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君の代わりに恋をする  作者: 藤 ゆみ子


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第10話 何をそんなに考えこんでるの

 大崎くんの大会の日、差し入れにクッキーを焼いて持っていくことにした。

 お弁当がいいかな、と思ったけどサプライズでいくため、あっても困らないものを持っていくことに決めた。

 そして――


「進藤くん、それ地球の模様? すごいね」

「はあ?! バスケットボールだよ!」

「そ、そうなんだ。ごめん」


 進藤くんも一緒にクッキー作りをしている。ダメもとで一緒に作らないかと誘ったら、予想に反してすぐに頷いた。

 前にお弁当作ってみようかなって言ってたこともあったし、やってみたかったのかも。


 今は焼きあがったクッキーに、チョコチップやカラースプレー、アイシングペンでデコレーションをしている。

 丸い型のクッキーに模様を描いている進藤くんは真剣な表情だ。

 バスケットボールだとは思わなかったけど。


 丸以外にも星型や花型いろいろなクッキーを作り、それぞれデコレーションをして、乾くのを待つ。


「ねえ佐倉さん、今さらだけど誰もいない家に男を連れ込んでいいの?」

「つ、連れ込む?!」


 待っている間リビングのソファーに座ってもらっていた進藤くんが、スマホをいじりならそんなことを言う。

 連れ込むなんて言い方はあれだが、確かに彼氏がいながら他の男の人を家に入れるのは良くないことなのかも。


「でも、それは進藤くんだからで……」

「大崎には言わない方がいいかもね。クッキーも佐倉さん一人で作ったことにしてよ」

「いやいや、それはできないよ。進藤くんだって一生懸命作ったじゃん」

「まあ……、言わなかったらどこで作ったかなんて大崎は気にしないか」


 進藤くんは私にとって友達だ。男とか女とか性別なんて関係ない、信頼できる友達だ。

 それは、彼が大崎くんのことを好きだと知っているからかもしれないし、この奇妙な関係から、お互いのことをよく理解しているからかもしれない。

 でも、世間では男女の友情は成立しないとよく言われる。どう思われるかはわからない。

 

 いや、待って。私は進藤くんのことを友達だと思っている。でも、進藤くんは?

 自分の好きな人と付き合っている相手と、仲良くしたいと思うものだろうか。

 もし、私なんか友達じゃないって言われたら?

 考えると、すごく悲しかった。怖かった。進藤くんに対して都合のいいことばっかり言っている自分が、酷い人間に思えた。


「何をそんなに考えこんでるの。どうせ大崎は佐倉さんが応援に来たことにテンションあがってそんなこと気にしないよ」

「あ、うん。そうかも……だね」


 少し違うことを考えていたけど、進藤くんはいつも通りだ。

 いろいろ考えちゃったけど、私も今まで通りでいいよね。

 

 デコレーションも乾き、完成したクッキーを箱に入れ、私たちは大会の会場へと向かった。

 

 会場である総合体育館は、電車に乗って三十分のところにある。

 正面入口から中に入り、ロビーから二階へと上がる。

 体育館へと入る重い扉を開けると、熱気と歓声が押し寄せるように聞こえきた。

 こんな場所に今まで縁のなかった私はひどく圧倒された。


「すごいね」

「うん」


 進藤くんもじっと会場を見つめ、その様子に息を吞んでいるようだった。

 コートは二面あり、ちょうど今行われていた試合の終了を告げるホイッスルが鳴る。

 ひと際大きな歓声が響き渡った。選手たちは挨拶をしたあと、コートを退場していく。

 そして次のチームが入場する。


「あ、次うちの高校だ! あそに大崎くんがいるよ! 背番号八番だよ!」

「言われなくても見えてるよ」


 整列し、挨拶をしたあと直ぐに試合が始まる。

 大崎くんスタメンなんだ。すごいなぁ。

 初めて見るユニフォーム姿、真剣な表情に見惚れてしまう。

 

「大崎くん、頑張って!」


 一瞬、目が合った気がした。けれど、大崎くんは表情を変えることなく集中していた。

 目が合ったのは気のせいだったかな?

 試合はあまり競ることもなく、余裕をもって勝利した。


 コートから出た大崎くんは、二階の観客席へと上がってくる。


「佐倉さん! 来てたんだ。蓮も」

「も、ってなんだよ」

「ごめんごめん、嬉しいよ。でも、試合中見つけてびっくりしたんだから」


 やっぱり、気づいてたんだ。

 でも、そんな素振りは一切見せなくて、すごい集中力だったな。

 

「試合、すごかったね。おめでとう」

「ありがとう。でも、次の対戦校が強いんだ」

「そうなんだ。頑張ってね! 次も応援してる。あとこれ――」


 私は鞄からクッキーの箱を取り出す。蓋を開けてから大崎くんに差し出した。


「進藤くんと一緒に作ったの。タイミングがあったら食べてね」

「まじで?! 二人が? めっちゃ嬉しい! 今食べる」


 大崎くんはクッキーを一つつまみ、大きく頬張る。進藤くんがデコレーションしたバスケットボールのクッキーだ。


「ん! んまっ!」

「よかった。ね、進藤くん」

「うん……」


 進藤くんは少し照れているようだった。

 その時、女の人がこちらに駆けてきた。あの人はマネージャーさんだ。試合中、ベンチでメモをとりながら、よく選手に声をかけていた。


「陽介っ」

「あ、みお先輩」

 

 陽介? みお先輩? お互い名前で呼び合ってるの?

 大崎くんのことを下の名前で呼んでる人に初めて会ったかもしれない。

 部活の先輩後輩って、みんなこんな感じなのかな。


「観客席いくなら言ってから行ってよ」

「すみません。彼女と友達がいて、つい」

「まあ、次の試合までまだ時間あるからいいけど。で、それなに食べてるの?」

「クッキーです! 二人が作ってくれて」


 大崎くんが私たちを見る。そして先輩も私たちを見た。

 先輩はにこりと微笑むが、なんだか目は笑っていない。


「応援してくれるのはありがたいけど、こういう手作りものを渡すのは遠慮してもらえるかしら。大事な試合中にお腹でもこわしたら――」

「大丈夫っす!」

「え?」

「俺、今まで何回も佐倉さんの手作りのもの食べてきましたけど、お腹こわしたこと一回もないし、めちゃくちゃ美味しくって、むしろ元気もりもりになるんで!」


 大崎くんは先輩の言葉を遮り、庇うように褒めてくれる。

 けれど、先輩の言っていることは間違ってはいない。十分気を付けてはいるけれど、絶対に大丈夫とはいいきれないのだから、こんな大事な日に手作りのものは渡すべきではなかったかもしれない。

 私は自分の考えの至らなさと、先輩の威圧感に何も言えずにいた。

 

「ほら、めっちゃいい音! よく焼けてて、すっげえ美味しいっす!」


 でも大崎くんはそんなことを気にすることもなく、クッキーをザクザク頬張って見せる。

 先輩はその様子に呆れたようにため息をつく。


「わかったから。あんまり食べ過ぎないようにしてよ」

「了解です!」


 先輩は最後にちらりと私の方を見てから戻っていった。

 背が高くて、ポニーテールがよく似合う綺麗な人だった。

 

「なんかごめん、僕が差し入れしようって言ったから」

「いやいや、進藤くんに言われなくても作ってたと思うし」

「二人とも気にしないで! 俺めっちゃ嬉しいから。次の試合も頑張れそう」


 大崎くんはクッキーの箱を抱え、大きく笑う。

 その笑顔にすごく安心した。でも、次からは気を付けよう。


「じゃあ俺行くわ」

「うん、頑張ってね!」

「大崎、頑張って」

「ありがとう!」


 大崎くんはガッツポーズをして、気合い満々に戻っていった。

 次の試合を勝てば、来週の準決勝に進めるのだそう。

 私も、精一杯応援しよう。


 そして一時間後、試合開始のホイッスルが鳴った――。

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