第16話 少しでも長く一緒にいたい
ベルトを締め、安全バーを下ろす。
二人掛けのジェットコースターは背の高い大崎くんと並ぶと少し狭く感じる。
でもその隙間のない感じが私は安心した。
このジェットコースターは回転こそしないものの、急降下のあるスピード系のものだ。
少しドキドキするけどそれがまた醍醐味でもある。
大崎くんは、そうではないみたいだけど。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。大丈夫!」
なんだか、大丈夫という言葉が逆の意味に聞こえてしまう。
バーを持つ手に力が入り、歯を食いしばっているのだろうか、顔もこわばっている。
「恐い?」
「恐いというより緊張してる……。あとやっぱり酔わないかちょっと不安」
そんな大崎くんに私もちょっと不安だ。
でも、ここまできたらもう引き返えせない。
「大崎くん、力抜いて、コースターの動きに体を任せるようにするといいよ」
「わかった。ありがとう」
出発のブザーが鳴り、動き始める。行ってらっしゃい、と手を振ってくれるキャストのお姉さんに小さく手を振り返し、バーを握り直した。
ガタガタと音を立てながら、レールをゆっくりと上っていく。
この、なんとも言えない時間がいつも妙に緊張する。そして、ガタンッと音がして引っ張られるようにスピードを上げる。
「わあーーーー」
「お、おお、おおおーー」
落ちたわけではない。コースターがスピードに乗り、勢いよくレールを駆ける。
カーブを曲がるとき、体も大きく傾く。遠心力で大崎くんにもたれかかるようになってしまう。
ちらりと彼を見ると、目を見開いたままずっと『おー』と言っている。
もう力は入っていないみたいで、意外と大丈夫そうだ。
終盤にさしかかり、またゆっくりとレールを上っていく。
始まりの時よりも長く、心なしか遅く感じる。どうして、この上がっていく時間てこんなに長く感じるんだろう。
「佐倉さん、こんなに上ったら、めちゃくちゃ落ちるよね?!」
「たぶんね。でもきっと気持ちいいよ」
そんなことを言っている間に落ち始める。前の席が見えなくなり頂上についた瞬間――
「きゃあーーーー気持ちいいーー」
「うわあーーーー」
落ち始める瞬間少しドキッとするけど、その後はもうひたすら楽しい。気持ちいい。
そしてあっという間に到着した。
安全バーが上り、ベルトを外す。
流れるようにコースターから降り、外に出る。
「裕子と幸人先輩、二人で手上げて楽しそうだったね」
「二人ともジェットコースター好きなんだよね」
「僕はゆっこに手上げよって言われるから上げてるだけだよ」
「ええ! 嫌々なの!?」
二人の『手上げようね!』『しょうがないなぁ』というやり取りが目に浮かぶ。
大崎くんはというと、案外大丈夫だったようで普通にしていた。
「大崎くん、楽しかった?」
「うん、思ったより全然平気だった! でも……」
「でも?」
「足がちょっとふらつくかも」
へへっと笑う大崎くんの足元を見ると、確かに覚束ない感じがする。
それを伝えてくるってことは、けっこうつらいのかも。
「少し休む? そこにベンチあるし」
「うん。ごめん」
私は裕子と幸人先輩に声をかけた。
二人には他のアトラクションに行ってもらうことにして、大崎くんとベンチに腰掛ける。
「大丈夫? なにか飲み物買ってこようか?」
「ううん、それは大丈夫。気持ち悪いとかはないんだ。少し休めば落ち着くと思う」
「そっか。無理しないでね」
「ごめんね。付き合わせて」
「これも遊園地デートの醍醐味だよ」
大崎くんは申し訳なさそうにしているが、こうやってベンチで二人で座っているのがデートっぽくて悪くない。
そういえば、私たち二人でのデートってまだしてないな。
部活が休みの日ってまだあるのかな。誘ってもいいかな。迷惑かな。
「佐倉さんって、ほんと優しいよね。気遣いも自然だし、一見おとなしそうに思えてすごく明るいし。一緒にいて楽しい」
「え……そう、かな?」
急に褒められてびっくりした。気遣いなんて特別意識してはなかったけど、大崎くんにそう思ってもらえてるなら嬉しい。
それに、すごく明るいなんて初めて言われた。もしかすると大崎くんの前ではいつもと違う私なのかな?
「佐倉さんのこと知れば知るほど好きだなって思うよ。もっといろんな佐倉さんを知りたいなって思う」
「私も、大崎くんのこともっと知りたいよ」
部活のことも、進路のことも、なんでも話してほしい。
私では頼りないのかもしれないけど、それでも頼ってもらえる存在になりたいと思ってるよ。
でも、それは言えなかった。私にだって、言えないことはあるから。
「今日の私服姿も新鮮ですごく可愛い。下ろしてる髪も好きだけど、ポニーテールにそのヘアゴムすごく似合ってていいね」
「あ、ありがとう」
大崎くんは続けて見た目まで褒めてくれる。あまり服装とか髪型とか気にしないのかと思ってた。一応デートだし、それなりに気合いを入れてきてはいる。
スキニーデニムに白いオフショルダーのトップス。髪は毛先だけ少し巻いてポニーテールにして、進藤くんからもらったヘアゴムで纏めた。いつもとは違うところ、ちゃんと見てくれていることがわかってよかった。
そういえば進藤くん、夏休み中どうしてるんだろう。
すごく寂しそうにしてたし、あとで連絡してみようかな。
その後しばらくして裕子と幸人先輩が戻ってきた。
大崎くんの足のふらつきも落ち着いたので、また四人でいくつかアトラクションに乗り、日が沈む少し前、そろそろ帰ろうかということになった。
夏ということもあり、まだ明るくはあるけれど、それなりにいい時間だ。
「楽しかったね!」
「うん、誘ってくれてありがとね。幸人先輩もありがとうございました」
「僕も受験勉強のいい息抜きになったよ、ありがとう」
「俺もめっちゃ楽しかったです! 幸人さん受験頑張ってください」
待ち合わせした駅までみんなで行き、そこで解散した。
大崎くんとは同じ路線なので一緒に電車に乗る。
ドア付近の手すりに掴まり、並んで立つ。
「佐倉さん、このまま家まで送るよ」
「え、大丈夫だよ。まだ明るいし」
「少しでも長く一緒にいたいんだけど、だめ……かな?」
首をかしげ、子犬のような顔を向けてくる。
そんなふうに聞かれたら断れない。それに私も長くいられるのは嬉しい。
ありがたく送ってもらうことにしよう。
「じゃあ、お願いしようかな」
「うんっ」
その時、大崎くんのスマホが鳴った。
画面を見た瞬間、すごく困ったような顔をする。どうしたんだろう。なにか良くない連絡でもあったのかな?
そして小さく肩を落とすと、画面を私に見せてきた。
宛名は進藤くんだ。
『熱が出た助けて』