彼氏と彼女
翌朝。目覚ましが鳴る前に、俺は自然と目を覚ました。
頭がふわふわしてる。けど、それは寝起きのせいじゃない。
――昨日、俺は佐々木悠里と付き合うことになった。
その現実がじわじわと実感に変わってきて、思わずひとりで顔がニヤける。
「……落ち着け俺。にやけるな俺。絶対顔キモくなってるから……」
そんなことをブツブツ言いながらリビングへ向かうと、すでに朝食の準備が整っていた。
「おはよう、裕貴くん」
エプロン姿の悠里が、振り返って微笑む。
「お、おはよう……って、えっ? いつの間に?」
「ちょっと早く作ってみたの。せっかく彼女になったんだし、朝ごはんくらいは作ってあげたくて」
そう言って出されたトーストとスクランブルエッグ、ベーコンの朝食プレート。
うまそう。いや、普通にうまそう。
「……なんか、彼女っていうより、奥さん感すごくない?」
「え、ほんと? えへへ……それはそれで、嬉しいかも」
照れたように笑うその姿が、なんというか、ズルい。可愛すぎる。
でも彼女は、それをあくまで“自然体”でやってのけるから、なおさらタチが悪い。
「っていうかさ、学校でもそんな感じで接してきたら、俺たちマジで目立つぞ」
「ふふ、大丈夫。ちゃんと学校では“いつもの佐々木悠里”でいくから。……メイドのことも、ちゃんと隠すからね」
「ああ、それは助かる。いろいろ誤解されそうだしな」
「でもね」
彼女はふいに俺のネクタイを直しながら、少しだけ声を潜めて言った。
「恋人ってことは、隠さないよ?」
「……え」
「昨日OKしたばっかりなのに、もう秘密とかやだもん。……自慢したいし」
目を逸らしながらそう呟く彼女の横顔を見て、俺の胸の中に、なんとも言えない温かさが広がった。
「……そっか。じゃあ、俺もちゃんと“彼氏”やるよ」
「うんっ」
※
そうして並んで登校する途中、学校の坂道で。
「あれ? あの二人って……」
「まさか、付き合ってるの!? うそー!」
ちらほらと視線が集まってきた。
だけど、悠里はそれに動じることもなく、いつもの優しい口調で俺に囁いた。
「ねえ裕貴くん。ちょっとだけ、手……繋いでもいい?」
「まじか、ここで? みんな見てるけど……」
「いいの。ちゃんと彼女ですって、言いたいの」
そう言って、彼女がそっと俺の手を取ってきた。
柔らかくて、あったかい。
「……わかった。俺の方こそ、よろしくな」
「うん。……だいすき」
その瞬間、後ろから春樹の声が聞こえた。
「おーい、裕貴ぃーーー!? なんでイチャついてんだお前らぁああ!!」
「わっ!? 春樹!? なんでこんな朝早くから!?」
「いやいやいや、先に言えよ! 付き合ったんなら報告しろよ! で、いつから!? どこで!? 詳細は!?」
「うるさいうるさい! 朝っぱらから騒ぐなっ!」
俺が叫ぶ横で、悠里はくすくす笑っている。
「春樹くん、またおせっかいモードだね。裕貴くん、人気者だなあ」
「やめて、そういうの、地味に恥ずかしいから……」
そんなドタバタの朝を経て、俺たちの“彼氏と彼女”としての高校生活が、にぎやかにスタートしたのだった。
※
教室に入った瞬間、空気がピリついているのが分かった。
「マジで佐々木さんと……?」
「え、うそ……あの二人って、付き合ってたの!?」
そんなひそひそ声が、あちこちから聞こえてくる。
俺はそっと自分の席に向かう。隣には、いつも通り佐々木――いや、悠里がにこやかに微笑んでいた。
「みんな、気になってるみたいだね」
「まあ、そりゃそうだろ……学校のマドンナと俺だし」
「ふふっ、確かに」
軽くからかわれて、俺は思わず頭をかいた。
その時、後ろの席から声がかかった。
「おっはよー、裕貴。あと悠里も」
「神木さん……いや、神木。おはよう」
神木はいつもの調子で俺をからかうように笑うが、どこか安心したような目をしていた。
「……伝えたんだね。ちゃんと」
悠里が微笑んでうなずく。
「うん、神木ちゃんのおかげ。ありがとう」
「ま、私はもう諦めた側だからね。……でも、正直に言うと、ちょっとだけ悔しいかな」
「……」
「でも、それ以上に安心してる。ね、裕貴。悠里のこと、頼んだよ?」
「ああ。任せてくれ」
そんなやり取りをしていた時だった。
「あ、あの……っ」
声をかけてきたのは、教室のドアの外から顔を覗かせた、澤部さんだった。
小さな体を隠すようにドアの陰に隠れながら、制服の袖をぎゅっと握ってモジモジしている。
「……澤部さん?」
俺が声をかけると、彼女は目をそらしたまま、かすれそうな声で言った。
「……つ、つきあった、んですか……? 佐々木さんと……」
「……うん。そうなんだ」
言葉を絞り出すようにしていた彼女は、それを聞いた瞬間、ぴくんと肩を揺らした。
「……そっか。おめでとう、ございます……」
その小さな声には、かすかに震えがあった。
彼女は深くお辞儀をすると、そのまま何も言わずにドアの向こうに戻っていった。
「……澤部さん」
その背中を見送るしかない自分が、少しだけもどかしかった。
隣で悠里がそっと俺の袖を引く。
「……ちゃんと向き合ってるね、裕貴くん」
「ああ。でも、もう少し……優しく、できたかなって思ってる」
「……それは、きっと澤部さんもわかってくれてるよ」
悠里はそう言って、俺の手の甲にそっと自分の手を重ねた。
教室はチャイムの音で静まり返る。
けれど俺の心の中は、ざわめきがまだ少しだけ残っていた。
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