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きっと春樹は佐々木さんを狙っている

 数日後。季節は少しずつ秋の深まりを見せ、教室の窓から入る風もひんやりと感じるようになっていた。


 そんな中――沢田先生が朝のHRで発した言葉が、教室を一気にざわつかせた。


「来月の修学旅行先、決まったぞ。行き先は……京都・奈良だ!」


 わあっ、と教室に歓声が上がる。


「マジで!? 俺、清水寺行ってみたかったんだよな!」 「鹿せんべい持ってかないとじゃん」 「旅館ってどうなるんだろ、部屋割り気になるー!」


 それぞれが思い思いに期待を膨らませていく中、俺はふと隣の佐々木さんに目をやった。


「佐々木さんは、行ったことある?」


「ううん。奈良も京都も初めて。だから、すごく楽しみ」


 彼女はふわっと微笑みながら、手帳に小さく“修学旅行”と書き込んでいた。その字を見ているだけで、なんだかこっちまでワクワクしてくる。


 そんな俺の様子に気づいたのか、春樹が背後からひょいっと顔を出す。


「おいおい、まさかお前、修学旅行で告白とか考えてないよな?」


「は!? なに言ってんだよ」


「だってさ~、旅行っていう非日常空間だぜ? 枕投げ、恋バナ、夜の廊下探検……恋が始まらないわけがないっしょ?」


「小学生のノリかよ……」


 ため息交じりに返すと、後ろから別の声が飛んでくる。


「ふーん、じゃあ夜の恋バナには私も参加しよっかな?」


 いたずらっぽく笑っていたのは、もちろん神木さんだった。


「ちょ、女子は女子で話すんじゃないのか?」


「えー? 男子部屋に突撃とか、アリでしょ?」


 冗談めかして言う彼女だったが、その目にはどこか、まだ揺れる感情の残滓が見えた気がした。


 でも、それを深く追求するのは――今じゃない。



 放課後。廊下を歩いていた俺の背中に、佐々木さんの声が追いかけてきた。


「裕貴くん」


「ん? どうしたの?」


「修学旅行の班、どうする?」


 その言葉に、俺は足を止める。


「ああ……もう、そういうの考えなきゃいけない時期か」


「うん。先生が、班は4〜5人でって言ってた。春樹くんはきっと一緒だよね?」


「まぁ、アイツはもう当然のような顔して俺の隣に座ってたし」


 ふふっと佐々木さんが笑う。


「じゃあ……もし、良ければ、私も一緒に」


 そう言った彼女の声はほんの少しだけ震えていた。


「もちろん。佐々木さんがいてくれたら、心強いし」


「……ありがとう」


 そう返してくれたその声が、なんだかいつもより近くて、あたたかくて。


 俺たちの“次のステージ”は、もうすぐ始まろうとしていた。

 京都と奈良。新しい景色と、新しい気持ちと。



 修学旅行の班決めが終わって数日後。放課後の教室では、春樹が珍しく真面目な顔をして、佐々木さんの席のそばに立っていた。


「なあ、佐々木」


 名前で呼ばれたのが意外だったのか、佐々木さんは少し驚いたように顔を上げた。


「……どうかしたの、春樹くん?」


「えっとさ、今度の修学旅行で、よかったら班の中で一緒に行動できる時間とか、俺に合わせてくれないかなって思ってさ」


「えっ……?」


「いや、変な意味じゃないんだけど、せっかく班一緒になったんだし、ちゃんと話してみたくてさ」


 春樹は頭を掻きながら、いつになく照れくさそうな表情を見せていた。


「……うん。わかった、私も楽しみにしてるね」


 佐々木さんはいつもの穏やかな笑顔でそう答えた。その笑顔を見て、春樹の耳がほんのり赤く染まったのを、俺は偶然見てしまった。


(……春樹、もしかして)


 そう思った矢先、春樹がこちらに向かって親指を立ててきた。


「なあ裕貴、俺、もうちょっとだけ頑張ってみるわ」


 その目は真剣で、からかいなんかじゃなかった。



 その日の帰り道。空はどんよりとした曇り空で、帰るタイミングを見計らうようにしていたとき、不意に窓の外から音が響いた。


 ポツ、ポツ……やがて、ザーッと雨が降り始める。


「うわっ、マジかよ……」


 傘は持ってきていない。けれど、迷っている間にも制服の肩が少しずつ濡れていく。


「裕貴くん、よかったら、入る?」


 ふいに声がして、振り向くと、佐々木さんが一本の傘を差し出していた。


「いいの? ありがとう……」


 俺は少し遠慮がちに傘に入る。狭い視界の中、肩と肩がかすかに触れるほどの距離。


 歩くたびに、袖が擦れる。濡れた髪から落ちる雫の音が、やけに大きく感じた。


「雨、思ったより強いね」


「そうだね。……でも、なんか嫌いじゃない」


「え?」


「こうして、同じ傘に入って歩くのってさ。特別な時間って感じがする」


 そんな俺の言葉に、佐々木さんは小さく笑って、でもその横顔は少しだけ赤く染まっていた。


 照れたのはたぶん、俺の方も同じだった。


 いつもより少し静かな、雨の帰り道。


 心臓の鼓動だけが、やけに近くにあった。


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