ジムトレーニング
「おい、裕貴。一緒に帰ろうぜ」
放課後、帰ろうとしていた俺の背後から、春樹の声が響いた。
「春樹……くん?」
「春樹でいいって言っただろ」
春樹は肩を軽くすくめ、俺の隣に並ぶ。
教室の窓から差し込む夕陽が、彼の整った顔を照らしていた。
「なあ、裕貴。お前、1年の時あんまり学校に来てなかったらしいな」
「……うん、そうだけど。なんで知ってるんだ?」
「杉本から聞いた」
「――!」
その名前を聞いた瞬間、背筋が凍りつく。
杉本。
中学時代から俺を執拗にいじめ続けた男の名前。
その記憶が、まるで昨日のことのように蘇る。
「……そうか。それで、なんで俺なんかと一緒に帰りたがるんだ?」
「いや、ただお前が気になってな」
「気になる……?」
「なぁ、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだよ」
春樹はそう言うと、俺の腕をぐっと引いた。
※
「ここって……」
辿り着いた場所を見上げた瞬間、俺の目に入ったのは『〇〇トレーニングジム』の看板だった。
中を覗くと、屈強な男たちが黙々と器具を使い、汗を流している。
その場の熱気と、筋肉の躍動感が空間を支配していた。
「裕貴、お前さ、その身体を見て俺思ったんだよ」
春樹は俺の肩を叩きながらニヤリと笑う。
「お前、筋トレ向いてるぜ」
「……え?」
思わず、間抜けな声を出してしまった。
「ここ、俺も通ってるんだよ。だからさ――今日から俺と一緒に鍛えようぜ!」
「……!」
まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。
だが――
俺は変わりたいんだろ?
脳裏に浮かんだのは、佐々木さんの姿。
彼女の隣に並べるような人間になりたい。
もっと自信を持てるようになりたい。
その思いが、俺の迷いを振り払った。
「春樹……俺も、ここでトレーニングさせてくれ」
俺は決意を込めた目で彼を見つめる。
すると――
「ハッ、言うと思ったぜ!」
春樹は嬉しそうに笑い、俺の背中を強く叩いた。
「よし、まずは軽いウェイトからだ!」
※
「ぐっ……ぅあぁっ!」
ダンベルを持ち上げる俺の腕が、悲鳴を上げる。
全身の筋肉が震え、汗が背中を伝う。
「おいおい、まだまだ序の口だぜ? 筋肉は限界を超えた時に成長するんだ!」
隣で春樹が満面の笑みを浮かべながら、軽々とウェイトを持ち上げる。
まるで別世界の人間みたいだ。
すげぇ……。
俺もこんなふうになれるのだろうか。
いや、なりたい。
だから――
「……くそっ!」
俺はもう一度、全力でダンベルを持ち上げた。
腕が悲鳴を上げる。
だが、痛みの中に確かな達成感があった。
※
「た、ただいま……」
夜の帳が降りた頃、俺はようやく家の扉を開けた。
全身が鉛のように重く、体中が軋む。
「お坊ちゃん? 今日は随分と遅かったですね?」
俺を迎えたのは、メイド姿の佐々木悠里だった。
白と黒のクラシカルなメイド服に、シルクのカチューシャ。
完璧に整ったその姿は、学校で見せる姿とはまた違った、独特の魅力を放っていた。
「あ、いや……その……」
言い訳を考えるが、何も思いつかない。
そんな俺の様子を見た彼女は――
ニコッと微笑んだ。
だが――その笑顔は、どこか怖かった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、とある人とトレーニングジムに行ってました」
「ジム? なるほど、承知しました」
悠里は納得したように頷いた。
しかし、次の瞬間――
「――今回は許します」
彼女はグッと俺に顔を寄せ、じっと目を見つめる。
「ですが、次からは必ず連絡をしてください。心配するので」
「は、はい! 気をつけます!」
俺は思わず背筋を伸ばして返事をした。
「それなら良いです。夕食はもう出来てますので、温かいうちにお召し上がりくださいね」
「……ありがとう」
※
夕食を終え、部屋に戻ろうとドアを開けた時だった。
「――あ」
そこには、ベッドのシーツや枕カバーを整えている悠里の姿があった。
「お坊ちゃん……もう食べられたのですね」
「う、うん。それより、ありがとう」
「いえ、お気になさらず」
悠里は器用にベッドのシーツを整えていたが、慣れていないのか少し手こずっているようだった。
「あ、あの、俺がするんでここは大丈――」
その時。
俺の足が滑った。
「うわっ!」
「きゃっ――」
バランスを崩し、俺の体は前へと倒れ――
悠里をベッドに押し倒す形になってしまった。
――やばい
俺の顔と、悠里の顔が至近距離にある。
彼女の潤んだ瞳が揺れ、頬が淡く赤く染まる。
「ゆ、裕貴くん……?」
彼女の震えた声が耳元に響く。
鼓動が早まる。
早く離れないと――
だが、俺の体は硬直して動かない。
悠里もまた、驚いたまま、俺を見つめ続けていた。
静寂が訪れる。
やがて、彼女は何かを悟ったように――
そっと目を逸らし、俺の胸を押した。
「……は、離れて」
「あっ、ご、ごめん!」
俺は慌てて飛び退いた。
悠里はすぐにベッドから起き上がると、顔を真っ赤に染めたまま、無言で部屋を出て行った。
ドアが静かに閉まる。
そして、俺は――
「やってしまった……完全に……」
頭を抱え、絶望するのだった。
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