表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/89

旅行先で俺たちは

 朝食を終えたあとは、観光地への移動だった。


 俺たちはバスに乗り、歴史ある神社や寺、古い町並みが残る街へと向かった。窓の外に流れる景色を眺めながらも、俺の隣に座る佐々木さんはときどき視線を寄越しては、俺に微笑みかけてくる。


「こういうところ、修学旅行っぽいよね」


「うん。京都とかじゃなくて、ちょっと地味だけど……落ち着いてて好きかも」


「裕貴くんらしいね、そういうとこ」


 俺らしい、か。そう言われて悪い気はしない。けど、なんだか照れくさくて、俺は軽く頬をかいた。


 一方、前方の席では春樹が同じ班の男子と盛り上がっていた。明るく振る舞ってはいたが、ふとした瞬間に見せる横顔は、どこか物思いに沈んでいた。


 ……分かってる。春樹がちゃんと見てることも、感じてることも。


 それでも、俺はもう迷わない。



 最初の見学先は、小高い山の中腹にある神社だった。


 長い石段を登る途中、佐々木さんが足を止めて、軽く息を吐いた。


「ちょっとだけ、休んでいい?」


「もちろん」


 俺は佐々木さんの隣で立ち止まり、持っていた水を差し出す。彼女はそれを受け取って、小さく礼を言った。


「こういう坂道、苦手で……あ、でも足腰が弱いってわけじゃないからね?」


「分かってるって。むしろ俺のほうがバテそう」


 思わず笑い合う俺たちの背後で、春樹が少し離れた場所からこちらを見ていた。


 目が合う。


 だけど、春樹はいつものようにニカッと笑って、手をひらひらと振ってきた。


「佐々木さーん、裕貴のこと、くれぐれも無理させないように頼むわー」


「ふふ、了解です」


 そんなやりとりができるくらいには、俺たちの関係は変わってきているのかもしれない。



 その日の午後、自由行動の時間が始まる。


 各自班ごとに分かれて、街中を散策したり、お土産を見たり、甘味処に入ったり。にぎやかな通りの喧騒の中でも、俺たちの班は穏やかだった。


 神木さんはといえば、別の女子たちと一緒に回っていた。


 すれ違いざま、彼女と目が合った瞬間、何かを言いたげな表情をしていたけれど――口には出さずに、ふっと笑って、視線を外した。


 その背中が少しだけ寂しげで、俺は胸の奥がちくりと痛んだ。


 けど、今は――


「ねえ裕貴くん、次はあっちの通り行ってみよう?」


「うん、行こう」


 そうやって、隣を歩く佐々木さんの手が、ふいに俺の袖を軽く掴んだ。


 ほんの少しだけ、その手に触れ返す。


 この気持ちが、ちゃんと彼女に届いているといい。


 そんな風に、俺は願いながら、陽の傾く街並みをゆっくりと歩いた。



 夕方、宿へと戻る頃には、空がにわかに曇り始めていた。


 観光地で買ったお土産を手に、俺たちの班はゆっくりと歩いて宿までの坂を下っていた。まだ日は沈んでいないが、空気にはわずかな湿気が混じっている。


 そのとき――ぽつり、ぽつりと、冷たい感触が額に落ちた。


「あ、雨……?」


 佐々木さんが空を仰ぐ。


 そして、次の瞬間、まるでその言葉を合図にしたかのように、バラバラッと本降りの雨が降り始めた。


「やばっ、急げ!」


 春樹が叫び、班のみんなが小走りで軒下を探して駆け出す。


 俺も咄嗟に佐々木さんの手を取って、近くの屋根付きの商店街に飛び込んだ。


 濡れた制服が肌に張り付き、首筋に冷たい水滴が伝う。


 ふと、となりに立つ佐々木さんを見ると、制服の肩口が雨でぐっしょりと濡れていた。髪も前髪がぺたりと頬に貼りついていて、いつもより儚げに見える。


「ごめん……ちゃんと傘、持ってくればよかったね」


「ううん、私こそ。……でも、こういうのも、ちょっとドラマっぽいかも」


 佐々木さんが、くすっと笑った。


 その笑顔がやけに近くて、俺は自分の心臓が少し速く脈打つのを感じた。


 狭い軒下、雨音が世界の音を消していく。


 ふたりの距離は、自然と肩が触れそうになるくらいまで近づいていた。


「……寒くない?」


「大丈夫。裕貴くんは?」


「俺も平気」


 だけど、声を交わすたびに、胸の奥がどこか落ち着かなくなる。雨の匂いと、佐々木さんのほんのり甘いシャンプーの香りが混ざって、なんとも言えない空気を作っていた。


 すると、佐々木さんが少しだけ身を寄せてくる。


「……ねぇ」


「ん?」


「今日、いろいろ楽しかったよ。裕貴くんと一緒で」


 顔は見えなかったけれど、その声は確かに――どこか、特別だった。


「俺もだよ。今日だけじゃなくて、昨日も、文化祭のときも……全部、佐々木さんと一緒だったから、特別な日になったんだと思う」


「ふふ、ずるいな……そういうこと、真顔で言われたら……」


 そこで佐々木さんは一拍置き、目を伏せたまま、小さく呟いた。


「……ドキドキ、しちゃうよ」


 雨音がすべてを包み込んでいく。


 俺は、ほんの少しだけ肩を傾けて、彼女のぬれた肩に自分の肩を寄せた。


 体温が伝わる。距離が近づく。それだけで、何もかもが静かに変わっていく気がした。


 やがて雨は少しずつ弱まり、遠くの空に薄明かりが射し始めた。


「……行こうか、宿」


「うん」


 歩き出すとき、ふたりの肩はそっと離れた。でもその間にできた静かな余韻は、きっと――もう戻れないほど、甘くてあたたかかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ