子だなんて知らなかったんだ! あんな小説書いてなかったら庇うことだってできたよ」
「あんなってどういう意味? それに腐女子腐女子ってそんな言い方ないでしょ。だから大崎はデリカシーがないって言ってるんだ――」
「やめてっ!」
二人の言い合いに見ていられなくなった。私の声に話を止めた二人だったが、どちらも納得のいっていない表情をしている。
でも、どっちも悪くない。悪くないんだからこんな喧嘩しないでほしい。
根本的な原因は私にある。私がBL小説なんて書いていなければ、あんなノートさえなければ、こんなことにはならなかったんだ。
「私の、せいだから。大崎くんが何も言えなくても仕方ないよ」
「うん……。どうして、言ってくれなかったの? その……そういうのが好きだって」
「言ったとして、どう返事した? 男性同士の恋愛が好きだって言って、私のことどう思った?」
「それは……」
口ごもってしまった大崎くん。別に大した答えなんて求めてない。でも、答えられないなら、聞かないで欲しかった。
普通の男の人が、男性同士の恋愛が好きと聞いてすんなり理解してくれることの方が珍しいだろう。わかってる。だから言わなかった。それなのに、そんな簡単に、どうして言ってくれなかったの、なんて言わないでほしい。
「ごめん」
「私は謝って欲しいわけじゃないよ」
「うん……」
大崎くんは俯いて、大きく息を吐いた。そして顔を上げると進藤くんの方を向く。
「蓮、はさ、男が好きって本当なのか?」
「本当だよ」
「今、好きなやつとかいるのか?」
「……」
進藤くんは何も答えない。
答えられるわけないよね。男の人が好きだと言っても、今目の前にいる大崎くんが好きだなんて言えないだろう。ずっと、友達として接してきた。それ以上のことを求めてはいないと言った。
ずっとそばにいるために、ずっと友達でいると決めたんだ。
「まさか、俺、じゃないよな?」
「……大崎だよ」
進藤、くん……?
何かを諦めたようにも思えるその表情は、すごく悲し気だ。
眉を下げ、揺れる瞳は、大崎くんの反応に怯えているようにも見える。
しばらくの沈黙が、張り詰めていた空気をさらに重くする。
そして大崎くんは小さく口を開いた。
「まじか……ごめん、ちょっと……無理だわ」
「そんなことはじめからわかってるからっ」
進藤くんは教室を飛び出していく。私も追いかけようとした。
「佐倉さん待って」
けれど、大崎くんに腕を掴まれ叶わなかった。
「なにっ?! なんで進藤くんにあんなこと言うの?」
「佐倉さんてさ、蓮が俺のこと好きなの知ってたの?」
「……うん」
「知ってて、俺に隠して三人で一緒にいたわけ?」
「そうだよ」
「ちょっと、意味わかんない」
「なんで? 進藤くんとはずっと友達だったんでしょ? 友達と一緒にいることが変なことなの?」
「でも、蓮は俺のことそういう目で見てたってことだろ?」
「進藤くんは気持ちを打ち明けるつもりなんてなかったよ」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「じゃあ、どういう問題? 好きになったら友達やめるの? 好きになったら黙って離れていくの?!」
自分でも、だんだんと語尾が強くなっていくのがわかる。
この湧き上がる感情が怒りなのか、不満なのか、苛立ちなのかわからない。全部なのかもしれない。
今までずっと仲良くしてきた友達にどうして“無理”だなんて相手の全てを否定するような言葉を言えるの?
「佐倉さんはさ、どっちの味方なの?」
「味方とか、味方じゃないとかそんなのないよ。私にとって進藤くんは大切な友達だよ」
「ごめん、なんかもう佐倉さんのこともよくわかんない」
「私も、わかんないよ……」
好意を向けられることってそんなに嫌なことなの?
進藤くんが男じゃなかったら、そんなふうに思ったりしないよね?
もし、他の女の子から好きだって言われたら?
気持ちに応える応えないは別にしろ、きっと嬉しいよね?
わからない。わからないけど、進藤くんの気持ちが、悪いことのように言わないで欲しい。
「あのさ、俺たち……ちょっと距離、置かない……?」
「距離?」
「少し離れて、よく考えたい」
「……わかった」
私の返事を確認すると、大崎くんは教室を出ていった。
一人残った空き教室で、ただ、立ち尽くすことしかできない。
なんでこんなことになってしまったんだろう。
なにがいけなかったんだろう。
私が小説を書いていたことも、進藤くんの気持ちを知ってしまったことも、大崎くんと付き合ったことも、なにもかも間違いなのではないかと思うほど、私の心は黒い感情でいっぱいだった――。