第13話 とりあえず食べよう
「えっと……どこに行くの?」
もう、進藤くんに何度言ったかわからないこの言葉。
どこに行くのかは気になるけど、この状況に焦ったりはしない。
慣れって怖いな。
「どこに行きたい?」
「えっ?」
これは初めてのパターンだ。
私が腕を引かれてる側なのに、なんで私に聞いてくるのだろう。
「あ、このお店可愛い。ここにしよ」
そして聞いておきながら勝手にお店に入っていく。
入ったのは、アクセサリーや服飾雑貨などがおいてある可愛らしい雰囲気のお店だった。
「進藤くん、何か買いたいものあるの?」
「佐倉さんは何かほしいものないの?」
「え、特にはないけど……」
「ふーん」
でたよふーん。それにさっきから私に聞き返してばかりだ。進藤くんはいったい、何を思っているんだろう。
店内を適当に見ながらヘアゴムが並ぶ棚で足を止めた。もう随分と暑くなって、最近よく髪を纏めている。いつも普通の黒ゴムを使っているけど、可愛いのを見るといいなと思ってしまう。
そして進藤くんも私の横に並び、一緒にヘアゴムを眺める。
こういうの、興味あるのかな。
「ねえ佐倉さん、これ可愛くない?」
「え、まあ可愛いけど……ちょっと……」
進藤くんが指さしたのはイモムシをモチーフにしたシュシュだった。
面白いデザインだけど、髪を結ぶと思ったらちょっと抵抗がある。
「じゃあ、どんなのが好きなの?」
「私は……こういうのが好きかな」
私が指差したのは細いリングゴムが三重になっていて、飾りに小さなリボンとパールがついているヘアゴム。控えめなデザインだけれど、大人っぽくて好きだ。
「確かに綺麗だね。買わないの?」
「買わないよ。別に必要ってわけではないし」
「ふーん」
またふーんて。結局興味ないんだ。まあいいけど。
進藤くんはお店を一通り見回ると、突然甘いものが食べたくなったと言いだした。
仕方ないなぁと思いつつ、スマホで近くのカフェを探す。
「ここから五分くらいのところにパンケーキのお店があるみたいだよ」
「佐倉さんはパンケーキ好き?」
「うん。好きだよ?」
「じゃあ、そこに行こう」
なんか今日は行動的だなと思いつつ、二人でパンケーキ屋さんに入った。
テーブル席に向かい合って座り、メニューを見る。
ふわふわで、分厚く、クリームとフルーツがたくさんのったパンケーキが美味しそう。
進藤くんに流されて来てしまったけど、すごく楽しみになってきた。
「僕、チョコバナナのパンケーキにしよ」
「私は、苺で」
注文を終え、パンケーキが来るのを待つ。
「佐倉さん、はいこれ」
唐突に渡されたのは、先ほどの雑貨屋のロゴが入った小さな袋だった。
「なに?」
「開けてみて」
言われるがまま開けて中を見ると、私が好きだと言ったヘアゴムが入っていた。
「え? なんで?」
「今日、誕生日なんでしょ?」
「なんで知ってるの?!」
「昨日和泉さんにプレゼントもらってたでしょ。一日早いけどって」
和泉とは裕子のことだ。確かに昨日の放課後、裕子から誕生日プレゼントをもらった。
進藤くん、よく見てるんだな。
「これ……誕生日、プレゼントってこと?」
「そうだよ。佐倉さんってあんまりこういうの付けないよね。アクセサリーとかキーホルダーとか」
「可愛いなとは思うけどね。無駄……ってわけではないけど別に必要ないかなって」
「必要なものばかりを並べていても、絶対に隙間はできるよ。その隙間を埋めてくれるのが無駄なものだと思うけどね」
「なんか、難しいこと言うね。でも、これありがとう。嬉しいよ」
私はヘアゴムを見ながら、これを付けている自分を想像する。
小さい変化だけれど、どんな髪型にしようかとか、どんな服装が似合うかとか、考えているだけでなんだかワクワクした。
なくても困らない、でもあると心が少し満たされる。それが、心の隙間を埋めるってことなのだろうか。
「そういえば、大崎に誕生日のこと言ってないんだ」
「うん。自分からは言い出しにくくて」
「誕生日近いんだから一緒にお祝いしてもいいのに」
「先輩のこともあったし、言えなかったんだよね」
「佐倉さん、臆病だもんね。でも後から知ったら大崎ショック受けるんじゃない?」
「うぅ、言わないで……」
今さら誕生日だった、なんて言えない。でも、あとから大崎くんが知ったらどんな気持ちになるだろう。なんで教えてくれなかったの? 彼氏なのに、って思うだろうか。
結局私は自分のことしか考えていないんだ。
「まあ、言うも言わないも佐倉さんの自由だから。うじうじ考えてないでとりあえず食べようよ」
運ばれてきたパンケーキは甘い香りを漂わせていて食欲をそそる。
「そうだね。いただきます!」
ナイフとフォークでパンケーキを切り、クリームと苺も乗せて口に運ぶ。
私が口に入れるのを見て、進藤くんも食べ始める。
「んー! 美味しい!」
「うん。美味しいね」
ふわふわでジュワジュワで、クリームの甘味と苺の酸味がちょうどよくて、とにかく美味しい!
思わず尾行なんてしてしまったり、進藤くんとパンケーキを食べることになったり、予想外の一日になったけれど、すごく濃密な一日になった。
そして、結局パンケーキも進藤くんが払ってくれた。
「ありがとう。でも、良かったの? 誕生日プレゼントもらったのに」
「いいよ。これはお詫びだから」
「お詫び?」
「大崎に佐倉さんの誕生日教えなかったことと、佐倉さんのこと好きになったきっかけ聞いたこと」
「あぁ、それ……」
「僕が聞くべきじゃなかったよね、ごめん」
私がいることを知っていて大崎くんに聞いたのだとしても、悪気があったわけではないだろう。
むしろ、好きなところを聞かせて喜ばせようとしてくれたのかも。
私も無意識にそれを期待していたし、聞きたかった。それがどんな答えであれ、だれも悪くはない。
「好きな人が、どんな理由であれ好きって言ってくれて、付き合えてて、それ以上の贅沢ないよね」
「珍しくポジティブだね」
「じゃないと、大崎くんにも進藤くんにも申し訳ないしね」
「そんなこと思うんだ」
「思ってるよ! 進藤くんの気持ち知ってるんだから」
時々、忘れそうになることもある。
進藤くんがあまりにも自然に私と接してくれるから。
でも、忘れてはいけないと思っている。進藤くんがいたから今の私がいること。
だから、『僕の代わりに普通の恋をしてよ』そう言った彼の想いを私は心に留めておかないといけない。
「ねえ、進藤くんの誕生日はいつなの?」
「秘密」
「ええ、なんで? 教えてよ」
「冬だよ」
「それだけ? 日にちは?」
「気が向いたらね」
気が向くときはくるのだろうか。
まあまだ先だし、また聞こう。ちゃんとお返ししたいしね。