表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/89

彼氏と彼女

 翌朝。目覚ましが鳴る前に、俺は自然と目を覚ました。


 頭がふわふわしてる。けど、それは寝起きのせいじゃない。


 ――昨日、俺は佐々木悠里と付き合うことになった。


 その現実がじわじわと実感に変わってきて、思わずひとりで顔がニヤける。


「……落ち着け俺。にやけるな俺。絶対顔キモくなってるから……」


 そんなことをブツブツ言いながらリビングへ向かうと、すでに朝食の準備が整っていた。


「おはよう、裕貴くん」


 エプロン姿の悠里が、振り返って微笑む。


「お、おはよう……って、えっ? いつの間に?」


「ちょっと早く作ってみたの。せっかく彼女になったんだし、朝ごはんくらいは作ってあげたくて」


 そう言って出されたトーストとスクランブルエッグ、ベーコンの朝食プレート。


 うまそう。いや、普通にうまそう。


「……なんか、彼女っていうより、奥さん感すごくない?」


「え、ほんと? えへへ……それはそれで、嬉しいかも」


 照れたように笑うその姿が、なんというか、ズルい。可愛すぎる。


 でも彼女は、それをあくまで“自然体”でやってのけるから、なおさらタチが悪い。


「っていうかさ、学校でもそんな感じで接してきたら、俺たちマジで目立つぞ」


「ふふ、大丈夫。ちゃんと学校では“いつもの佐々木悠里”でいくから。……メイドのことも、ちゃんと隠すからね」


「ああ、それは助かる。いろいろ誤解されそうだしな」


「でもね」


 彼女はふいに俺のネクタイを直しながら、少しだけ声を潜めて言った。


「恋人ってことは、隠さないよ?」


「……え」


「昨日OKしたばっかりなのに、もう秘密とかやだもん。……自慢したいし」


 目を逸らしながらそう呟く彼女の横顔を見て、俺の胸の中に、なんとも言えない温かさが広がった。


「……そっか。じゃあ、俺もちゃんと“彼氏”やるよ」


「うんっ」


 ※

 

 そうして並んで登校する途中、学校の坂道で。


「あれ? あの二人って……」


「まさか、付き合ってるの!? うそー!」


 ちらほらと視線が集まってきた。


 だけど、悠里はそれに動じることもなく、いつもの優しい口調で俺に囁いた。


「ねえ裕貴くん。ちょっとだけ、手……繋いでもいい?」


「まじか、ここで? みんな見てるけど……」


「いいの。ちゃんと彼女ですって、言いたいの」


 そう言って、彼女がそっと俺の手を取ってきた。


 柔らかくて、あったかい。


「……わかった。俺の方こそ、よろしくな」


「うん。……だいすき」


 その瞬間、後ろから春樹の声が聞こえた。


「おーい、裕貴ぃーーー!? なんでイチャついてんだお前らぁああ!!」


「わっ!? 春樹!? なんでこんな朝早くから!?」


「いやいやいや、先に言えよ! 付き合ったんなら報告しろよ! で、いつから!? どこで!? 詳細は!?」


「うるさいうるさい! 朝っぱらから騒ぐなっ!」


 俺が叫ぶ横で、悠里はくすくす笑っている。


「春樹くん、またおせっかいモードだね。裕貴くん、人気者だなあ」


「やめて、そういうの、地味に恥ずかしいから……」


 そんなドタバタの朝を経て、俺たちの“彼氏と彼女”としての高校生活が、にぎやかにスタートしたのだった。


 

 ※

 

 教室に入った瞬間、空気がピリついているのが分かった。


「マジで佐々木さんと……?」


「え、うそ……あの二人って、付き合ってたの!?」


 そんなひそひそ声が、あちこちから聞こえてくる。


 俺はそっと自分の席に向かう。隣には、いつも通り佐々木――いや、悠里がにこやかに微笑んでいた。


「みんな、気になってるみたいだね」


「まあ、そりゃそうだろ……学校のマドンナと俺だし」


「ふふっ、確かに」


 軽くからかわれて、俺は思わず頭をかいた。


 その時、後ろの席から声がかかった。


「おっはよー、裕貴。あと悠里も」


「神木さん……いや、神木。おはよう」


 神木はいつもの調子で俺をからかうように笑うが、どこか安心したような目をしていた。


「……伝えたんだね。ちゃんと」


 悠里が微笑んでうなずく。


「うん、神木ちゃんのおかげ。ありがとう」


「ま、私はもう諦めた側だからね。……でも、正直に言うと、ちょっとだけ悔しいかな」


「……」


「でも、それ以上に安心してる。ね、裕貴。悠里のこと、頼んだよ?」


「ああ。任せてくれ」


 そんなやり取りをしていた時だった。


「あ、あの……っ」


 声をかけてきたのは、教室のドアの外から顔を覗かせた、澤部さんだった。


 小さな体を隠すようにドアの陰に隠れながら、制服の袖をぎゅっと握ってモジモジしている。


「……澤部さん?」


 俺が声をかけると、彼女は目をそらしたまま、かすれそうな声で言った。


「……つ、つきあった、んですか……? 佐々木さんと……」


「……うん。そうなんだ」


 言葉を絞り出すようにしていた彼女は、それを聞いた瞬間、ぴくんと肩を揺らした。


「……そっか。おめでとう、ございます……」


 その小さな声には、かすかに震えがあった。


 彼女は深くお辞儀をすると、そのまま何も言わずにドアの向こうに戻っていった。


「……澤部さん」


 その背中を見送るしかない自分が、少しだけもどかしかった。


 隣で悠里がそっと俺の袖を引く。


「……ちゃんと向き合ってるね、裕貴くん」


「ああ。でも、もう少し……優しく、できたかなって思ってる」


「……それは、きっと澤部さんもわかってくれてるよ」


 悠里はそう言って、俺の手の甲にそっと自分の手を重ねた。


 教室はチャイムの音で静まり返る。


 けれど俺の心の中は、ざわめきがまだ少しだけ残っていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ