第18話 とりあえずそれは戻しといてよ
ブレザーの制服を着た高校生男子二人が肩を寄せ合う表紙、を見つめ首をかしげる大崎くん。
中を捲らないか冷や冷やしていた。
「だめなのか? てか、佐倉さんもどうしたの?」
進藤くんと一緒に思わず叫んでしまったが、ここで私がだめっていうのはおかしいだろう。
不思議がられるのも当然だ。
進藤くんはいつになく焦った様子であたふたしている。
「そ、その漫画、私も持ってるんだけど大崎くんには面白くないんじゃないかなと思って」
「そうなの? なんか青春ものっぽい感じするけど」
青春と言われれば確かに青春ですけど! でも、大崎くんが想像する青春とは絶対違う。
爽やかな高校生男子のはつらつとした青春物語ではないのよ。
お互いドギマギヤキモキしながら気づきたくなかった気持ちに気づいてそれでも葛藤を抱えて時にはドロドロした醜い感情をさらけ出しすれ違い確かめ合い絆を深めていく男の子たちの恋愛物語なのよ!
「大崎くんが思うような内容じゃないかなぁ」
「僕、また大崎の好きそうな漫画探しておくからさ、とりあえずそれは戻しといてよ」
「そうか? じゃあまあこれはいいか……」
大崎くんはぶつぶつ言いながらまた二階へと上がっていく。
ちゃんと戻しにいくところが偉い。
「ねえ、なんで星クズ持ってるの?!」
「佐倉さんが前に熱く語ってたからどんなのかと思って」
「にしてもすぐ目につくようなところに置いとくなんて」
「忘れてたんだよ」
こそこそ言い合っていると、大崎くんが戻ってくる。
今度は何やらスマホをじっと見つめて階段を下りてきた。
すごく真剣な表情だ。
「どうかしたの?」
進藤くんも気になったのか、声をかける。
「みお先輩からメッセージきて。大学の資料送ってくれたんだ」
みお先輩……。マネージャーさんと連絡とってるんだ。大学の資料ってことは、進路のこと相談してたのかな。
「ふーん」
「みお先輩、自分の受験のこともあるのに俺の相談にものってくれて、ほんといい人なんだよ」
「へえ、そうなんだ」
進藤くんの返事が冷たい。みお先輩のこと気にいらないって言ってたもんな。
私も、部活を引退したらもう関わりがなくなると思ってたから少しびっくりした。
大崎くんはスマホを見ながらソファーに座る。
「そういや蓮、もう進路決めたのか? 机に参考書がいっぱい出てたけど」
「あんなの形だけだよ。受験勉強してるふり」
「進藤くんもう受験勉強始めてるの? すごいね」
「なんにもすごくないよ。親に勉強しろって言われるから。言われたとおり適当にやってるだけ」
そういえば進藤くん成績よかったよな。
適当って言ってるけど、相当努力しているのかもしれない。
なんかみんな、ちゃんと考えてるんだな。私なんて夢も目標もなんにもない。
まだ時間あるし、なんて思ってたけど一年なんてあっという間だよなぁ。
私はテーブルの椅子に座り、頬杖をつく。そしてなんとなく、ポニーテールに纏めた髪の毛先を人差し指でクルクルする。
進路を決めないにしろ、勉強はしとかないとなぁ。
「それ、みお先輩もよくやってる。女の子の髪っていいよな」
「え……?」
「髪クルクルってやつ。みお先輩も何か考えてる時よくするんだ」
「あぁ……そう、なんだ」
見られているとは思っていなくて、しかも指摘されるとも思っていなくて、みお先輩の名前が出るとも思っていなくて。私は慌てて手を引っ込めた。
「みお先輩みお先輩うるさいよ」
その時、進藤くんの低い声が響く。
「蓮……?」
珍しく、機嫌が悪そうだ。いつも悪態をついたりはするけど、こんなふうにあからさまに怒ったりはしない。
そんなに先輩のことが嫌いなのかな。大崎くんも少し戸惑っている。こんなこと言われると思っていなかったのだろう。
「仮にもさ、彼女の前で他の女の人の話ばっかりするかな。悪気がないのはわかるけど大崎はデリカシーがないよ」
「あ、ご、ごめんっ佐倉さん、俺、そんなつもり全然なくて」
「いや、大丈夫だよ。私は気にしてないから」
全く気にならないと言ったら噓になる。みお先輩のことがすごく気になる。どうしてそんなに仲がいいの? 先輩後輩ってそんなに親しくするものなの? 大崎くんは私と先輩、どっちを頼りにしてる?
でも、そんなことは聞けない。大崎くんのことは好きだ。付き合えて嬉しい。けれど、私はまだ彼女としての距離感や接し方がわからない。
わからない私の代わりに、進藤くんが怒ってくれている。
言いたいことは言ってもいいんだと伝えてくれるみたいに。
ただただ、進藤くんがムカついてるだけなのかもしれないけど。
「佐倉さん、本当にごめんね」
「ううん。確かにこのポニーテール、先輩に似てるよね」
「そ、そうだよね! 似てるなって思ったんだ」
私はわざと気にしていないふりをするように髪に触れる。
なんで今日この髪型にしたんだろう。よく分からない後悔に自嘲気味になる。
そんな私に気づいたのか進藤くんは小さくため息を吐くと、こっちに来て、そっと頭を撫でてくる。
「毛先、巻いてあるよね。あと前髪も。トップはふわっとさせてるし、あの先輩の髪型とは全然違うよ。佐倉さんは柔らかくて可愛らしい感じ」
っ……、進藤くんの優しい手に、言葉に胸の奥がぎゅっとなる。
小さな違いや頑張りに気づいてくれる。
そうだよ、違うよ。
みお先輩のキュッと縛った真っ直ぐなポニーテールとは違うんだよ。
何度も巻き直して、整えて、崩れないようにしっかり纏めて。早起きして頑張ったんだよ。
そんなの、自分の自己満足でしかないけど、可愛いって思ってもらいたかったんだよ。
大崎くんは気まずそうに黙ってしまった。
私も進藤くんの言葉が嬉しかったけど、こんな雰囲気になるのは本位ではない。
「進藤くんそんな細かいとこよく気がつくね! もしかして興味ある? 今度髪巻いてあげようか?」
「いいよ、いらないよ。僕のさらさらの髪が痛むでしょ。大崎の髪巻いてあげなよ」
「え? 俺? 俺、巻くほど髪ないんだけど」
運動部らしい短く切り揃えられた髪をわしゃわしゃとする。
「ちりちりになるかもね」
「そうなったら坊主にするわ」
「大崎の体格で坊主って厳つすぎでしょ」
大崎くんは急に話を振られて驚いていたが、いつも通りの二人に戻ってきた。
そういえば二人、喧嘩ってしたことあるのかな。中学のころからずっと一緒だし、喧嘩くらいあるか。
今日はちょっと変な空気になっちゃったけど、今までずっと仲良くやってきたんだから、これくらなんともないよね。
もうすぐ夏休みも終わる。そしたら学校が始まって、またいつもみたいにみんなで仲良く過ごしていくんだろうな。
そう、思っていた――。