悲しい告白
花火大会 当日
日はすでに沈みかけ、空は淡い茜から深い群青へとグラデーションを描いていた。風は心なしか涼しく、蝉の声もどこか遠く、季節の終わりを告げているかのようだった。
駅前の広場には、浴衣に身を包んだカップルや家族連れが溢れ、屋台の灯りがぽつりぽつりと並び始めていた。甘いりんご飴の匂いや、たこ焼きの香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
その中で、俺はただ一人、佐々木さんを待っていた。
(……少し、遅れてるのかな)
胸の奥がわずかにざわつく。そう思った瞬間だった。
「裕貴くん!」
柔らかくて、どこか懐かしい声が耳をくすぐった。
振り返ると、そこには――
「……佐々木さん……」
言葉が、自然と漏れた。
薄藍色の浴衣に、白の花模様が静かに咲く。普段のお淑やかなメイド服姿とは違い、そこには年相応の少女としての佐々木さんがいた。柔らかくまとめられた髪が首筋を撫で、ほのかに紅潮した頬が、夏の夕暮れに美しく映えていた。
「お待たせ……。その、変じゃない、よね?」
「……ううん。すごく、似合ってる」
やっと絞り出せた言葉だった。だけど、それが今の俺のすべてだった。
佐々木さんは少し照れくさそうに笑い、それから言った。
「じゃあ……行こっか。花火大会」
「うん」
※
一方、別の場所で――
(結局……誘えなかったな)
私は神木蘭。裕貴のことがずっと、好きだった。
でも、勇気を出すには、あまりにも遅すぎたのかもしれない。
「蘭、顔、しけてるよー?」
友達の声が耳に入る。
「しけてない!」
つい言い返したけれど、きっと表情には出てしまっている。せめて……せめて私の浴衣姿くらいは、見てほしかった。そんな願いが頭をよぎる。
そしてふと目に入ったのは――
(……え?)
人混みの向こうに、並んで歩く浴衣姿の二人。
悠里と、裕貴。
笑ってる。楽しそうに話して、同じ方向を見つめていて――それだけで、胸が、締め付けられた。
(……やっぱり、私なんかじゃ……)
目の奥が熱くなりかけたその時、友達にぐいと袖を引かれた。
「ほら、焼きそばー!」
「う、うん……ちょっと、待って」
けれどもう一度見たときには、二人の姿は人混みに紛れて消えていた。
※
そして夜。川辺の丘。
俺たちは屋台を回りながら、たこ焼きを分け合って笑い、金魚すくいで無駄に白熱し、ヨーヨー釣りに挑戦しては苦笑した。
そんな当たり前の時間が、こんなにも愛おしいなんて、俺は知らなかった。
花火が打ち上がる直前、俺たちは人混みを少し離れて、川辺の小さな丘に腰を下ろした。涼しい風が浴衣の裾を揺らし、佐々木さんの髪をふわりと撫でる。
「ねぇ、裕貴くん。……私ね、伝えたいことがあるの」
静かに漏らされた声。その瞳は、まっすぐに、けれどどこか揺れていた。
俺はゆっくりと佐々木さんの手を取り、軽く握る。
ドン――。
夜空に、最初の花火が咲いた。
鮮やかな朱が夜を彩り、その光が佐々木さんの頬をほんのり染める。
「俺も……伝えたいことがある」
握った手に、少しだけ力を込めて、俺は想いを吐き出した。
「好きだ。心から。君の全部が、大切なんだ」
※
少し離れた坂の下、私はその言葉を聞いてしまった。
「――ッ……!」
しゃがみ込み、目を閉じる。胸が、ぎゅっと苦しくなった。
ずっと、分かっていた。私の中にも、確かにあった“好き”という想い。でも、裕貴の目は――ずっと、悠里だけを見ていた。
(かなわないな……)
そう呟いて、私は背を向けた。
帰ろう。せめて、この想いは胸にしまって。
そう思った、瞬間だった。
悠里の声が、夜の静寂を割った。
「ごめん、裕貴くん。あなたの気持ちは嬉しい。けど……私はその言葉に応えることはできない。ごめんなさい」
「え……?」
裕貴の動揺が、痛いほど伝わってきた。
私は立ち止まって、息を呑む。
「私……転校するかもしれないの。だから、裕貴くんの気持ちを受け取ってしまったら、離れがたくなってしまう。だから――」
言葉はそれ以上、聞こえなかった。
二発目の花火が夜空に咲く。
だけど、その鮮やかな光は、誰の顔も、きっと照らしてはくれなかった。




