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第19話 おかしくなんてない

 夏休みが明け、始業式の日。

 学校へ行くとなんだか教室が騒がしい。


 どうしたんだろうと思いながら中へ入ると、珍しく進藤くんがクラスの子たちに囲まれていた。

 囲まれているというか、みんなが注目している感じだ。すごく、ただならぬ雰囲気がしている。


 大崎くんもいるけれど、少し離れたところで見ているだけだった。

 なに? どういう状況なんだろう。変な胸騒ぎがして鼓動が早まる。


 近づいていくと、進藤くんの前にはクラスの中心的人物である山田くんがいた。

 

「お前、男同士のこんなん書いてんのキモイんだけど。もしかして女子に冷たいのって男が好きだから? まじで引くわー」


 えっ……?


 そして彼の手には私のノートが握られていた。


 進藤くんは何も言わず、ただ俯いている。

 私のノート、返そうと思って持ってきてくれたのかな? それが見つかってしまった。それでこんなことに?

 進藤くんはどうして何も言わないんだろう。あの小説は進藤くんが書いたのじゃないのに。私のなのに。ちゃんと否定してよ。僕のじゃないって。

 周りはこそこそと何かを言っているだけで、だれも止めたり間に入ろうとはしない。

 仕方、ないのか? もし、私が同じ立場だったら? さほど仲良くもないクラスメイトをわざわざ庇いに行ったりするだろうか。面倒ごとに関わらないように見て見ぬふりをするんじゃないの?


 でも、あのノートは正真正銘私が書いたノートだし、進藤くんは大切な友達だ。

 この雰囲気に怯みそうになるけれど、放っておくなんて絶対だめだ。


「それっ! わ、私のだから」


 声が、裏返ってしまった。無駄に大きな声を出してしまった。

 そんなに張らなくてもよかったかもしれないけど、発してしまったものはもうどうしようもない。


 クラスメイト全員の視線が私に集まる。

 俯いていた進藤くんも顔を上げ、目を見開き私を見る。

 私はノートを握っている山田くんのところへ行き、 グッと怒りを堪えながらサッとノートを奪い取った。


「間違って進藤くんのところに混ざってたみたい。これ、私のだから。……だから、進藤くんに謝って」

「は?」

「進藤くんに謝って!」


 私が謝れとまで言うと思っていなかったのか、山田くんはすごく怪訝そうな顔をする。

 そして嫌味気な表情になると私を見下すように口を開く。


「佐倉って腐女子ってやつ? こんなの書いてるとかヤバ過ぎだろ」

「私がなにをしようが山田くんには関係ないでしょ。それより、進藤くんに謝ってよ」

「うるさいなぁ」

 

 え? 逆ギレ?! 勘違いで進藤くんにひどいこと言ったのは山田くんだよね?! 謝るのが当たり前でしょ。

 それでも山田くんは謝る素振りなど見せず、あろうことか私のノートをまた取り上げてきた。


「ちょっと!」

「おい、みんな見ろよこれ『俺は周りになんと言われようがお前が好きだ』だって。ヤバッ」


 ひどい。ひどいひどいひどい。

 なんでそんなことするの。私、何かいけないことしてる? BL小説書くことが誰かに迷惑かけてる?

 

「本当にBL小説書いてるんだ」

「佐倉さんて全然そんなふうに見えなかったけどね」

「もっと普通の子かと思ってた」


 クラスメイトのひそひそ話がやけに大きく聞こえる。

 誰も、BLが好きでもおかしいことじゃないって言う人はいない。

 

「男同士の恋愛が好きとかおかしいんじゃないの」

「別におかしくなんてないよ!」

「……進藤くん」


 割って入ったのは進藤くんだった。拳を握りしめ、必死に何かに耐えているのがわかる。


「確かにそれは僕が書いたものじゃないけど、僕が男が好きなのは事実だから」

「進藤くん!」

「は? まじで? やっぱこいつやべーじゃん」


 進藤くんの言葉にクラスメイトたちが一層ざわつき始める。

 私に向いていた視線がまた進藤くんに集まる。

 どうして? 別にそんなこと言わなくてもいいのに。黙っていれば、私がBL好きな腐女子ってだけだったのに。


「大崎、進藤と仲良いし狙われてるんじゃねー」

「ちょっと、いい加減にしてよ」


 山田くんは本当に言わなくていいことばかり言う!

 後ろの方で静観していた大崎くんをちらりと見ると、眉をひそめ険しい表情をしている。

 ねえ大崎くん、今なにを思ってるの?

 彼女と親友がこんなことになってて、何も思わないの?

 助けて欲しいなんて言わない。でも、少しくらい何か言ってよ。


 そんなことをしている間にどんどんクラスメイトたちが登校してきて、状況がわからない子たちもどうしたのとざわつき始める。


 山田くんは変わらず嫌味な表情をしていてこの場をどうにかする気配もない。

 すると、進藤くんは教室を飛び出した。すかさず私も追いかける。

 教室を出る時、大崎くんと目が合ったが、直ぐに逸らされた。


 廊下を駆けていると、裕子が正面から歩いてきていた。


「あ、葉月おはよ――」

「ごめん裕子、始業式さぼるかも!」

「え?」


 不思議そうにする裕子を尻目に私は進藤くんを追いかけた。

 

 進藤くんが足を止めたのは、いつもの空き教室だった。

 中に入り、教室の一番後ろにある腰ほどまでのロッカーにもたれかかるようにして息をつく。

 私は少し距離を保ったまま、進藤くんと向きあった。


「佐倉さん、ほんとごめん。僕が不用意だったから山田にノートが見つかって」

「進藤くんは悪くないよ。ノートを見たからって、あんなことする山田くんがひどいよ」

「でも、僕が気を付けていればこんなことにならなかった……」

「ねえ進藤くん、どうして男が好きだって言ったの? 言わなければ、私の話だけですんだのに」

「それが嫌だったんだよ。僕だって同じなのに、佐倉さんだけ周りから変な目で見られるのが嫌だった」


 進藤くんは男の人が好きってわけではないはずだ。男とか女とか関係なく好きになる。いわゆるバイセクシャルというやつなんだろう。だから、あんなふうに『男が好きなのは事実だから』なんて言い方しなくてもよかったはずなのに。

 きっと、私を庇ってくれたんだろう。私だけに、好奇の目がいかないように。


「進藤くん、ありがとね」

「なんで? 責められることはあっても、お礼を言われるようなことはなにもしてないけど」

「責めることだって、何もないよ……」


 責任を感じている進藤くんに大丈夫だよ、と歩み寄る。

 少し時間が経てばクラスの様子も落ち着くだろう。陰で何か言われることはあるかもしれないけど、山田くんみたいに表だって言ってくる人は他にはいないはず。

 山田くんにはちゃんと言って、こんなことはもう止めてもらおう。

 私たちは一人じゃないんだから、きっと大丈夫。

 

 その時、ゆっくりと教室のドアが開く。


「二人ともここにいたんだ……」


 少し険しい表情をした大崎くんだった。

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